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2008年12月31日 (水)

平成20年史-敗戦処理。が勝手に選ぶ日本プロ野球平成20年間20大ニュース

2001 2008年も残すところわずか。今年一年を振り返る企画はどこにでもあると思うので、ちょっとひねって今年でまる二十年を終えた「平成」になってからの日本プロ野球20大ニュースを敗戦処理。が勝手に選んでみました。

(写真:球団マスコットがやたらにもてはやされるのも、東京ドーム以降のドーム球場建設ラッシュも、日本人メジャーリーガーの増加も皆、平成になってから。でも、一番のニュースはこれらではなく…)

 

 

 

まずは平成の20年間を振り返る前に実質的な昭和最後の一年、昭和63(1988)の日本プロ野球界をざっと振り返ると、

日本初のドーム球場である東京ドームがオープンしたのが昭和63(1988)。ジャイアンツ戦だけでなく、ファイターズ戦にも多くのファンがドーム見たさに詰めかけた。何が凄いって、神宮球場のナイトゲームが降雨中止になったらスワローズファンと相手のタイガースファンがファイターズ戦の行われている東京ドームに大挙移動してきたなんてことがありましたからね。そしてジャイアンツはドーム元年に優勝出来ずに王貞治監督が解雇されてしまいました。優勝は星野仙一監督率いるドラゴンズ。パ・リーグは黄金時代のライオンズを旧バファローズが猛追してあの「1019」が演じられた年でしたね。バファローズは惜しくも涙をのんだ。そんな年でした。

それではいきましょう!

20位 MLB開幕戦が日本で開催される。

平成12(2000)に初めてメッツとカブスが日本で開幕戦を行ったのですね。敗戦処理。もこの「世紀の一戦」を東京ドームに観に行きましたよ。その後も四年周期で実施されているのですが、これは今シーズンですね。ジャイアンツのルイス・ゴンザレスとスワローズのダニエル・リオスが相次いで摘発され、いずれも途中解雇されてしまいました。奇しくも二人とも外国人選手でしたが、日本人選手は大丈夫なのでしょうか?

これ以降、パ・リーグがセより先に開幕してパの公式戦とMLB開幕戦が同日開催になってしまう矛盾が起きているのが残念ですね。

逆に日本プロ野球の海外進出は平成14(2002)にホークス主催のブルーウェーブ戦が台湾で開催された一回だけ。平成17(2005)に組まれたマリーンズ主催の韓国での公式戦はもろもろの事情で中止になり、千葉マリンに振り替えられました。

19位 日本球界にもドーピングの波が…

18位 現役選手が脱税。小久保裕紀、宮本慎也らが摘発される

平成7年(1995)の出来事でしたね。上に挙げた選手以外にも、公式戦開幕からの出場停止処分を受けた選手がいました。脱税を指南した第三者の存在も問題視されました。何といっても国民の三大義務のひとつですからね。

17位 ドアラをはじめ球団マスコットの人気が話題に

今シーズンが特に顕著でしたが、ドアラの出版は突発的ではなく、数年前から各球団でブームが来ていましたね。ファイターズのファームのマスコット、C☆Bの世話をする球団職員の処遇が物議を醸したのも、マスコット人気のある意味象徴かもしれませんね。

16位 ついに日本のドラフトを拒否して直接MLBに渡るアマチュア選手が登場!!

これも今シーズンですね。新日本石油ENEOSの田澤純一。野茂英雄が海を渡った時、今日のような大量の日本人メジャーリーガー誕生を予測し得た人がどれほどいたでしょうか?第二第三の田澤はすぐにでも…?

15位 秋の風物だったのに…日本シリーズがナイトゲームに

これも結構衝撃だと敗戦処理。的には受け取っています。秋の夕暮れの広島市民球場の情景が忘れられません。

14位 ドーム球場創設ラッシュ

東京ドーム誕生は昭和63(1988)でしたが、第2号の福岡ドーム以降はすべて平成に入ってから。これも日本シリーズのナイトゲーム化と同様に風情をなくしたと言われがちですが、野球を観に行くことを趣味にしている立場としては予定している試合が中止にならないということはそれだけでもありがたいと感謝しているのですが。

