王貞治ホークス前監督がジャイアンツOB会の会長に就任。
7日に行われたジャイアンツのOB会で、今シーズン限りでホークスの監督を退任した王貞治OBを新たにOB会長に選出した。五年間OB会長を務めた長嶋茂雄終身名誉監督に代わる7代目のOB会長となる。王新OB会長はホークスの監督を退任しても同球団の最高顧問という形で籍を置いていて、この日のOB総会にも出席出来なかったが、「推薦を受けたのは大変光栄。できる範囲で恩返ししたいと思っている」とコメントした。1988年のシーズン終盤にジャイアンツの監督を解任されて以来、二十年ぶりの「復帰」という形になる。
(写真:ジャイアンツとタイガースのOB戦に参加した王。ホークスの監督でありながらオフシーズンの行事では「GIANTS」のユニフォーム姿を見せてくれることも。2007年11月18日撮影)
OB会というものはあくまでプライベートで非公式なもの。ジャイアンツの監督人事が話題になると大物OBがああでもない、こうでもない等と口を出すようだが、あくまでも非公式団体だ。それでも王元監督がジャイアンツに帰ってきたという感じがするのは個人的には大歓迎だ。ジャイアンツOB会の役員改選の動きを事前に察知したサンケイスポーツは5日の一面に「巨人復帰 王さん」と持ってきたほどだったが、それほどのニュースバリューがあると思う。ホークス最高顧問としての「仕事」が忙しくなりそうだが、オフシーズンの行事などで「ジャイアンツの王」としての存在感を発揮して欲しいものだ。
余談だが敗戦処理。のもう一つの贔屓チーム、ファイターズのOB会会長は敗戦処理。と同世代の西崎幸広が務めている。ジャイアンツとかなり年代が違う<苦笑>。もちろんフライヤーズ時代を含めたOB会だ。西崎の前のOB会長が木田勇で、この名前を聞くと「なるほど」という感じだが、木田の前任者が誰かというと、土橋正幸なのだ。随分年代にギャップが…。
また、個人的にはONクラスの大物、野村克也監督にも当てはまるのだが彼らクラスはユニフォームを卒業したら、大所高所から所属球団に目を光らせる存在になるよりも、球界全体に物申すような存在になって欲しいと考えている。WBCに関してコミッショナー特別顧問の様な形で監督選任にも加わっていたが、ONともどもコミッショナー付き特別顧問にでもなって欲しいと考えている。いずれまた現場に復帰する意思があるのならともかく、ユニフォームを卒業するのであれば所属球団への恩返しも大切だが、球界全体の発展に側面から貢献して欲しいのである。旧所属球団のお目付役なら、せいぜい星野仙一元監督あたりまでで充分だろう。
冒頭の写真の様にホークス監督時代から王元監督はオフのOB戦などでは「GIANTS」のユニフォーム姿で登場していた。他球団に所属していると、オフの行事でも古巣への出席を自粛するケースもあるようだ。この時もジャイアンツ対タイガースのOB戦にはスワローズの監督に就任する高田繁OBの姿はなかった。
2007年にジャイアンツが日本球界で初めて通算5000勝に到達し、その記念でV9メンバーを集合させて一回表の守備に現役スタメン選手とともに守備に付くというイベントを行い、まだ身体の自由がきかない長嶋が足を引きずりながら三塁の守備位置まで歩いたり、土井正三は車椅子のまま二塁の守備位置に行き、着いたら車椅子から降りて立ち上がった。王は現役のホークス監督ゆえに出席出来なかったが、「ファースト、王」とアナウンスされた。この時もファイターズGMの高田は姿を現さず、代わりに国松彰が名を連ねていた。(他に海外在住の森祇晶に代わり捕手は吉田孝司だった。)
要するに、どこの球団のユニフォームを着ていようと、籍を置いていようと、あの当時のジャイアンツファン、王貞治ファンにとって王貞治はジャイアンツの王なのである。
ホークスの監督として長期政権を任されていても、ジャイアンツで監督人事の話題が出る度に候補に挙がっていた王。しかしある報道によると、王は渡邉恒雄会長にはっきりと「ジャイアンツに復帰する気はありません」と明言していたという。それでよいと思う。長嶋に続き、王までもが一度解任されたチームに戻ってきたのでは、この球団の経営陣に野球界最大の功労者とも言えるONがなめられてしまう。今回のように「OB会会長」という形で関わりを持ってくれるくらいがちょうど良いバランスだと思う。
パ・リーグで歴史と伝統のあるチームが長くBクラスに低迷し続け、そこに王が赴任し、フロントの足の長いバックアップなども奏功し常勝球団となってパ・リーグの雄となる。かつての僚友ミスターとの日本シリーズ「ON対決」も実現させた。WBCの監督にも就任し、ホークスだけでなく「日本野球、ここにあり」ということも証明した。その後は体調を崩したり、最終年にはジェルミー・パウエルの二重契約問題などで騒がせ、最下位に低迷する大誤算もあったがNとOがそれぞれ指導者として両リーグの人気チームを率いたこと(さらに言えば、ともに日本代表チームを率いたことも)は意義のあることだったと思っている。王はジャイアンツの監督としてはたしかに物足りなかったが、今ではそんなことを問題視する向きもないだろう。
ジャイアンツファンである敗戦処理。としては王がOB会会長という非公式団体での復帰という形になったことを歓迎する。
P.S.
