立ち上がれ小笠原
通算2000本安打まであと11本で臨んだ今季、小笠原の安打はまだ5本。残り6本で足踏みをしている。個人記録はともかく、開幕前の練習試合で阿部慎之助が故障し、アレックス・ラミレスとともに打線の中心として小笠原は相手投手からのマークがきつくなっているが、絶不調なだけに主砲ラミレスが孤立する形となっている。
敗戦処理。はファイターズ時代からずっと小笠原を応援しているが、ポジションを獲得して「バントをしない二番打者」としてデビューしてから、こんなに打てない小笠原を観るのは初めてだ。
強いて言えば、ファイターズ時代の2005年も開幕から打撃不振だった。4月、5月といっこうに調子が上がらず、6月のジャイアンツ相手の交流戦ではファイターズファンから「(打率が)楽天の勝率より低いぞ!」とヤジられていた。確かにその時、小笠原の打率も、新規参入球団のゴールデンイーグルスの勝率も2割をちょっと超えたどんぐりの背比べ状態だった。それでもこの年はやがて小笠原本来の打棒を取り戻し、最終的には打率.282、37本塁打、92打点という並みの一流打者以上の成績を残した。
また、ジャイアンツ移籍二年目の2008年もスタートから打撃不振にあえいだ。この時は不振期が長く、交流戦終了後、6月下旬のリーグ戦再開のカープ戦を敗戦処理。が旧広島市民球場まで観戦に行ったら、スコアボードにとても小笠原とは思えない打率が表示された。
もっともこの年は原因がはっきりしていた。シーズン前に右膝の手術をしたため、明らかに調整が遅れていたのだ。チームが開幕に向けて各地でオープン戦を転戦する3月上旬、一軍と離れジャイアンツ球場で調整する小笠原を敗戦処理。は観に行ったが、ほとんど一般の人でも出来るようなメニューを黙々とこなしているのを見て愕然としたものだった。
そんな状況でも夕方に練習が終わるまでサインをもらうために待っていたファン一人一人に丁寧に応対していた小笠原の姿には感動した。
時間のある方は拙blog2008年3月5日付 小笠原道大よ、東京ドームで待っているぞ を参照されたい。
体調不充分ながら開幕から出場。開幕三連戦三連敗となった神宮球場での対スワローズ三連戦の三戦目。小雨が降り、膝のコンディションが万全でない小笠原には最悪のグラウンドコンディションながら、大事な試合に先発に抜擢された栂野雅史に(内野陣でただ一人)積極的に声をかけ、敗色濃厚な展開の終盤、三塁側のスタンドに入りそうなファウルフライを全力で追う小笠原の姿を間近に観て、「この選手を現役引退まで絶対に応援し続けよう」と敗戦処理。は誓った。幸いにもそのシーズン、体調が整うとともに打撃の状態も向上し、夏場に猛スパート。打率3割が近づいた9月に入ってからは6割近いペースで打ちまくり、大阪ドームで行われた試合でサイクルヒットを記録して打率3割に乗せた。
過去十年間、小笠原は前述の2005年を除く九年間で打率3割を記録している。
絶不調にあえぐ小笠原の最も新しい安打は例の脇谷亮太の疑惑のプレーがあった20日の対タイガース戦。あのプレーの直後、1点を追う八回表、先頭打者として久保田智之からボテボテのショートゴロを放つと、全力疾走で間一髪セーフになり内野安打となった。そう、小笠原はこんな状況下においても全力疾走を怠らない。打てないという状況に向き合うのも当然だが、その中でベストを尽くすのが小笠原という男だ。
専門的なことは分からないが、小笠原は今の絶不調を早晩倍にして返してくれると敗戦処理。は信じている。根拠はあるのか?と聞かれたら、それは小笠原だからと言うしかない。ジャイアンツファンは十回に三回確実にヒットを打ってくれる小笠原しか観たこと無いかもしれないが、敗戦処理。は捕手だか内野手だか代打要員だかとらえどころのない大振りする打者といった時代から小笠原を観ている。だから小笠原を信じている。
あと6安打に迫った2000本安打は、たぶん3安打猛打賞×二試合くらいで突然決めてしまうと思う。小笠原が打ち始めたら、そのくらいのことは訳もない。
2005年の絶不調の時、当時のファイターズ、トレイ・ヒルマン監督は小笠原がブレイクした頃の打順、二番で起用することで気分転換を図った。原辰徳監督はどんな小笠原再生策を講じるか?スタメンから外すとか、クリーンアップから外すとか、そんな誰でも考えつくような処方ではカンフル剤にはならないだろう。とはいえ現実に37歳。静岡でのナイトゲームの翌日に横浜でのデーゲームとなる明日、原監督が決断をするかもしれない。
膝の手術後のシーズンとなり苦しんだ2008年は結局144試合全試合に出場した。
小笠原道大は必ず復活する。小笠原の力を信じてる。
島国が産んだ 和製大砲
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コメント
さるさる日記ボトムライン様、お久しぶりです。コメントをありがとうございました。
> スランプでした。
小笠原選手のフォームはきっと、自身が行なうチェック箇所が多いんだと思います。
難しいフォームなのでしょう。
そうらしいですね。本人が語っているのを何かで読んだ気がします。
> 昨日は猛打賞でした。
これからは関東の慣れたグランドでも出来ますので、きっと打つと思います。もし、これから彼が打ちはじめなければ、今年のジャイアンツは落ちてしまいますから。
一転して今日(30日)はノーヒットでしたが日曜日に2000本安打を達成してくれるような気がします。
もっとも記録は通過点。これからもっともっとコンスタントに打っていただかないと…
> 高卒時にドラフト候補にもあがらず、ならず。
そんな選手が努力を重ねて、プロ入り。やがて世界一日本チームの主力打者となり、ついに二千本安打まで登り詰めてくるとは、驚きです。
たしかに珍しい経歴ですね。
1996年に行われたドラフトでファイターズが三位指名したのですが、指名順ではファイターズの次にジャイアンツが控えており、ファイターズが指名しなかったらジャイアンツも狙っていたそうですね。
> 野球の神はきっと、彼の野球に対する姿勢をみていてくれたんだと思います。
敗戦処理さんの小笠原選手をずっと応援しようと決めたエピソードを読んで、そう、感じました。
小笠原の魅力はこうした表に出る数字だけではないと思っています。
エントリーで触れたような野球に取り組む姿勢、ファンへの接し方などファイターズ時代からずっと変わらぬスタイル。正直FA移籍を表明した時には複雑な思いでしたが、同じ贔屓チームで良かったと思いました。
投稿: 敗戦処理。 | 2011年5月 1日 (日) 02時15分
スランプでした。
小笠原選手のフォームはきっと、自身が行なうチェック箇所が多いんだと思います。
難しいフォームなのでしょう。
。
昨日は猛打賞でした。
これからは関東の慣れたグランドでも出来ますので、きっと打つと思います。もし、これから彼が打ちはじめなければ、今年のジャイアンツは落ちてしまいますから。
それにしても、高校時代、チームはそれなりに注目されたんですが、彼は全く無名。
高卒時にドラフト候補にもあがらず、ならず。
そんな選手が努力を重ねて、プロ入り。やがて世界一日本チームの主力打者となり、ついに二千本安打まで登り詰めてくるとは、驚きです。
野球の神はきっと、彼の野球に対する姿勢をみていてくれたんだと思います。
敗戦処理さんの小笠原選手をずっと応援しようと決めたエピソードを読んで、そう、感じました。
投稿: さるさる日記ボトムライン | 2011年4月30日 (土) 11時56分