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2007年4月28日 (土)

またフューチャーズの試合を観てきました。

01_21 4月14日にジャイアンツ球場でイースタン・リーグ チャレンジマッチ、ジャイアンツ対フューチャーズ戦を生観戦したところ、その開催主旨だけでなく試合内容そのものも思いのほか面白かったのでまた観戦してきました。今回はシーレックス対フューチャーズ。場所は横須賀スタジアムではなく、ベイスターズ総合練習場。

イースタン・リーグ チャレンジマッチに関しては本ブログ4月15日付エントリーイースタン・リーグ チャレンジ・マッチを実際に観てきました。を参照して下さい。

前回に引き続き、この日も試合開始30分前くらいの段階で場内アナウンスでフューチャーズのベンチ入り選手が紹介された。今日は16選手がベンチ入り。DHを含めスタメンで10選手が出場するから控え選手は6人しかいないことになる。なお16人のチーム別内訳はジャイアンツが9人、マリーンズが1人、ゴールデンイーグルスが3人、ライオンズのファームが2人で、対戦相手のシーレックスから1人。ファイターズとスワローズからはゼロ。ちなみにシーレックスのベンチ入り選手も紹介され、こちらは21人。

ところでこの日のベイスターズ総合練習場のスコアボードには冒頭の写真のようにイニング別の得点表示の他にはボールカウントを表すSBO表示と、公式記録を表示するHEFcのランプがあるだけでメンバー表示がない。ベイスターズ総合練習場に関しては後日、本ブログの生観戦した野球場で取り上げる予定なので楽しみにしていただきたいが、イースタン・リーグの本拠地球場のなかには他にもメンバー表示のない球場がある。もしもそういった球場でフューチャーズの試合を観戦する予定のある方は試合開始一時間前には球場に着くことをオススメしたい。何故なら試合前に発表されるフューチャーズのベンチ入りメンバーをチェックしておかないとどこの誰が何番のユニフォームを着ているのかさっぱりわからないからだ。フューチャーズのメンバーの背番号は所属チームでの背番号と一致していないし、ユニフォームの背番号の上にローマ字表記もない。

では試合を振り返ろう。

Photo_17 シーレックスの先発は吉見祐治。今季、開幕一軍入りを果たしたサウスポー。基本的にこのユニフォームを着ていてはいけない人だ。

大矢明彦監督の構想では那須野巧とこの吉見で久しく不在だった左のセットアッパーの座を競わせようというハラだったようだ。現在は那須野がリードしているが、那須野の場合は一つ間違うと出場停止になる恐れがあるだけに()、吉見にかかる期待は大きいはずだ。しかしそれならばスタメン野手9人中、育成選手が4人も名を連ねる寄せ集め集団との対戦で先発するよりも、イースタン公式戦に登板予定をあわせるべきだと思うのだが。

この吉見が2000年秋のドラフトでシーレックスを、否ベイスターズを逆指名して入団した投手なら、二番手の秦裕二は翌2001年秋のドラフト1位。そして三番手は昨秋の高校生ドラフトで一巡目指名の北篤と、豪華リレーだった。

吉見はさすがに2イニングを無失点だったが、秦はフューチャーズの三番打者、ゴールデンイーグルスの育成選手、中村真人にソロ本塁打を浴びて1失点。この中村。敗戦処理。が前回観戦したフューチャーズのジャイアンツ戦でも決勝本塁打を放っている。その時は豪快に引っ張っての一発だったが今日のはレフトへ流し打ち。千葉マリンスタジアムも真っ青の強風、しかも打者にとっては終始アゲンシトの風に打ち勝っての一発はお見事の一言に尽きる。シダックス野球部解散を受けてのプロ入り。支配下選手への昇格は近いか?

シーレックスが二回裏に2点を先制し、フューチャーズが四回表に前述の中村の本塁打で1点を返して2対1と試合はまずまずの接戦。秦のあとに投げたドラ1ルーキー北の伸びのあるストレートにネット裏のシーレックスファンが歓声を上げる中、この頃から急激に寒くなってきた。試合開始の頃は風が強くても陽射しがあったので苦にならなかったが、寒さと風のダブルパンチでとてもゴールデンウイークとは思えない感じになってきた。

そんな中、六回裏から登板したフューチャーズの三番手、ライオンズのファームの田中靖洋はとにかくストライクが入らない。相手がクリーンアップとは言え、いきなり三者連続四球。この試合の「進行係」斉藤俊雄こそ遊ゴロ併殺打に打ち取るがこの間にまず1失点。そしてその後また四者連続四球で二連続押し出し。強風というハンディを認めても、いくら何でも酷すぎ。

定員367人のネット裏スタンドには敗戦処理。が試合開始時に数えた限りでは35人の観客がいた(他にネット裏のグラウンドレベルに長椅子が置いてあり、そこも観戦可能なのでプラス十数人はいた模様)が、そのほとんどがシーレックスファン。自軍に追加点が入って嬉しいというのを通り越して、まともな試合を取り戻したくなってストライクが入るように応援していた感じだった。このように観客・審判・グラウンドに早く試合を進めようという一体感が芽ばえた頃、ようやくゴールデンイーグルスの育成選手、金森久朋が四番手で登板。ここは敵も味方もなく取りあえずこの回を終えて欲しいという一体感がグラウンドとスタンドを覆い、二死満塁のピンチを凌いだ。

しかし、そうは言ってもまだ5対1と四点差だけ。フューチャーズも続く七回表、シーレックスの拙守につけいってすぐに2点を返し5対3とし、試合の興味をつないだ。何とかがんばって試合を崩さない田中のあとに八回裏に五番手でジャイアンツのウィルフィン・オビスポが出てきて、またイヤな予感。「制御不能な150km超」をこの日も連発でハラハラさせるが、走者二人を背負って何とか無失点。

フューチャーズは九回表、六番手の橋本太郎に対し最後の抵抗。二死から1点を返し5対4としてなおも一打同点のチャンスをつくったが、寺内崇幸が二ゴロに倒れ、反撃もここまで。ピンチを凌いで何とか1点差で逃げ切った形のシーレックスナインがマウンドで勝利の歓喜に…、とここでわれに返り、そそくさと三塁ベンチへ。そう、この試合はチャレンジマッチ特別ルールで九回表を終えてホームチームがリードしていても九回裏を行うのだ。九回表の味方の攻撃中に一死からキャッチボールを始めて準備万端のオビスポだったが、九回裏にこの試合二度目の暴投で1失点。正直、九回裏をやらずに打ち切って欲しかった<苦笑>。

28日・ベイスターズ総合練習場】

FT 000 100 201 =4

SS 020 003 001 =6

FT)●黒滝(M)、加登脇(G)、田中(Go)、金森(GE)、オビスポ(G)-伊集院(G)、佐藤(G)

SS)吉見、秦、○北、岸本、後藤、S橋本-斉藤

本塁打)中村(GE)ソロ(秦・4回)

01_22

チャレンジマッチ特別ルールならではのスコアボード。この写真は九回表に1点を取ってなおも攻撃中のシーンではなく、九回裏攻撃中のスコアボードです<笑>。

敗戦処理。の近くに座っていたシーレックスファン三人衆は横須賀スタジアムなどに相当通い詰めている感じだったが、フューチャーズをイースタンの試合でも出番が少ない選手や育成選手の寄せ集めと決めつけ、かなり格下に観ていたようだが、九回裏を別にすれば結果的には1点差の接戦だった訳で、この混成チームが結構侮れない力の持ち主だということに気付いたのではないか。

敗戦処理。はこのイースタン・リーグ チャレンジマッチの青写真を描いたという点でジャイアンツの清武英利球団代表を侮れない存在と前に書いたが、フューチャーズ自体も侮れない。戦績もこれで4勝2敗となった。イースタン・リーグのレベルって、一体…、

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2007年4月23日 (月)

【伝統の一戦】悪夢の逆転サヨナラ負けから二連勝!-今年のジャイアンツはひょっとしたらと思わせる四年前のあのこととの相似

今年初めて甲子園で行われた20日からのタイガース対ジャイアンツの三連戦。20日の第一戦、延長戦でジャイアンツが十二回表に3点を奪って4対1とリードしたものの満を持して投入した豊田清がその裏に4点を奪われて悪夢の逆転サヨナラ負け。開幕からここまでまずまずの好スタートが吹っ飛んでしまうかのような大どんでん返しだったが、その後二日間、ジャイアンツが連勝。先の東京ドームでの三連戦に続き、またまた二勝一敗でジャイアンツの勝ち越しとなった。

下手をすれば三連敗を喫しそうな、尾を引きそうな逆転サヨナラ負けからの巻き返し。敗戦処理。は四年前のあのことを思い出し、今年は行けそうな予感がしてきました。

今から四年前、2003年のジャイアンツとタイガースの初対決は壮絶な対戦となった。七回まで2対1でタイガースがリードという投手戦が終盤崩れていく。タイガースが八回表に2点、九回表に3点を加え7対1とリード。もう勝ちは決まったものと思われた。

ところが九回裏、ジャイアンツが怒濤の反撃。2点を返され4点差に。なおも二死二塁で阿部慎之助という場面で四番手吉野誠が登板。阿部が四球。続く仁志敏久を吉野がツーナッシングと追い込んだところで星野仙一監督が何故か吉野から五番手の藤川球児にスイッチ。ジャイアンツは仁志がタイムリーで3点差とし、続く代打の後藤孝志が3ラン本塁打を放って7対7の同点に。まさかの延長戦突入。

十二回表にタイガースがジョージ・アリアスの犠飛で8対7と勝ち越し、今度こそ勝利を手にしたかと思ったがその裏、六番手の谷中真二が一死から高橋由伸にソロ本塁打を浴びて結局8対8の引き分け。しかもこの時、高橋由を迎えて星野監督自らマウンドに上がり、谷中に檄を飛ばした直後の一発だった。

ツーナッシングからの投手交代、自らマウンドに上って檄を飛ばした直後の同点弾と、星野監督の一人相撲とも思える采配でタイガースは勝てる試合を引き分けにしてしまった。後味が悪く、残る二試合に尾を引きそうなドローゲームだった。

試合後のミーティングで星野監督はナインの前で自らの非を認め、頭を下げたという。それが奏功したのかどうか、タイガースは残る二戦に連勝し、この年最初のジャイアンツ三連戦を二勝一分けで終えることが出来た。

そしてこの年、タイガースは1985年以来、18年ぶりのリーグ優勝を果たした。

【1回戦・4/11 東京ドーム】

T 000 110 023 001 =8

G 000 001 006 001 =8

T)伊良部、ウィリアムス、ポート、吉野、藤川、谷中-矢野

G)木佐貫、ベイリー、柏田、久保、河原-阿部

本塁打)金本1号2ラン(木佐貫・8回)、アリアス4号(ベイリー・9回)、片岡2号2ラン(ベイリー・9回)、後藤2号3ラン(藤川・9回)、高橋由1号(谷中・12回)

