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2011年5月21日 (土)

斎藤佑樹の未来予想図

Dsc_0006 8日のホークス戦に登板中に脇腹の痛みを訴えて途中降板し、登録抹消となったファイターズの斎藤佑樹。斎藤の故障の原因を、公式戦登板での変化球の多投のつけ、つまり、かわす投球のしすぎでフォームのバランスが悪くなったことが一因ではないかと観ている有力な説がある。確かに「ハンカチ王子」として一躍名を馳せた早稲田実業時代の投球とは、野球のレベルが異なるとはいえ、明らかに違う。

「右の下柳」と言われたり、NHK-BSで解説した武田一浩「僕の現役最後の年でももっと真っ直ぐを投げていた」といわれたほどの若さのない、かわす投球。左脇腹の痛みと、ファイターズに入ってからの投球傾向に相関関係があるのか?そして佑ちゃんの今後は

(写真:練習のために勇翔寮からスタジアムに移動する斎藤。)

あまりアマチュア野球に明るくない敗戦処理。は雑誌「野球小僧」(白夜書房)の情報をアテにすることが多い。特にドラフト候補の選手に関する情報は他誌の追随を許さないと思う。昨秋のドラフトでも参考資料とした。各候補選手が、プロで将来どんな選手になっていくかを、過去に実在した選手に喩える「未来予想図」という項目があり、佑ちゃんの未来予想図は元ライオンズの東尾修とされている。

 

Cdsc_0001 東尾修-言わずとしれた、昭和の二百勝投手。偉大な投手であることは間違いない。野球殿堂入りも果たしている。だが…

投手としての実績は素晴らしいにしても、イメージは佑ちゃんが過去早稲田実業、早稲田大学時代に国民的アイドルとして築き上げてきたものと180°違うではないか。敗戦処理。はこの意図をつかみかねていた。

ところが先日、「斎藤佑樹の未来予想図は東尾修」という話を年配の知人に話したところ、その人は「それ、わかる」と言ってくれた。

その知人によると、東尾は若い頃から変化球投手で、素人目にはどこがいい投手なのか、どこに特徴があるのかわからなかったという。しかも素人のファンだけでなく、評論家も東尾のピッチングをなかなか分析できなかったという。

東尾といえば、大胆な内角攻め、それを可能にするシュートのキレの良さと、カーブ、スライダー系の投球のコントロールの良さなどが思い出されるが、敗戦処理。にとってはそれは既に東尾がライオンズ(既に西鉄ではなく、太平洋クラブ以降)のエースと呼ばれるようになってからの時代のことで、この時代になると、東尾は既に「東尾修」という顔で半分くらいは投げており、西武になって黄金時代を引っ張る時代には「東尾修」という顔で八割くらい投げていた。つまり東尾は「東尾修」だから相手を抑えられる、勝てる投手だったのだ。若い頃から評論家泣かせの投手で、それでも実績を挙げてきたので、評論家は後付けで東尾という投手の良いところを指摘したのだという。

東尾のカーブはあの当時でいえば堀内恒夫のカーブほどの鋭さがあったわけではないし、シュートにしても平松政次ほどではなかっただろう。

故障する前の佑ちゃんの投球に対しても前述のように批判も見られるが、あの一回で降板した試合を除けば、三度の先発ですべて勝利投手の権利を得ているのだ。「佑ちゃんは何かを持ってる」といわれるが未来予想図とされる東尾同様、説明不能なものを持っているのだろう。失点もエラー絡みのものが目立つので防御率も3.00と悪くない。

佑ちゃんの三試合目の登板相手となったライオンズでは中島裕之はチームのスコアラーが集めた情報とは別に、実際に佑ちゃんと対戦した他球団の選手から取材して対策を練ったという。でも、実際に対戦した佑ちゃんはスコアラーのデータとも、対戦経験者からの情報とも異なるイメージだったという。

斎藤佑樹は平成の東尾修なのだろう

ただ、その平成の東尾修投法が故障の一因だとしたら話は別だ。故障に関しては楽観論と慎重論が相まみえているが、実際どうなのか?行ってもわからないだろうが、とりあえず鎌ヶ谷に今日(21)行ってみた。

冒頭の写真はファイターズスタジアムに隣接する勇翔寮からスタジアムに向かって歩く佑ちゃんだ。記者に挟まれグラウンドに入っていくが1月の自主トレではこのわずか数十メートルの距離でさえ、混乱を避けるために規制がされ、ファンは近寄れなかった。この時点ではファンも十数人といった感じで静かなものだった。ファーム本体がベイスターズと横須賀でデーゲームなのでファームを応援するファンが横須賀に向かっているというのもあるが…。余談だがファイターズのファームがファイターズスタジアムで公式戦を行う24日以降は警備員を増強するらしい。

