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2009年12月 9日 (水)

さらばレッドスター…

Akahoshi01_2 タイガースの赤星憲広が9日、現役引退を表明した。シーズン中から苦しめられていた首痛が思いのほか重傷で、その後の検査で脊髄損傷と診断されたため来季以降、赤星本人が求める全力プレーが出来なくなると判断したようだ。

正直驚いた。首痛が長引いているとの報をどこかで読んだ記憶はあるが、選手生命を奪うとは…。33歳。もったいない。

赤星選手、お疲れ様でした。

まだ赤星がタイガースに入団する前、タイガースがBクラス続きだった時代、ジャイアンツとタイガースの試合で和田豊に狙い澄ましたように一、二塁間を綺麗に破る安打を打たれても、また桧山進次郎が試合終盤に完封負けを免れるソロ本塁打を放っても敗戦処理。は「和田って本当に巧いなぁ…」、「桧山のホームランの弾道は綺麗だなぁ…」と感心する余裕があった。

 

それが赤星がタイガースに入り、星野仙一監督になって優勝争いに加わるチームになると、赤星の叩きつけた打球がワンバウンドで高く弾んだその瞬間に「くわぁ、またやられた!」とストレスが溜まるものだった。そしてそれ以上にジャイアンツファンである敗戦処理。をイラつかせたのがあの超広い守備範囲であった。打った瞬間、長打コースと思った打球が何度赤星のグラブに収まったことか。それもテレビで観ていると、画面がセンターカメラから打球方向に切り替わると、最初は映っていない赤星が急に出てきて、捕るときには余裕で追いつく感じだった。

 

赤星の前にタイガースのセンターを守っていた新庄剛志の守備範囲も広かったが、新庄はどちらかというとレーザービームで魅せるセンターだった。赤星は堅く、堅く、長打になるはずの打球をただの外野フライにしていた。大昔は知らないが、V9時代以降のジャイアンツの選手の安打を最も多く奪った外野手は赤星か屋鋪要のどちらかであろう。

赤星が最初に首を痛めたのは20075月の試合でのダイビングキャッチだったという。そして今年の9月、同様のプレーでまた痛めたそうだ。常に全力プレーで魅せる選手は往々にして相応以上の代償を払っていることが多いが、赤星もプロ野球選手としては決して恵まれているとは思えぬ身体で、ファンを魅了するプレーを九年間続けてきた結果がこうなってしまったのだろう。引退は本当にもったいないが赤星本人が悩みに悩んだ末の結論とのことだから、月並みではあるが「お疲れ様でした」と労いの言葉を贈るしかない。

ところで敗戦処理。の贔屓の選手で赤星を目標に頑張っている選手がいる。

0053 ジャイアンツの工藤隆人だ。

赤星の後輩に当たるJR東日本からのプロ入りで、最初に入団したファイターズでは赤星と同じ背番号53をつけていた。入団三年目の2007年にブレーク。シーズン途中に一軍に上がり、最初は代走、守備要員という位置づけのようだったが回ってくる打席で快打を連発。ファイターズが交流戦の優勝を決めたタイガースとの二連戦では先輩赤星の目の前でタイガース自慢のJFKのうち、久保田智之と藤川球児から安打を放った。

01  

 

この時期少ない打数ながらスコアボードに7割を超える打率が表示されて甲子園のタイガースファンを驚かせたものだった。この年はシーズン最後まで一軍定着。リーグ優勝決定後の試合で「四番」を打ったほか、日本シリーズでもクリーンアップの一角に名を連ねた。

01_2  (写真:オープン戦ではない。公式戦で工藤は四番に座った。2007年9月30日のマリーンズ対ファイターズ戦。リーグ優勝決定翌日の試合ではあったが…)

  

その工藤は今年ジャイアンツに移籍し、背番号53をひっくり返した35番でプレーした。憧れの先輩とは看板対決となる「伝統の一戦」で顔を合わせることになった。「伝統の一戦」でともにセンターを守るのが区道の目標の一つだったそうだが松本哲也の急成長で工藤の陰は残念ながら薄かった。

余談だが工藤とともにファイターズからジャイアンツにトレードで入団したMICHEALはM.中村と改名させられたが背番号はファイターズ時代の背番号36をもらい受けた。村田透が36をつけていたにもかかわらず。しかし工藤の53はジャイアンツでは工藤がルーキーイヤーに鎌ヶ谷で共に汗を流した先輩の實松一成がつけている。

工藤は来季、木村拓哉がつけていた背番号0を引き継ぐ。誰からかは不明だが、「背番号0」というと俊足好打の選手というイメージがある。背番号35から0への変更はチームの期待の表れで、背番号的にはいわば昇格なのだろう。

 

 