【2回戦・4/12 東京ドーム】

T 008 000 001 =9

G 000 020 000 =2

T)○ムーア、ウィリアムス、吉野、金澤-矢野

G)●工藤、木村、前田、ベイリー、岡島、久保-阿部

本塁打)今岡1号2ラン(工藤・3回)、アリアス5号(久保・9回)

【3回戦・4/13 東京ドーム】

T 001 101 013 =7

G 011 100 000 =3

T)下柳、○吉野、藤川、Sウィリアムス-野口、矢野

G)上原、岡島、●真田-阿部

本塁打)ペタジーニ5号(下柳・1回)、二岡4号(下柳・3回)、アリアス6号2ラン(真田・9回)

そして今年、20日からの三連戦で逆にジャイアンツが第一戦で確実に勝たなければならない試合をまさかの逆転負けで落としたにもかかわらず翌21日、22日と連勝。初戦の「まさか」が引き分け止まりと、逆転サヨナラ負けという違いこそあるものの、この三連戦は四年前の三連戦とパターンがそっくりではないか。

これはジャイアンツにとって吉兆と思えるがどうだろうか。

重ねてタイガースはこの2003年には同じく前回優勝の1985年以来、18年ぶりにジャイアンツ戦の対戦成績を1710敗1引き分けと勝ち越した。17年連続で負け越した宿命のライバルにようやく勝ち越したタイガースはその後2005年まで三年連続でジャイアンツに勝ち越し。昨年は拮抗し、全くの五分に終わった。ジャイアンツとしては敵地甲子園で勝ち越したことをきっかけにこのカードの連続負け越しもストップしたいところだ。

タイガースは2003年、圧倒的な強さでリーグ優勝を果たした。マスコミは前年までのタイガースとの違いをこのジャイアンツとの三連戦をモデルにして語ることが多かった。しかしその報道の多くは、その年以前の低迷期のタイガースならば引き分けどころか逆転負けを喫していてもおかしくないところを引き分けにとどめたことを評価するものであった。つまり、初戦の8対8で終わった試合を「負けなくてよかった…。」、「負けなかったことが昨年までとの大きな違い」と評していたのだ。

これは敗戦処理。的にはとんでもない曲解で、今ならそれこそ「捏造報道」だと本ブログで吠えていただろう。

何故なら九回表を終わって6点をリードしている試合を勝てないチームなんておかしいとしか思えなかったからだ。そりゃあ、負けるよりは引き分けの方がベターだが、勝てなかったと言うだけで大きな汚点なのである。ましてや冒頭で触れたように指揮官、星野監督の一人相撲なのに星野批判が出ないのはおかしい。星野監督独特のマスコミを利用したセルフ・プロデュースに他ならないというのが当時の敗戦処理。の意見だった。

ただしこの三連戦の結果と、この年のリーグ優勝という結果に相関関係がないと思っている訳ではない。

敗戦処理。流の解釈では、最終回に6点差を追いつかれた試合で引き分けにとどめたのが大きいのではなく、絶対に勝てたはずの試合を引き分けにしてしまったにもかかわらず残る二試合にその結果を引きずらず、二連勝したことが大きいのであり、その前年までの長期低迷中のタイガースとの明らかな違いなのである。

もちろんそのようにチームを変貌させたのは星野監督の手腕による所が大きいのだろうが、初戦の引き分けは明らかに星野監督のミスである。当時のマスコミはそのような分析をせず、総論で星野野球を持ち上げ、各論で部分的に批判すると言うことをしなかった(もちろん今も星野監督に対する評価に限らず一般論としてこの傾向は続いている)。

今年のジャイアンツに戻ろう。

原辰徳監督が復活にかけている豊田の大失態を今後どのようにリカバリーするかという課題は残っている。昨年も今の時期は絶好調だったが、怪我人の続出とともに急降下した前科があるから手放しに喜べないという側面もあるが、上々のスタートであることには間違いない。

今シーズンの原監督にも細かく観ていけばツッコミどころは満載であるし、まだまだ予断は許さない状況だが、騙されたつもりで「好調ジャイアンツ」を信じてみようと思う。

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2007年4月22日 (日)

【聖地】東京ドームでファイターズが三連敗

00_1 イースタン・リーグの所属チームが7球団と奇数なので試合の出来ない球団が出るという話は本ブログでも4月15日付イースタン・リーグ チャレンジ・マッチを実際に観てきました。」で書きましたが、今日(22)はファイターズの二軍選手が鎌ヶ谷ではなく東京ドームでホークスと対戦しました。鎌ヶ谷限定のマスコットC★B(カビー)も応援に来ました。

スタメンには森本稀哲、田中賢介、小谷野栄一、小田智之、金子洋平、鶴岡慎也…。なお一軍から助っ人として稲葉篤紀、坪井智哉、金子誠が加わっています。ファームの選手達も、四年前まで一軍が本拠地として使用していた東京ドームで試合が出来ていい経験になったでしょう。水道橋からJR総武線で船橋まで行き、東武野田線に乗り換えて鎌ヶ谷で降りれば駅から歩いて20分ほどで寮まで帰れます。

もちろん冗談です。でも今日のスターティングメンバーを聞いた時、本当にこんな錯覚に陥りそうになりましたよ<>。(写真:トレイ・ヒルマン監督に代わってファンに頭を下げるマスコットのB★B-もちろん『捏造』です<笑>。)

()森本

()田中賢

()小谷野

()稲葉

()小田

()金子洋

()坪井

()鶴岡

()金子誠

()グリン

ここ数年、鎌ヶ谷を初めとしてファイターズのファームの試合を精力的に観戦している敗戦処理。にとって涙が出るほど腹立たしい、いや感慨の深いスタメンです。

このメンバーで試合をするなら、入場料は1,000円にして欲しいですし、水道橋駅から球場までシャトルバスを走らせて欲しいですし、ネット裏にはあの甲高い声で威勢のいいヤジや笑い声を発するTさんの姿も観たかったです<苦笑>

敗戦処理。は初めから今シーズンを「我慢」の年と勝手に位置づけていますがこんな早い時期から「我慢」を強いられるとは思いもしませんでした。

金曜日の初戦。敗戦処理。は仕事の都合が付かず観戦できませんでしたが、仕事帰りに東京ドームに駆けつけたファイターズファンは一回表には間に合わずダルビッシュが2対0で完封勝ちした試合を観ることが出来たでしょう。

続く土曜日の試合ではエキサイトシートで観戦すると、(座っている位置がグラウンドとほぼ同じ高さなので)ホームランの打球を頭上に観るような感じで、打球が描く弧がなんて美しいのかということがわかったのが敗戦処理。の収穫でした<苦笑>。その本塁打攻勢のせいで1イニングに7点を取られる試合を見せた罪滅ぼしには東京のファンには特に絶大な人気を誇る田中幸雄様を登場させてお詫び代わり。

幸雄さんは二日間で四打席に立ち、今日の最終回に1989本目の安打を放ちました。来月、東京ドームでまた三連戦を行いますのでその時に通算2000本安打を達成して欲しいものです。

また今日は三連戦の締めくくりを飾るかのように七回表から武田勝、武田久、MICHEALと豪華リレーを見せてくれました。

敗戦処理。の様に後楽園球場の時代からこのチームを応援する身には慣れっこなのですが、北海道に移転してからファンになった方には今の状況を理解できない方も多いでしょう。北海道の方々には「熱しやすく冷めやすい」という気質があると聞きます。

北海道のファンの皆さん、敗戦処理。と一緒に「我慢」してみませんか?

ホークスは福岡に行ってから優勝するまでに11年かかりました。まだまだこのチームはこれから大きくなるのです。たぶん…。

今日のスタメンは本当に鎌ヶ谷でも観られそうな連中ばかりですが、この中の何人かがまた札幌ドームのファンを熱くさせてくれることでしょう。

ゴールデンイーグルスにまさかの三連敗を喫して少なからず動揺していたであろうホークスをすっかり生き返らせてしまったことはファイターズファンだけでなく、ホークス以外のパ・リーグのファン全体に影響を及ぼすことになりますが、B★Bもヒルマン監督の代わりに頭を下げていますので長い目で見てあげて下さい。

今日はたったの4点差だったのですが、観ていて反撃しそうな気がしませんでした。たまたま買ったスポーツニッポンを読んでいたら、渡部節郎氏の連載コラム「’07とことんパ・リーグ」でファイターズの小嶋武士顧問についてふれられていました。

小嶋さんは「日本ハム」が球団を持つようになってからフロントとしてずっとチームと関わってきて、先月まではオーナー代行職を務めていましたがこのたび定年を迎え、顧問という形で一線を退いたそうです。その小嶋さんがこれから一年をかけて「日本ハムファイターズ」の球団史を書くことにしたそうです。コラムではまだ発売時期や価格などの情報、それ以前に市販されるのかも書かれていませんが、これからもファイターズを応援しようという方々、特に北海道のファンの方々には発売されたらぜひ手にとって読んでいただきたいですね。

当然敗戦処理。もまだ内容を全く知りません。コラムでは第1次石油ショックの時期に何故日本ハムという会社が球団を持つことになったかということから北海道移転を決断した背景、ヒルマン監督招聘の理由などがつづられる予定だそうです。

もちろんこのチームはその前の日拓ホームの時代とか、東映の時代とか、伝説の大選手、大下弘さんがいた東急の時代があって、その積み重ねの上に現在の「北海道日本ハムファイターズ」が成り立っているのですが、現在の親会社「日本ハム」も、身売りなどによる球団変遷史の激しいパ・リーグにおいて「ロッテ」に続く二番目に長い歴史を持つ球団にいつの間にかなっていました。

このチームは「北海道ファイターズ」ではなく「北海道日本ハムファイターズ」なのです。

小嶋武士前オーナー代行が綴る球団史、楽しみですね。

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エキサイトシート体験記

8605 2005年シーズンから東京ドームに新設されたエキサイトシート。三年目になって敗戦処理。は初めてこの席で観戦することが出来た。4月21日、ファイターズ対ホークス戦。

いつもなら「観戦記」を書くところですが、今日は「体験記」です。もちろん試合を最初から最後まで観ましたが、試合に関しては気が進まないので…<苦笑>

もう三年目になりますから、既に体験済みの方も多いことでしょうが、敗戦処理。にとってジャイアンツ戦のエキサイトシートはさすがに入手するのは至難の業。それならばファイターズが東京ドームでの主催試合を続けている間に何とかと考えていたのですが、ようやく実現しました。

敗戦処理。が座るエキサイトシートの席は一塁側のライト寄りの席。いつもなら内野自由席で観戦する際の列の階段を歩いて下っていく。いつもなら適当に空いている席を探すところ、階段を下りきってエキサイトシートのチケットを呈示して網をくぐってエキサイトシートの席に着く。

