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2009年8月14日 (金)

東京ドーム最終戦を飾ったのは鎌ヶ谷育ちの二人

01 今季の東京ドーム主催試合の最後にふさわしい試合だったのかもしれない。

先発のブライアン・スウィーニーは予想通り先に点を与えたが、それを何とか跳ね返す底力が今年のチームにはある。今季のファイターズをある意味象徴するような試合運びだったからである。

そしてその立役者となったのが小谷野栄一、糸井嘉男という、ついこの間まで鎌ヶ谷でもがいていた二人というのも鎌ヶ谷ウオッチャーとしては嬉しい限りだ。

(写真:ヒーローインタビューでの二人。奥が小谷野栄一で手前が糸井嘉男。左手だけ写っているのはB☆B)

まだ背番号が53だった小谷野が一軍に出始めたのが2005年。このまま一軍定着かと思ったが2006年には鎌ヶ谷に戻っていた。それだけならよくあることだが、当時の小谷野はファームの試合でも明らかに精彩を欠いていた。とても層が厚いとはいえないファイターズのファームにありながら、故障をしている訳でもない小谷野がスタメンに出なかった。敗戦処理。が生観戦したある試合ではファイターズが大量リードして迎えた八回裏に小谷野はDHの代打で出てきた。レフト線に二塁打を放った小谷野だったが、二塁に到達すると代走に小山桂司を送られた。

おそらく最後の攻撃で、再び小谷野に打席が回ってくることはまずないとはいえ、小谷野はDHの代打で出たのである。守る必要はないのだ。足が遅い訳でもなく、故障をしているでもない小谷野に代走を出されるというのは…。

後からわかったのだが、この時期の小谷野はある病と闘っていたそうだ。それを克服してからの小谷野の活躍は皆さんご存じの通り。

糸井が投手から外野手に転向したのは2006年。SHINJOがシーズン早々に引退宣言をし、外野の層が薄くなることを見込んだ転向指令だったのだろう。しかし打撃もぎこちない。たまに出る安打は内野手の間を辛うじて抜けるような打球ばかり。外野の守備も打球に対する一歩目のスタートが遅く、巧い外野手なら捕球出来そうな打球が安打になる、長打になるといった感じだった。ただ肩の強さと足の速さは際立っていて野手に転向させた理由はよくわかった。

小谷野も糸井も鎌ヶ谷で苦しみ、ヤジにもまれたなかで一歩一歩前に進んでいった感じだ。小谷野の今や神懸かり的な勝負強さは鎌ヶ谷で育まれたものだろう。リーグ戦の勝率だけでなく、こういう選手を上に献上出来るファームが良いファームなのだ。

ちなみに小谷野の打点はチーム・リーダーの稲葉篤記のそれを上回り、パ・リーグで二位だが意外なことに得点圏打率はトータルの打率と変わりない。おそらく普通の場面ではそれほどではないが、チームの勝敗のかかった得点圏での結果が高いのであろう。

糸井も三割打者五人を擁するチームでナンバーワンの打率を誇り、パ・リーグの首位打者争いにも絡んでいる。高い打率をコンスタントに維持している秘密の一つに内野安打の多さがあるだろう。糸井のようなタイプの左打者には良くある傾向だ。しかし糸井の場合はいわゆる左打者特有の当て逃げではない。振り切っていてもスタートが早いのだ。振り切った二塁ゴロが内野安打になるのは日本ではかつてのイチローくらいしか観たことがない。今の日本球界でイチローに最も近いタイプに観られるスワローズの青木宣親でもこの芸当は真似出来ない。

C☆Bの人気が定着し、イベントの多様化で多くの客を取り込むことに成功しているファイターズのファーム。しかし小谷野や糸井のような選手をきちんと一軍に送り込んでおり、本末転倒などと揶揄されることはない。そして今もなお、中田翔が鍛えられ、陽仲壽を「第二の糸井」にすべくイースタンの試合に出ずっぱりであった。森本稀哲の骨折という緊急事態で緊急昇格してしまったが吉と出るか凶と出るか…?

そのC☆Bだが、今日は試合前に久しぶりに一塁側エキサイトシートに姿を見せた。4月の試合で試合中にエキサイトシートに入ってきたところ、エキサイトシートの観客が危険だからという理由でパフォーマンスを封じ込められて以来の登場だ。何故か手には注射器を持っていた。

In01

その後お兄ちゃんと合流し、B☆B相手に注射するしぐさをみせていた。

01_2 時節柄、注射器はそこから連想するものを考えるとあまり好ましくないように思えるが…。

試合に戻ろう。小谷野、糸井の打棒などで逆転した五回以降、リリーフ陣の林昌範、江尻慎太郎、菊地和正、宮西尚生がバファローズ打線に一本の安打も許さなかったことも特筆されよう。今日のような展開になると建山義紀の不在が響くのではと危惧したが今日に関しては皆で補った感じだ。

ただいささか不可解だったのは九回表。八回表を三者凡退に仕留めた菊地がそのままマウンドに上がり、バファローズが鈴木郁洋に代打、北川博敏を送ると、右の菊地に代えて左の宮西を送った。菊地VS北川の相性の悪さでもあるのだろうか?不思議な継投だった。もっとも個人的には今日の九回表は武田久を注ぎ込んで欲しかった。一昨日の逆転被弾のダメージから立ち直るには格好のシチュエーションだと思ったのだが…。

8対4、終わってみれば快勝だった。だが東京ドーム最終戦というセレモニーが一切無かったのが寂しかった。初戦でサヨナラ打を放った田中賢介こそヒーローインタビューでそれらしきことを言っていたが…。

在京のファイターズファンは数少ない東京ドーム主催試合やマリーンズ戦、ライオンズ戦でファイターズが上京するのを待ってターゲットを絞って観戦する。その心情を汲んで欲しいというのは無い物ねだりなのか?敗戦処理。も本拠地最終戦ということで試合後、遅くまでファイターズファン仲間と水道橋で飲み、語った。当blogにちょくちょく顔を出して下さるお二人だ。

もう日付が替わるかというJR水道橋駅のホーム。敗戦処理。が乗るホームと逆側のホームを観ると、中原信広さんの姿が。試合後恒例の22番ゲート前でのC☆B(とB☆B)のファンへのグリーティングを終えて諸々の残務整理をすると、この時間になってしまうのだろうか?それとも今年最後の東京ドームを終えて、我々ファン同様祝杯を上げていたのだろうか…? 敗戦処理。が乗る新宿方面行きのホームにもC☆Bのアテンドをする女性スタッフの姿があった。

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