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2007年7月17日 (火)

原監督とスポーツ報知よ、言い訳するより改善せよ-「誤ること はばかることなかれ」

ジャイアンツの原辰徳監督が諸葛孔明を尊敬し、中でも「誤ること はばかることなかれ」という言葉を好んで使うことは既に書いたが、逆に原監督に対してこの言葉を贈りたくなってきた。当ブログでも取り上げ、ジャイアンツファンの多くが疑問に思ったであろう、15日の対カープ戦の同点の七回裏、一死満塁で二岡智宏に代打を起用したことに対して批判が集中したことを受けて、17日付のスポーツ報知が原監督の釈明を掲載するとともに、コラム欄で編集委員がフォローをしているが、それが噴飯ものなのだ。原監督よ、諸葛孔明の言葉をそっくりそのまま返す。-「誤ること はばかることなかれ」

16日にジャイアンツがタイガースを4対2で下した試合を報じている17日付のスポーツ報知最終面で、原監督が15日の采配に批判が集中していることに関してコメントしたことが記されている。

◆「去年は選手主導で戦わせ、(個々が批判を浴び)非常に辛い思いをさせた。少しでも選手を楽にして戦わせたかった。責任はベンチが取ればいい。こっちに批判の矛先が向いてくれるなら一向に構わないよ」

誰に批判が行くか、あるいは誰が責任を取るかなんて、ちっとも重要ではない。批判されたり、責任を取らされたりするようなことにならないようにすることが肝心なのだ。15日の二岡に代打小関竜也を起用した采配に関して、責任はベンチが取ればいいなどと言うのは単なる開き直りで、何故そんな判断ミスをしたかに全く触れていない。要するに反省していないと解釈せざるを得ない。

原監督の釈明を翻訳すると「二岡にそのまま打たせて二岡がチャンスをつぶしたら二岡の責任になるからそれを避ける意味で小関を代打に送った。」となるが、二岡ももはや九年目の選手。そんなに過保護にする必要はない。例えば二岡がその前日に続いて併殺打でチャンスをつぶすという結果になったとして、原監督は「二岡は二岡なりに考えた打撃をしたが相手が上だった。最善を尽くして結果が出なかったのだから、これは二岡がどうこうではなく、使っているこちら(監督のこと)の責任」と言えばいいだけのこと。

原監督は二岡への代打が裏目に出た試合の直後には「確率の高い方…」などという苦しい弁明をしていたのだが、日刊スポーツばかりかスポーツ報知ですら、具体的な数値データを挙げて二岡に代えて小関を起用したことの確率の高さを否定している。

例えば 

二岡の得点圏打率はセ・リーグで二位。

二岡とマウンドの宮崎充登の対戦成績は2打数2安打。

小関のイースタンでの成績は33試合で打率.190
(しかも昇格直前の二試合に5打数0安打)

というふうに。

論理的に自分の采配の正当性を説明できないことに気づいた原監督が筋違いな責任の所在論を唱えただけで、それを系列のスポーツ報知がフォローしたというだけの、コメントとしても記事としてもお粗末といわざるを得ない。

ここで敗戦処理。は当ブログで原采配に言及する時に呈示している、原監督が尊敬しているという諸葛孔明の言葉「誤ること はばかることなかれをあらためて引用したい。これは原監督の解釈によれば失敗したらそれはそれとしてすぐに別の手段を講じればよい、失敗を恥と思う必要はない。」ということなのだそうだ。

この選手を登用してダメだったら、別のあの選手を登用すればよい。選手の成長を待つ、あるいはその機会を与えるのではなく、ダメだと思ったら別の選手に賭ければよい。特にこのところの若手投手への懲罰的とも思える二軍落ちラッシュは諸葛孔明の意を曲解しているかのごとく映るが、敗戦処理。には原監督こそ「誤ること はばかることなかれ」の原点に返って欲しいと思う。かくいう敗戦処理。も三国志を精読した訳でもないが、原監督には自分の過ちを認めて、言い訳などをせずに改善してもらえれば充分なのである。まるで自分を正当化するかのようなコメントになど興味はない。

そして、この試合の結果を報じた16日付の紙面ではそれなりに客観性を持って原采配を批判していたスポーツ報知が17日付では一転して過剰なまでに擁護したのがいただけない。