03_10

ビジターのホークスの打撃練習がそろそろ終わるところで、席の前には防護ネットが置いてある。試合中はもちろん取り払われるが、打球への関心がまばらな試合前の練習時間は安全のためにネットを置いてあるのだろう。各席にはヘルメットとグラブを用意してあり、試合中は何度となく係員が着用をうながすが、せいぜい子供がグラブをはめるくらいでヘルメットを被る人はほとんどいなかった。

また席に置いてある注意事項などをまとめたチラシによると、試合開始二時間前までは子供に限り他の席の客をエキサイトシートのゾーンに入れるサービスをしているようだ。子供達に野球をより身近に感じてもらおうという趣旨のようだが、この試合のチケットを見ると試合開始二時間前にはまだ開門前ということになる。ちょっと残念。

03_9 最初に席に着いた印象としては、フェンスの高くない球場の外野の最前列に陣取ったのと変わらないかなと思ったが、さにあらず。キャッチボールする選手が間近なのに驚いた。坪井智哉がまさに至近距離。

ただ困ったこともある。座席の高さがほぼグラウンドの高さなので、俯瞰で観ることが出来ない。打球がフライならそれほど問題ないが、ゴロはまず瞬間的に右方向に飛んだのか左方向に飛んだのか瞬時には判断しがたい。左打者が引っ張ったゴロは皆、ライト前安05_3 打に見えるがよく観ると平凡な二塁ゴロ。これは慣れるまでに時間を要する。たとえてみればロッテ浦和球場か、西武第二球場に近い。

また基本的にビールや弁当類の売り子さんは来ない。もっとも万一のことを考えると、試合中は食事どころではない。ほとんどの客は試合が始まる前に弁当などを食べていたようだった。

しかしそんなことより何より、目の前に障害物がないというのが最高だ。特に敗戦処理。の席はライト寄りなのでライナーが飛んでくる危険性は低そうだ。ぎりぎりのファウルフライが飛んできたら取れるかなと思ったら、四回裏、小谷野栄一の打球が飛んできた!真上から打球が落ちてくるのはドキドキするが、ホークスのライトを守る、アダム・ハイズデュがスライディングキャッチ。勢いのままフェンスに激突!その「ボコッ」という音の振動が伝わってくる。

スタンドに飛び込むファウルボールと同様にエキサイトシートに入ったボールも拾った人のものだがファウルグラウンドを転がるボールはグラウンドボーイが拾ってエキサイトシートの子供に手渡ししていた。こういう時、オジサンは損だ<苦笑>

これでファイターズが試合に勝って、ヒーローインタビューを受けた選手がそのまま目の前を走り、ライトスタンド前でサインボールを投げ込むシーンを観られれば最高だったのだがそれに関しては…<苦笑>

試合内容を別にすれば感無量。2003年の秋に東京ドームシティの大感謝祭で東京ドームのグラウンドに降り立ち、マウンドに立ったりバッターボックスに入ったり、さらには一塁側のブルペンを見学する機会があったが、その時以来の感動だ。

ファイターズよ、来年以降も東京ドームで主催試合を続けてね。

なるべく土日開催で!

01_20 06_1            

選手だけじゃない!B★Bも至近距離に。

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2007年4月20日 (金)

ジャイアンツV9の名二塁手:土井正三さんが大病と闘っている!?

01_19スポーツニッポンに毎週火曜日に掲載されている野球評論家・有本義明氏(同紙特別編集委員)の連載コラム「’07シーズン 奪回なるか巨人」の4月10日付は思わせぶりな締めくくられ方だった。ジャイアンツの木村拓也の活躍を讃え、歴代のジャイアンツの二塁手をたどっていくのだがその中でV9時代の名二塁手、土井正三さんが現在大病を患っていることを匂わせているのだ。土井正三さんはまだ64歳。土井さんに一体何が…?

問題の部分を少々長くなるが引用しよう。

「そんな難しいポジションに昨年まで仁志敏久がいた。その少し前には篠塚利夫がいて、東京ドームに衣替えする前は土井正三がV9全部をほとんど独り占めにした。いまその土井が大変な病気と闘っている。篠塚が詳細を原監督に報告し、グラウンドを訪れる黒江透修や柴田勲、堀内恒夫みんながみんな沈痛な表情で、王貞治は土井夫人と連絡を取り合っている」

ここで終わっている。この続きが翌週に触れられるのかと思ったが17日付では新しい話題に代わっている。V9の最後の方にプロ野球に興味を持ち始めた敗戦処理。が知っているジャイアンツの最初の二塁手は土井正三だ。土井さんはまだ64歳。オフシーズンにはプロ野球マスターズリーグの札幌アンビシャスの監督として勇姿を現し、同リーグでは優勝監督になったこともある。

気になるのでYahoo!Googleなどで「土井正三」、「病気」、「大病」などとキーワードをいろいろととっかえひっかえ組み合わせて検索してみたがヒットしない。調べ方が悪いだけかもしれないが。それどころか旧ブルーウェーブの監督時代にイチローの素質を開花させられなかったことに関する記事ばかり出てくる。有本氏がでたらめを書いているとも思えない。引き続き注目してみよう。

それにしても早いもので、V9最後の年から既に三十年以上過ぎているのだ。V9戦士で今もユニフォームを着ているのはホークスの王貞治監督とファイターズの淡口憲治コーチの二人だけになってしまった。堀内恒夫前監督だった時代には高橋一三、関本四十四、河埜和正がユニフォームを着ていたが2005年シーズンを限りに堀内監督の退任とともに彼らが退陣し、王と淡口の二人だけになってしまった。

そのことは時代の流れとして仕方ないとして、V9以降の時代のジャイアンツ出身の選手がジャイアンツ以外の球団で監督やコーチに就任するケースが極めて少ないのだが、このことはあまり報じられたりはしていないのではないか?

特にジャイアンツで現役生活を終えた選手に絞ると、引退後ジャイアンツ以外で監督、コーチを務めた人はほんの一握り。落合博満は最後はファイターズだし、山本功児も最後はオリオンズ。さて、誰が思い浮かびます?

正確に調べた訳ではないが、二宮至がドラゴンズのコーチになったのと、加藤初がライオンズのコーチを務めた後久しく途絶え、西本聖がタイガースのコーチを務め、昨シーズン松本匡史がゴールデンイーグルスのヘッドコーチを務めた。敗戦処理。はこのくらいしか思いつかない。V9戦士では土井さんの旧ブルーウェーブ監督の他に前述の王監督、ライオンズの森祇晶、ファイターズの高田繁と他球団から求められて監督の座に就いている人が多いのと対照的だ。今はむしろ逆で、原辰徳現監督が最初に就任した時のコーチングスタッフには森の下でライオンズの黄金時代を築いたメンバー、西岡良洋、鈴木康友、鹿取義隆が名を連ねていたし、今年から伊原春樹も加わった。(因みに伊原は現役時代の後半にトレードでジャイアンツに来たが再びライオンズに戻ってから選手生活を終えているので先程の条件には当てはまらない。)そういえば王がホークスの監督に就任した時にもジャイアンツ出身者をコーチには迎えず達川光男、高橋義彦、寺岡孝といった、ジャイアンツの監督時代に苦しめられたカープのメンバーを招き入れていた。黒江を呼び寄せたのはホークスに来て四年目だ。

作家の海老沢泰久氏もこの点には着目しており、同氏の説によると、V9以降のジャイアンツの野球は他球団にとっては取るに足りないものになってしまった何よりの証明であるという。

今さら過去の栄光を懐かしんでも仕方ないが、その古き良き時代の生き証人の一人である土井さんが大変な病気と闘っているという記事に接して思いにふけって書いていたら話があちこちに飛んでしまった。土井さんの現役時代を知らない世代の野球ファンにとっては前述したようにイチローの素質を見抜けずに二軍に落とした人物であるとか、その後に就任したジャイアンツのコーチ時代に長嶋一茂に暴言を吐かれたことばかりが面白おかしくネット上で揶揄されるキャラとして定着してしまった感があるが、はるか昔、敗戦処理。が子供だった頃にはONは別格として野球少年の心を捕らえた名選手であった。高田には女の子のファンが多く、ONを別世界の野球選手と思う子供たちは土井派と黒江派に別れた。柴田勲も女性ファンの人気が高かったが、ファン層が少し上だったように記憶している。敗戦処理。は土井派と言えようか<>?

このブログを読まれた方で、有本氏が触れていた土井正三さんの病気のことをご存じの方は本エントリーへのコメントという形で情報提供していただければ幸いです。

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2007年4月16日 (月)

「生」観戦した野球場(30)-さいたま市営大宮球場

01_109 いろいろな野球場で日本のプロ野球を観てきました。その数40以上。だからどうしたと言われればそれまでですが。

このコーナーでは敗戦処理。がプロ野球の試合を観戦した野球場について順に書いていこうと思います。月に1~2球場の割合で書いていこうと思います。また、シーズン中に新たな球場に行ったら加筆していこうと思います。

30回 さいたま市営大宮球場 観戦球場ファイル-29

東武野田線で大宮駅から二駅離れた大宮公園駅から徒歩約15分。敗戦処理。は2002年5月19日のイースタン・リーグ公式戦、スワローズ対ジャイアンツ戦を観戦にこの球場を訪れた。この前年の浦和市、大宮市、与野市の合併により「さいたま市営大宮球場」という名称になったが、プロ野球ファンにはそれ以前の「大宮市営球場」という呼び方の方がしっくりくるかもしれない。

なおかつこの球場から歩いていける距離にある「大宮公園野球場」(=県営大宮球場)の方が日米野球でベーブ・ルースやルー・ゲーリッグ、ビクトル・スタルヒンがプレーしたことや、高校時代の長島茂雄が特大の本塁打を放ってプロのスカウトやマスコミに名を売った球場として知られているため、この「さいたま市営大宮球場」の方が地味な印象がある。

最近ではスワローズやライオンズの二軍が埼玉県内での主催試合を増やす意向で使用されるが観客動員のために相手はジャイアンツというパターンが多いようだ。他には高校野球、東京新大学リーグなどが常時使用している。

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2007年4月15日 (日)

イースタン・リーグ チャレンジ・マッチを実際に観てきました。

01_16 2004年の球界再編の結果、リーグ内の球団数が奇数になったファーム組織-イースタン・リーグ、ウエスタン・リーグは日程編成やリーグ戦の運営は大転換を強いられた。7球団が所属するイースタン・リーグでは今年から各球団の育成選手やファームの若手選手の混成チームを作り、その日試合を組めない球団と対戦することによって一日に7球団全部が試合を行える様にした。この試合をイースタン・リーグ チャレンジ・マッチと称し、混成チームの名を「未来」を意味する「フューチャーズ」と名付けた。4月14日、敗戦処理。はイースタン・リーグ チャレンジ・マッチ、ジャイアンツ対フューチャーズ戦を生観戦してきました。

