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2011年12月 2日 (金)

【回想】敗戦処理。生観戦録-特別編 20世紀総集編

Dsc_0008_2 これまで当blogで毎月2日に交互に掲載していた 敗戦処理。が生観戦した野球場が55ケ所の観戦球場を出し尽くしたので当面敗戦処理。が生観戦したプロ野球- my only one game of each year 主体にいっていますが、前回11月2日掲載分で2000年までたどりつきましたので、第1回の1974年編から2000年編まで、20世紀の各年のmy only one gameの索引集とします。来季、新たに初めての球場で観戦しないと、このコーナーは来年には終わってしまいます<苦笑>

1974(昭和49)に初めてプロ野球を生観戦した敗戦処理。はその後毎年、途切れることなく数試合から十数試合を生観戦しています。そこで一年単位にその年の生観戦で最も印象に残っている試合を選び出し、その試合の感想をあらためて書いていきたいと思います。年齢不詳の敗戦処理。ですが同年代の日本の野球ファンの方に「そういえば、あんな試合があったな」と懐かしんでもらえれば幸いです。

【回想】敗戦処理。生観戦録- my only one game of each year特別編 20世紀総集編

(写真:敗戦処理。が球場別で最も多くの試合を観た東京ドーム。20世紀総集編といいながら、200811月撮影)

まずは1974年をスタートとする第1回から、前回の2000年までの索引を掲載しておこう。

•第1回 1974(昭和49)編 【回想】敗戦処理。生観戦録- my only one game of each year ジャイアンツ対ニューヨークメッツ(後楽園=1974.11.04

•第2回 1975(昭和50)外国人監督がやってきた! スワローズ対カープ(神宮=1975.4.5

•第3回 1976(昭和51)魔法の絨毯!? 日本初の人工芝球場での公式戦 ファイターズ対オリオンズ(後楽園=1976.4.3

•第4回 1977(昭和52)王貞治がハンク・アーロンを超える756号本塁打を放った翌日の試合で。ジャイアンツ対スワローズ(後楽園=1977.9.4

•第5回 1978(昭和53)広岡達朗監督率いるスワローズが初優勝した年、ジャイアンツはどこか歯車が狂っていた。ジャイアンツ対スワローズ(後楽園=1978.6.18

•第6回 1979(昭和54)初めて生で観た江川卓のマウンド。ジャイアンツ対スワローズ(後楽園=1979.7.19

•第7回 1980(昭和55)おめでたいシーンにニアミスばかりの敗戦処理。が目撃出来た2000本安打達成の瞬間 スワローズ対ジャイアンツ(後楽園=1980.8.7)

•第8回 1981(昭和56)江川卓VS小林繁。ジャイアンツ対タイガース(後楽園=1981.8.30) 

•第9回 1982(昭和57)初めて日本シリーズを生観戦!! ライオンズ対ドラゴンズ(西武=1982.10.27)

•第10回 1983(昭和58)ライオンズ対ジャイアンツ-あの伝説の日本シリーズを生観戦!! ジャイアンツ対ライオンズ(後楽園=1983.11.2)

•第11回 1984(昭和59)下田武三コミッショナーの「新応援倫理三則」の元、大杉勝男の打席だけ鳴り物応援が認められた!? スワローズ対ジャイアンツ(神宮=1984.3.24)

•第12回 1985(昭和60)一匹狼江夏豊、たった一人の引退式 江夏豊、たった一人の引退式(多摩一本杉=1985.1.19)

•第13回 1986(昭和61)敗戦処理。がファームの試合を観戦するきっかけになった試合!? ファイターズ対ジャイアンツ(後楽園=1986.4.23)

•第14回 1987(昭和62)後楽園球場、最後の公式戦 ジャイアンツ対カープ(後楽園=1987.10.18)

•第15回 1988(昭和63)東京ドームこけら落としの記念トーナメントで起きたとてつもない快挙 カープ対ライオンズ(東京ドーム=1988.4.2)

•第16回 1989(平成元年)平成第1号の本塁打を放ったのはこの人 ジャイアンツ対スワローズ(東京ドーム=1989.4.8)

•第17回 1990(平成2年) 1990年代第1号の本塁打を放ったのはまさに当時最強チームのこの男 ライオンズ対ファイターズ(西武=1990.4.7)

•第18回 1991(平成3年)日韓クラブチャンピオンシップの原型がここにあった。日本選抜対韓国選抜(東京ドーム=1991.11.2)

・第19回 1992(平成4年)世紀の雪解け!?五輪正式種目化でプロアマ対決の壮行試合が実現 プロ選抜対アマ日本代表(神宮=1992.3.7)

・第20回 1993(平成5年)日本初のプロサッカーリーグ-Jリーグ開幕の日、敗戦処理。がいたのは国立競技場ではなく ファイターズ対ブルーウェーブ(東京ドーム=1993.5.15

・第21回 1994(平成6年)ガラガラのスタンドで観たイチロー マリーンズ対ブルーウェーブ(千葉マリン=1994.4.29)

・第22回 1995(平成7年)ライオンズ開幕戦で15年ぶりに再現されたもの ライオンズ対ホークス(西武=1995.4.1)

・第23回 1996(平成8年)日本人メジャーリーガー、ノモが凱旋登板 日本選抜対MLB選抜(東京ドーム=1996.11.2)

・第24回 1997(平成9年)復活桑田の力投に応えるMKアベック弾 スワローズ対ジャイアンツ(神宮=1997.7.20)

・第25回 1998(平成10)初めて生で観た甲子園球場での伝統の一戦 タイガース対ジャイアンツ(甲子園=1998.4.25)

・第26回 1999(平成11)ミスターの背番号3を生で観たくて大阪まで行ったが バファローズOB対ジャイアンツOB(大阪ドーム=1999.11.21)

・特別編 2004(平成16)ファイターズ、ファーム日本選手権進出記念特別企画!7年前の宮崎は壮絶だった。 ドラゴンズ対ファイターズ(サンマリンスタジアム宮崎=2004.10.9)

・第27回 2000(平成12)ON対決の日本シリーズ第1戦を東京ドームで生観戦 ジャイアンツ対ホークス(東京ドーム=2000.10.21)

やはり敗戦処理。が東京都在住でジャイアンツとファイターズを応援しているため、旧後楽園球場と東京ドームでの観戦試合が多くなる。2000年までだと、その年の最も印象に残った観戦を選ぶとまだ東京ドームより後楽園球場の方が回数が多い<>。もちろんこの後、11年が過ぎ、東京ドームの方が回数は増えているが…。

一応、今後掲載する2001年から2011年の、それぞれの年にどの観戦試合を扱うかはもう決めている。2004年は特別編で一度掲載しているが、順番が来たら別の試合を掲載する。この年は印象に残る観戦が多かった。

ただ、このblog2006年の2月から始めているので、2006年以降はその試合をblogで生観戦記としてエントリーさせている。そのまんま再掲するのも芸がないし、リンクを貼れば良いというものでも無かろう。早くて半年後なので、いろいろ考えてみよう。

 

 

そして来年も、胸が熱くなるような好ゲームにめぐり逢えますように…

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受信: 2012年4月29日 (日) 15時07分

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