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2006年8月 1日 (火)

「生」観戦した野球場(13)-大阪ドーム

03_2いろいろな野球場で日本のプロ野球を観てきました。その数40以上。だからどうしたと言われればそれまでですが。

このコーナーでは敗戦処理。がプロ野球の試合を観戦した野球場について順に書いていこうと思います。月に1~2球場の割合で書いていこうと思います。また、シーズン中に新たな球場に行ったら加筆していこうと思います。

13回 大阪ドーム 観戦球場ファイル-13

今回は旧バファローズの本拠地として1997年から使用されていた大阪ドームを取り上げる。東京ドーム、福岡ドームに次いでナゴヤドームと共にこの年から開業。旧バファローズと旧ブルーウェーブの合併後は合併球団のダブルフランチャイズの一つとなっているが、オリックスグループが90億円もかけて買い取ったとのことだから、来年から合併球団の実質的なホームグラウンドとして主催試合の開催数もシフトされていくことだろう。また紆余曲折はあったが、今年7月1日からネーミングライツにより京セラドーム大阪と称している。

敗戦処理。の初観戦は設立二年目の1998年4月11日、旧バファローズ対ホークス戦。前述のようにまだ「ドーム球場」自体が珍しい時期で、ましてや日本の首都東京に次ぐ大都市大阪に出来たドーム球場ということで敗戦処理。も期待したのだが、開業二年目早々の週末なのに、客の入りはまばらだったことに驚愕したことを憶えている…。

第一印象としては、巨大なショッピングモールというか、大型複合施設で、その中の一つの構成要素として野球場があるという感じ。例えば東京ドームの場合、プロ野球だろうが他のイベントだろうが開催している時にはそのチケットないし、何らかの入場証を提示して入場するがこのドームの場合にはただ中に入って商業施設を利用するだけなら、普通のデパートのように自由に出入り出来る出入口があったりする。(もちろん開催されているイベントによる)

日本で初めてのドーム球場である東京ドームが出来る時にそれまでの後楽園球場がジャイアンツだけでなくファイターズも利用しており、ドーム球場に移行しても稼働率が保証されているからこそ維持費などの回収にめどがつき、建設に至ったと報じられていたから、野球の試合やコンサートなどでの使用以外に、商業施設を多く入れてテナント料や売り上げの一部を収入源とするのは真っ当な判断と言えよう。ただその時の印象に限っていえば、それゆえに「野球場」としてのインパクトはさほど強烈ではなかった。実際に中に入ってみてグラウンドを見渡して広さを感じなかった。いわゆる多目的施設なのだろうが、肝心の野球場としての魅力を削いだことが後述する経営破綻の遠因ではないかと敗戦処理。は想像しているのだが。

その後1999年の11月に、旧バファローズの球団創立50周年の記念行事で旧バファローズとジャイアンツのOB戦が開催された時に敗戦処理。は生観戦した。「長嶋茂雄が背番号3のユニフォームを着、王貞治が背番号1のユニフォームを着る」貴重な機会ということで、名古屋在住の友人を伴って駆けつけた。長嶋巨人にカープから江藤智が移籍し、長嶋監督が背番号33を江藤に譲って栄光の背番号3を復活させることが判明したのはその約半月後。大阪まで行かなくても良かった<苦笑>?

それでも王さんのジャイアンツのユニフォーム姿はOB戦くらいしか観ることが出来ないし、長嶋さんを含め、ビジターの「TOKYO」のユニフォーム姿など、二度と見ることが出来ないかもしれないし、吹石徳一の娘ということで出演したタレントの吹石一恵の始球式も楽しめたから良かったか<笑>。

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左・背番号3のビジユニを着て三塁を守る長嶋茂雄

右・吉井理人、榊莫山氏とともに始球式を務めた吹石一恵

※長嶋茂雄は当時ジャイアンツの監督。吉井理人は当時大リーグ・メッツ所属。

それ以降まる五年も行っていないが、名前も変わったことだし、秋にでも行こうかなとは考えている。

その後構造上の問題で、ロックコンサートなどで観客がいわゆる縦ノリで盛り上がると近隣の住民から苦情が出るなどの弊害が露呈し、コンサート興行の開催に制約が加えられた。そもそもドーム球場の立地場所も諸々の事情から変更されたそうで、これにより旧バファローズの親会社である近畿日本鉄道の沿線から外れてしまい、ドームを訪れる観客の利用による運賃増収という目論見は無惨にも外れた。そんなこんなでドームの経営は当然うまくいかず経営破綻。球団同様、オリックスが90億円で買い取ったとされる。

また京セラがネーミングライツを買い取り、京セラドーム大阪と名乗ることになったが手続きの遅れ(?)で今年の4月からの予定が7月からにずれ込んだ。京セラはかつてホークス球団の親会社、ダイエーの経営破綻が明らかになった際に球団買収の噂が出た。今回のネーミングライツもいずれはオリックスから球団を引き継ぐための伏線との見方もあるが、西武ドームのネーミングライツを獲得したインボイスは「ネーミングだけで充分」とそれ以上踏み込むとリスクの方が大きくなることに気付いたようで、京セラの今後も注目される。

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