プロ野球のファームはチーム本拠地の地域で東西に二つに分け、イースタン・リーグ、ウエスタン・リーグとしてそれぞれが活動しているが2004年の球界再編の結果、ウエスタン・リーグに所属する旧バファローズと旧ブルーウェーブが合併してウエスタンの球団が一つ減り、新規参入球団のゴールデンイーグルスがファームの本拠地を山形県にしたためイースタンの球団が一つ増えました。それにより1979年から2004年まで26年間続いたイースタン、ウエスタン6球団ずつという体制が崩れ、イースタン7球団、ウエスタン5球団とどちらも奇数になってしまい、リーグ戦の日程編成などに支障を来した。

こんなことならあの時、「大阪ライブドア・バファローズ」を認めておけば良かったといっても後の祭り<>

2005年のイースタン・リーグ開幕日にはジャイアンツがウエスタン・リーグに所属するタイガースと「交流戦」を早速行った。一軍同様の交流戦で双方のリーグの奇数問題に対処したり、社会人野球のチームとのプロアマ交流を開催するなど、過去二年間様々な工夫が観られたが、今年はイースタン・リーグが画期的な手法を取り入れた。上記のフューチャーズを結成してのチャレンジ・マッチ導入である。チャレンジ・マッチが年間で30試合組まれており、チーム数が奇数であるために試合が出来ないチームに実戦の機会を増やすことに加え、ファームの試合にもなかなか出場できない選手にとっては「フューチャーズ」の選手として実戦の機会を確保できるメリットがある。なおチャレンジ・マッチは非公式試合扱いのためこれらの試合の勝敗や個人成績はリーグ公式戦には含まれない。

チャレンジ・マッチはジャイアンツの清武英利球団代表の構想をベースにマリーンズの瀬戸山隆三球団社長兼球団代表らの尽力で実現したと言われている。ジャイアンツの清武球団代表と言えば、一連の裏金疑惑に関連して渡邉恒雄球団会長、滝鼻卓雄オーナーとともに三人でツッコミどころ満載のコメントを次々と発して週刊誌やネット上で俎上に挙げられているが、たまには球界の発展に役立つことも考えているようだ。以前から前任者の三山秀昭前球団代表よりはだいぶマシな人物だとは思っていたがなかなかやるものだ。敗戦処理。はジャイアンツの会長、オーナー、球団代用の三人を勝手に「讀賣版スリーアミーゴス」と名付けているが、清武代表、あなどれない!

今日のジャイアンツ球場でのイースタン・リーグ チャレンジ・マッチ、ジャイアンツ対フューチャーズ戦ではまず試合前に場内アナウンスでフューチャーズのベンチ入り選手が発表された。

監督はジャイアンツの育成コーチの藤田浩雅。かつて珍プレー集でアニマル・レスリーにグラブで殴られていたブレーブスの捕手と言えば思い出す人も多いのでは<>。他に紹介されたコーチ陣もジャイアンツの育成部門のコーチ達だった。ベンチ入り選手は投手6、捕手3、内野手5、外野手4の計18人。所属チーム別の内訳はマリーンズ5、スワローズ1、ゴールデンイーグルス4,シーレックス4、ライオンズのファーム3、そして対戦相手のジャイアンツから1でファイターズからは0。ファイターズが1人も派遣していないのは敗戦処理。の推測ではファイターズの支配下選手数が十二球団で最少の62人しかいないため、ここまで手が回らないからなのだろう。SHINJO、岡島秀樹、小笠原道大の流出で三人の合計推定年俸7億4400万円が浮き、その小笠原のFA補償でこれまた推定4億5600万円が入ってきてトータルで12億円、球団の財布が豊になっているはずなのだが…。

01_17 グラウンドに出てきた選手の姿を観ると、上半身のユニフォームは「フューチャーズ」のものだが、ズボンは各自の所属球団のもの。また守備につく時の帽子は「フューチャーズ」のもののようだが、ヘルメットは各自の所属球団のもののようだ。

なおフューチャーズのユニフォームは昨年のWBCで日本代表チームがビジター用のユニフォームとして着用していたものにデザインと配色が似ている感じだ。ちなみに背番号は各所属球団でのものではなかった。フューチャーズ特有の背番号を決めているのか。参考までにこの日の試合のスタメン選手のフューチャーズでの背番号と各所属球団での背番号を併記してみよう。(背番号は左がフューチャーズで右が各所属球団でのもの)

()梶谷隆幸(SS)背番号52/63

()原拓也(Go)背番号26/43

()角中勝也(M)背番号39/61

()神戸拓光(M)背番号40/55

()藤井宏海(M)背番号4/64

()枡田慎太郎(GE)背番号24/68

()大崎雄太朗(Go)背番号28/

()定岡卓摩(M)背番号5/70

()高森勇気(SS)背番号51/62

()堤内健(SS)背番号54/36

根拠は、わかりません…。

審判員は一日で四試合分の人数には足りないのか、この試合では二人制だった。ファームの試合では審判三人制をよく見かけるが、さすがに二人制は敗戦処理。も記憶にない。イースタン公式戦が行われた今日の三球場はどんな感じだったのだろうか?また各チームの控え選手がフューチャーズに回っている訳だから控え選手が少ない。ファームの試合では控え選手が務めることが多いボールボーイ、バットボーイを地元の少年野球の小学生が代行していた。

少年野球の子供達がボールボーイやバットボーイを務めることはファームの試合では珍しくないが、今日のボールボーイやバットボーイの子供達は動きが緩慢で打者が打った後のバットがそのままになっていて次の打者が取り除いたシーンが多かったし、球審の手持ちのボールが少なくなって補充を催促されてもなかなか出てこないなどどうも要領を得ていなかった。子供達が間抜けなのか、説明した人達がヘタだったのか…。せめてもの救いはネット裏最前列に陣取っていた子供達のパパママ軍団がバットボーイやボールボーイのヘタレぶりに気付いて嘆いていたことくらいか<苦笑>

試合の方は、普通に考えれば、ファームでも控えの選手達と育成選手の混成チームの方が弱そうに思えるがフューチャーズがジャイアンツを7対5で下した。ジャイアンツがフューチャーズと対戦したのはこれで二度目だがいずれもフューチャーズの勝利に終わっている。

今日の試合に関してはジャイアンツ先発の育成選手、ウィルフィン・オビスポが課題の制球難をさらけ出し、4回7四死球2暴投1ボークで5失点と大荒れだったのが尾を引き、5対5で迎えた八回表にフューチャーズがゴールデンイーグルス育成選手の中村真人の2ランで勝ち越し、そのまま7対5で逃げ切った。

14日・ジャイアンツ球場】
フューチャーズ 004 100 020 =7
ジャイアンツ   203 000 000 =5
FT)堤内(SS)、江口(M)、田中(Go)上原(YS)、金森(GE)、S後藤(SS)-高森(SS)、佐藤(G)、銀次(GE)
G)オビスポ、深沢、木村正、鈴木誠、加登脇-伊集院
本塁打 FT中村(GE)2ラン(鈴木誠・8回)
試合時間3時間2分 観衆204人(5回終了時点の場内発表による)

試合の内容に関しては敗戦処理。が先に書き込んだニフティのベースボールフォーラムに代わる後継のfolomyのベースボールフォーラム内のジャイアンツ会議室に書き込んだものを一部引用します。

ジャイアンツの先発は育成選手契約のオビスポ。

02_9 春の宮崎キャンプの時期に入団テストを受けて育成選手となった豪速球の外国人投手として覚えている人も多いのでは。当時ブルペンで豪速球を披露し、「ガルベス二世」、「サンチェの再来」などと報じられました。現在パウエルが長期離脱中ですので首脳陣が支配下登録も検討しているとか。結果を残したいところです。


敗戦処理。は初めてオビスポを生で観ました。たしかに球は速いです。ストレートはコンスタントに150kmから155kmの間をマークします。しかしコントロールが論外。ストライクとボールがはっきりしすぎています。変化球もカーブと、時折フォークらしき縦の変化球を投げていましたがこれもなかなかストライクゾーンを通らず、打者を幻惑できません。初回、二回表と何とか凌いでいましたが、打者が二回り目になる三回表に崩れます。

ジャイアンツが一回裏に亀井と梅田の連続タイムリーで2点を挙げて2対0とリードして迎えた三回表。先頭打者にレフト前安打を許すと、次打者の時にボークで二塁進塁。一塁ゴロに打ち取るが一塁ベースカバーは危なっかしい<苦笑>。一死三塁からマリーンズの角中選手にライト前に運ばれ1失点。続く四番のマリーンズの神戸選手に死球。さらに同じくマリーンズの藤井選手に四球で一死満塁とした後、ゴールデンイーグルスの枡田選手に押し出しの四球で2対2の同点。ライオンズのファームの大崎選手に右中間タイムリーで2対4と勝ち越されます。

三回裏にジャイアンツが一死満塁から梅田の二打席連続タイムリーとなるレフト線の二塁打で同点とし、続く坂本のセンター前タイムリーで5対4とすぐに逆転しましたがオビスポはいっこうに復調の兆し無く、四回表も先頭打者に四球。盗塁と暴投で三塁に進まれ、次打者にも四球。三回表の再現かとイライラしましたが、併殺打の感の1点、5対5の同点止まりで済みました。

オビスポはこの回限りでマウンドを降りましたが、4イニングを投げて打者22人中、6人に四球、1人に死球。三振も5個奪いましたが暴投を2度。被安打も4点で5失点と、とてもパウエルの抜けたアナ云々というレベルでは現状はありません。ドミニカ共和国出身でまだ23歳と先が長いので、じっくり育てて欲しいものです。


5対5の同点で迎えた五回表にジャイアンツが二番手に四国アイランドリーグ出身の深沢を二番手に挙げた当たりから試合が落ち着いてきました。同点のまま試合は進み、八回表に途中からDHに入っているゴールデンイーグルスの育成選手、中村選手がジャイアンツの四番手、こちらも育成選手の変速左腕、鈴木誠からライトオーバーのツーランホームランを放って7対5と勝ち越し。そのままフューチャーズが逃げ切りました。ジャイアンツとフューチャーズの対戦はちょうど一週間前の7日に次いで二度目ですがジャイアンツはその時も2対6で敗れたので二連敗ということになります。

folomyはニフティが各フォーラムを今年の3月末で終了させることを決定したため、各フォーラムのスタッフ有志で立ち上げた後継のフォーラムでニフティとは直接関係のないサービスです。メールアドレスとパスワードを設定することで誰でも参加できる新サービスですので、是非一度おためし下さい。

4/14 オビスポ乱調、ファーム混成チームのフューチャーズに競り負ける!!

