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2006年7月 2日 (日)

野村監督、またセとパのルールの違いに泣かされる?-封じられた野村スペシャル

6月30日のファイターズ対ゴールデンイーグルス戦、1対1の同点で迎えた九回裏。ゴールデンイーグルスは一死二塁のピンチでファイターズの木元邦之を敬遠して一死一、二塁として守りやすくした。ここまでは定石通り。ファイターズはここで代打の切り札的存在、左の小田智之を起用。ここで野村克也監督が動いた。マウンドにはこういう場面では最も頼りになる小倉恒。左のリリーフを送りたいが、延長12回まで続くかもしれない長丁場を任せられる左はいない。かといってワンポイントとしても右のリリーフも、ストッパーの福盛和男以外は信頼しきれる投手がいない。そこで野村監督はかつてスワローズやタイガースでの監督時代に奥の手として使った「野村スペシャル」を使う。

マウンドにはワンポイントで左の河本育之を起用。小倉を退けず、小倉を一塁に入れ、一塁のリック・ショートを三塁に回し、三塁のホセ・フェルナンデスを退けた。ファイターズは小田に代えて代打の代打、右の切り札の超ベテラン田中幸雄を当然のごとく送るが、野村監督は小倉vs小田よりも河本vs田中幸の方が抑える確率が高いと見たのだろう。ただし後続の金子誠、森本稀哲には左の河本ではしんどいので小倉をマウンドに戻す。

スワローズ時代にはアンダースローの宮本賢治や高津臣吾を外野に一時避難させたり、タイガース時代には中継ぎの葛西稔と遠山奨志を一方を一塁に入れることで葛西、遠山、葛西、遠山などという継投を実現させた「野村スペシャル」をゴールデンイーグルスでも再現した。

結果的には田中幸の打席でファイターズがダブルスチールを仕掛け失敗。一死一、二塁が二死二塁となり田中幸は四球。打者金子の場面で一塁から小倉が戻り、三塁のリックが一塁に回り、新たに三塁に草野大輔を入れる布陣で小倉が金子を打ち取り、「野村スペシャル」は見事に成功した。  かに思えた。

九回裏のピンチを凌ぐには有効だった「野村スペシャル」だが、思わぬ落とし穴が一つあった。それはスワローズやタイガースの監督時代には考える必要がなかったパ・リーグ独自のルール-指名打者制である。

指名打者のルールを定めた野球規則6.10(b)には次のような一文がある。

■野球規則6.10(b)-抜粋-
投手が1度他の守備位置についた場合、それ以降指名打者の役割は消滅する。

河本起用の場面、小倉を守備につける際に退いたのは実はフェルナンデスだけでなく、もうひとり指名打者の山崎武司も退かざるを得なかったのだ。

ここでこの場面、つまり代打小田が起用された時点でのゴールデンイーグルスのラインアップを見てみよう。

(中)鉄平
(二)高須
(右)礒部
(三)フェルナンデス
(指)山崎武
(一)リック
(左)関川
(捕)藤井
(遊)塩川
----
(投)小倉

小倉を一塁に入れるのにリックを退けずにフェルナンデスを退けたのは十回表の自軍の攻撃がリックから始まるからだが、小倉を一塁守備につけたために指名打者の山崎武が退かなければならないのだ。

意外と知らない人も多いようだが、指名打者制においては指名打者はあくまでも投手の代わりに打席に立つ選手である。セ・リーグのように投手が打席に立つのなら下位打線に投手を置くのが定石だが、メンバーに入っていても原則打席には入らないパの投手の打順を下位に置く必要はなく、指名打者の選手の特性に応じた打順に起用されているだけで、あくまで指名打者は投手の代わりなのである。

したがって投手が他の守備位置につくということは、指名打者に代わってその投手が打順に入るということを意味する。もちろん投手を指名打者にして、代わりの投手をワンポイントで登板させるということは出来ない。セ・リーグであるならばフェルナンデスが退くのみですんだ「野村スペシャル」だが、指名打者制ではフェルナンデス、山崎武と二人がラインアップから消える。これは十回以降のゴールデンイーグルスの攻撃には大きなマイナスである。そして翌日の日刊スポーツによると野村監督はここまでは計算に入れていなかったそうだ。知将ノムさんともあろうお方が…。

ちなみに河本登板の時点でのラインアップはこうなる。

(中)鉄平
(二)高須
(右)礒部
(投)河本
(一)小倉
(三)リック

(左)関川
(捕)藤井
(遊)塩川

小倉再登板時にはこうなる。

(中)鉄平
(二)高須
(右)礒部
(三)草野
(投)小倉
(一)リック

(左)関川
(捕)藤井
(遊)塩川

九回裏を切り抜けた「野村スペシャル」だったが、十回裏、田中賢介にサヨナラ本塁打を浴びて黒星。仮にこの回を抑えても十一回表はフェルナンデスと山崎武のいない上位打線。得点の確率は低かったかもしれない。

野村監督はゴールデンイーグルスの監督に就任が決まってから、予告先発や、ベンチにメガホンの持ち込みが出来ないなどパ・リーグ独自のルール、制度に次々と異を唱えていた。監督会議で無視されると、コミッショナーに直訴するなどの荒技まで発揮した。野村監督の野球観には耐え難い存在、制度、ルールだったのだろうが、パ・リーグ独自という意味では最大の制度である指名打者制の特性を理解していなかったのは何とも皮肉と言える。

* ただし以前に著書などで「邪道」と切り捨てていたプレーオフ制度に関しては就任後批判していないようだ<苦笑>。

著書といえば、まだシダックス監督時代に書いたという「野村ノート」(小学館刊)によると弱いチームの戦い方の一つとしてシーズン序盤に奇襲をかけておくと、その時は成功に終わらなくても相手には警戒心が残り、そのシーズン中ずっと相手チームはその奇襲の影に幻惑され続けるという。そういう奇襲をシーズン序盤の4月に仕掛けると、先々有利に対戦出来ることがあるという。

たとえば、相手投手の牽制球の傾向を調べる。モーションの癖などを調べるのとは別の次元で、その投手が打者に一球投げるまでに最多で何球牽制するかというデータを取っておく。その投手が三球までしか続けて牽制しないとわかったら、一か八か、三球牽制した後は早めのスタートを切る。そうすると相手側はモーションの癖が盗まれているのではないかと疑い、疑心暗鬼になるという。これを一つのチームの複数の投手に同時期に行うと、そのチームはパニックになるという作戦。

ゴールデンイーグルスというチームを率いた今季、野村監督は開幕の時点ではチームに奇襲を仕掛けるレベルまで、チームを掌握しきれなかったのではないか。そしてもがきながら、開幕ダッシュにつまずきながら考えたことが、ファンやマスコミ、球界内外の耳目が集まるセ・リーグ相手の交流戦にチームの調子を持って行き、小刻みな継投策などで相手打線をかわすことで、ただでさえデータの少ないセ・リーグの対戦チームを翻弄するという戦法に切り替えたのではないか。「楽天は変わった!」  「昨年の楽天とは一味も二味も違う!」  このイメージ(錯覚?)を植え付けるにはセ・パ交流戦がうってつけの機会だと野村監督はそこに照準を合わせたのではないか。

交流戦は17勝19敗、借金わずか2と大健闘の印象を残したゴールデンイーグルス。実は交流戦後のパ・リーグ同士の対戦再開後は2勝6敗(7月2日現在)といつものペースに戻っているのだが、交流戦の印象と「野村スペシャル」でサヨナラのピンチを切り抜けたことで、「今年の楽天は一味も二味も違う!」というイメージは増殖し続けるのだろう。

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