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2006年2月 9日 (木)

古き良き時代のジャイアンツ野球-藤田元司監督の時代

ジャイアンツの元監督、藤田元司さんが9日、亡くなら

れた。74歳だった。

藤田さんは1981年から1983年の三年間と、1989年から

1992年の四年間の二度にわたりジャイアンツの監督を務

めた。一回目が長嶋茂雄監督の世紀の解任劇の後、二回

目が王貞治監督の後と、非常に厳しい状況下での監督就

任だったが二度とも就任一年目に即日本一と結果を出し、

「常勝」を旗印にするチームの危機を救っている。

敗戦処理。がいだく監督としての藤田元司像は采配より

人材を活かす妙でチーム成績を高めた監督というイメー

ジが強い。王監督時代に「ノミの心臓」といわれていた

斎藤雅樹を「平成の大エース」と呼ばれるほどの投手に

育て上げた実績がそういう印象を持たせるのか…。

川上哲治監督時代のV9が終わり、ドラフト制度の効果

などでそれまで万年Bクラスだったカープやスワローズ

が優勝し、セ・リーグ各球団のチーム力が均衡して長嶋

巨人が低迷した後を受け、今のようなFAやドラフト逆

指名という手っ取り早いチーム強化法がなかった時代に

主に投手力をアップさせてチームを強くさせた藤田さん

の手法がその後のジャイアンツに活かされなかったのが

残念でならない。

敗戦処理。は別に、第二次長嶋政権から続く補強に次ぐ

補強によるチーム編成を必ずしも否定しない。しかし、

藤田さんがドラフトで自ら引き当て、愛弟子と言ってい

た原辰徳監督でさえ、二度目の就任に当たるこのオフ、

手当たり次第に補強に走っている感があるのが残念だ。

ジャイアンツには藤田さんの遺伝子を受け継ぐ人はいな

いのか。

例えば、敗戦処理。は2001年のジャイアンツの本拠地最

終戦を生観戦した。この試合は長嶋監督が退任を発表し

ており東京ドームでの最終戦ということでセレモニーが

用意されていたが、同時に槙原寛己、斎藤雅樹、村田真

一の三選手の引退セレモニーも用意されていた。この三

選手はいずれもジャイアンツの生え抜きで、槙原と斎藤

はドラフト1位のエリートではあったがそのスタートは

ファームで、村田も含め三人ともジャイアンツの叩き上

げの選手だったから敗戦処理。に限らず多くのファンは

この三人の引退に大いに感情移入を出来たと思う。この

先、FA移籍や逆指名入団でジャイアンツのユニフォー

ムを着た選手達の引退セレモニーの際にどれだけ感情移

入が出来るか、少なくとも敗戦処理。には想像できない。

藤田さんの愛弟子に当たる原監督にはチームの再建を託

すにあたり、あの古き良き時代のジャイアンツ野球をも

う一度再現させて欲しい。もうV9などという夢は望ま

ない。V9以降の世代のジャイアンツファンに最も慕わ

れたという藤田時代の再現こそがジャイアンツや讀賣グ

ループが気にするTV視聴率の向上などで表されるジャ

イアンツ人気の復活にもつながると敗戦処理。は睨んで

いるのだが。

最後になりましたが、謹んで藤田元監督のご冥福をお祈

りします。

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