なおチャレンジ・マッチの開催は当日のスポーツ新聞でも告知されていないようです。日程、概要などはNPB(日本野球機構)のHPに詳細に記されているのでご確認下さい。

若手育成試合 2007年度イースタン・リーグ チャレンジ・マッチ

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2007年4月13日 (金)

「やっぱり!」と「なんで?」が交錯するベイスターズ那須野:契約金5億3000万円だったとのニュース

03_7 12日に発売された週刊文春4月19日号(文芸春秋社刊)に2004年秋のドラフトで横浜ベイスターズが自由獲得枠で獲得した当時日本大の那須野巧投手に球界で標準としている額を遙かに超える契約金と年俸を支払っていたことがスクープされた。ベイスターズはそれに先立ち前日の11日にこの事実を公表したが、渦中のライオンズ球団の「栄養費」問題で調査委員会の調査の中で「他球団に遅れを取る訳にいかない」との供述があったとされたがまさにそれが白日の下に晒された形だ。敗戦処理。を含め、大半のプロ野球ファンは今回のライオンズの件にせよ、かつての一場靖弘の件にせよ、発覚した件が特殊な例ではなく、「他にもあるだろう」との疑念を抱いていただろう。敗戦処理。も那須野の件を聞いて「やっぱり!」と「なんで?」の思いが交錯した。

(写真は2004年7月19日にジャイアンツ球場で行われた大学生日本代表対社会人日本代表の壮行試合に大学生日本代表の二番手として登板した時の那須野。ちなみに先発は一場だった…。)

既にこれらの報道で触れられているので承知の方も多いだろうが、選手の入団時の契約金の上限を「1億円プラス出来高払いで5千万円まで」としているのはあくまで目安に過ぎない「標準」であって野球協約などの規定なり規則ではない。十二球団はプロ野球界の中にあるがそれぞれが独立した法人であり、金銭的条件の上限を一律に定めてしまうと独占禁止法に抵触してしまうおそれがあるから、あくまで目安に過ぎない「標準」なのである。したがってそれを逆手にとってこの標準額を超える金額を払って選手から逆指名を得たり、自由獲得枠や希望枠で指名している球団はきっと存在すると敗戦処理。は思っていた。だから「やっぱり!」なのである。

一方で一人の即戦力が見込める大学生を獲得するのに、いくらその年のドラフトの目玉の一人だと言っても標準の3倍以上、5億を超える金額を動かさないと獲得できないのかという驚きがあり、それが「なんで?」なのである。

確かに2004年のドラフト候補の中で、当時日本大の那須野巧は「和製ランディ・ジョンソン」と例えられる逸材だったと記憶しているがそれにしても…である。契約金が5億3000万円だったということは4億円だったら他球団に獲られていたかもしれないと言うことなのか(相対評価)、それとも那須野の能力、将来性などを評価したらウラ相場として5億3000万円という見積になったのか(絶対評価)気になるところだ。これは那須野が入団してから二年間で一年目1勝、二年目3勝と今のところ、とてもそれほどの大金を注ぎ込んでまで獲得するほどの逸材ぶりを発揮していないから言っている訳ではない。金額が桁外れだから言っているのである。しかし週刊文春と同じ日に発売された週刊新潮4月19日号(新潮社刊)によるとこの金額も驚くほどの金額ではないらしい。

さらにもう一つの「なんで?」は時期的に一場靖弘への「栄養費」が発覚し、当時の砂原幸雄オーナーが辞職していた矢先にこのような掟破りな契約を結んでいたということ。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という諺があるが喉元で忘れている。それこそ「舌の根も乾かぬうちに…」である。ベイスターズでの那須野担当スカウト、元外野手の中塚政幸スカウトは週刊文春とスポーツニッポンの取材に対し標準を超える額での契約に何の後ろめたさも感じていないようだが、さすがに時期が時期だけに感覚が麻痺しているとしか言いようがない。そもそも一場問題では同じ一場に三球団が「栄養費」を払っていたのだが最初に発覚したジャイアンツから、タイガースとベイスターズが発覚するまでに二ヶ月の間隔があり、その間なぜ黙っていたのかというのは当時も問題視されていたが、要はまるで罪の意識がないということである。

そしてしつこくなるので最後の「なんで?」だが、ベイスターズの選手会長である相川亮二が、覚書などを外部へ漏らした人間がいることがむかつくと言っている点(スポーツ報知web版より)。たしかに情報セキュリティという点ではこのような極秘文書が外に漏れてしまう(しかも「週刊文春」だけでなく「週刊新潮」にも流出している)というのはあまりにもお粗末であり、その点では相川の指摘は正鵠を得ている。ただこれはライオンズ球団の「栄養費」が発覚してまだ実名が出ていなかった時期に日本野球連盟の後藤専務理事の「もし社会人から出たとなれば、ちゃんと確定申告をして、きっちり対処する必要がある。」という今一つピントのずれたコメントを彷彿とさせる間抜けな発言と言えよう。スピード違反でつかまったドライバーがスピード違反をしたことを反省するのでなく、ばれて捕まったことを後悔するのと同じで本末転倒である。ベイスターズ球団には相川の言うようにこの種の極秘文書が外部に流出しないよう、セキュリティを厳重にするよう求めたい<苦笑>

ところでこの件をスクープした週刊文春4月19日号では契約金5億3000万円のうちの3000万円は那須野を通じて日本大の鈴木博識監督にわたった可能性を示唆している。(鈴木監督本人は否定)日大の鈴木監督といえば昨年の大学・社会人ドラフトでファイターズが同大学の長野久義外野手を四巡目で指名した時に「日本ハムは十二球団で最も行きたくない球団」であると、長野本人が言ってもいない談話を捏造して話をややこしくした人物である。敗戦処理。としては当然こんな男は大嫌いだが、そのことと今回の件を同じ次元で秤に掛けるべきでないのを承知の上で敢えて言わせてもらう。

「徹底的に膿を出せ!」

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2007年4月12日 (木)

小笠原道大は第九代横綱に昇進していなかった!

200701 小笠原道大は横綱に昇進していなかった!-昨年も本ブログで紹介したプロ野球選手の番付-日本野球界番付の2007年版が先月発売開始していたので申し込んだのだが、2006年版で東の大関に君臨していたファイターズの小笠原はパ・リーグで本塁打と打点の二冠王を獲得し、チーム優勝にも貢献してパ・リーグの最優秀選手にも選ばれただけに番付編成会議に先立つ横綱審議委員会で横綱に推挙されていたものと思っていたが番付は据え置きだった。ちなみに現役の横綱は第七代横綱の古田敦也が西に、昨年新横綱に昇進した第八代横綱の金本知憲が東に位置している。

【関連エントリー】

タイガース金本、横綱に昇進!(2006.3.24)

一説によると小笠原の昇進が見送られたのはジャイアンツへの移籍を果たしたことでもう一年様子を見ようと言う意見が大勢を占めたからだとか?  ちなみに小笠原の先場所(昨年)の成績は十三勝二敗。初の幕内優勝を果たした斉藤和巳の十五戦全勝に及ばなかった。

それにしても小笠原の横綱昇進見送りは残念。斉藤和巳の優勝はわかるにしても、十三勝では斉藤に二勝差である。だから見送られたのだろうが、セ・リーグ最優秀選手の福留孝介(西前頭三枚目)が十四勝一敗で準優勝とのことだが小笠原が福留より一勝少ないのも合点がいかない<苦笑>

ちなみに両横綱の成績だが、新横綱の金本は十二勝三敗。大相撲なら横綱としてはギリギリ合格点の星数だが、野球界番付の横綱では出色の成績らしい。なにしろ横綱で十二勝したのは第四代横綱のイチローが2000年に十二勝した時以来のタイ記録。勝ち越したのが約半数だと言うから大相撲なら間違いなく進退伺いものだろう。そして西横綱の古田は一勝三敗十一休み。こちらは二枚鑑札(兼任監督)ということで大目に見てもらっているのか? 

因みに歴代横綱は初代から落合博満、大野豊、斎藤雅樹、イチロー、佐々木主浩、松井秀喜、古田、金本。

それにしても、大の大人がこういうお遊びを真剣にやるのは楽しい。

冒頭の写真のように日本野球界番付は大相撲の番付にうり二つだ。大相撲の力士は一握りの学生相撲出身力士を除き、番付の一番下で初土俵を踏み、そこから何年もかけて昇進し、いつしか一人前と言われる関取(=十両以上)になっていくが、野球界番付も同じ要領なのでパ・リーグの最優秀新人の八木智哉も序ノ口優勝したに過ぎない。岩瀬仁紀ですら先場所の十両優勝でようやく入幕という程だ(ただし、いきなり東前頭筆頭)!

逆に先場所幕内のどん尻で一勝十四敗と大敗した中村紀洋は一度廃業扱いということもあり西の十両に張り出される形。東十両十枚目で四勝十一敗と大敗した清原和博に至っては幕下落ちと、先場所の不振ぶりをそのまんま反映している。

新番付に関しての記事はコチラ!!

日本にJリーグブームが巻き起こるまで二大人気スポーツと言えば野球と相撲だった。

そのプロ野球と大相撲には古くから良からぬ噂として囁かれていたことがあり、前者においては入団交渉における裏交渉、裏金で後者においては八百長疑惑。それぞれの世界で根強く囁かれていた闇の出来事が時を同じくして片や内部告発、片や裁判沙汰と世間の耳目を集めている。またプロ野球界が一流選手の海外流出ラッシュに頭を悩ませれば、角界は外国人力士の席巻ぶりが度を超えていると見る向きもあり、国技と謳っている手前鼎の軽重を問われている。かつて長嶋ジャイアンツが各球団から四番打者を集めた打線を組んでいた時、大相撲では横綱、大関、役力士に二子山部屋の力士が大半を占めて取り組みが組みづらいという時期と重なっていた。(この頃、ジャイアンツのオーナーが横綱審議委員会の委員長を務めていた。)

ことほどさようにこの日本の二大スポーツは似ているのである。だからこそ、本来は団体競技であるプロ野球の、その選手達を個人の能力、成績でランク付けし、番付にするという手順に大の大人(番付編成委員)が熱中するのだろうし、多少のツッコミどころはあるものの、観ていてフムフムと唸らされる番付が出来上がるのだろう。不肖・敗戦処理。も現役プロ野球選手を推定年俸によって単に年俸順に並べるのではなく、各球団の財源を同じにした上で再計算し、本当に年俸評価の高い順に選手をランク付けした結果を昨年このブログで発表し、今年もゴールデンウイークあたりに発表するつもりだが、日本野球界番付のこだわりには叶わない。まだ発売して一ヶ月程度なので興味を持たれた方野球界番付社にぜひお問い合わせ下さい。番付、星取表とも各一部二百円分の切手を払い込むことで申し込めます。

野球界番付社

TEL 06-6351-5146

FAX 06-6351-7119

530-0043大阪市北区天満3-6-19

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2007年4月11日 (水)

2年連続故障者リスト入り!-松井秀喜は「ニューヨークの清原」になるのか?

