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2007年5月12日 (土)

あまりに重い大ストッパー江夏豊氏の箴言

10日のジャイアンツ戦で連敗を止めたタイガースだったが、最後の9連敗目の試合はリリーフ陣のJFKを投入しての逆転負けでショックがとてつもなく大きい負け方だった。その試合を報じた翌10日のデイリースポーツの江夏豊氏のコーナー「野球道」を読んでタイガースファンでない(もちろんジャイアンツファン)敗戦処理。は唸った。「岡田さい配は間違っていない」と題された江夏氏の分析-岡田彰布監督に言及した部分にでなく、まさかの逆転負けを喫した藤川球児とジャイアンツのストッパー上原浩治について言及した部分だ。さすが江夏氏。箴言です。

まず江夏氏は藤川についてこう触れている。

「藤川は八回途中からイニングをまたいでの登板となったことは酷であったと思う。八回だけでも14球を投げている上にわずか1点リードを守る最終回は肉体的だけでなく精神的にもきつい登板であったと想像できる。」

最初から長いイニングを投げることを前提としている先発投手と違い、試合終盤の1イニングに全神経を集中して投げるストッパーにとっていわゆるイニングまたぎは、集中力の持続、スタミナの面で容易なことではないらしい。チームが連敗中で二週間近く実戦のマウンドに立つ機会すら得られなかった藤川にはなおのことだったのだろう。それは敗戦処理。にも想像が付く。だが、江夏氏が言うと、また説得力が違う。

江夏氏の晩年、いやプロでの投手生活の後半はストッパーだった。ホークス時代に野村克也監督(兼捕手)からストッパー転向を命ぜられ、カープ、ファイターズでリリーフエース(当時は「ストッパー」より「リリーフエース」という呼び方が一般的だった。)として優勝請負人と呼ばれるにふさわしい活躍をした。

ただ江夏氏がリリーフエースだった頃にはこの「イニングまたぎ」は別に不思議なことではなかった。そもそもそんな言葉はなかった。

これに関しては昨年8月5日付本ブログ マンガ版「江夏の21球」を読んだ方へ で書いたことを再掲載しよう。

江夏が抑えの切り札として活躍していた頃は、リリーフエースと呼ばれる投手達は試合終盤にチームがピンチになった場合にマウンドに向かう。この試合の江夏のように七回の途中からリリーフエースが登板するというのは極めてレアなケースだが、八回の途中とか、八回の頭から出てくることもあった。逆に九回の頭からの登板でなく、九回に同点の走者が出てからの登板も珍しいことではなかった。

つまり、チームの一大事に出ていくのがリリーフエースで、リリーフエースを抱える監督の仕事は、いつ、どの場面でリリーフエースを投入するかがポイントであった。最近は逆で、リリーフエース(という呼び方自体が死語になってしまったが)は最終回1イニングをきちんと抑えるのが仕事であり、監督の仕事はその最終回まで、どうやってリードを保って迎えるか、そのための継投をすることに変わっている。

以前は「チームの一大事」があってそこに出ていくのがリリーフエースであったが、最近ではストッパーがいて、いかにしてその登板までたどりつくかが試合のポイントになっている。主役が代わったのである。

例えばの話、昨年25セーブ以上を挙げたストッパーは両リーグで7人いたが、それぞれの投手の登板数とイニング数を比べてみるとほとんど差がないと言うことがわかる。両リーグ最多セーブの岩瀬に至っては登板数よりイニング数の方が少ない。

2006年 25セーブ以上の投手の投球回数と登板試合数

岩瀬仁紀 40S  55・1/3回 56登板
MICHEAL  39S  65・2/3回 64登板
小林雅英 34S  53・2/3回 53試合
馬原孝浩 29S  54・2/3回 51登板
永川勝浩 27S  70・2/3回 65登板
クルーン 27S  48回   47登板
小野寺力  25S  60・2/3回 59登板

これに対し、江夏氏がリリーフエースとして活躍した絶頂期で所属チームを三年連続して優勝に導いた1979年から1981年を含む5年間の同じデータを調べると、

1979年C 22S 104・2/3回  55試合
1980年C 21S  86回     53試合
1981年F 25S  83回      45試合
1982年F 29S  91回     55試合
1983年F 34S  77・1/3回  51試合

1979年、1980年の所属はカープ。1981年~1983年の所属はファイターズ)

現在のストッパーとの違いは一目瞭然である。それが当たり前だった時代に君臨していた江夏氏が「藤川は八回途中からイニングをまたいでの登板となったことは酷であったと思う」と言っているから重いのである。箴言なのである。

そして江夏氏はこの試合で藤川が大逆転をくらった後の九回裏にジャイアンツのストッパーとしてマウンドに上がった上原に対してはこう触れている。

「ところで最終回にストッパーとして登場した上原に感じたのは『抑え投手』ではないなというものである。投げ急ぐし、四球を出すことを嫌がる。抑えは計算された四球というものが絶対に必要なポジションなのである。5試合で3セーブと結果は出ているが本当の抑えではないというのが私の感想である」

上原は江夏氏の言葉を肝に銘じるべきだと思う。「計算された四球」に関しては、ときに味方のファンにまでも「コバマサ劇場」と揶揄される小林雅もマジメにその必要性をかつて強調していた。

本当の抑えでない抑え投手と、クリーンアップからあぶれた一、二番打者が牽引する打線で快走しているジャイアンツが真の姿でないと言うことはジャイアンツファンである敗戦処理。でもわかっている。天敵とも言える藤川を攻略して有頂天になって読んだスポーツ紙にあまりに重い文章が書いてあったのでわれに帰った。そして翌日の試合で藤川はいつものようにジャイアンツの反撃を断ってチームの連敗を止めた。そしてそのまた翌日ジャイアンツの原辰徳監督はドラゴンズ相手に8対1とリードした最終回に慎重を期して上原をマウンドに送った…。

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