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2008年9月 2日 (火)

外国人監督がやってきた!-【回想】敗戦処理。生観戦録- 第2回 1975年(昭和50年)編

blogで毎月2日に掲載している 敗戦処理。が生観戦した野球場 がもうすぐネタ切れになるので、隔月掲載として、その間、「敗戦処理。生観戦録- my only one game of each year」 をはさむことにします。1974(昭和49)に初めてプロ野球を生観戦した敗戦処理。はその後毎年、途切れることなく数試合から十数試合を生観戦しています。そこで一年単位にその年の生観戦で最も印象に残っている試合を選び出し、その試合の感想をあらためて書いていきたいと思います。年齢不詳の敗戦処理。ですが同年代の日本の野球ファンの方に「そういえば、あんな試合があったな」と懐かしんでもらえれば幸いです。

【回想】敗戦処理。生観戦録- my only one game of each year 第2回 1975(昭和50年)

1975年の観戦試合数はさほど多くなく、約三十年前の記憶をたどると、浮かび上がるのは近所の友人多数とともに観戦したセ・リーグ開幕戦、スワローズ対カープ戦が思い出される。

同じ開幕戦なら、後楽園で行われた、就任したばかりの長嶋巨人の開幕戦の方がよかったはずなのだが、チケットが取れなかったのか、何故だかわからないが神宮球場である。

前年、Aクラス入り(三位)を果たした荒川博監督率いるスワローズと、(日本でプレー経験のある与那嶺要を除けば)初の外国人監督、ジョー・ルーツを迎えて心機一転新しいチームをつくろうとしているカープの対戦だ。まずは先発メンバーを見てみよう。

カープ

()大下剛史

()山本一義

()山本浩二

()ホプキンス

()衣笠祥雄

()シェーン

()三村敏之

()道原博幸

()外木場義郎

()荒川堯

()船田和英

()若松勉

()大杉勝男

()ロジャー

()山下慶徳

()大矢明彦

()永尾泰憲

()松岡弘

1975年4月5日・神宮】

C 022 000 100 =5

S 000 000 010 =1

C)○外木場-道原

S)●松岡弘、簾内政雄、会田照夫-大矢

本塁打)山本浩1号2ラン(松岡弘・3回)、大下1号(簾内・7回)

この年、カープはルーツ監督のシーズン序盤での辞任という危機を乗り越え、後を継いだ古葉竹識監督がルーツの遺志を継いで球団史上初優勝を果たした。対戦相手のスワローズもこの三年後に球団史上初優勝を果たす。長嶋監督率いるジャイアンツは球団史上初の最下位に沈んだ。ジャイアンツ一辺倒の時代から混戦の時代へとの転換期ともいえる時代。

正直、ほとんど記憶には残っていないが、ルーツ監督が自ら三塁ベースコーチに立ち、カープの得点シーンでは走者と競うようにホームベースの間近まで来ていたシーンが今も強烈に印象に残っている。

「この外人の監督、身体張っているなぁ」

子供心に思ったのだ。

そしてこの時一緒に観戦した友人のほとんどが、この観戦を機にカープファンになってしまった。子供というのは目の前で起きたことに影響を受けやすいものである。

敗戦処理。は…たぶんひねくれた子供だったのであろう。

ルーツ監督は試合中の判定トラブルが元になり、このシーズン途中で退団することになる。しかし当時を知るカープファンは古葉監督時代のカープ黄金時代の礎をつくったのはルーツ監督であると信じて疑わない。近年になってボビー・バレンタインやトレイ・ヒルマンが外国人監督としてチームを優勝に導いているが、カープが、というより日本球界が外国人監督を受け入れる体制ではなかったのかもしれない。

昨今の日本人メジャーリーガーの活躍を語る時にそのパイオニアたる野茂英雄の名が語られるのと同様にジョー・ルーツの足跡も、もっと語られるべきであろう。

 

たとえ功罪の両面があろうとも。

【参考文献】

読売新聞縮刷版1975年4月(読売新聞社刊)

プロ野球70年史(ベースボール・マガジン社)

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コメント

長緯様、コメントをありがとうございました。

> これからも古い試合の観戦記など読ませていただけば幸いです。

率直に言って、まだこの当時は、何か特段の目的を持って観戦したという感じではなかったですね。もちろんスコアを付けたりはしていませんでしたし。

それでも一年に一度くらいは印象に残る観戦をしていますので、思い出しながら書いていきたいと思っています。

投稿: 敗戦処理。 | 2008年9月10日 (水) 21時51分

昭和50年は大変なカープ・ブームだったのを覚えています。
しかし、カープが優勝争いから優勝体制に入った夏以降になって盛り上がりがあったという実感があり、春先で辞任したルーツ監督を実際に見ている人は、地元広島のファン以外は少ないと思いますので、(野球通の敗戦処理。さんであるにしても)大変貴重な観戦記で、驚いたり、一層感心したりしています。
これからも古い試合の観戦記など読ませていただけば幸いです。

投稿: 長緯 | 2008年9月 5日 (金) 23時43分

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