13位 福岡、千葉、札幌、仙台…パ・リーグ中心に地域密着戦略が奏功

ホークスの大阪から福岡への移転が平成元年(1989)だったのが今にして思えば意味深ですね。これを契機に地域密着に本気で取り組む球団が増えてきて、それが奏功しているのが嬉しいですね。セに人気で差をつけられているパの各球団が特に積極的に思えます。

12位 ドラフト裏金問題など球界の暗部が明らかに

平成16(2004)の球界再編騒動のさなかに明治大学の一場靖弘にジャイアンツがいわゆる栄養費を払っていたことが発覚して当時の渡邉恒雄オーナーが引責辞任。一場はタイガースとベイスターズからももらっていたから、金を積む方だけでなく、受け取る方の問題まで取り沙汰された。そしてそれから三年後、ライオンズ球団の長年にわたる裏金の実態が明らかになったり、ベイスターズが那須野巧獲得に規定を大幅に超える契約金を払っていたことが発覚して裏金問題が再燃。一場も那須野も、大金が動いた割りにはプロに入ってから働いておらず、スカウトの眼力も問題視されているとかいないとか…。

11位 ボビー・バレンタイン、トレイ・ヒルマンの成功で外国人監督急増

実際には優勝したのはこの両監督だけで、カープのマーティー・ブラウン監督やバファローズのテリー・コリンズ監督は評価が分かれるところでしょう。ブラウン監督は怒るとすぐベースを投げますが、コリンズ元監督もさじを投げた訳で…。

10位 パ・リーグのプレーオフにクライマックスシリーズ、交流戦など新機軸続々

パ・リーグがプレーオフを導入したのは平成16(2004)の球界再編騒動が起きる前だったのですが、あの騒動で両リーグ共存共栄の考え方が具現化し、翌年からパとセの交流戦が実現しています。相当の危機感がないと、新しいことの導入に踏み切れないということでしょうか?

第9位 ジャイアンツ戦のテレビ視聴率低迷とCS放送普及で全カードが観戦可能な時代に

どこまで下がり続けるのでしょうかね。放送時間を最大で60分延長していたなんて今では信じられませんね。その半面、CS放送の普及で多チャンネル化が実現し、一日の十二球団六試合がどれでも生でテレビ観戦出来る時代になりました。一長一短ということでしょうか?

第8位 社会人野球の登録チームが激減。企業スポーツの曲がり角に

つい先日もアイスホッケーの名門、西武が撤退したり、ホンダがF1から撤退するニュースが話題になりましたが、野球界も既に不況で大企業がPRのための社会人野球をやめてしまったり、福利厚生としてのスポーツ活動を見直す事例が続出。淋しいですね。

第7位 四国九州、北信越と日本にも独立リーグが誕生

社会人野球の衰退の反面、日本にもついに独立リーグが誕生しました。まず四国アイランドリーグが誕生し、次いで北信越ベースボール・チャレンジリーグが創設された。四国リーグは九州に脚を伸ばし、北信越は北関東に脚を伸ばすなど、両リーグとも奮闘中。そして来年は関西にも…。社会人野球で立ちゆかないチームがあるように独立リーグも資金難との闘いが常に背中合わせ。がんばれ!

第6位 長嶋茂雄がジャイアンツ監督に復帰。王貞治はホークスへ。球界の両雄ONがリーグを別れ指揮官に復帰。

ジャイアンツV9の最後を知る敗戦処理。としてはこの両雄が指揮官としてライバルになったのも感慨深かったですね。平成12(2000)の日本シリーズON対決では敗戦処理。も初めてチケットショップ(正規の古物商)でチケットを購入しましたが偽チケット騒動も勃発しましたね。

第5位 五輪、WBCとプロが参加する国際大会開催

プロの選手がオリンピックに出るなんて考えられなかったですからね。平成12(2000)のシドニー五輪からそれが可能になって、シドニーの時はまだ足並みが揃わずにパは各球団一人ずつ派遣、セは二球団のみが選手派遣という形でプロアマ混成チームで臨んだ。しかしプロが参加するようになって三回のオリンピックで二回もメダル無しがあるのはやはり問題。平成18(2006)の第一回WBC優勝ばかりを過大評価してはいけないということですね。