01_147日(日本時間8日)の対オリオールズ戦で捕ゴロを放って一塁に走った際に左太腿を痛めたヤンキースの松井秀喜が15日間の故障者リストに入ることになった。昨年は守備でスライディングキャッチを試みた際に左手を故障してシーズンの大半を棒に振っただけに今季こそとの思いも強かっただろうが、早くも挫折してしまった。

球団では一ヶ月程度での復帰を見込んでおり、症状的にも昨シーズンの二の舞は避けられそうな見通しだがジャイアンツ時代、常にグラウンドに立ち続けた男が海の向こうではケガの連続。残念でならない。昨年のスライディングキャッチでの故障は古巣の後輩、高橋由伸を連想させるし、打者走者としての走塁での足の負傷は同じく清原和博を連想させる。松井も高橋由や清原のように故障につきまとわれながらの野球人生になってしまうのか?

(写真は2004年に東京ドームで行われたジャイアンツ対ヤンキース戦で先制本塁打を放った松井)

今年から東京ドームの人工芝がリニューアルされたことが話題になっているが、昨年までの人工芝は松井が最後に日本でプレーした2002年から使用されたもの。松井がFA権を取得したら大リーグに行くのではないかという予想は既に立っていて、天然芝の球場が大半を占める大リーグのプレー環境の良さが松井の大リーグ志望の大きな要因の一つと観られていたことから、ジャイアンツ側が東京ドームの導入計画を一年早めさせて2002年のシーズンから導入させたものだった。「天然芝に近い人工芝」-当時のうたい文句だったが、松井の心には届かなかった。

「結局は人工芝ですからね」

松井はジャイアンツ時代の入団一年目の1993年から日本歴代二位の1250試合連続出場を続けたまま大リーグに移った。最後の三年間は全試合フルイニング出場だった。人工芝が選手寿命を縮めるというのはだいぶ以前から指摘されているが、そんな最悪な環境の元、連続フルイニング出場を続けていた松井の身体のケアというものは想像を絶するものであろう。しかも十二球団で最も外野からのノイズの多いジャイアンツというチームの四番、いわゆる「巨人の四番」を張っていたのである。それが皮肉なことに、松井が望んでいた環境に移り、四年目の昨年、守備でのプレー中に大怪我をし、ジャイアンツ時代からの連続出場が止まった。そして今年も。

もちろん大リーグの方が日本に比べて日程がきつく、それがあるから主力選手であっても時に欠場しながらシーズンを闘うのが大リーグ流であるのに、なまじジャイアンツ時代から連続出場記録が続いていたばかりに三年間、時にDHに回ったり代打のみの出場ではあっても出ずっぱりだった疲労の蓄積があって素人目には普通のプレーに思えるスライディングキャッチで大怪我になったというのもあろう。少なくとも敗戦処理。は昨年そう思っていた。

しかし今回のケガは…。

故障はしっかり治さないとクセになる。それは古傷となり、持病になる。球団もそれを憂慮して故障者リストに入れ、念入りに治療に専念させるつもりだろうが、常に故障と背中合わせのプレーヤー、前述の高橋由、清原のような存在になってしまうのではと心配でならない。

今でこそ故障と故障の間にたまに試合に出ている様な感じの清原だが、若い頃は王貞治の通算本塁打記録と衣笠祥雄の連続試合出場記録を破ることを本気で目指していた時代があったのだ。若い頃の清原の連続試合出場記録が止まったのはライオンズ時代にオリオンズ戦で相手投手の平沼定晴に死球を当てられたのに腹を立て、投手にバットを投げつけるなどの暴行をして出場停止処分を受けたからなのだが、その後清原は何かと大小のケガに見舞われるようになり、いつしか満身創痍になっていった。松井に限って清原のような慢心になることはないだろうが、ケガを庇いながらプレーし、試合の終盤には守備要員と交代させられる松井など、衛星放送の中継でも観たくない。

敗戦処理。は勝手に松井とイチローを「平成のON」とみなしていた。二人とも昭和のONに匹敵するスーパースターだと今でも信じている。一方のイチローが日本球界での7年連続首位打者などの偉業が伊達ではないことを大リーグで証明しているのに対し、松井のヤンキースでのプレーぶりは日本球界で単に「巨人の四番」にとどまらず日本球界の四番といって過言でない働きだったことに比べると物足りない。もちろんそれは安打量産と、本塁打という二人の得意なカテゴリーの違いがあり、単純には比較できないが、海の向こうで並みの選手になってしまっている松井に敗戦処理。は物足りなさを感じている。

松井以降、さらに多くの日本人プレーヤーが大リーグでプレーするようになったが、ホームランバッターと呼べるのはせいぜい中村紀洋しかいない。井口資仁や城島健司にしろ、岩村明憲にしろ本質的には中距離打者だ。投手では先駆者の野茂英雄を始め、伊良部秀輝、佐々木主浩と大リーガーを力でねじ伏せる存在は出ても、大リーグの投手を特大のアーチで粉砕する本物のスラッガーは出ていない。その最大の要因は最有力候補である松井がニューヨーク・ヤンキースという、すべてに代えてもチームの勝利に尽くすことを優先させるチームに入ったことだとも思えるが、今可能性があるのは松井しかいないのもまた事実である。

WBCで日本野球が結果的にアメリカ野球を上回った形になったが、選手個人の存在感で大リーガー達を凌駕し得るのは松井秀喜しかいないと今でも敗戦処理。は期待している。イチローがいかに安打に関する大リーグ記録を塗り替えようにも、それは日本のテクニシャンが技巧で大リーガーを凌いだだけに過ぎず(もちろんそれだけでも大偉業なのだが。)、パワーのカテゴリーでも大リーガーを屈せしめる存在が現れて欲しいのだ。

松井には今回の故障を機にいろいろと考えてもらい、優等生の殻を破り、ゴジラといわれたパワーで暴れ回る存在になって欲しい。大リーグに埋没した松井など、観ていて何も面白くない。

どうしても故障と背中合わせのプレーになるなら、高橋由や清原ではなく、松井には門田博光を目指して欲しい。アキレス腱を故障した元ホークスの門田博光は俊敏に走れる望みがなくなったため本塁打を打つと言うことの精度を高め、なおかつ相手にダメージを与える本塁打を打つことにこだわったという。松井も門田の道を歩んで欲しい。

ジャイアンツ時代の松井に東京ドームのライトスタンドに陣取るジャイアンツファンが歌っていた応援歌の歌詞には「ミサイルホームラン」というフレーズがあった。(読売ジャイアンツ選手別応援歌・「松井秀喜のテーマ」作詞:高田祐樹)松井の打球にグラウンドの広さは関係ない。大リーグのスタジアム、いやボールパークでもミサイルホームランにこだわり続けて欲しいのだ。

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2007年4月10日 (火)

裏金問題-倫理行動宣言の後と前を分けるべきか否か?

4日の調査委員会の中間発表では2005年の倫理行動宣言以前のライオンズ球団のスカウト活動における裏金の総額、総件数などが明らかにされた。これに関して当の池井優調査委員長や根来泰周コミッショナー代行が倫理行動宣言以前に行われた裏金などの行為が発覚しても不問に付す可能性を示唆している。たしかに2004年の一場靖弘(当時明治大学)栄養費問題を機に定められた倫理行動宣言以後にライオンズ球団が不正なスカウト活動をしていたのが問題視された訳だから同宣言を境にするのはわかるような気もするが…。

スカウト活動における裏金疑惑はかなり以前から噂レベルでは根強く語られていたから、調べればいろいろと出てくるだろう。

一場問題では最初にジャイアンツの件が発覚したが多くの野球ファンはその時に「やっぱりそういうことがあるのか?」と思ったことだろうし、「これが初めてじゃないだろう」とも思っただろう。そして先般の調査委員会による中間発表でライオンズ球団に関する過去の行為の実態が数値として明らかになった。倫理行動宣言以前に関して処分すべきか否かという議論はあるだろうが大前提として最終報告では可能な限り実名で明確にしてもらいたい。

プロ側は2005年の倫理行動宣言を一つのターニングポイントを境とするという理屈があるだろうが、アマ側にはそれ以前から日本学生野球憲章など明文で禁じている訳だから、どこまで遡及するかという程度の問題はあるにせよ、名前の挙がったアマ選手、関係者に関しては事実であれば「有罪」になる訳だ。

倫理行動宣言以前の裏金などをこの際不問に付そうという意見では主にスポーツ新聞などの論調に観られるが、過去においては選手を囲い込むというか、本人だけでなく家族、指導者などを抱き込んで自球団に有力な選手を引っ張ってくることこそがスカウトの腕だという風潮があった訳で、それを今さら否定して当時のスカウトや球団フロントに処分を科したり、選手にも処分を科すのは如何なものかというのが一般的なようだ。

しかし敗戦処理。として同調できないのは過去においてはそういう行為もスカウトの腕だったということに関して、確かにそういう時代の風潮だったのだろうがドラフト制度における「戦力の均衡化」、「契約金などの高騰化の防止」という基本理念にまるっきり逆行していた一連の行為をあたかもスカウトの腕だとか、球団の企業努力の範囲などと評価するのはどうしても認めたくない。今のような倫理行動宣言が無く、明文による禁止規定が無いからと言って、それを正当化する意見には賛成できない。何故なら現実に、ドラフト制度がありながらその趣旨に逸脱したスカウト活動によって選手の入団が決定され、それによって歪んでしまったバランスによって公式戦の戦いが実際に行われてファンが喜んだり哀しんだりしたという事実があるのだ。

しかしそうは言っても、現実には遡れば遡るほど「証拠」が薄くなるだろうし、現実に処分を下そうにも「証拠不充分」の件が続出するだろう。過去の事例に対して処罰を下すのは非現実的だと思う。

例えばこれまで事あるごとに取り沙汰された、ジャイアンツの高橋由伸が慶應義塾大学時代にジャイアンツを「逆指名」した際の経緯に関して元スワローズのスカウト部長だった片岡宏雄氏などは週刊誌で実名を挙げて「ジャイアンツが高橋の父親の借金の肩代わりをしたからジャイアンツを逆指名した」などと告発しているが、これは「栄養費」ではなく一応はれっきとした「不動産売買」である。これだけを以て学生野球憲章違反を問う訳には行くまい。

また熊本工業の三年生だった伊東勤が年齢制限で高野連の規定で試合に出場できないとわかると、ライオンズが「練習生」という形で契約し、所沢高校の定時制に転向させてドラフト会議での指名を経て入団したのも、当時においては「練習生」というのは制度で認められていた訳だし、ドラフトで他球団も指名可能だったのにライオンズ以外は指名しなかった訳だからそれだけでは違法性はない。要するにどのような手口が黒で、どのような手口が白なのかの線引きも極めて困難である。

そもそも刑罰は過去に不遡及との原則もある。

また契約金の標準額を超える部分を「裏金」と認定すると標準を定めていること自体が独占禁止法に抵触しかねない。「だから標準額なのだ」という言い訳を用意しているのだろうが、そうであれば超えたことを取り締まれない。