この日の佑ちゃんは外野フェンス沿いのダッシュ、キャッチボール、ストレッチといった練習を同期、同学年の乾真大らと行った。

Dsc_0118 時に大ベテラン木田優夫からアドバイスされるシーンもあった。

佑ちゃんは明日、故障後初めてブルペン入りするらしいがキャッチボールの合間にも投球フォームのような投げ方を混ぜていた。

Dsc_0092 脇腹や身体の一部を庇うようなそぶりは一切見せず、リハビリとしては順調なのではないか。

佑ちゃんはこの日イースタンで先発した榎下陽大を除く同期の乾、齊藤勝とストレッチ。

Dsc_0120 そして締めは乾とのキャッチボール。相手が同期の乾ということもあって締めのキャッチボールは終始笑顔だった。

Dsc_0140 明日のブルペン入りを意識してか、投球フォームを模した投げ方も見せていた。

佑ちゃんの笑顔は気のおけない同期相手のキャッチボールだったからか、それともリハビリの順調さによるものなのか…。

専門的なことはわからないが、順調に回復しているのなら、次の週末、28日のジャイアンツ球場または29日の熊谷運動公園野球場でテスト登板し、65日の東京ドームのジャイアンツ戦で復帰して欲しいものだが…。

ちなみに65日のジャイアンツ対ファイターズは故障前の4月30日に前売りが開始され、54日の時点で東京ドームの前売り所では売り切れていた。

Dsc_0113 佑ちゃんが毎週日曜日に投げていたから、ファンがこの日に佑ちゃんが投げると見込んで前売りを購入した結果だろう。ちなみに売り切れていたのはその日の翌日のタイガース戦と佑ちゃんの登板が予想されていた65日だけだ。

6月5日に元気な姿で東京ドームのマウンドに立つ佑ちゃんの姿を観たいのだが…。

P.S.

今日のオマケ

Dsc_0136 明日の佑ちゃんブルペン入りに備え、ブルペンを覆う布をクラフトテープなどで補強するファイターズの職員。入念だ。

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コメント

さるさる日記ボトムライン様、コメントをありがとうございました。

> ええぇ~もしや、斎藤佑樹が投げるのですか?
だとしたら、復帰までの登板スケジュールが、もうすでに決まっているのかもしれませんね。

どうやら明日(28日)のジャイアンツ球場で2イニングほど投げるようですよ。

出来れば公表して欲しくなかったのですが…<苦笑>。

報道によれば順調にいけばその後、次の週末の鎌ヶ谷で長いイニングを投げ、その次の週末の札幌ドームで先発するとか。

> 日ハムの高卒の教育係の存在をあげられましたが、、びっくりしました。菅野さんも水上も神奈川の私立強豪校出身の選手でしたよね。

おう!そういえば…凄い偶然ですね。

ダルビッシュの場合は一年目のキャンプで謹慎処分を食らって寮に強制送還されたときに、当時の寮長だった菅野さんにいろいろと指導された。

また、中田にとっての水上は選手と(二軍の)監督という関係であるだけでなく、自分の素質を過信していたのかプロをなめていた様な感覚のあった中田に水上さんはかなり厳しく接し、目を醒めさせたと言われていますね。

高校から直接プロに入ってくる選手の場合はこういう存在が必要なケースもあるのでしょうね。

もちろん佑ちゃんには應武監督の指導や、大石や福井を始めとする「仲間」の存在が大きかったのだと思いますが…。

> 水上は桐蔭学園です。水上や長内がいた当時の、桐蔭の監督さんは武相出身の奇本さんでした。とにかくそれは厳しい監督さんでしたよ。

そうか。水上は長内と同じ頃でしたか…。

たぶん、やくみつる も一緒ですね<笑>。


明日は「台風18号」だけでなく、雨が降るとの情報もありますが、山を切り崩したジャイアンツ球場の天候は地元でも読み切れません。

そして、もっと読み切れないのが「佑観マダム」のパワーです。

ちゃんと観戦出来るか、自信がありません<笑>。

投稿: 敗戦処理。 | 2011年5月27日 (金) 20時38分

ええぇ~もしや、斎藤佑樹が投げるのですか?
だとしたら、復帰までの登板スケジュールが、もうすでに決まっているのかもしれませんね。
斎藤佑樹のこの一年の過ごし方については、本当に心配で、どうにか、長い休息を与えてやってほしいと、。僕みたいな学校OBは、いままでにない三高のような「がむしゃらに妥協なく勝利に徹し、一丸となった」あのチーム、斎藤佑樹を含めその選手たちには、今後彼らが思うような、納得するような社会的な成功をおさめてほしい、、そんな気持ちなんですよ。
日ハムの高卒の教育係の存在をあげられましたが、、びっくりしました。菅野さんも水上も神奈川の私立強豪校出身の選手でしたよね。
菅野さんは武相高、水上は桐蔭学園です。水上や長内がいた当時の、桐蔭の監督さんは武相出身の奇本さんでした。とにかくそれは厳しい監督さんでしたよ。水上たちは耐えられず合宿から逃げてる筈です。
だからかしれませんが、自分たちの体験に照らして、気持ちがわかってあげられたのかもしれませんね。
僕も友人が殆ど桐蔭推薦で桐蔭入学でしたが、皆、思いやりに富んだアドバイスを、今も、後輩たちにしているようですよ。