第4位 Jリーグ誕生で独壇場だった№1人気スポーツの地位揺らぐ

Jリーグがリーグ戦を開始したのが平成5年(1993)だったのですが、Jリーグって日本のプロ野球を反面教師として立ち上げた感じがしますよね。いろいろ意見はあるでしょうけど、かなり人気を食われたのも事実でしょうし、外圧でいやがおうにも野球界が変わったのは良いことかも。

第3位 FA制、逆指名ドラフト導入と弱肉強食時代に突入、球界も格差社会へ

これは平成5年(1993)のシーズン後から導入されました。どちらも選手の権利を拡張するという趣旨ではあるものの、ジャイアンツをはじめ、一部の有力球団に好都合な制度だったことは明らか。

第2位 野茂英雄を皮切りにイチロー、佐々木主浩、松井秀喜、松坂大輔ら日本のトップクラスのスター選手が続々MLBへ

平成2年(1990年)入団で「トルネード旋風」を巻き起こした野茂英雄や、平成4年(1996年)に彗星のごとく現れてシーズン210安打を達成し、以後日本在籍中7年連続首位打者に輝いたイチローらの活躍は、それだけで20大ニュースに単独で選ばれる価値があると思いますが、その彼らがそろって日本球界を卒業して海を渡ってしまったことの方がインパクトが大きいような…。野茂のドジャースでの快刀乱麻に拍手喝采を送っていた頃が華だったのかもしれませんね。以後、雨後の竹の子のように…。

 

そして平成9年(1997)のシーズン後に吉井理人がFAでメッツに入団してから昨年まで11年連続でFAによる移籍で日本人メジャーリーガーが誕生しています。今年も上原浩治や川上憲伸が…。ジャイアンツは「こんなはずじゃなかった…」とほぞをかんでいるのでしょうか?

第1位 

Photo 球界大再編パ・リーグの老舗、旧バファローズがブルーウェーブに吸収合併され新たに新規参入球団ゴールデンイーグルスが誕生

これしかないでしょう。驚いたなんてありきたりの表現では語れません。これまでも球団身売りの事例は何回か観てきました。でもいきなり合併発表ですからね。その後に堀江貴文のライブドアが球団を買いたいといっても門前払い。なにしろ初めに「合併ありき」。そして合併反対の大合唱はいつの間にか球団数減少阻止に代わり、どこからともなく楽天が名乗りを挙げ、ライブドアも仕方なく新規参入で土俵に上がったけれど、出来レース疑惑が出たほど。それすらも野球ファンの圧倒的な数の署名や、それらを背景にした日本プロ野球初の選手会ストライキがあってようやくという感じ。ただファンからより多くの支持を受けていたライブドアはあっさり落選。その後のホリエモンは…。

楽天は過去の身売り事例のように近鉄から球団を買っていれば旧バファローズの選手をそのまま受け継げたのに、合併した後の数合わせのような形の新規参入だったのでとても公平とは思えない分配ドラフトで選手をもらい、球団創立から四年間、いまだAクラス入りを果たしていない。その一方で旧バファローズ買収にも動かず、新規参入の名乗りも挙げなかったソフトバンクが、金はないけどチームはしっかりしていたホークスをダイエーから買収。敗戦処理。的には火事場泥棒にしか思えないのに、パ・リーグの救世主のように持ち上げられる。本当に何だかなぁと思える騒動でしたね。というか、過去形にしてしまって良いのかという疑問は今でもあります。

ざっと思いつくままに平成になってからの20年間で起きたことを書いてきたが、悪い方、悪い方にばかり転んでいるように思えるのは敗戦処理。の選び方が悪いのか、これが実態なのか…。

最後に、日本の現役選手で平成元年から平成20年までの二十年間ずっとユニフォームを着続けている選手に敬意を表し、名前を列記しよう。

工藤公康、山本昌、清原和博、山崎武司、緒方孝市、中嶋聡、高木晃次、立浪和義、堀幸一、大道典嘉、谷繁元信、石井琢朗、江藤智と大リーグも含めれば桑田真澄木田優夫15人。このうち谷繁、石井、江藤は平成元年の入団だからちょうど丸二十年。また、二十年以上現役を続けているというだけでも凄いことだが、この15人の内、いわゆるKKコンビ以外の13人がそろって来季も現役続行というのがあっぱれではないか!特に南海ホークス唯一の生き残りとなった大道や阪急ブレーブス入団の生き残りの高木と中嶋には一年でも長く現役を続けてほしい。

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