ジャイアンツがこだわるPRIDEとは?
今年のジャイアンツの試合の中継をテレビで観た方はお気付きであろうが、ジャイアンツの選手のヘルメットに「GIANTS PRIDE」というコピーが貼られている。今年のジャイアンツのスローガンの一つで、球団のみならず読売新聞社と日本テレビ放送網とのタイアップでファンをも取り込んでジャイアンツが本来持つべきプライドというものにこだわってチーム再生を狙おうという発想らしい。
ここ三年間優勝から遠ざかり、ましてや昨年は開幕四連敗に始まって一度も勝率を五割に戻すことなく五位に低迷し、中継のテレビ視聴率も年々低下の一途と、どんどん落ち込んでいるチーム状況を変えるべく、敢えてプライドという言葉にこだわったのだろう。
ジャイアンツのことを「球界の盟主」と表現することがある。これはおそらく、球団の内部から発生した言葉で、それをマスコミが再利用しているのだろうが、敗戦処理。はこの言葉が大嫌いである。なぜなら「盟主」とは普通に言葉の意味を考えれば連盟の主を表し、日本プロ野球における盟主はコミッショナーであるべきで、ジャイアンツのみならず特定の球団を連盟の主と表現するのは根底から間違っていると思うからである。
それはさておき、ジャイアンツが過去において成績や人気において日本のプロ野球界を引っ張ってきたことは紛れもない事実なので、ジャイアンツの選手達や球団関係者が自分たちは特別であり、ここ何年かの状態は異常であり、もっとプライドを持ってジャイアンツのジャイアンツたる所以を取り戻そうと考えることは組織として誤りだとは思わない。むしろそのプライドを決して失わないで欲しいと、一ファンである敗戦処理。も考える。
ただ、ジャイアンツのプライドって何なんだろうかと、敗戦処理。はこのスローガンが出る数年前から考えていた。
アット・ニフティのベースボールフォーラムでは何度か触れてきたのだが、ジャイアンツが他の球団をリードしてきた時代なんてとっくに終わっているのである。作家の海老沢泰久氏が指摘していたが、V9時代以降のジャイアンツの選手で、現役引退後にジャイアンツ以外の球団から監督やコーチとして招かれた選手が極めて少ないのである。これが何を意味しているかというと、同氏によると他球団はもはやジャイアンツの野球を求めていないということである。
思い浮かべて欲しい。V9時代以降のジャイアンツの選手で、ジャイアンツを最後に現役生活のピリオドを打った選手でジャイアンツ以外の球団から監督やコーチに招かれた人物をあなたは思い浮かべられますか?
山本功児がマリーンズで長くコーチや監督を務めたが、彼はジャイアンツから当時のオリオンズにトレードされ、その後の実績で指導者の道に進んだと思われる。またドラゴンズの監督をしている落合博満もFA移籍でジャイアンツの選手となったひとりだが、ジャイアンツの後にファイターズでプレイしているから当てはまらない。
敗戦処理。が思い浮かぶのは今季からゴールデンイーグルスでヘッドコーチを務める松本匡史と、ライオンズでコーチを務めた加藤初、ドラゴンズでコーチを務めた二宮至くらいだ。
ジャイアンツが他球団をリードする時代なんてV9時代を最後にとっくに終わっているのである。その時点までのジャイアンツは日本で初めてのプロ野球チームとして常に日本のプロ野球界をリードしてきたのだろう。ドラフト制度のない時代に他球団よりも有利な条件でレベルの高い選手を獲得してきたばかりでなく、今ではどこの球団でも当たり前にやっているバントシフトやピックオフプレイをどこよりも早くアメリカ大リーグから取り入れて活用するなど、常に日本プロ野球界の先がけ的存在であったのだろうと思う。
その分岐点となるV9-九年連続日本一が終わった翌年、その立役者の一人である長島茂雄が現役生活を終えた。その時長島は「我が巨人軍は永久に不滅です。」と語ったが、ジャイアンツは永久に不滅なのではなく、不滅なのはその時点までだったのかもしれない。