17日付のスポーツ報知の「Gコラム」では、この試合の原采配を批判したファンを非難しているのだ。甲子園球場へ向かう阪神電車内で手厳しい論調のスポーツ新聞を手にしながら二岡に代打を送った采配を批判するファンを、まるで東京ドームの記者席のようだと揶揄している。ファンが前日の試合についてああだこうだというのは当たり前のことで、良い采配だと思えば褒めるだろうし、その逆であれば批判する。当たり前のことではないか。だが、このコラムの筆者、編集委員の洞山和哉氏は自身の若い頃の経験を持ちだして批判する。

◆まだ、駆け出しの記者だったころ、某チームの監督の采配がおかしいと言った私は、大先輩の記者からたしなめられたことがある。

「おまえは試合中にベンチにいたのか? いなかったんだろう? ベンチには、われわれには分からない事情があるんだよ。それも知らないで、批判ばかりするな」と。

たしかに、ジャーナリストはそうだろう。ベンチの事情などを取材し、スタジアムのスタンドから、あるいは中継のテレビの前からはわからないことを情報にし、ファンに伝えるのが新聞記者の役割だ。しかしファンは違う。自分が観た、聞いた情報にマスメディアが伝える情報を加えて批判するのは自由だ。批判の内容を否定するのならまだしも、これでは監督批判はまかりならぬと言っているようなもの。しかも文脈からして、原采配を必要以上に叩きかねない競合メディアに釘を刺しているのではなく、ファンに外野からゴチャゴチャ言うなという趣旨であることは明らかだ。

洞山氏は元ファイターズの大沢啓二氏の監督時代のエピソードを取り上げて監督批判を慎むようにと続ける。敢えてジャイアンツがらみのエピソードでなく、他球団のエピソードを出しているところもわざとらしい。

そして再び続ける。

◆原監督は不振で2軍落ちしていたベテラン清水を2軍から上げ、即7番で起用した。清水に先制2点二塁打を打たせたその采配を、さて、阪神電車内のネット裏すずめたちは、どう解説するのだろう。

その清水に対し、相手が左投手になったらすぐに右の代打を送る采配に関しては洞山氏は触れていない。

スポーツ報知としては始めに原采配擁護ありきかもしれないが、ファンはそうではない。信賞必罰だ。

スポーツ報知は疑問だらけだった6月10日のジャイアンツ対ファイターズ戦の九回裏の采配、選手の判断なども一個一個フォローするなど、度を越した原擁護が目立つ。読売グループの系列紙とはいえ、あばたもえくぼでは同紙だけでなく「新聞報道」全般への信頼感を損ないかねない。

こんな歯の浮くようなフォローをするくらいなら、いっそのこと二日前の試合のことなど触れずに前日の試合だけに関して論じた方がいい。ジャイアンツの勝利の余韻に浸りたくてスポーツ報知を購入したファンも、わざわざ蒸し返したくはないだろうから。

敗戦処理。としても15日の采配に関しては「泰然自若」-原辰徳監督よ、もっと選手を信じようよ!で書き尽くしたつもりだったが、原監督の釈明とスポーツ報知の紙面を読んで、つい蒸し返してしまった。 

それにしても、系列のスポーツ新聞というものは、こんな時でも擁護しなければならないものなのだろうか?ファンが学校や職場などの単位だけでなく、ブログなどネットで意見を交換し会える時代にジャイアンツの系列のスポーツ新聞だからといって、歯の浮くようなお世辞を書くことが新聞として、ジャーナリズムとして、あるいは読売グループの戦略として本当に有効なのだろうか? 

日本テレビ系列の中継で的確に批判した解説の掛布雅之氏と野村謙二郎氏に、そしてベンチに下げられた直後の二岡の表情を映し続けた中継ディレクターに対して厳重注意その他の処分が下されないよう、老婆心ながらお祈りします。

ファンは良いと思ったら褒めるし、悪いと思ったら批判する。清水に拍手を惜しまないだろうし、清水を起用した原監督の眼力を褒めるだろう。それだけのことだ。ただし、

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コメント

Eagles free fly 様、いつもお世話になっています。

コメントをありがとうございました。

> 今の原監督には、諸葛亮孔明の言葉(誤ること~は、初耳でした)よりも論語、すなわち、
「過ちては則ち改むるに憚ること勿かれ」
こちらの方が、しっくりくるように思われます。

