« フルキャストが命名権返上へ-で考えさせられる球界のスポンサーシップの今後 | トップページ | 「生」観戦した野球場(37)-群馬県営敷島公園野球場 »

2007年9月 2日 (日)

おめでとう前田智徳!!-2000本安打達成で敗戦処理。の脳裏をよぎったこと。

カープの前田智徳が1日に広島市民球場で行われた対ドラゴンズ戦の八回裏に通算2000本安打を達成した。2000本安打達成は日本プロ野球史上通算36人目。

前田選手、通算2000本安打達成。本当におめでとうございます。

2000本安打といえば名球会。名球会会員の証と言えるブレザーを着るあの儀式を真っ先に思い浮かべる人も多いのではないか。贈呈役は金田正一代表が務めることが多いようだが、2000本安打達成選手の所属チームの先輩名球会会員が行うこともあるようだ。カープ生え抜きの名球会会員といえば山本浩二、衣笠祥雄、野村謙二郎に投手の北別府学。この中から誰かが前田に名球会のブレザーを手渡す大役を担うかもしれない。

しかし敗戦処理。は全く別のシーンを思い浮かべていた。これまで35人いる2000本安打達成者の中で前田の記録達成を祝福するに最もふさわしい先輩として敗戦処理。が思い浮かべたのは四百勝投手にして名球会代表の金田代表でも、上記のカープOBでもない。それは…

日本プロ野球歴代13位に相当する2314安打を記録した榎本喜八である。

榎本喜八。王貞治に一本足打法を指導した荒川博の筆頭弟子。「臍下丹田に自分のバッティングフォームが映るようになると、ピッチャーとのタイミングがなくなってしまった」などと常人には到底理解できない打撃論を語ったり、ベンチで突然座禅を組んだりと現役時代から奇行が目立った打撃の職人。オリオンズで活躍し、晩年をライオンズで過ごしたが、引退後はコーチ、監督はおろか評論家活動も一切せず球界との縁を完全に断っている。榎本引退後に設立された名球会にも会員資格を有しながら当初から参加していない。

敗戦処理。は榎本の現役時代を見ていない。メディアが残した「榎本伝説」を伝聞で知っているだけだ。現役時代の人並み外れた様々なエピソードや、当時対戦した投手達がそれこそ王貞治、長嶋茂雄、川上哲治、張本勲クラスと比較するほどの打撃技術、センスの持ち主であろうことを情報として知っているだけだ。

前田に関してはもちろんカープに入団して頭角を現し始めた頃から知っている。天才打者といわれながら、幾度となく対峙しなければならなかった故障の数々。今頃2500本安打達成でも不思議でなかった逸材だ。しかし故障との闘いという不条理な日々がそうさせたのかは定かではないが、前田も次第にマスコミに対し、距離を置くようになったのも事実らしい。あくまで敗戦処理。の妄想ではあるが前田と榎本がオーバーラップしているのに時間は必要としなかった。

プロ野球ファンは、自分がファンになる前の年代のプロ野球選手に憧れを持つようになる。インターネットであらゆる情報を仕入れることは出来ても、過去の時代にタイムスリップすることは出来ない。

実在する現役選手にイメージをだぶらせるのが精一杯だ。

もちろん前田に奇行の数々がある訳ではない。寡黙な求道者たるイメージが敗戦処理。の妄想によって榎本とオーバーラップさせているのである。そういえば記録達成間近の前田を特集した先月29日のテレビ朝日系「報道ステーション」では前田を「侍」と評していた。前田はこれに対し照れくさそうに「侍は怪我ばっかりしないんですよ 侍はすぐ戦場から退いていかないですよ」と否定していた。報道ステーションの取り上げた意図は理解できるが個人的には前田には「侍」というイメージより「武士」というイメージがしっくり来るような気がする。「侍」と「武士」の違いを表現するのは難しいが敗戦処理。にとって「侍」はむしろ小笠原道大で前田は「武士」なのだ。

