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2012年1月13日 (金)

故・津田恒実元投手が野球殿堂入り。

Cdsc_0665 13日、平成24年度の野球殿堂入りの発表が行われた。競技者表彰ではカープのエースだった北別府学氏、同じくカープで「炎のストッパー」として実働期間は短かったものの強烈な印象を残した故・津田恒実元投手が選ばれた。また、特別表彰委員会選出で故・長船騏郎氏、故・大本修氏が新たに殿堂入りした。

 

津田投手がなくなって、もう18年が経った…

今回、競技者表彰として殿堂入りを果たしたのは故・津田恒実元投手と北別府学氏。「赤ヘル黄金時代」を支えたエースと抑えの切り札だ。

北別府は通算213勝。精密機械と呼ばれた抜群の制球力を誇り、カープ一筋で力投した。最多勝利2回、防御率11回、沢村賞2回、最優秀選手2回の実績を誇り、遅かれ早かれ野球殿堂入りは確実な実績を残した一人だ。

一方、故・津田元投手は実働10年。ルーキーイヤーの1982年には先発ローテーション投手として11勝を挙げて最優秀新人を受賞したが、何と言っても球界にその名を刻んだのはリリーフに転向した1986年から。その年に22セーブを挙げて前出の北別府らとともにカープのリーグ優勝に貢献。この年から直球勝負の本格派の抑え投手として君臨する。1989年には40セーブを挙げて最優秀救援投手に。だがその後、病との闘いとなり、1991年には水頭症で手術。同年限りで現役を引退し、療養に専念するが、19937月、32歳の若さで帰らぬ人となった。脳腫瘍だった事が公表された。

投手としての通算成績は494190S。率直にいって、病気による引退、若き急逝が実際にマウンドで残した成績以上の神格化を招いた感じは否めない。こういうことをいってはいけないかもしれないが、故・津田元投手の様な選手が野球殿堂入りするとしたら、いつどのタイミングで、どの部門で殿堂入りするのかなと敗戦処理。は考えたことがあった。

日本の野球殿堂は、日本の野球の発展に大きな貢献した方々の功績を永久に讃え、顕彰するものであり、競技者表彰と特別表彰とがある。

競技者表彰にはプレーヤー部門とエキスパート部門がある。

プレーヤー部門はプロ選手で、原則引退後5年を経過してその後15年間の者(ただし満65歳以上の者や故人は5年経過していなくてもよい。)を対象とし、その中から30人の候補者を事前に選び、野球報道15年以上の記者による7名までの連記投票で、有効投票の75%以上を得ると選出される。

エキスパート部門は1.引退した監督、コーチ、審判で引退後6ヶ月以上経過している者。2.上記プレーヤー部門の有資格者だった者で、引退後21年以上(2009年は4年延長)経過した者。を対象とし、野球殿堂入りした競技者および競技者表彰の幹事が、10人の候補者から3人以内の連記投票で、有効投票の75%以上を得ると選出される。

特別表彰は、アマチュア野球の競技者を対象に、選手は引退後5年、監督、コーチ、審判員は引退後6ヶ月を経過している者。プロフェッショナル、アマチュアの組織または管理にかかわり野球の発展に顕著な貢献をした者、あるいはしつつある者を対象とする。プロ野球役員および元役員、アマチュア野球役員、野球関係学識経験者、計14名からなる選考委員が、1名につき3名以内の連記で投票し、3分の2以上の有効投票で、75%以上の得票者が選出される。

今年でいえば、北別府と故・津田元投手は競技者表彰のプレーヤー部門、故・長船騏郎氏、故・大本修氏が特別表彰。

競技者表彰は、上記の様に現役引退からの経年をベースにしているから、毎年の表彰は年功序列というと語弊はあるが、活躍年代順という印象がある。そんななか、北別府は54歳、故・津田元投手は生きていれば51歳。個人的には昨年選出された落合博満の時にも感じたが、おうやく現役時代を知っている元選手が殿堂入りしたなというより、入団した頃から知っている元選手が殿堂入りしたなという実感を今年も強くした。もちろん昨年の故・皆川睦男氏の様にエキスパート部門では現役時代を知らない元選手がまだまだ選ばれるが…。

競技者表彰がプレーヤー部門とエキスパート部門にわかれたのも、候補者が目白押しで、比較的若い世代の功労者になかなか殿堂入りの順番が回ってこないことを解消するのが狙いとも言われていた。そうした経緯もあって今回の選考で、プレーヤー部門の選考委員の票が北別府と故・津田元投手に集中したのだろう。

ただ、故・津田元投手の殿堂入りにはいろいろな見方があるだろう。

 

故・津田元投手が「日本の野球の発展に大きな貢献した方々の功績を永久に讃え、顕彰する」に相当するのだろうか。特に競技者表彰のプレーヤー部門は、長年の積み重ねた成績が著しい者に贈られるのが恒であり、北別府はその典型と言えよう。だが、故・津田元投手は悲しいかな実働期間が短い。なおかつ、「太く短く」という言葉があるが、短くとも太ければそれは特別なものとなるが、どちらかというとその部分より、闘病、そして早過ぎる急逝によって増幅された感があるのが否めないからだ。短期間に集約された伝説のストッパーと言えば元ブレーブスの山口高志を敗戦処理。は真っ先に思い浮かべるが、「山口高志を野球殿堂に入れよう」という声は聞いたことがない。また、日本人でないからと断言するのは危険かもしれないが、元タイガースのランディ・バースも毎年投票では上位に顔を出すが、必要数を満たすことなく、殿堂入りには至っていない。本当はバースや故・津田元投手の様な功労者を選出するための枠があれば申し分ないのだが、現状存在しない。選考委員の空気感でタイミングによってある年に突然選ばれるのを待つしかなく、選考対象期間を長く設けることでその機会を待つというのが故・津田元投手の様な功労者が選ばれる道なのだ。

競技者表彰のプレーヤーで故・津田元投手が選ばれるのなら、少なくとも大野豊川口和久も選ばれないと不公平だという見方もあろうし、山口高志だって検討の余地はあると思う。その意味では天国の故人も「北別府さんと一緒で良かった…」と思っているに違いない。そしてそこまで考えて北別府と故・津田元投手の名前を連記して投票した選考委員が多数存在したとしたら、我が国の野球殿堂も捨てたものでは無いと思う。これで殿堂入り表彰を行う今年のオールスターゲームがマツダスタジアムだったらグッドタイミングなのだが、そうはいかないところが野球というスポーツの野球らしい点とも言えよう。

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