さらに難しいのは、ライオンズの場合は倫理行動宣言の後に不正なスカウト活動をしたから過去に遡って調べられて、過去の事例まで明らかになりつつあるのだが、他球団は少なくとも倫理行動宣言以降には一切不正な活動をしていないのであれば過去に遡っての調査には協力する筋合いはないとしてシラを切れることである。4日に発表された数値を観れば、まさか十二球団の中でライオンズだけがやっていたと信じるファンは少ないだろう。やっていない球団もあるだろうが、やっている球団もあるとか、多かれ少なかれ逸脱した行為はあっただろうとファンは疑念に持つだろうと言うことだ。

可能であれば球団単位ではなく機構直轄の第三者機関を設置して全球団のスカウト活動を調べて欲しいところだ。理想的には現役選手の中で最も古い選手が対象となった1981年秋のドラフト当時まで遡って調べて欲しいところだ。

変な比喩になるが、現在地球規模の問題と化している「環境保護」の件にせよ、「環境保護」云々が叫ばれるまで「環境保護」に無頓着に環境を破壊してきたから「環境保護」を意識せざるを得なくなった訳で、だからといって過去の「環境破壊」を処罰できるかというとそういう訳にはいかず、仮にそうしたとしても破壊された環境が元に戻る訳ではない。それと同じような気がするのである。

ただ、取り締まれないにしても、全てを白日の下に晒すまではやって欲しいというのはある。誰が悪いとか言うのでなく、ドラフト制度の精神に反し、裏で莫大なマネーが動くことになり、その結果が現在の日本プロ野球界に及ぼしている影響は甚大なものであろうことは容易に想像できる。

敗戦処理。の意見としては(興味本位も込めて)全貌究明希望。その場合アマチュア側の関係者だけが処分されてプロ側は不問になるという、はっきり言うと収賄だけが咎められて贈賄が沙汰無しというアンバランスな結果になることも考えられる。しかしそうなればさすがに、アマチュア側が処分されたケースに関してだけでもプロ側の関係者が自発的に処分を受けるということになるだろう。過去の事例に関しての落としどころとして、いかがなものだろうか。

今にして思えば、一場問題の際、あくまで発覚した三球団(ジャイアンツ、ベイスターズ、タイガース)固有の問題とし、当該球団の自主的な調査による発表、処分のみで幕引きしたのはいつか今回の様なことが起きた時のために過去を不問にしようという合意があったのかもしれない。想定外に過去のことをほじくられたのは、この調査委員会が球団主導ではなく、球団の親会社の主導だったから…と言うのは穿ちすぎだろうか…。

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2007年4月 8日 (日)

ライオンズのユニフォーム組には裏金問題に関して当事者意識はないのか?

ライオンズ球団の裏金問題で4日に調査委員会から発表された中間発表ではいわゆる倫理行動宣言締結以前に裏金をアマ選手やその指導者、関係者に渡していたことが明らかになった。また「他球団でもやっているから」などとライオンズ球団以外でも倫理行動宣言締結以前には平気で裏金、利益供与がなされていたかのような供述もあったとされ、問題の闇の深さがさらにクローズアップされた。それに関して当該球団であるライオンズの伊東勤監督が「現場に十分影響してる」「5選手特定させないで」「いい加減にして」と言っている。既に公式戦が始まっていることもあり、現場を預かる責任者として伊東監督が声を荒げる気持ちもわからないことはないが、自分たちは騒動のまさに渦中の球団の一員であり、少なからず当事者であるという意識はないのだろうか?

仮に伊東監督を始めとする現役の監督、コーチ、選手-いわゆるユニフォーム組の中には入団時において後ろ指を指されるような行為があったものは一人もいないとしても、現実にこの球団で二人のアマチュア選手に対して不正行為が起きているのだから疑惑をかけられるのは避けられない。彼らは「俺(達)はこの件に関しては無実だ」と胸を張って言えるとしても、それを客観的に証明して初めて「無実」と認定される立場であるという自覚が全く欠けている。

また中間報告の中で倫理行動宣言以前の選手のことが取り沙汰されたことに関して伊東監督は「もしも現役選手の中にいても公表は控えて欲しい」と言っていたが、これも当事者意識に欠けた発言といわざるを得ない。

たしかに倫理行動宣言以前に行われた行為をどう扱うかは議論の必要があろう。根来泰周コミッショナー代行も池井優調査委員長も不問に付すべきではとのニュアンスを発していたが、倫理行動宣言以前に関してはこの両者のように調査する側、裁く側が判断すればよいことであり、またマスコミやファンが意見を述べ合えばよいわけで、まな板の上の鯉であるライオンズ側が主張すべきではないと思える。そのために利害関係のない第三者に調査委員会を委ねているのだから。

ただ敗戦処理。の感想としてはまだ途中経過に過ぎない中間報告の時点で、このような曖昧な形で倫理行動宣言以前の話が出たり、ましてや他球団でも当時は…云々との話が出るのは如何なものかと思う。「悪いのは俺たちだけじゃない。他もやっているからそれに負けないよう俺たちもやっていたんだ」という、上からの指示に従ってやっただけの連中の怒りの声だというのは充分に想像できるが。

3月24日の開幕戦で太田秀和球団社長がグラウンドに立ってファンに謝罪するという至極当然の行為に対しても伊東監督やライオンズ選手会は猛反対していた。一年の公式戦のスタート、開幕戦の開幕セレモニーは華々しく賑やかなものであり、いくら世間を騒がせている渦中とはいえ、そんな場で謝罪をすることはないだろうとの趣旨だったらしいが、伊東監督や選手会は太田球団社長との話し合いにおいて、開幕セレモニー以外の場で多くのファンにいつ謝罪するのか、代替案を提示したのか?

開幕セレモニーの華やかな場に球団社長による謝罪が適切か否かを判断するのは伊東監督やライオンズの選手会ではない。当日入場する観客達だ。球場周辺には「ファンは、スカウトにも探せない即戦力だ。」というポスターが掲出されているが、ファンに逃げられますよ。

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2007年4月 3日 (火)

プロ野球開幕戦始球式考

01_13 パ・リーグに遅れ、セ・リーグも公式戦を開幕した。開幕セレモニーの定番といえば「始球式」。日本では野球発祥の地、アメリカ大リーグとは異なる独自のスタイルの「始球式」が定着している。プロ野球界の一年のスタート、いわば元日に当たる開幕戦の「始球式」の人選について考えてみた。

(写真:パ・リーグ開幕戦、マリーンズ対ファイターズ戦の始球式でマウンドに上がった山内一弘氏)

先月24日に開幕したパ・リーグは既に六球団すべてがホームゲームを実施し、開幕セレモニーで始球式を行っている。30日に開幕したセ・リーグも一昨年のAクラスで開幕の興行権を持つタイガース、ドラゴンズ、ベイスターズが既に開幕セレモニーを行って始球式も行っており、残る3球団も今日3日に初のホームゲームを開催し、開幕セレモニーで始球式を実施する予定だ。まずは十二球団の始球式の人選を観てみよう。

マリーンズ 山内一弘

ライオンズ ウエンツ瑛士 (タレント)

ホークス 上戸彩 (タレント)

バファローズ 西川きよし (タレント)

ファイターズ 2006年北海道日本ハムファイターズベースボールクラブの少年

ゴールデンイーグルス 楽天イーグルスジュニアチームナイン。

ベイスターズ 北京五輪予選野球日本代表監督、コーチ陣

ドラゴンズ 池田久美子 (陸上選手、女子走り幅跳び日本記録保持者)

タイガース 水川あさみ (女優)

ジャイアンツ 末續慎吾 (陸上選手、短距離)

スワローズ 東京ヤクルトスワローズジュニアチーム

カープ 大野豊

(敬称略)

     ジャイアンツ、スワローズ、カープの3球団は3日実施。他9球団は実施済み。

ファンの間には「始球式にちゃらちゃらしたタレントが登場するのはおかしい。試合開始直前の儀式であるし、特に開幕戦のような特別な試合では球界に功績のあるOBを招くべきだ」という声が根強いようだ。

個人的には、あまりおふざけでやられては困るが、当該球団や野球界に功績のあるOBがやるべきだとの硬直した考えではない。野球をやったこともないような女性アイドルがばらばらなフォームでとんでもない方向に投げる始球式のどこが悪いのか?という思いだが、多くの真っ当な野球ファンは敗戦処理。の様には考えておらず、特に開幕セレモニーのような厳かな儀式にはOBにお願いするべきだと考えているらしい。

今年の傾向を見ると、プロ野球OBによる始球式が3球団、他のスポーツ種目の選手による始球式が2球団、芸能人による始球式が4球団、ちびっ子による始球式が3球団とバラエティに富んでいる。

プロ野球OBの始球式で今年最も話題を呼んだのはベイスターズ対ジャイアンツ戦に北京五輪の予選に挑む野球日本代表チームの首脳陣が揃って登場した始球式だろう。星野仙一代表監督が投げ、田淵幸一ヘッドコーチが受け、山本浩二コーチが打ち、大野豊コーチが球審を務めた。星野・田淵・山本三氏による始球式は実はこれが始めてでなく、星野氏がドラゴンズの監督で山本氏がカープの監督だった時代ドラゴンズとカープによる対戦になった2001年の開幕戦で実現済みだ。田淵氏は評論家だったが捕手役で出演した。今回の日本代表首脳陣による始球式はベイスターズ球団の企画で実現したが、どちらかといえばホークスの開幕戦でやって欲しかった。ホークスの監督はWBCで日本代表監督を務めチームを優勝させた王貞治。WBC優勝監督から北京五輪の首脳陣にエールを送るという意味も込め、ホークス対バファローズ戦で実現していればさらなる盛り上がりを見せていただろうが、星野代表監督らがベイスターズ戦を選んだのでなく、ベイスターズ側がこの企画を思いついたのだから仕方あるまい。

なお日本代表首脳陣の一人、大野豊氏は3日のカープの本拠地開幕戦で始球式を務める。何でもカープが最後に優勝した1991年のユニフォーム姿で投げるという。カープの開幕戦始球式は長年同じ基準で人選されていたが、今年はある事情でそれが出来ない。ただ地元色を打ち立てていることには変わりないのでOBの大野氏に落ち着いたという。

もうひとりのOBはマリーンズの山内一弘氏。シュート打ちの名人として、また名打撃コーチとして既に野球殿堂入りしている大物OB。マリーンズは二年前に、九年ぶりにリーグ開幕を本拠地で迎えるにあたり、相手が新規参入球団だったこともあって球団の伝統を見せつけようとOBに依頼したのを機にOB路線に変更した。過去二年間は金田正一氏。今年は事前に「打者の超大物OB」と謳われていたので敗戦処理。はこの山内氏か、有藤道世氏、荒川博氏を連想していた。理想をいえば、超サプライズ人選で榎本喜八氏を呼んで欲しかったが。

