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2007年11月23日 (金)

野球界のONに続き、サッカー界ではイビチャ・オシム日本代表監督が…。

サッカーのイビチャ・オシム日本代表監督が急性脳梗塞に倒れてから一週間が経過した。依然厳しい状態にあるようだが、何とか回復していただきたいものだ。振り返れば日本の野球界でもアテネ五輪を前に日本代表監督だった長嶋茂雄が倒れ、WBCで日本代表を世界一に導いた王貞治もその年の公式戦のさなかに入院し戦列を長期にわたって離れた。国を代表するチームを率いると言うことのプレッシャーのすさまじさを嫌でも感じざるを得ない、日本の二大人気スポーツのそれぞれの代表監督を襲った病魔という事実。

長嶋茂雄、王貞治、そしてイビチャ・オシム監督。三人に共通することは…

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長嶋茂雄、王貞治、そしてイビチャ・オシム監督。三人に共通することは高齢。病魔に襲われた時の年齢は長嶋監督が68歳、王監督が66歳、オシム監督も66歳。一般サラリーマンなら定年を過ぎている年齢だ。さりとて高齢化社会。60歳を超えても能力のある人はいつまでも頼られるのは野球界、サッカー界、いやおそらくあらゆる世界で同様なのであろう。しかし紛れもなく彼らは60歳を過ぎているのである。背負うものが大きければ大きいほど肉体を蝕んでいるのだろう。

さて、ここからは野球界の話に入ろう。

代表監督に限らず、プロ野球十二球団の監督も、もう少し若返り出来ないものだろうか?

このオフ、3つの球団で監督交代があったが、退任した3人の監督は2007年度の十二球団の監督の中で最も若い世代の3人であった。

2007年度十二球団監督年齢一覧

古田敦也42(1965.8.6)

マーティ・ブラウン45(1963.1.23)

トレイ・ヒルマン45(1963.1.4)

伊東勤45(1962.8.29)

原辰徳49(1958.7.22)

岡田彰布50(1957.11.25)

落合博満53(1953.12.9)

ボビー・バレンタイン55(1950.5.13)

テリー・コリンズ56(1949.5.27)

大矢明彦60(1947.12.20)

王貞治67(1940.5.20)

野村克也72(1935.6.29)

※ 注.2007年度中に迎える満年齢

現役最年少監督だったスワローズの古田敦也兼任監督の後任はファイターズで監督経験のある高田繁新監督に。三番目に若いファイターズのトレイ・ヒルマン監督の後任には旧バファローズで監督経験のある梨田昌孝新監督に。どちらも新監督の方が年上だ。

四番目に若いライオンズの伊東勤監督のみが、3歳若い渡辺久信新監督に引き継いだ。

この結果、2008年度の十二球団の監督の平均年齢(筆者注.2008年度中に迎える満年齢)56.8歳になる。監督の平均年齢が55歳を超えるのは長嶋茂雄監督がジャイアンツの、野村克也監督がタイガースのそれぞれ最終年だった2001年以来7年ぶりになる。

また、2007年度の監督の平均年齢は53.7歳だった。全員が続投しても平均年齢は1歳上がるだけなのに一気に約3歳も上がったのは若返りという点では反している。

念のためあらかじめ断っておくが、敗戦処理。は高齢の監督を排除しようとしているのではない。

70歳を過ぎている野村克也監督と一度大病を患った王監督には一歩引いて大所高所から野球界にアドバイスをするようなポジションに移って欲しいと考えているが、ただちに高齢の監督を排除する考え方ではない。

ただしシーズン終了後のいくつかの球団による監督交代の結果、このオフのように監督の平均年齢が3歳も上がるというのはあまり歓迎しない。

たしかにこのオフのように年齢の若い監督がそろって退任するというのはレアケースかもしれない。しかし新監督3人のうち2人は監督経験者。一方は球団消滅で仕方なく監督の座を降りたが、一方は監督を退いてから29年が経っている。どちらも新鮮な人選とは言いがたい。

それでもかつてのように、チームに貢献したスター選手であれば自動的に監督の座が用意されるという発想の時代よりはマシかもしれないが、新監督の人選にあたって外国人監督か、他球団である程度の実績を残した経験者ばかりでは新鮮味に欠ける気がする。気がつけば一時期いくつかの球団で採用された、ファームの監督を経験して帝王学を身につけ、一軍の監督に就任するというケースも少なくなってしまった。今回のライオンズの渡辺久信が当てはまるが、このパターンの監督就任は2004年のタイガース岡田彰布以来四年ぶりである。

もちろんいわゆる「優勝請負人」が引っ張りだこになるのは理解できる。しかし野村監督を例外とすれば、さすがに同年代の「優勝請負人」は一線を退いた。森祇晶、上田利治、亡くなられた仰木彬氏…。

そして彼ら、昭和一桁生まれと二桁の境目あたりの世代の人達の下の世代の監督が実はなかなか育ってこない。

戦後生まれの監督でリーグ優勝のみならず、日本シリーズを制して日本一になった経験のある監督はいまだに6人しかいない。

若松勉、原辰徳、伊東勤、ボビー・バレンタイン、トレイ・ヒルマン、落合博満。

内2人が外国人。日本人で戦後生まれの日本一経験監督は4人しかいない。若松監督が戦後生まれの監督として初めて日本シリーズを制したのはその第二次世界大戦が終了してから半世紀以上も過ぎ、21世紀になって最初の年、2001年の日本シリーズだった。

今オフの監督交代劇で、二軍監督からの内部昇格という形を取ったライオンズ以外はそれまで球団に縁もゆかりもなかった人材を引っ張ってきた。両球団には両球団なりの事情があっての人選だろう。ともに前任者より年下の監督を探すのは現実的には難しかっただろう。しかしいまだ監督経験のない人物の中に監督適任者がいないとは限らない。各球団とも広い視野で監督の人選を考えていただきたい。

前述の優勝請負人の例で言えば、森監督は監督就任以前に広岡達朗監督に仕え、上田監督は西本幸雄監督に仕え、仰木彬監督は三原脩監督の元で現役時代から帝王学を学んでいたという。そう、いまだ監督経験のない人物の中に名監督のDNAを受け継いでいる人材がいるはずなのだ。その意味では伊東監督の前のライオンズ監督だった伊原春樹がこのケースなのだが、球団の既定路線で伊東に監督を譲って低迷期のブルーウェーブ監督の座でみそを付けたのが悔やまれる。

そのライオンズにしても、伊東監督は四年間の監督生活でBクラスは今シーズンだけ。しかも低迷の原因は確実に勝ち星が計算できるエースを球団が手放し、その穴埋めが出来なかったことと、組織ぐるみの不祥事が発覚したことによるモチベーションの低下など、伊東監督に起因する以外の要素が大きいのは明らか。若き名監督候補がユニフォームを脱ぐにはもったいないと思うのは敗戦処理。だけではあるまい。有望な人材の芽を摘むのは謹んでもらいたい。

「人材難なのは『監督』だけではない」-そんな声が聞こえてきそうだが、オシム監督の急病からこの一週間の間、オシム監督の回復を祈る気持ちとともに、日本プロ野球界の監督事情について頭をめぐらしたことを綴ってみた。

そして、北京五輪を目指す星野仙一日本代表監督も現在60歳。かつてタイガースの監督を辞めたのは健康上の理由からだった。くれぐれもお身体を大切に。

「NPBfieldmanager.xls」をダウンロード

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