« 読売グループの人事異動!?-大山鳴動して老人… | トップページ | 岡崎郁よりも江川卓よりもジャイアンツのヘッドコーチにふさわしい人物だったかもしれないのに… »

2011年11月14日 (月)

大きく平成で一番の選手になれ

Photo 10日、ファイターズから第二弾の戦力外通告が発表された。ダース・ローマシュ匡、渡部龍一、大平成一、松坂健太の四選手が、既に発表されているウィルフィン・オビスポ、加藤武治に次いで戦力外となった。正直、今年は野手は(外国人のボビー・スケールズを除けば)戦力外通告を受けないのではと思っていたので意外だった。

中でも大平は、今季一軍のレギュラーで活躍した中田翔と同期。ツボにはまった時の打球の飛距離に期待感を持たせてもらったのだが…

(写真:中田翔ばかりが注目を浴びていたルーキーイヤーの2008年のイースタン・リーグ開幕戦で決勝打を放った大平。2008年3月撮影)

大平成一という名前を分解すると、きく平成番 となる。-と勝手に思っていたが、入団して四年間、一度も一軍に上がることなく大平は戦力外通告を受けてしまった。

2008年 71試合 155打数28安打  3本塁打 13打点 打率.181

2009年 71試合 181打数28安打  5本塁打 24打点 打率.155

2010年 98試合 360打数89安打 11本塁打 50打点 打率.247(22)

2011年 68試合 174打数32安打  5本塁打 18打点 打率.184

(2010年のみイースタン・リーグ規定打席に到達)

 

 

一年目より二年目、二年目より三年目と成績を上げてきていたので、四年目の今年は期待出来ると思っていたが、残念ながら後退してしまった。それでも来季にもう一度と敗戦処理。は勝手に思っていたが、何と戦力外通告。ファイターズのファームには大平よりはるかに長く在籍していて、しかも大半がファーム暮らしという先輩野手がいるのだが彼らより先に大平が戦力外通告を受けてしまった。

残念だが、私の様な部外者からは計り知れない事情があるのだろう。

冒頭の写真は大平のルーキーイヤーの2008年のイースタン・リーグ開幕戦。同期の中田翔に注目が集まった試合で大平が「九番・右翼」でスタメン出場し、四回裏にセンター前に決勝打を放った時の写真だ。一方この試合で「五番・三塁」でスタメン出場した中田は3三振を含めノーヒットだった。大平は幸先の良いスタートを切ったはずだった。そして同期の、あの中田ですら一軍定着に四年目までかかったのだから、大平もこれからだろうと勝手に思っていたが球団の決断は早かった。

ファイターズスタジアム鎌ヶ谷を拠点にするファイターズのファームの売りは地元への地域密着と自前での選手育成だ。だが、中田と同期の、2007年のドラフトで入団した選手(2008年からプレイ)、特に中田と同じ高校卒入団組は早めに見切りをつけられがちだ。

2007年ドラフト会議、ファイターズ交渉権獲得選手

<<高校生>>

巡目 中田翔

3巡目 津田大樹  2009年終了後戦力外通告

巡目 大平成一  2011年終了後戦力外通告。

巡目 松山傑   2009年終了後ベイスターズに移籍。2011年終了後戦力外通告

巡目 豊島明好  2010年終了後戦力外通告。2011年よりベイスターズ打撃投手

巡目 浅沼寿紀  2010年投手から野手に転向

<<大学生・社会人>>

巡目 多田野数人 2010年終了後戦力外通告も2011年再契約

巡目 宮西尚生

巡目 村田和哉

Dsc_0067 5人いた中田の同期、同年齢はいまや浅沼寿紀のみ。その浅沼にしても投手として入団して外野手に転向と、一度は挫折を味わっている。中田より早く一年目に一軍デビューを果たした豊島明好にしても、昨年戦力外通告を受けてベイスターズの打撃投手になった。

先に戦力外通告を受けた加藤武とオビスポは異なるが、今回の大平を含む四選手はいずれも高校を出てプロの世界に入った。松坂の場合はライオンズを戦力外とされてファイターズに来たので若干異なるが、ファイターズの育成プログラムにとっても一つのターニングポイントが来ている感じがする。実際にダルビッシュ有以後、中田以外に高校から入団して一軍の戦力になり得たのは陽岱鋼くらい。浅沼とて後輩の杉谷拳士に先を越されたという焦りがあるだろう。

大平に関しては冒頭でも触れたが、ツボにはまった時の長打力に目を見張るものを感じた。確実性という点で物足りなさがあったのは否めないが年数を経て克服してくれるものと敗戦処理。は期待していた。上手く伸びれば、右の中田、左の大平という感じで一軍のラインアップに左右の和製大砲が並ぶかとも勝手に妄想をふくらませていた。

新しい選手が入団すれば、はじき出される選手がいる。厳しいがそれがプロ野球界の現実だ。大平はこれからどうするのだろう?トライアウトを受けるのだろうか?それとも他の道に進むのか?もちろん本人が決める事だが、他球団で再チャレンジを試みて欲しい。

渡部やダース、一度ライオンズから戦力外とされた松坂にも思い入れがある。加藤武はベイスターズでセットアッパーを務めていた時にはサイドスローながら左打者を苦にしない球威があった。ただ、チームで投手陣では二番目の高齢。

Cdsc_0226

Dsc_0231 7月のライオンズ戦の登板で最後の打者を打ち取った時に足を痛めてマウンドにうずくまり、結局自力ではマウンドから降りることが出来なかった。これが結局公式戦最後の登板となった。フェニックスリーグで再起を賭けたようだが…。

ジャイアンツから移籍のオビスポも開幕一軍入りこそ果たしたが、敗戦処理すら務まらない状態でファームに落ちてきた後も、精彩を欠いた。ジャイアンツ時代のオビスポにファイターズは2009年の日本シリーズ第三戦で抑えられて勝利投手を献上したが、ファイターズでその再現はならなかった。ただ、最後まで明るいキャラクターは健在だった。一軍を含む故障者続出でファームの野手が人数ギリギリとなったジャイアンツとの優勝争いの最中、オビスポはトスバッティングやフリーバッティングで快音を連発し、ファイターズファンのみならずジャイアンツファンの喝采も浴びていた。

Cdsc_0009 結局オビスポが打席に立つ機会は訪れなかったが、どんな形でもチームに貢献しようとする姿勢に感銘を受けた。

そう、このまま野球史には刻まれなかったにしても皆、ファイターズファン、特に鎌ヶ谷に足繁く通うファンには忘れられない選手達だ。大平を始め、彼らの次のステップに幸あれ…。

 

 

 

冒頭に記した戦力外通告を受けた選手名に誤りがありましたので訂正いたしました。大変失礼いたしました。

|

« 読売グループの人事異動!?-大山鳴動して老人… | トップページ | 岡崎郁よりも江川卓よりもジャイアンツのヘッドコーチにふさわしい人物だったかもしれないのに… »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/38724/43010562

この記事へのトラックバック一覧です: 大きく平成で一番の選手になれ:

« 読売グループの人事異動!?-大山鳴動して老人… | トップページ | 岡崎郁よりも江川卓よりもジャイアンツのヘッドコーチにふさわしい人物だったかもしれないのに… »