敗戦処理。はそんなことを以前から思っていたのだが、今年の開幕第二戦に当たる4月1日のジャイアンツ対ベイスターズ戦を東京ドームで観戦していたら、「巨人軍は不滅か。」で始まる刺激的なコピーをオーロラビジョンで流していて驚かされた。今年からジャイアンツと業務提携を開始したアディダス社からのメッセージだ。
http://www.yomiuri.co.jp/adv/adidas/fromadidas.htm
このフレーズがイニングの合間にオーロラビジョンに流れるのである。また東京ドームの一塁側内野席の通路にあるアディダスのショップにもこのコピーが掲げられている。
広告業界ではこのように広告の対象となる商品やサービス、あるいは企業を敢えて肯定的に捕らえず、否定的かつインパクトのある表現を用いて宣伝する手法をネガティブ・アプローチというようだが、まさにその手法だ。キーワードの「PRIDE」にもつながり、球団フロント(やファン)の一部にあるであろう時代錯誤な考え方を否定し、新しいジャイアンツのプライドを築こうというメッセージとも推測出来る。ミスタージャイアンツと賞賛され、ジャイアンツの栄光を象徴するかのような長嶋茂雄さんの有名なフレーズを敢えて取り上げることで並々ならぬ危機感を喚起しようとする意気込みもうかがえる。ジャイアンツは本気で変わらなければならないし、変わろうとしているんだよというメッセージに映る。斬新な発想だ。
しかし実は、ジャイアンツに奮起を促すこのようなネガティブ・アプローチによる手法は初めての試みではない。十二年前にも試みられたのだ。
これまた長嶋氏が絡んでくるのだが<苦笑>、プロ野球興行にとっての黒船とも言えるサッカーのJリーグがスタートした1993年。ジャイアンツはその当時にも人気低迷の危機が叫ばれていたが、長嶋茂雄氏を監督に迎えたが、その年、ジャイアンツ自体はセ・リーグで3位と優勝を期待したファンを裏切る結果となった。そしてそんな状況で開幕を迎えた翌1994年、系列の日本テレビがジャイアンツ戦を主体とする野球中継のスローガンとしてネガティブ・アプローチの手法を試みた。-
1994年/日本テレビ・劇空間プロ野球'94「巨人を棄てる」
http://home.q00.itscom.net/sakai/works/SUTERU.html
今年のアディダスによる、外部からのメッセージという感じではなく、巨人を棄てる-の主は他ならぬ長嶋茂雄監督そのものである。この新聞広告の原稿が決まった時、当の長嶋監督は「ううん、そうですねえ、これぐらいのことしなきゃいけないかもしれませんねえ」と二つ返事で承諾したという。
長嶋監督本人も相当な危機感を持っていたに違いない。しかし、このキャンペーンは球団の監督よりももっと権限のある人に「けしからん!」と一蹴されて途中で中止されてしまった。その人の名はまだジャイアンツのオーナーに就任する前の渡邊恒雄氏。
見る人が見れば、並々ならぬ決意を表すまさにネガティブ・アプローチ特有の表現と理解出来るが、見る人が見るとあの輝かしい栄光の場面にバッテンをつけ、過去の積み重ねられた栄光を否定する暴挙と認識されてしまうのだろう。
今回も渡邊恒雄氏はオーナーではないが、球団に影響力を持っているという点では十二年前と同様、いやそれ以上であろう。それだけ今回は球団のトップから何から皆が危機感を持っているとも評価出来るが、逆に言えば十二年前にもっと危機感を持って対処していれば、今こんなに苦しまなくてもすんだのではないかと悔やまれる。いや、ひょっとしたら当時の危機感の結果が長嶋監督人気や大型補強にばかり走ったチーム造りに依存するという選択だったのかもしれないが。
11日からジャイアンツは東京ドームでカープとの三連戦を行うが、球場内で先のWBCの優勝トロフィーを展示するそうだが、
http://www.giants.jp/G/gnews/news_20060403_0001.html
球場を訪れたファンはトロフィーを見たついでにアディダスのショップを探すか、オーロラビジョンに出るメッセージにも注目していただきたいものである。
はたして、巨人が再び巨人になるのは不可能か。
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