山内氏は74歳。マウンドまで歩く姿もゆっくりで時代を感じさせたが、生で観るとやっぱりOBによる始球式は厳格だなと感じる。ちなみに敗戦処理。は昨年のWBCアジアラウンドで金田正一氏による始球式を間近で観たが、金田氏もグランドに姿を現した時には年齢を感じさせたが、ファウルラインをまたいだあたりから背筋がしゃきっと伸びたのはさすがだと感じた。(ちなみに金田氏は当時72歳)

ただマリンスタジアムで残念だったのは始球式に先立つセレモニーで何故かドラえもんとドラミが登場し、ドラミの声優を務めるタレントの千秋が挨拶をしたのが余計だった気がした。千秋はタイガースファンを公言しているため、ライトスタンドの一部からはブーイングが。もっとも千秋本人も覚悟していたようで「多少のブーイングはあると思いますが…」と自分で振っていた。

マリーンズの親会社はロッテだが、パ・リーグの球団の親会社としては最古の歴史を持つ。セ・リーグに比べ人気のないパ・リーグでは球団の身売りが多く、いくつかの球団では以前の経営母体の時代を「無かったことにしている」ところもあり、それが故にOBによる始球式という発想も少ないのであろう。

ちょっと横道にそれるが、かつて球界から永久追放を受けた池永正明氏が復権した際に始球式出演を依頼したのは池永氏の地元福岡を本拠地にするホークス球団だった。池永氏が所属していた「西鉄ライオンズ」のユニフォーム姿で始球式を行えばオールドファンは大喜びしただろうが、ホークス球団の招きで実現したことを考えるとそれは出来まい。そもそもホークスよりも池永氏の復権を祝わなければならない「西武ライオンズ」は「西鉄ライオンズ」を無かったことにしている。池永氏は結局、ユニフォーム姿ではなくスーツを着、帽子は「福岡ソフトバンクホークス」の野球帽という姿でマウンドに上がり、始球式を行った。

閑話休題

先程敗戦処理。は「野球をやったこともないような女性アイドルがばらばらなフォームでとんでもない方向に投げる始球式のどこが悪いのか?」と書いたが、タレントの始球式の中で、これは如何なものかと感じている類がある。それはテレビ局とのタイアップ。特に野球シーズン開幕の時期、テレビ業界では番組改編期にあたり、開幕戦の放映権を獲得した局は自局が力を入れている番組の出演者に始球式を行わせ、試合中継の合間にPRをさせるというパターン。今まさにライブで行われている試合の模様が画面の隅っこに追いやられ、特に興味もない番組のハイライトが画面を占領。番組の内容やタレントのプロフィールを一夜漬けで覚えた実況アナとの噛み合わないトークを観るたびに「野球を観たいんじゃ!」とテレビに向かって突っ込んでいる<苦笑>。今年のパ・リーグの開幕日でも始球式を務めた上戸彩がその後放送席で番組のPRをしていた。

ちなみに上戸彩は二年前にもホークスの開幕戦で始球式を務めている。この時は上戸彩が系列のヤフーのCMに出演していることから始球式に招かれ、上戸彩のバックには所属するオスカープロモーションの綺麗どころが勢揃いした。この時の対戦相手はファイターズで打席にはSHINJOSHINJOは打席でバットではなくオロナミンCを持っていた。ここまで徹底すれば許せるが<>

しかし同じタレントを再び起用したホークス球団にはがっかり。孫正義オーナーの掲げるチームスローガンが「目指せ世界一」なら始球式もワールドワイドなものを心掛け、キャメロン・ディアスが投げてブラッド・ピットが打つというくらいの演出をして欲しいところだ。

その意味では2004年の日本シリーズで俳優トム・クルーズに始球式をさせたライオンズ球団には賛否両論だったようだが素晴らしいと思う。

またそのライオンズも、自身のブログでライオンズファンであることを公言し、ライオンズ戦で始球式を務めたいと強調していたウエンツ瑛士の起用も悪くないが、今年は例の裏金問題の渦中。本来なら晴れやかである開幕セレモニーで太田秀和球団社長兼オーナー代行が謝罪をするという異例の開幕戦であるということを踏まえると、嘘つながりで夏川純あたりの起用がタイムリーだったのではないか<冗>。

タレント路線の始球式では1990年代のジャイアンツの開幕戦のラインアップが秀逸。1992年の宮沢りえに始まり、中山美穂、西田ひかる、内田有紀、飯島直子、安室奈美恵、吉川ひなの、水野真紀と続くラインアップは他の追随を許さない。2000年以降、急にOBを招いたり、欽ちゃんに頼んだりするようになってから成績も今ひとつで視聴率も上がらなくなっているという現実を球団も直視すべきである<>。ただし1995年の内田有紀から1998年の吉川ひなのまで四年連続して離婚経験者になってしまっているので女性タレント側から煙たがられていて旬なキャスティングが出来ないという見方もあるが…。

この他にはちびっ子による始球式というパターンもある。スワローズ、ゴールデンイーグルス、北海道移転後のファイターズは毎年このスタイルを踏襲している。特に近年は12月に十二球団のジュニアチームによる大会があるので今後この路線を歩む球団が増えるかもしれない。

ちびっ子といえばオールスターゲームの始球式もこのところしばらくは公募で選ばれたちびっ子が務めている。長くスポンサーを務めていた三洋電機が自社のテレビCMに起用している女優を始球式に押し込んだこともあったが、いつしかちびっ子路線に転向した。スポンサーにはこういう懐の深さも見せて欲しい。

たかが始球式、されど始球式。高い放映権料を払ってくれる放送局に始球式の権利まで売ってしまい、野球ファンが感心のないテレビ番組のPRを観させられる、これは勘弁して欲しい。こういう始球式ではスタジアムで観戦していてもスコアボードにPRしたい番組の映像が流れるのでしらけてしまうことが多い。偉大なるOBを招くのも好し。華やかな女性アイドルもまた好し。ただし始球式を別目的で利用する演出は避けて欲しいものだ。特に開幕戦では。

【関連エントリー】

球団の歴史やOBを大切にするということ(2006.9.11)

【PR】巨人の東京ドーム開幕戦で誰が始球式を務めるかを当てよう(2007.2.9)

【決定】ジャイアンツの本拠地開幕戦の始球式は末續慎吾(2007.3.7)

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2007年4月 1日 (日)

「生」観戦した野球場(29)-西武第二球場

04_4いろいろな野球場で日本のプロ野球を観てきました。その数40以上。だからどうしたと言われればそれまでですが。

このコーナーでは敗戦処理。がプロ野球の試合を観戦した野球場について順に書いていこうと思います。月に1~2球場の割合で書いていこうと思います。また、シーズン中に新たな球場に行ったら加筆していこうと思います。

29回 西武第二球場 観戦球場ファイル-28

ライオンズのファームの本拠地として、イースタン・リーグで使用される球場。一軍の本拠地が近年ネーミングライツで名称が変わっており、そのネーミングライツを得た企業がファームのチーム名にも企業名をつける権利を得ているがファームの本拠地球場は「西武第二球場」という名称から変わらない。

それもそのはずで、ネーミングライツを得ようという企業にはそれぞれ思惑があるだろうが、追加料金を払ってまで買うほどの価値を見いだせない球場といって差し支えないだろう。

一軍の本拠地の裏にあり、その先に若手選手の合宿所もあり、練習、育成環境としては申し分のない場所にあるが、「西武ライオンズ球場」が出来た時の、大リーグの本拠地球場にも負けない豪華さといった印象からすると、ファームの球場のあまりの粗末さぶりには落胆せざるを得ない。

単なる空き地に囲いをつくっているだけと言っても良い環境で、観客席らしきものもネット裏に数えるほどあるだけで、そこ以外で観るファンは一塁側や三塁側のネット越しに土手に座って観戦するしかない。いっそのこと外野の後方で観戦しようかと思うと、場内アナウンスが聞こえない。観戦するには不自由が多い球場といわざるを得ない。

またマリーンズの浦和球場同様、スタンドがないため観戦時の目線がグラウンドレベルになるので、打者がゴロを放った時、その打球方向を瞬時に判断するのが困難という非常に厄介な問題がある。敗戦処理。はグラウンドを俯瞰で眺めながら観戦するのが好きなので個人的にはこういう球場は歓迎しない。(冒頭の写真からも目線の低さがわかるでしょう)

ただしマニアックな見方をしようと思えば、一、三塁側のブルペンのすぐ脇で観戦することが出来、登板を間近に控えたプロの投手が徐々に集中力を高めながら投球練習をする姿を目と鼻の先で見ることが出来る。

敗戦処理。が初めて生観戦した2002年5月3日のライオンズ対ファイターズ戦の時には三塁側ブルペンのすぐ脇に陣取ったが、ブルペン付近で素振りをしようとしたファイターズの選手が三塁塁審から「そこは素振り禁止だ。やめなさい」と注意を受ける声がはっきりと聞き取れたし、ファイターズの白井一幸二軍監督(当時)がピンチにマウンドに行く制限に関してミスをした時には球審がベンチ前に来て説明している内容も聞き取れたほどだった。さらにいえば、ファイターズのブルペンからは投手陣やブルペン捕手達による、とても仕事中とは思えないくだらない雑談まで聞こえてしまった。

以前にも書いたが、ファームの本拠地グラウンドが整備されていない球団は、少額であっても入場料を取れる体裁を整えるべきだと思う。少額であっても入場料を取り、ファームといえども選手達にお客さんからお金をいただいているという緊張感を持たせるべきだと思うからである。プロ野球選手の仕事は究極的にいえば投げるとか打つとかのプレーのみではなく、それによってファンの財布のひもを緩めさせ、球団の収入を増やすことであり、それが出来て初めてプロ野球選手として給料を上げて欲しいとか要求できるのである。

特にライオンズの場合、大学生、社会人出身の即戦力タイプだけでなく、例えば近年なら中島博之や中村剛也といった選手がファームから這い上がってくる土壌がある。そうした選手達にプロとは何ぞやを気づかせる意味でも、入場料を取れる設備にして欲しいのである。

スワローズの宮本慎也がこのオフの契約更改でファームの専用球場の施設改善を訴えていたが、その戸田球場と似たり寄ったりの西武第二球場をも、それこそ松坂マネーあたりで何とかしてもらいたいものだ。大幅なリニューアルが無理なら、せめて観客用の椅子を整備するなり、ファームの試合のためにわざわざ足を運んでくれるお客様をもっと大切にするという発想も欲しいところだ。

ライオンズのファームは、飯能市などの埼玉県内各市での主催試合を増やし、地元埼玉の新たなるファンを開拓しようという姿勢を見せているが、その試合で興味を持ったファンが、いざファームの本拠地に行ってみたら「うちの近くの高校野球の予選に使っている球場の方がよほどマシ」という印象を持つのが関の山だろう。

球団として今はもっと他に大切な大きな問題があるが、ぜひとも善処してもらいたい。

【関連エントリー】

「生」観戦した野球場(4)-西武ライオンズ球場(2006.3.16)

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