「今日はエイプリルフールです」というオチではなかった。
トレードの通告を受けた江尻慎太郎は自暴自棄になりかけたという。その瞬間こそ平静を装ったがひとりになってつい本音をぶちまけた。
江尻「チキショー。何で俺がトレードなんだ!そりゃあ監督の通算500勝のウイニングボールを投げ捨ててしまったけど、だからってトレードはないだろう!」
影の声「仕方ない。野球選手にトレードはつきものだ。割り切れよ」
江尻「今がいつだと思ってるんだ。トレードの時期じゃないだろう」
影の声「プロ野球選手たるもの。いつ何時トレードになるかわからない。気をしっかり持て」
江尻「うるさいっ!俺の気持ちがわかってたまるか!」
影の声「頭を冷やせ!」
江尻「さっきからうるせぇな、あんた誰だ?」
自暴自棄になりかける江尻の背後に現れたのは天国から現れた恩師・小林繁さんだった。
小林繁さんから「野球選手にトレードはつきものだ」と言われたら否定できる野球人はそうはいない。江尻は渋々トレードに応じた。
ファイターズで小林繁さんの指導、影響を特に強く受けたのは江尻と糸数敬作だ。江尻の開幕からの連続炎上はあるいは小林さんを思う気持ちが強すぎて、入れ込みすぎた面もあるのではと敗戦処理。は勝手に推測していた。30日のバファローズ戦に先発して序盤から連続押し出しをするなど乱れまくった糸数も然り。時間が解決するだろうと素人の敗戦処理。は思っていた。しかし32歳の不調の中継ぎ投手の存在は緊急補強を決意した球団にとっては格好の見返り要員になってしまったようだ。小林繁さんは天国でどう感じているだろうか?
小林繁さんというとどうしても江川卓を思い浮かべてしまうが、因縁の相手、江川は混乱を避けるために通夜、告別式を避けて約一ヶ月後に弔問したという。「江川問題」と呼ばれるあの騒動においては小林繁さんもまた主役だったわけであるから江川が敢えて時期をずらした気持ちは天国できっと理解しているだろう。
また、小林繁さんがタイガースでエースとして君臨していた時期の主砲・掛布雅之は江川よりさらに約一ヶ月遅れて福井の小林繁さん宅を訪れたという。香典を用意するために知人友人、金融機関を東奔西走していたらそんなに時間が経ってしまったのだろう。
閑話休題。
それにしてもまさかの電撃移籍だった。出勤途中に購入したスポーツニッポンにベイスターズの石井裕也とファイターズの江尻慎太郎のトレードが合意-と出ていて驚いた。たしかに宮西尚生以外の左のリリーバーが不振に悩むファイターズと、経験豊富で安定感のあるリリーフ投手がいないベイスターズで補強ポイントは合致する。特に開幕からやることなすことうまくいかないファイターズが何かてこ入れをと考えるのも不思議ではないのだが…。
昨シーズン、ファームの投手コーチだった小林繁さんの指導の下、ほとんどサイドスローといって過言でない投球フォームに転向し、シーズン終盤には一軍の欠かせない戦力となった江尻。今年1月に恩師である小林コーチが急逝し、期するところ大だったと思えるが開幕から二度の登板はいずれも散々な内容で二軍落ちしていたが、まさかそこにトレードという運命が待っているとは…。
一方の石井裕也。耳が不自由なハンディを負いながらプレーしていることは有名だが最初に入団したドラゴンズからベイスターズへのトレードもシーズン途中だったし、今回のトレードも開幕早々とはいえシーズン中。緊急トレードとなると球団は「やむを得ん」として放出に踏み切りやすい位置づけなのだろうか。
日本のプロ野球では生え抜きの選手は大事にされるが、そうでない選手は人心一新などの際にあっさりと出される傾向が未だにあり、言葉は悪いがトレードで獲得した選手はトレードで出しやすいという感覚があるのではと勘ぐりたくなる。ちょっと前の事例だが田畑一也は2000年のシーズン中にスワローズから旧バファローズ(Bu)へ、そして翌2001年にもシーズン途中に旧バファローズからジャイアンツへと二年連続でシーズンの途中にトレードでチームを移ったし、杉山賢人に至っては1999年途中にライオンズからタイガースにトレードされたのを皮切りに翌2000年途中にタイガースから旧バファローズへ、そしてその翌年の2001年途中には旧バファローズからベイスターズへと三年連続でシーズン途中にトレードを体験した。
石井は左腕から角度と伸びのあるストレートが武器の投手という印象を持っている。ベイスターズでは昨年は当初、クローザーという構想だったが結果が伴わず山口俊と配置転換された。球は速いが安定感が今ひとつ。相手打線も的を絞りにくいが、使う方も全幅の信頼を置くのはおっかないという典型的な投手だと思う。だから昨年のベイスターズのようにクローザーへの抜擢はかなりハイリスクな賭だと思ったがここ一番では宮西を起用し、若干のビハインドで、宮西を使うのはもったいないというシチュエーションでの起用ならむしろ力を発揮するタイプではと個人的には思っている。ただその位置づけなら林昌範や山本一徳で充分まかなえると敗戦処理。には思えるのだが…。
それにしても、ファイターズとベイスターズのこの盛んな人材交流は何を意味するのだろうか?北海道と横浜が姉妹都市にでもなるのだろうか?