しかし、もしも可能であれば今からでも工藤の背番号を53に変更できないか。工藤がつけていた35は小林雅英に背番号30をとられる形の西村健太朗が引き継ぐ予定になっており、實松に適切な背番号を与えられるかという問題もあるが、工藤が赤星に少しでも近づくことが、松本との高いレベルでの競争を産み、アレックス・ラミレスが一塁に回るとしても長野久義の入団や高橋由伸の復帰でさらに競争が激しくなるジャイアンツの外野陣をさらにレベルアップさせることになるのだ。今季、五番打者に定着した亀井義行や、ブルーウェーブ時代の好打を復活させつつある谷佳知への波及も期待できる。

赤星のプレーする姿をもう観ることは出来なくなるだろうが、工藤が来季こそ「赤星二世」の異名がつくプレーヤーになって東京ドームを駆け抜けろ!!

 

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コメント

ごくらくトンボ様、コメントをありがとうございました。

> 関西の野球ファン(タイガースファンに限らず)にとって、赤星の引退はとても寂しいです。怪我を恐れずにプレーする姿に、わたしも何度も感動したものです。

本当にそうでしたね。

相手の選手というスタンスで観ていましたが、何度も何度も唸らされましたね。

>  ところで、わたしにとって背番号0といえば、何といっても元祖背番号0の長嶋清幸、そしてホークスやライオンズで活躍した佐々木誠です。俊足好打というイメージは、やはり彼らのイメージからではないでしょうか。長嶋や佐々木は、背番号1の愛甲猛と共にKDDのCMに出演していたのも懐かしいです。

佐々木誠の0って個人的にはあまり印象がないのですが、そうですか、そんなCMがあったような気がしますね。

* 元ファイターズの「逆転のマツ」こと松浦宏明の「投手で背番号0」というのが個人的にはインパクト大でした。

>  蛇足ながら木村「拓哉」はSMAPのキムタクです。今年引退したのは木村「拓也」です。

いやはや初歩的なミスですね。

いくら捕手がいなくなったからって木村拓哉に捕手をやらせるなんていったらジャニー喜多川さんが許さないでしょうね。

後でこっそりと直しておきます。

ご指摘ありがとうございました。

投稿: 敗戦処理。 | 2009年12月15日 (火) 22時20分

敗戦処理。さん、こんばんは。
 関西の野球ファン(タイガースファンに限らず)にとって、赤星の引退はとても寂しいです。怪我を恐れずにプレーする姿に、わたしも何度も感動したものです。

 ところで、わたしにとって背番号0といえば、何といっても元祖背番号0の長嶋清幸、そしてホークスやライオンズで活躍した佐々木誠です。俊足好打というイメージは、やはり彼らのイメージからではないでしょうか。長嶋や佐々木は、背番号1の愛甲猛と共にKDDのCMに出演していたのも懐かしいです。

 蛇足ながら木村「拓哉」はSMAPのキムタクです。今年引退したのは木村「拓也」です。

投稿: ごくらくトンボ | 2009年12月14日 (月) 19時54分

にしたく様、コメントをありがとうございました。

> 巨人では、松本選手が“俊足”“守備範囲が広いセンター”“ダイビングキャッチ”“シーズン無本塁打”という赤星選手のキーワード全てを背負ってるように見え、非常に心配でなりません。

キーワードは似ていますが、まだまだ大人と子供くらいの差があるので心配しなくても大丈夫なような気もしますが、松本、工藤、そして赤星に年齢も近い鈴木の三人で来季はセンターの座を争って欲しいです。

> 今朝のスポーツ報知によると赤星選手は07年以降、ダイビングキャッチ禁止令を医師から通達されていたそうですが、プレースタイルはそう簡単には変えられませんよね。

同感です。

かつて濱中も肩を痛めた後にまだ治りきっていないのに「無理しなくていいから」と言われて甲子園で「伝統の一戦」で守りにつき、無理をして再び肩を痛めたことがありました。

今年の日本シリーズのダルビッシュもそうですが、本人は無理してでも「行けます」というでしょうから、それを制止する首脳陣、トレーナーの器量が必要でしょうね。

投稿: 敗戦処理。 | 2009年12月12日 (土) 01時19分

昨夜、カラオケ屋さんで飲みながらケータイのニュースサイトでこのニュースを見て、一瞬にして酔いがさめました。まず、驚きました。
巨人では、松本選手が“俊足”“守備範囲が広いセンター”“ダイビングキャッチ”“シーズン無本塁打”という赤星選手のキーワード全てを背負ってるように見え、非常に心配でなりません。
今朝のスポーツ報知によると赤星選手は07年以降、ダイビングキャッチ禁止令を医師から通達されていたそうですが、プレースタイルはそう簡単には変えられませんよね。
本当にお疲れさまでした、としか、言いようがありません。

投稿: にしたく | 2009年12月10日 (木) 16時09分

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