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2006年4月30日 (日)

横浜森大輔、背水の中国リハビリへ

2004年に三菱ふそう川崎から自由獲得枠でベイスターズ入りした 森大輔投手がプロ入りして三年間、一軍入りどころか満足に試合で投げられる状態に至らずにもがき苦しんでいることはベイスターズファンを中心に一部のファンの間では有名な話だが、球団はリハビリの一環として5月3日から中国・天津に派遣し、業務提携をしている中国のプロ野球チーム、天津ライオンズの練習施設などでリハビリに挑ませるという。期間は8月31日までの予定。

森は石川県の七尾工業三年時に2000年の夏の県大会1回戦、輪島実業戦で23奪三振のノーヒットノーランを達成し、注目を集める。その後社会人の三菱ふそうに進み、2002年の「ベーブ・ルース杯」でのMVPなどの実績をひっさげて2003年のドラフトの自由獲得枠でベイスターズに入団。この時のドラフトでは東京ガスの内海哲也(ジャイアンツ入り)、東芝の香月良太(旧バファローズ入り→球団合併に伴い現バファローズ入り)とともに「社会人ビッグ3」と騒がれた。

大きな期待を背負ったルーキーイヤーの2004年、森は社会人時代に一時期悩まされた左肘が気になり、投球恐怖症に陥った。社会人出身の自由獲得枠入団となれば球団は即戦力と期待するが、まずはファーム調整。初めてイースタンの公式戦に登板した同年5月30日には1回2/3で打者14人に7四球と1死球。再び調整生活に逆戻り。そして7月27日のスポーツ報知にファンにとっては衝撃の近況が報じられる。

[ファーム情報]横浜・森大輔は投げられない投手

今年そろってプロ入りした内海(巨人)、香月(近鉄)とともに「社会人ビッグ3」といわれた左腕が、ファームで、もがき苦しんでいる。自由獲得枠で横浜入りした横浜のルーキー・森大輔(21)は「結局、病気なんです。最初は認めたくなかったけど、強がってもしようがない」と寂しそうに笑った。

森の言う「病気」とは、投手でありながら、精神的な問題で球が投げられない、ということだ。社会人3年目の2003年春ごろから症状は表れていた。制球を意識するあまり、腕に力が入りすぎて、ひじ痛が襲い、半年間投げられない時期もあった。

今は痛みはないが、ブルペンでは捕手は立ったまま。それでも、球はミットの届かないところにいく。ファームでの登板は、5月30日の西武戦のわずか1試合。それも1回2/3で打者14人に7四球1死球。「ストライクが入らない状態でした」

腕の力の出し入れの感覚をつかむために、チームメートに冷やかされながらも、合宿所近くの海に向かって釣り竿を振る練習も取り入れた。「いつまで(思うように投げられない状態が)続くんだろうって思うこともあるけど、投手をやめたいと思ったことはないんです」

もう一度、輝きを取り戻すまで、MAX149キロの剛腕は腕を振り続ける。
(2004.07.27 スポーツ報知 高橋俊博記者)

ベイスターズファンでない敗戦処理。も驚いた。アマチュア時代の高い実績を評価されてプロ入りした投手が投球恐怖症になるなんて。しかし、プロの世界で森に同情する気などさらさら無い。精神的に不向きな選手を獲得したのならスカウティングの問題だから球団にも責任の一端はあると思うからだ。

結局森はこの年の11月に左肘を手術。本人が語っていたような精神的な問題だけでなかったようだが、この時に一部マスコミが社会人時代の故障を隠蔽していたとか、球団の事前調査が甘すぎるとか批判記事を書いていたが、森はこの手術により昨年も一年間、リハビリに専念した形になりイースタン・リーグでも登板無し。今年ようやく4月26日のイースタン・対スワローズ戦で0対12とリードされた九回表に登板。1イニングを1奪三振、1与四球の無失点に抑え、ようやくプロ野球選手としての第一歩を踏み出した感じだった。

とりあえずたったの一度とはいえ、試合として全く責任のない様な場面を選び?イースタンでのマウンドを踏ませた上で異なる環境でリハビリに努めさせる。球団も自由獲得枠での選手ということで、メンツがあるのだろう。一本立ちに必死なのだろう。

余談だがベイスターズはここ数年、ドラフトの自由獲得枠で狙った目玉の投手には泣かされ続けている。2002年のドラフトの自由獲得枠での獲得が決まりかけていた立教大学の多田野数人はいわゆるホモビデオに出演していたことが発覚して獲得を見送ったら今や大リーガー。代わりに同枠で獲得した法政大学の土居は登録名を龍太郎と代えてもさっぱりでつい先日トレード。2003年の自由獲得枠の森はこんな状態。2004年には自由獲得枠での獲得を狙った明治大学の一場靖弘に対していわゆる栄養費が発覚して指名を断念。代わりに獲得した日本大学の那須野巧もまだ結果が出ていない。ホモビデオに出演するとどうしてプロ野球のドラフトにかからなくなるのか理解に苦しむが、こうまでドラフト戦略が裏目続きになると、これは多田野のたたりか、全国の同性愛者の怨念のどちらかだと敗戦処理。は勝手に思っているのですが<苦笑>、2005年の大学生・社会人ドラフトでそれまでの自由獲得枠に相当する希望枠で入団した今年のルーキー高宮和也が4月20日の対カープ戦にプロ入り初先発で初勝利をマーク。何とか悪い流れから脱却して欲しいところだ。

ベイスターズは森に入団時に契約金として1億円、年俸も新人選手としては最高水準の1,500万円を支払い、二年目には年俸ダウンの上限25%ダウンで1,125万円を支払い、三年目の今年は24%ダウンで850万円となったが三年間で年俸、契約金で合計1億3,475万円もの金額をかけている。(金額はいずれも推定)ここまでの投資を無駄にしないために打った手が今回の国外でのリハビリなのだろうが、一年先輩の龍太郎がシーズンに入ってからトレードされたことを考えると、今回の措置は球団の最後通告なのかもしれない。これでだめなら、もともと欠陥を抱えていた選手ということで球団は社会人時代の所属先に対し、リコールを要求するのではないか。なにしろ森の社会人時代の所属は三菱ふそうだから。

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