蛇足ながら、このエントリーで、当 あい ウオッチ baseball!!-敗戦処理。ブログ のエントリー数が500回となった。2006年の2月のスタートだから、約3年間で500回。ほぼ二日に一回の割合でエントリーしていることになる。野球の話題に特化したblogで、ここまで続いたのはいつもコメントを下さる皆さん、トラックバックを下さる皆さんの励ましがあったから。そしてもちろんコメントやトラックバックを寄せずとも、読んで下さっている多くの皆様のおかげで続ける根気が成り立っているのである。心から感謝したい。
500という数字が現実になってから、何とか今年中に到達したいと思っていた。「貧乏暇無し」の諺通り、ここ三ヶ月ほど本業が多忙で、なかなかパソコンの前に座る時間を確保するのも難しかったが、日本シリーズ、アジアシリーズまで注目し、エントリー数を増やせた。そして節目の500回目が子供の頃から敬愛している王貞治を題材にしたエントリーになったのも個人的には感慨深い。
普通なら次は1000エントリーを目指して…と言いたいところだが、あまり先のことは考えずに、これからも野球の話題で書きたいことが浮かんだら書いてエントリーするという形で続けていきたい。
本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。
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コメント
にしたく様、コメントをありがとうございました。
> さて、「巨人の王さん」というのは、王さんの巨人時代をリアルタイムでは全く観ていない世代としては、逆に新鮮に感じます。
えぇっ、そうなのですか?
「王選手」を観たことがないというのならまだしも、ジャイアンツの監督時代を知らない?
そうか。ジャイアンツを辞めて20年ですものね。
5年くらい前でしたか、NPBのOBオールスターにジャイアンツの王として出場した時に、左打席で一本足打法を披露したら一斉にカメラのフラッシュがたかれて、どよめきが起きたのを憶えています。
「これが一本足打法なのか」という感じで、敗戦処理。のそばに初めて生で観るという感じの若い人ばかりだったので驚きました。
………。
> ところで、敗戦処理。さんが以前「巨人は略奪球団ではない!」というタイトルで書いていらっしゃいましたが、あのタイトル名、使わせていただきますがよろしいでしょうか。
どうぞ、どうぞ。構いませんよ。
ただ、使い方を誤ると国会で証人喚問されるかもしれませんよ<笑>。
投稿: 敗戦処理。 | 2008年12月 9日 (火) 23時53分
ずっと福岡に住んでいると、テレビもラジオも地方紙も、「ホークスの王さん」ということでしか扱われません。
どうやら巨人時代を"黒歴史"として扱いたいようです。
さて、「巨人の王さん」というのは、王さんの巨人時代をリアルタイムでは全く観ていない世代としては、逆に新鮮に感じます。
痩せきっていた身体が、ホークスの監督を辞めた途端、少しずつ元に戻りつつあるようですが、現場を退いたのですから、ゆっくり過ごしていただきたいです。
ところで、敗戦処理。さんが以前「巨人は略奪球団ではない!」というタイトルで書いていらっしゃいましたが、あのタイトル名、使わせていただきますがよろしいでしょうか。
投稿: にしたく | 2008年12月 9日 (火) 00時16分