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2012年7月28日 (土)

♪お~が~さ~わら…ドンドンドンドドン~

Dsc_004敗戦処理。は先週末に続いて二週連続で生観戦の予定がないので、このままでは禁断症状が出かねないと思い、ジャイアンツ球場に行ってみた。一軍は広島、ファームも新潟とそれぞれ遠征しているが、それでも二十人程度の選手と、その選手達を指導するコーチやスタッフが大勢グラウンドにいるのはさすが大所帯の球団と感心するばかり。

そして、今季二度目の二軍調整を続けている小笠原道大の姿も…。

ただひたすら、外野フェンス際の土の部分を黙々と走っていた。


(写真:ジャイアンツ球場の外野フェンス際を黙々とランニングする小笠原道大)

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2012年7月24日 (火)

“田原一京介”<笑>は成立するか!?

Dsc_008323日付け日刊スポーツによると、セ・リーグで首位を走るジャイアンツはこれまで投手陣を支えてきたスコット・マシソン、山口鉄也、西村健太朗のいわゆる勝利の方程式三投手の負担を減らずべく、リードの大きい試合ではこの三人を休ませて高木京介、一岡竜司、田原誠次のルーキーズをつぎ込む構想があるという。川口和久投手総合コーチの発想らしい。

実際に前半戦の最後にはマシソンが前身の張りを訴えて投球不能になったし、山口の登板過多は論を待つまい。彼ら“スコット鉄太朗”が潰れる前に手を打つのは当然だ。

だが、


(写真:“田原一京介”の一角を担う<!?>一岡竜司の投球練習を見守る川口和久投手総合コーチ 2012年5月撮影)

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2012年7月21日 (土)

選手会が来春の第3回WBCへの不参加を表明

Cdsc_0027てっきり水面下で上手く丸め込まれて20日の選手会臨時総会を経てプロ野球選手会は第3回WBCへの参加表明をするのだと思っていたが、一年前に表明した、スポンサー権料の配分などをWBCの運営団体(WBCI)が見直さない限り参加できないという姿勢を貫いた形になった。

ただ、その後の報道によると、これで不参加が正式決定したのではなく、NPB側は8月1日に選手会と接触を持って再度説得するという。まだまだ一波乱、二波乱ある?

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2012年7月16日 (月)

「今の球界で三冠王に一番近いのは…○○」落合博満講演会で挙がった意外な選手の名は?-落合博満講演会に行ってきた。

Adsc_1478三連休の最終日、今日(16)は神奈川県横浜市の神奈川県立県民ホールで行われた「落合博満講演会」に行ってきた。約2400人が入る大ホールはほぼ満員。客席にはドラゴンズ監督時代のレプリカユニフォーム姿の客もチラホラ。連休を利用して愛知から来た人もいたようだ。

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2012年7月15日 (日)

小野、江柄子、野間口でマリーンズを三安打完封。好調一軍投手陣に誰が割り込むか?

Adsc_0012今日(15)は昨日と変わってジャイアンツ球場でジャイアンツ対マリーンズ戦を生観戦した。鎌ヶ谷もよみうりランドも日中のうだるような熱さに大差ないが、幸いにもジャイアンツ球場は16時試合開始。試合が進むにつれて心地よい風が吹いてくる感じで、観戦しづらさを感じることはほとんどなかった。ただ、二日間のデーゲーム観戦で両腕はヒリヒリだが…。

試合はジャイアンツの投手陣が好投。小野淳平、江柄子裕樹、野間口貴彦のリレーでマリーンズ打線を3安打完封勝ちした。


(写真:先発して6イニングを1安打に抑えてほぼ完璧だった小野淳平)

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2012年7月14日 (土)

鎌スタ祭初日は稀に見る惨敗

Adsc_0168酷い試合を見せられたものだ。いや、私はまだいい。今日(14)は三連休の初日で、北海道から応援に来たファンも目立ったファイターズスタジアム。先に結果を出すが、試合結果は写真の通り7対16。鎌スタ☆祭12の初日は稀に見る惨敗だった。わざわざ北海道から遠路はるばる観戦に来られたファンにお見せする試合ではない…。


(写真:試合終了時のスコアボード。4時間近いロングゲーム。逆転されてからはほとんど一方的にやりたい放題やられていた感じだった…)

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2012年7月12日 (木)

職務を全うしないコミッショナー…加藤良三コミッショナーが三選で原辰徳は逃げ切れるか!?

