幸雄さんは最後まで幸雄さんらしく
新聞報道によると、田中幸雄は引退セレモニーを固辞していたそうだ。
◆日本ハム・田中幸雄内野手(39)がシーズン中の引退セレモニーを固辞したことが分かった。田中幸はこの日までに今季限りでの現役引退を決断。その報告を受けた球団側は、東京ドーム、札幌ドームと新旧本拠地でのセレモニーを検討したが、本人は「チームにとって大事な時期。自分のことで騒がせたくない」と、連覇に向けてラストスパートに入ったチームへの影響を考慮した。
慎ましい性格の田中幸らしい選択だが、代わりに「ファンにお礼はしたい」として、19日の東京ドームでの楽天戦終了後、グラウンド上で引退の報告を行う。また、札幌ドームでは11月25日のファン感謝祭で特別セレモニーが開催される予定だ。なお、田中幸は球団側からの打撃コーチ就任要請について、返事を保留している。
(2007年9月15日06時00分 スポーツ報知web版)
それはそうだろう。チームはクライマックスシリーズ進出こそ決定的なものの、リーグ優勝を争っている真っ最中だ。個人的なことで水を差したくないというのは幸雄さんなら十分に考えそうなことだ。ファイターズはまだ本拠地札幌ドームでの試合を残しており、今のところ最終戦に当たる26日の時点で順位が確定しているとは限らない。
ところが、このチームにはもう一つ本拠地がある。旧後楽園球場の流れをくむ東京ドームでの試合が残っていた。今にして思えば、日刊スポーツによるフライング気味の「引退報道」はともかく、東京のファンに義理を果たすためにはこの18と19の二連戦の前に正式な「引退表明」をしていなければならず、そのためには東京ドーム二連戦を含む五連戦を前にした14日(金)しか、正式な引退表明のタイミングはなかったのだろう。
そして迎えた今日の試合。ダルビッシュ有と田中将大が先発するという、今季限りで去りゆく功労者と、これから先の両軍を担う投手の先発という見事なコントラストの中、試合は両投手の好投で淡々と進んでいく。ファイターズが2対0としてから、試合は膠着状態が続く。
果たして、幸雄さんはいつ出てくるのだろうか?
まさか最終回にセギノールに代えて一塁の守備に付くだけなんてことはないだろう。そもそも稲葉篤紀が死球渦でDHで出るような状態でなければ、幸雄さんは記念の日にスタメンで出ることが出来たじゃないか…などとホークス戦の出来事を恨んだりしながら試合を追っていたが、思わぬところで舞台が用意された。
2点リードで迎えた七回裏。先頭の工藤隆人がレフトオーバーの二塁打で出て、紺田敏正がバントで送った一死一、三塁。八番の金子誠が打席に入ると、やや遅れて次打者鶴岡慎也が入るべきネクストバッターズサークルに田中幸雄の姿が。
ファイターズファンなら知っていることだが、ダルビッシュが投げる時の捕手は高橋信二ではなく鶴岡だ。終盤になってもダルビッシュが続投していれば中嶋聡の出番も無くなってしまうことが多いほどだ。ダルビッシュと鶴岡はセットと言っても過言ではない。その鶴岡に代えて代打を出すというのは田中幸雄以外に考えられない。
球場のざわつきがどんどん大きくなっていく。さらにはスクイズの構えなどで揺さぶり、金子誠は四球を選ぶ。見事な前座ぶりだ。
そして、幸雄さんの登場。
2000本安打達成の二日前に、歴代二位にあたる東京ドーム145本目の本塁打を放った時の相手であるゴールデンイーグルスの田中に対し、幸雄さんのバットから放たれた打球は綺麗にライト前へ。
今日の試合はこの瞬間のために用意されたようなものだ。
この後、森本稀哲の犠牲フライや、田中賢介の右中間のフライを礒部公一がランニングホームランにしてしまったりで6対0と点差が広がるが、すべて幸雄さんへの惜別ムードが見えない力となってゴールデンイーグルスナインを覆ったのであろう。勝負はついたようなもの。