ベイスターズには弥太郎、松山傑、野口壽浩、稲田直人、野中信吾、ターメル・スレッジ、そして江尻と7人もファイターズ出身選手がいる。これはジャイアンツのMICHEAL、藤井秀悟、實松一成、小笠原道大、古城茂幸、工藤隆人の6人、スワローズの押本健彦、橋本義隆、萩原淳、川島慶三の4人を上回る。ベイスターズの編成部長がファイターズで二軍監督などを務めた岡本哲治だからということも影響しているのだろうか。
余談だがその岡本編成部長や、現役時代にファイターズでプレー経験のある島田誠ヘッドコーチ、山下和彦二軍バッテリーコーチなどファイターズOBに無理矢理メンバーに加わってもらうとベイスターズは元ファイターズだけでラインアップを組める。
(中)島田誠
(二)野中信吾
(三)稲田直人
(左)スレッジ
(右)野口寿浩
(一)山下和彦
(遊)田中幸雄
(捕)岡本哲治
(投)江尻慎太郎
実はショートの田中幸雄はコユキではなくオオユキの方で、本職は現役時代にノーヒットノーランを記録した投手。今季からスカウトとして採用された。同姓同名なので何とかこなせるだろう。この試合の詳細な記録はスコアラーになった横山道哉につけてもらえばよいし、試合前の打撃練習では打撃投手の入来祐作の出番だ。
ファイターズとの契約交渉がこじれて自由契約になり、ベイスターズに入団したスレッジは報道によるとベイスターズとは2011年までの二年契約で推定年俸は1億8000万円。ファイターズはもっと安上がりでコストパフォーマンスの良さそうな代役を捜すのかと思ったが今季新たに獲得した外国人選手は三人とも投手。そんなだったらベイスターズが払うくらいの条件でスレッジを残留させた方が良かったのではないか?そして右投手ばかり補強したから今になって左投手を獲得するために江尻を出すという決断を強いられることになるのだろう。
32歳で推定年俸3600万円の投手が不調と見るや、28歳で推定年俸2650万円のサウスポー獲得のためなら決断すると言うことか。パフォーマンスが年齢と年俸に見合っていないと放出要員になりかねないという見方があるようだが、もしもファイターズもそういう球団であるのなら今さら言っても遅いが江尻にとっては早稲田大学に入るまでの二年間の遠回りが今回に関しては致命的になったのかもしれない。
最後になるが、鎌ヶ谷で接した江尻慎太郎という男はファンを本当に大切にする男という印象だった。求められてファンにサインを書く時もただペンを走らせるだけでなく、江尻の方から話題を振っている様子をよく見る。例えば自分で撮影した写真にサインを求める敗戦処理。には撮影時期など写真の感想を言ってくれる。老若男女に変わらぬ誠実な対応で、「ファンサービス・ファースト」をモットーにする球団ポリシーを体現している選手と言って差し支えないだろう。どうかベイスターズでも野球人としてこのスタンスを貫いて欲しい。
江尻も石井も、数多くのプロ野球選手の中でも苦労人の部類に属するだろう。そういう選手がいつか報われるからプロ野球にドラマを感じるのだ。まだ敗戦処理。自身、ショックから抜け出せないが両投手とも新しい所属先でさらに大きな花を咲かせて欲しい。
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コメント
宇宙狼様、コメントをありがとうございました。
> 残念ながらファイターズにそれは当て嵌まりませんね。
ご存知の通り、コユキの現役最後は酷い扱い(戦力外通告)でしたからね・・
田中幸雄自身が二千本安打を達成したその日の「すぽると」のインタビューで「(二千本安打達成は)僕にとって通過点ではない」と語っていたので節目の大記録達成を花道に現役引退というのは本人と球団双方納得済みの路線だと思っていましたが、いろいろとあるのですね。
たしかに大沢監督で優勝したメンバーのほとんどがファイターズで現役生活を終えていないとか、西崎を戦力外通告したいけれど、反発を恐れたあげく、FA宣言を仕向けようとした(移籍が決まれば球団に補償金が入る。)とか、キナ臭い話は少なくない球団ですからね。
今回のトレードは両選手にとってプラスになってくれれば良いのですが。
投稿: 敗戦処理。 | 2010年4月 3日 (土) 01時24分
>日本のプロ野球では生え抜きの選手は大事にされるが
残念ながらファイターズにそれは当て嵌まりませんね。
ご存知の通り、コユキの現役最後は酷い扱い(戦力外通告)でしたからね・・
ビジネスとは言え、球団の顔かつ生え抜きで初の二千本安打達成者に対する仕打ちとは思えません。
投稿: 宇宙狼 | 2010年4月 2日 (金) 02時36分