Dsc_0029ジャイアンツの原辰徳監督が過去の不倫をネタに揺すられて1億円を払った件をスクープした週刊文春が今週発売の7月19日号では新たな展開を見せず、告発も一段落か。球団は原監督の「反社会的勢力とは思わなかった」という言葉を信じて不問に付し、加藤良三コミッショナーも「野球に集中して頑張ってください」とまるで疑惑の究明に動き出す気配無し。暴力団の排除を国を挙げて徹底的にやろうという風潮の中、疑わしき行為が発覚したにもかかわらずろくに調査もせず、当事者側の言い分だけで問題なしと判断してしまうというのは何をか況んや…

そして、この事なかれ主義ぶりが評価されたか、今日(12)行われたプロ野球オーナー会議で加藤良三コミッショナーの三選が決定した。


(写真:中畑清ベイスターズ監督<写真奥>の仲介で男と会い、証拠の日記を見せられる原辰徳ジャイアンツ監督<写真手前、後ろ姿>…ジョークですょ)

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2012年7月 7日 (土)

ロッテ浦和球場が変わっていた!

Aadsc_1414恥ずかしながら知らなかった。今日(7日)は約1年2ヶ月ぶりにロッテ浦和球場に生観戦で訪れたのだが、球場の変容ぶりに驚いた。これまで長椅子があるだけだった一、三塁の観客席に個別の椅子が出来たのだから…。


 (写真:新装なったロッテ浦和球場の一塁側スタンド。昨年は今まで通りだったからオフに改装したと思われる。ちなみにマリーンズ側の三塁側は四列になっていた。)

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2012年7月 3日 (火)

アレックス・ラミレス、米日通算2000本安打達成まであと4本!

Dsc_0137ベイスターズのアレックス・ラミレスが米日通算2000本安打を目前としている。来日前にMLBで86安打を放っているラミレスは2日までスワローズ、ジャイアンツ、ベイスターズを通じて1910安打となり、米日通算2000本安打まで残り4本となっている。今日(3)からの地元横浜スタジアムでの古巣である対ジャイアンツ三連戦での達成も見えてきている!

NPBで先にプレーしてNPB在籍時の通算安打数にMLBでの安打数を加算して2000本安打を超えるイチロー、松井秀喜、松井稼頭央が日本プロ野球名球会の会員になっていることを考えると、順序が逆なだけのラミレスにも同会の会員資格が与えられて然るべきという声もチラホラ…。

名球会は単なるサークルだから個人的にはそんなことどっちでもいいと思っているが、ラミレスの快挙は少なくとも松井やイチローと同等に評価されるべきだ。

だが2000本安打というくくりだと、ラミレスを含めるとなると…


(写真:米日通算2000本安打にあと4本と迫っているアレックス・ラミレス。2012年6月撮影)

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2012年7月 2日 (月)

「ありがとう東京」北海道移転を決めたファイターズ、東京ドームでの本拠地最終戦【回想】敗戦処理。生観戦録-第30回 2003年(平成15年)編

Cdsc_01 これまで当blogで毎月2日に交互に掲載していた敗戦処理。が生観戦した野球場が58ケ所の観戦球場を出し尽くしたので当面 敗戦処理。が生観戦したプロ野球- my only one game of each year 主体にいくことにし、また新たに初めての球場で観戦したら臨機応変にはさむようにします。


1974(昭和49)に初めてプロ野球を生観戦した敗戦処理。はその後毎年、途切れることなく数試合から十数試合を生観戦しています。そこで一年単位にその年の生観戦で最も印象に残っている試合を選び出し、その試合の感想をあらためて書いていきたいと思います。年齢不詳の敗戦処理。ですが同年代の日本の野球ファンの方に「そういえば、あんな試合があったな」と懐かしんでもらえれば幸いです。

【回想】敗戦処理。生観戦録- my only one game of each year30回 2003(平成15)


(写真:東京ドームラストイヤーの本拠地最終戦で貼られた「ありがとう東京」のポスター)

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2012年7月 1日 (日)

稲尾和久さんの背番号24が永久欠番に

Adsc_0063ライオンズ恒例の“ライオンズ・クラシック”今年は西鉄ライオンズ時代の大エース、故稲尾和久さんの生誕75周年に当たる。「ライオンズ・クラシック2012 稲尾和久生誕75周年」を取り上げた。稲尾さんの現役時代の背番号24を永久欠番に制定するとともに今日(1日)は永久欠番メモリアルゲームということでライオンズの選手、監督、コーチ全員が当時のライオンズの背番号24を付ける。今季のライオンズで背番号24の選手はいないが、今日がライオンズの背番号24の見納めになる。

なお、大リーグで行われるジャッキー・ロビンソン・デーのように全チームが一つの背番号を付けるのではなく、あくまでライオンズナインのみ。ファイターズからは陽岱鋼が背番号24のユニフォームでプレーした。


(写真:稲尾和久さんの背番号24を永久欠番に制定する事を宣言する西武ドームのLビジョンの表示)

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