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2007年10月 9日 (火)

「また会いましょう!!」-敗戦処理。がまた会いたいのは古田敦也と、そして…。

7日、今シーズン限りで現役を引退するとともに兼任している監督としても退任することの決まっているスワローズ、古田敦也監督権捕手が本拠地最終戦ということでフル出場し、試合後にセレモニーを行った。古田は挨拶の最後を「また会いましょう!!の一言で締めくくった。引退セレモニーの挨拶での名言は数あれど、復帰をストレートに訴えたものは珍しいのではないか。古田はまだ42歳。選手としてはともかく、監督一本での古田を観たいというファンは多いだろう。敗戦処理。もその一人だ。だが、敗戦処理。としては古田だけでなく、他にも「また会いたい」ものがある。それは…

スワローズの古田捕手兼任監督の去就に関してはスワローズのクライマックスシリーズ進出が絶望的になった頃から憶測が飛び始めた。当初は球団から選手を引退して来シーズンからは監督一本に専念して欲しいとの要請があったようだ。敗戦処理。としては出来ればこういう動きはマスコミに漏れない形で秘密裏に進めて欲しかった。スワローズ鈴木正球団社長-「古田兼任監督には来季は監督専任を前提に交渉を進める」と明言-で古田敦也が迎える選手兼任監督としての最悪の末路!?で言及したように古田ほどの球史に残るプレーヤーの引き際は、球団あるいは本人のどちらが先に言い出すにしても、発表される時には円満に引退するように見せるのが球団として功労者への当然の配慮だと思うからだ。

しかし古田が選んだ答えは、現役だけでなく監督の座も降りるということだった。クリーンアップの一角を担う岩村明憲をポスティングシステムで流出させておきながら、監督が強く望んだ中村紀洋の獲得にはまるで動かず、なおかつ故障で働けないことがわかっている五十嵐亮太、石井弘寿の「ロケットボーイズ」の穴埋めにもこれといった手を打たなかったフロントを愚痴ることなく、自らの責任とした古田。敗戦処理。としても来シーズンは監督に専念する古田を観たかった。

そして敗戦処理。がもう一つ「また会いたい」のはプレイングマネージャーだ。

古田監督の去就が取り沙汰されてから、さかんに言われたのがプレイングマネージャーという設定に限界があったのでは?と言う論調。

たしかに古田の師匠に当たり、プレイングマネージャーとしても先輩に当たる現ゴールデンイーグルスの野村克也監督は古田の就任当初から「私がやっていた頃と比べると捕手の仕事も監督の仕事も増えている」と危惧していた。しかし、本当に不可能なものなのだろうか?

選手専任の最後の年、2005年の古田の成績は96試合、打率.258、5本塁打、36打点。前年の2004年に選手会の会長として機構側と球界再編の問題で闘いながら133試合に出場して打率は首位打者争いに加わった.30624本塁打、79打点とその前年(2003)に比べて打撃三部門の数字を全て上げたのに比べ、衰えが顕著だった。監督を兼任した2006年は出場機会も減少し、36試合にとどまり、.244、0本塁打、8打点にとどまったが監督として7073敗3分けと若松勉前監督が率いた前年に比べると借金を1つ増やしたが順位を1つ上げてドラゴンズ、タイガースに次ぐ三位に押し上げた。「両立」という点では疑問符が付くが、監督一年目としては及第点と言えたのではないか。

古田に関しては例えばファイターズの中嶋聡の様に抑え専任の捕手になるという選択肢もあったはずだ。福川将和、米野智人、川本良平といった中から後継者を競わせつつ、試合の要所では自分がマスクを被る。そんな姿も観たかった。

フロントがきっちりと後押しをするチームで、再びプレイングマネージャーが現れる日が来るのか?プレイングマネージャーは何も捕手とは限らない。敗戦処理。は村山実さんのプレイングマネージャー時代を知らないが、江藤慎一のプレイングマネージャーをリアルタイムに観ている。1975年の一年間だけだったが、二シーズン制の前期を二位、後期を四位で通算では三位だった。江藤は外野手だったが守備力の衰えと、チームのピンチに投手の付近にいた方が良いという二つの理由からプレイングマネージャーのシーズンは一塁手として出場することが多かったように記憶している。

そういえば野村克也も江藤慎一もプレイングマネージャーを解任されてからは選手一本での生活に戻っている。現役も同時に辞めたのは敗戦処理。がリアルタイムで観ている中では古田くらいか。

古田の引退セレモニーを生中継したフジテレビ系「プレミアA」ではスタジオに野村監督を招いていたが、野村監督は古田と、同じく今シーズン限りで退任するライオンズの伊東勤監督を引き合いに出して「指導者の人材が不足しているのに若い世代の監督が辞めていくのはもったいない」と語っていた。たしかに十二球団の監督の中で現時点で今シーズン限りでの退任が決まっている監督は古田、伊東とファイターズのトレイ・ヒルマン監督の三人だが、この三人は十二人の監督の中で最も年齢の若い三人である。

反対に最年長の野村監督はシーズン前には「今年Aクラスになれなかったら辞める」と言っていたのに続投に意欲を示しているし、次に年長の王貞治監督も健康に不安を抱えながらも続投に意欲を示している。

古田監督の退任はプレイングマネージャーが消えるというだけでなく、野村監督が言う人材難という点でもマイナスなのだろう。

かつて日本で正式なゼネラルマネージャーとしては第一号だった広岡達朗氏は球団とも現場とも軋轢を残してわずか二年で退任した。当時の日本プロ野球界にGM制度が馴染まなかったのか、広岡氏がGMとして不適切だったのか検証されなかった結果、日本のプロ野球界でGM制がきちんと機能するのはその十年後のファイターズの高田繁まで待たねばならなかった。

古田敦也のプレイングマネージャーもきちんと検証して欲しい。

近代野球では本当にプレイングマネージャーは無理なのか?

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コメント

thomas様、初めまして。コメントをありがとうございました。

また、いつもご愛読いただいているとのこと、ありがとうございます。

> だれか、こいつは3年後、5年後兼任監督か?という選手っていますっけ?

うーん、いませんねぇ<苦笑>。

強いて言えば、小久保ですかね。

もちろん、無理矢理プレイングマネージャーを作る必要は無いと思いますが、「古田は二年でダメになった。やっぱりプレイングマネージャーは無理だ」という結論ではことの本質を見誤るというか、夢がないな、と思う訳ですよ。

またいつでもブログの方に遊びにいらして下さい。ありがとうございました。

投稿: 敗戦処理。 | 2007年10月 9日 (火) 23時19分

楽しみに読ませていただいています。
兼任監督については、やはりちょっと格の違うスター選手がいて、かつ適任な監督をひきうける人が他にいないという空白のタイミングが重ならないといけないでしょうから、一般論があまり意味をなさないような気がします。

だれか、こいつは3年後、5年後兼任監督か?という選手っていますっけ?

「実績と格で他球団からでさえ一目置かれる」ような存在といえば?

無理に選んでも、ホークス小久保/松中、マリーンズ小宮山、ドラゴンズ立浪、オリックス清原のような名しか浮かびません。ファイターズはどうですか?
これら球団は、誰か専任でいい監督がいるはずでしょうし、今後もなかなか出てようにやはり考えてしまいます。

投稿: thomas | 2007年10月 9日 (火) 00時37分

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