惜しむらくは、安打を放ってそのまま一塁走者に残った田中幸雄が守備に付かずに退いてしまったこと。本音を言えば最後にもう一度ショートの守備を観たかったが、それが無理だとしてもそのまま一塁を守って欲しかった。試合途中で三塁から一塁に回った小谷野栄一のところで七回裏の攻撃が終わったのだから、田中幸雄を残して小谷野に代えて捕手に中嶋を入れるという選択肢もあったはずだった。
しかし、そういうことをせず、打席の余韻を残したまま退くところも、幸雄さんらしいと言えなくもない。
攻撃終了後、この回の追加点をたたき出した選手へのコールを終えてから「ユ・キ・オ~!」の大合唱。田中幸雄もベンチから姿を現してファンに感謝。
そう、幸雄さんは最後まで幸雄さんらしく。
試合は結局6対0でファイターズが快勝。
ヒーローインタビューはダルビッシュだったが、それが単なる前座に過ぎないことは誰もが知っている。
オーロラビジョンで田中幸雄の入団当初からの思い出のシーン、ショットが映し出されていく。2000本安打達成のシーンが再現されると、ライトスタンドを中心に大きな拍手がわき起こった。
そして、マウンド付近にマイクが立てられ、田中幸雄、引退ご挨拶。(写真:試合後にマウンド付近で引退の挨拶をする田中幸雄)
奥ゆかしい、ファンやチームメートへの感謝の思いがいっぱい詰まった短いセリフの中にここでも幸雄さんらしさがにじみ出る。この時オーロラビジョンでは感極まって涙する奥さんの姿が大写しになって、スタンドもみんなホロリとしている。
「感謝したいのはこっちだよ」敗戦処理。は小さくつぶやいた。
22年間、ファイターズというチームでファイターズファンとともに最後まで歩み続けてくれたことに、本当に感謝している。
あなたがいなかったら、北海道に移転したチームをここまで愛し続けられたかどうか、自信がない。
後楽園、東京ドーム、札幌ドーム。たった一つの球団でのプロ野球人生なのに三つのホームグラウンドでの本塁打を記録した男、田中幸雄。
そういえば試合途中にオーロラビジョンにクイズが出され、「田中幸雄選手が初出場した時のポジションはどこでしょう?」という出題で、答えはセカンド、ショート、サードの中から選ぶものだったが、敗戦処理。の横で「ピッチャー」とボケている声が聞こえた。
あんな大型選手なのに付いたあだ名が「コユキ」であることを忘れた人、いや知らない人も今では少なくないだろう。
2000本安打が東京ドームだったのもきっと偶然ではない。この日本初のドーム球場を舞台に16年間チームは戦い続け、その16年間田中幸雄がずっとプレーし続けた事実ももちろん永久に刻まれる。「ミスターファイターズ」の一世一代の金字塔の場にふさわしいのは東京ドームをおいて他はない。そして、今日という日、舞台も。
いろんなことがあった22年間だった。
田中幸雄はスピーチの中で昨年優勝できたことも本当に喜んでいた。しかし、今年もまだその可能性は充分にあるのである。昨年田中幸雄は入団21年目にして初めての日本シリーズを経験したが、実際に試合に出場したのはナゴヤドームで行われた第一戦だけで、本拠地札幌ドームで行われた第三戦から第五戦までの間には残念ながら出場機会がなかった。
まだやり残していることがあるじゃないか。
今年の日本シリーズはパ・リーグの本拠地から始まる。つまりDH制のある札幌ドームの試合でスタメン出場と言う舞台が考えられるのだ。
今年も日本シリーズに出場できれば、第一戦で相手の先発サウスポーの内海哲也対策で田中幸雄がスタメン出場することも充分考えられる。(ちょっと設定に無理があるか<苦笑>?)
ファイターズナイン(もちろん田中幸雄を含めて)の闘いはまだまだ続く。シーズン優勝&クライマックスシリーズ制覇、そしてその先の日本シリーズに向けて。
でも、今敢えて言っておかねば。
田中幸雄選手、22年間、本当にありがとうございました。
P.S.
本当はもっと何枚も写真を撮ったのですが、涙と震えでぶれた写真ばかりでした。
(写真:マウンド付近での挨拶終了後、ライトスタンドを埋めたファンに出向く田中幸雄)
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