巨人軍は永遠に不滅なのか?
意図した訳ではないが、昨日(8日)にエントリーした誤用例の続編から今日は入っていく。
アサヒ飲料の缶コーヒー「ワンダ モーニングショット」(190g)を今買うとスポーツニッポンの一面を集めたミニスクラップブックが付いてくる。スクラップブックは5種類あり、中身がわかるので購入時に選べる。プロ野球編は1970年代~80年代のプロ野球編1と1980年代~90年代の同2がある。敗戦処理。は2種とも購入したが、プロ野球編1には1974年の長島茂雄(注.当時の新聞表記は「長嶋」ではなく「長島」)の引退、現役最後の公式戦を報じた同年10月15日(注.10月14日の翌日)の一面が収録されている。スクラップブックには紙面の他にデータファイルという解説欄があるのだが、当然あの有名な引退スピーチが引用されている。
「巨人軍は永遠に不滅です」
ん? 永遠? 永久じゃなかったっけ?
正解は長島茂雄はこの時、「わが巨人軍は永久に不滅です」と言ったのであり、「永遠に不滅」とは言っていない。野球用語ではないが、これほど有名なスピーチであるにもかかわらず、「永久」が「永遠」にすげ替わって引用されるケースは多い。何故だろうか?
スポーツライターの玉木正之氏の著書「プロ野球大大大事典 決定版!!読むプロ野球」(東都書房)の「永久」の項によると、
(前略)この名セリフがあらためて紹介されるときは、なぜか必ずといっていいほど「永遠に」と誤って引用される。「永遠」という言葉は、ニーチェの「永遠(永劫)回帰」、ライブニッツの「永遠の心理」のように、形而上の問題を語るときに使われる場合が多く、一方、「永久」という言葉は、「永久機関」「永久気体」「永久磁石」「永久選挙人名簿」といった具合に、形而下の問題を語るときに用いられる。したがって「永久に不滅」といった長嶋茂雄は、「たとえわたしがいなくなっても、巨人というチームは勝ち続けますよ」と、ジャイアンツに対して気配りをしたのだった。が、「永遠に不滅」と思いこんでいるファンは、「長嶋茂雄のいたジャイアンツは、われわれの心のなかで、いつまでも生き続けている」と解釈しているのである。(後略)
とのこと。前半部分は敗戦処理。には難しすぎてわからないが、後半部分の例を読むと納得する。要するに当時のファンにとっては簡単に言えば「巨人の長嶋」ではなく「長嶋の巨人」だったからだ。
また、この名言を皮肉る人の中には長嶋が「不滅です」と言った時期を境にジャイアンツは不滅でなくなったのだという人もいる。これも当時よく使われた比喩だが「長嶋監督は長嶋選手のいない巨人軍を率いなければならなかった」訳で、その結果初年度には球団初の最下位に沈み、三年後には掟破りの「江川問題」。今日に至るジャイアンツの迷走の起源をたどっていくと栄光のV9が止まった翌年に長嶋が引退した時期に当たるのだ。
5月2日の対ドラゴンズ戦で球団創設以来の勝ち星を5000勝としたジャイアンツ。敗戦処理。は基本的に「伝統は守るもの。歴史はつくるもの」という考え方だ。節目の金字塔を達成した記念に今年の交流戦でV9時代のユニフォームを復刻するという。ユニフォームの復刻企画は既に他球団でも企図されており、今さらという気もするが、最も伝統を大切にすべき遅ればせながらこういう企画を実行するのは素直に評価したい。思えば、あの悪名高かった「YOMIURI」表記のビジターユニに変えた年に松井秀喜が去り、その年を最後にジャイアンツは優勝から遠ざかっている。偉大な先人達に感謝するとともに守るべき伝統というものをよく考え直してもらいたいものだ。
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