投稿: さるさる日記ボトムライン | 2011年5月26日 (木) 09時59分

さるさる日記ボトムライン様、コメントをありがとうございました。

いつもながら、深い裏付けに基づいた斎藤佑樹論、勉強になります。

> 高校時代の彼は容姿風貌と違い、投球が、かなりえげつなく、まさしくケンカ投法でした。彼は打者にデッドボールを食らわしても全く謝らず、帽子をとることもしなかったですよ。
その理由は実は僕にはよくわかるんですが、、、、。

当時の早稲田実業自体がそういうスタイルの野球をしていたという話を聞いています。

「ハンカチ王子」のイメージが強いせいか、本人はもとより学校そのものまでさわやかなチームと思われてしまいがちですが…

東尾投手の「ケンカ投法」が成り立ったのも、「東尾修」という顔が通用するようになったからでしょうが、そうなる前の、西鉄の終わり頃あたりの東尾投手というのは何故抑えることが出来るのか不思議に思われていたそうです。

佑ちゃんもライバル球団に正体を見破られる前に勝ち星を稼げれば…その意味では震災の影響で開幕が遅れ、パ・リーグ内での対戦が一部後回しになって対戦回数が重ならないうちに交流戦に入る今年の日程は佑ちゃんに関しては有利に運ぶかなと思ったのですが、その前に故障してしまいました。

> 大学時代に実績を残せたのは、同僚であり親友の抑え投手大石君や、酷使を防いでくれたもう一人の先発の福井君の存在がすごく大きかったですよね。
この故障後は、焦らず、まずは、ゆっくりじっくりですよね。また、それから、です。

「持ってるのは…仲間です」ということですね。

ダルビッシュ有に菅野光夫さん、中田翔に水上善雄さんがいたように、佑ちゃんには誰が…

佑ちゃんには今の日本のプロ野球界に欠けている、野球にさほど関心を持っていない人をも巻き込む…という力があります。それゆえに今季は成績そのものよりもとにかく露出し、地に足の着いた鍛錬は今季後のオフ~来春のキャンプでもいいのではと考えていましたが、この故障で方針転換かもです。

ところで、本当に今週の土曜にジャイアンツ球場で投げるのでしょうか?

観戦予定なのですが、落ち着いて観戦出来なくなるのは必至なので善し悪しです<苦笑>。

投稿: 敗戦処理。 | 2011年5月25日 (水) 23時46分

斎藤佑樹投手が東尾修投手のような大投手になれるかどうか、。
今の状態では全く、?です、が、
東尾修投手を引き合いに出した説明は、実に的をいている斎藤佑樹論だと思います。
もし高卒時にプロ入りしていたら、きっと東尾修になれたかも…。
高校時代の彼は容姿風貌と違い、投球が、かなりえげつなく、まさしくケンカ投法でした。彼は打者にデッドボールを食らわしても全く謝らず、帽子をとることもしなかったですよ。
その理由は実は僕にはよくわかるんですが、、、、。
ひとつ確実にいえることは、そうしなければ当時、強豪ばかりの西東京では絶対に予選を勝ち抜くことは出来なかったということです。
闘争本能の持続です。甘い気持ちでは、絶対にやられてました。まさしく死闘の連続でしたから。
甲子園でも、東尾修?投法を実践し、斎藤佑樹は勝っていった。中田翔との対戦もそうでした。あの歴史的な甲子園の決勝でも、駒大苫小牧の四番打者にぶつけています。(駒苫四番の本間篤史くんと斎藤佑樹は旧知の仲で、ぶつけやすかったのかも。その影響か?本間篤史は再試合も無安打でした。)。
当時、ある早稲田大学野球関係者
「いままで早実からどうしょうもないのでも全部入れてやってきたんだ、斎藤佑樹を早大に進学させなけりゃ、早稲田実業、ただじゃすまないぞ」
的な、、関係者ブロガの書き込みを、
僕は、確認しています。
この当時、僕はさるさる日記で危機感からプロ入りを奨める書き込みしたんですが、、。
、。
大学野球は彼の人気を利用した。。彼が入る以前と以後では大学野球の注目度は、全く変わりました。
僕は斎藤佑樹の高校の時の主将後藤君や斎藤佑樹の親友神田君と当時、しゃべったことがあるんですが、会話相手の発する言葉が意図することを、瞬時に推し測ろうとする努力、知能の高さを感じました。
彼らのチームは、はっきり目標をもって戦い続けた総合力のチームでした。
大学進学後の斎藤佑樹はこの中から飛び出して、ある意味まる裸になってしまった。それで低空飛行に陥ってしまった、そんな気がします。それから、ずっと試行錯誤を続けていた。大学時代に実績を残せたのは、同僚であり親友の抑え投手大石君や、酷使を防いでくれたもう一人の先発の福井君の存在がすごく大きかったですよね。
この故障後は、焦らず、まずは、ゆっくりじっくりですよね。また、それから、です。

投稿: さるさる日記ボトムライン | 2011年5月24日 (火) 09時49分

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