実は恥ずかしながら敗戦処理。はこの方面には疎いのですが、別エントリーでも書きましたように昨年11月に放送されたテレビ朝日系列の「Get Sports」で他ならぬ原監督自身がいわば座右の銘かのごとく引用していたものです。

「言行不一致は名指揮官の要素」だという説もありますので、まだまだ若大将も捨てたものではありません。

> 攻撃時は伊原さんがサードベースコーチャーに就いていますから、だとすると正直厳しいですね(イエスマンのコーチ陣なら、楽天も負けませんが:苦笑)。

16日付の日刊スポーツには「しかし原監督に意見するコーチもいない状態で、結果論というだけでは片付けられない起用法にも映った。」とはっきり断じていますね。

以前よく目を通していた掲示板で毒舌の巨人ファンの人が「伊原さんは巨人でも三塁コーチに立つと張り切っているけど、原さんに三塁コーチに立ってもらって伊原さんにベンチにいてもらった方が勝率が上がると思う」と書いていて大笑いしてしまったことがあるのですが、まるで笑えない状況になっていました。

尾花さんに来てもらってチーム防御率は良くなりましたが、かえって継投の拙さ、不自然さが目立つようになった気がします。


そういえば野村監督には本拠地でのオールスター戦でテレビ局が解説を打診したとか報じられていましたが原さんにも第一戦でお膝元から声がかかるのでしょうか?

ノムさんと違って実現したら水をさすような気がしてならないのですが。

投稿: 敗戦処理。 | 2007年7月20日 (金) 00時32分

こんばんは。

今の原監督には、諸葛亮孔明の言葉(誤ること~は、初耳でした)よりも論語、すなわち、
「過ちては則ち改むるに憚ること勿かれ」
こちらの方が、しっくりくるように思われます。


それにしても。
ベンチには、あの決断に再考を促す方は、誰も居なかったのでしょうか?

攻撃時は伊原さんがサードベースコーチャーに就いていますから、だとすると正直厳しいですね(イエスマンのコーチ陣なら、楽天も負けませんが:苦笑)。

投稿: Eagles fly free | 2007年7月18日 (水) 22時56分

長緯様、いつもありがとうございます。


> つまり「俺(報知の一記者)ぐらいは原監督の采配を支持しなければ、原の立つ瀬がない」といったような観点で...。

なるほど。そこまで身内意識丸出しで…<笑>。

> 歯の浮くような話、無駄な話、確かにそれはジャーナリズムとしては不適切ではありますが、プロ野球が娯楽や興行である限り、あえて、そういった記事もあって良いのだというくらいの気持ちはファンとして持っていたいと思います。

それだと新聞というより、球団発行のメールマガジンになっちゃいますよ<笑>。

いろいろな見方があって然るべきだとは思います。

この記者の一番オカシナところは、自分が若き日にたしなめられた例を引き合いに出して、ファンに対して「はたから見て采配批判なんかしてんじゃねぇ!」と言っているのと同じだということです。

どう好意的に解釈しても、競合他紙への牽制とかではなく、ファンに自壊を求めているとしか思えません。

このように書いていると、

「そう言いながら報知を購入しているから、結果的に部数が増え、記事の内容が評価されていると思われてしまうんだよ」

と言う人が私の周囲にいます。確かにそうなのですが、私の場合、他にもスポーツ紙を読んでいますので相対的には報知の部数は増えていません<笑>。

folomyの方に意見が出ていましたが、明日から月曜日までじっくりと静養、いや反省していただきたいものです。

投稿: 敗戦処理。 | 2007年7月18日 (水) 22時07分

二岡に代打を送ったのと、清水を先発に起用したのは、まったく次元の違う問題ですよ(笑)。その点からこの報知の記者はおかしい気がしますが、しかし、好意的に解釈すれば、確信的に原監督を擁護している気がしないでもありません。

つまり「俺(報知の一記者)ぐらいは原監督の采配を支持しなければ、原の立つ瀬がない」といったような観点で...。

歯の浮くような話、無駄な話、確かにそれはジャーナリズムとしては不適切ではありますが、プロ野球が娯楽や興行である限り、あえて、そういった記事もあって良いのだというくらいの気持ちはファンとして持っていたいと思います。

#反論みたいですみません。

投稿: 長緯 | 2007年7月18日 (水) 01時10分

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