榎本喜八の姿を観る機会はないだろうと思っていた敗戦処理。としては連盟表彰としての通算2000本安打達成記念の表彰の際にプレゼンターとして榎本に登場してもらいたいのだ。

Photo 可能性はゼロではないと思いたい。現役引退後、球界からは完全に一線を画している榎本だが二年前に刊行された「打撃の神髄 榎本喜八伝」(松井浩著・講談社刊)では著者のロングインタビューに全面協力している。周囲から観て奇人と思われていた当時の自分を客観視出来る余裕が現在の榎本にはあるようだ。また、七年前に荒川区の荒川ふるさと文化館が主催した企画展-「消えた娯楽の殿堂~君は東京球場を知っているか!?では榎本が本拠地として活躍した東京スタジアムを振り返る企画にゆかりの品を榎本が何点も提供していた。筋を通し、趣旨を理解してもらえれば榎本氏は動いてくれるのではないか。もちろん名球会に名を連ねていない榎本がブレザーを着せる役割をすることは有り得ないが連盟表彰のサプライズゲストという形で実現して欲しいと敗戦処理。は考えるのである。

敗戦処理。が年代的にリアルタイムで観ることの出来なかったもう一人の「伝説の人」に池永正明がいる。黒い霧事件で球界から永久追放処分を受けた池永を「あの人は今」の類の企画以外で観ることはないのだろうと思ったが、プロ野球マスターズリーグが出来たお陰でユニフォーム姿を観ることが出来たし、処分が解除されたためにプロ野球公式戦での始球式登板も実現した。次は榎本喜八の番だ。

今回榎本の登場が実現しなかったら、前田には当面の個人目標を榎本の2314安打に置いてもらいたい。残り314安打。2006年が148安打で、2005年が172安打だったから今年の残り試合も含めて考えれば二年後には充分達成可能だ。その時にこそ前田智徳と榎本喜八のツーショットを観たいものである。

P.S.

今年5月に達成したファイターズの田中幸雄が長年ホームグラウンドとしていた東京ドームでファンに祝福されたのと同様に前田もホームグラウンド、広島市民球場で達成。地元ファンの目の前での達成となった。田中幸雄の2000本安打達成試合を東京ドームで生観戦し、対戦相手だったゴールデンイーグルスの応援団の暖かい祝福に感激した敗戦処理。としては、もしも前田の2000本安打達成が東京ドームのジャイアンツ戦で行われそうになったら東京ドームに駆けつけて一塁側から大きな拍手を送ろうかと秘かに考えていたのだが、やっぱり地元で達成するのが一番だ。この金字塔をカープファンとして広島市民球場で体感出来たファンの方達、そしてドラゴンズファンとして居合わせた方達にも心よりおめでとうの言葉を贈りたい。

|

« フルキャストが命名権返上へ-で考えさせられる球界のスポンサーシップの今後 | トップページ | 「生」観戦した野球場(37)-群馬県営敷島公園野球場 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/38724/7769483

この記事へのトラックバック一覧です: おめでとう前田智徳!!-2000本安打達成で敗戦処理。の脳裏をよぎったこと。:

» 祝#63913;#63880;#63888;#63888;#63888;本安打達成#63893;#63699; [前田智徳に関する一考察]
9月1日 対中日(小笠原鈴木岡本久本)5打数1安打2打点 タイトルを精一杯賑やかにしてみました(笑) 2004年の7月にこのブログを始めてから約3年、良い事ばかりではありませんでしたが続けてきてホントによかったと思います。前田しか見てないことしばしばで時には不愉快..... [続きを読む]

受信: 2007年9月 2日 (日) 01時43分

« フルキャストが命名権返上へ-で考えさせられる球界のスポンサーシップの今後 | トップページ | 「生」観戦した野球場(37)-群馬県営敷島公園野球場 »