引退表明・石井琢朗の凄さを調べていたら…
26日にファイターズスタジアムでスワローズの宮本慎也の回復ぶりに唸っていたら、翌27日、宮本と同学年のカープ、石井琢朗コーチ兼内野手が今季限りでの現役引退を発表した。
ベイスターズ時代の2006年に既に2000本安打を達成済みの石井。通算安打数は2430本となり、歴代11位に到達している。大半を遊撃手としてプレーして2000本安打以上を記録したのは他に藤田平、田中幸雄、野村謙二郎、宮本慎也といるが、石井以外は何らかの理由で遊撃手以外のポジションに転向してその後に2000本安打を達成しており、最も負荷の多いポジションと言われる遊撃手を続けながらの到達は石井くらい。
そして元タイガースの吉田義男の1730試合を抜き、遊撃手としての出場試合数も1765と日本記録を更新中の石井。あらためてお疲れ様でしたと言いたい。
(記録は2012年8月27日現在。以下当エントリー中同じ)
特に人工芝の球場が大半を占める昨今。内野で最も守備範囲が広く、外野に飛んだ打球のカットプレーなどを含め最も負荷が多いと言われるのが遊撃手。もちろん守備全体のキーになる部分故、多くの球団で打撃、攻撃面より守備力重視の選手が起用されるケースが多い。また、遊撃手で打撃、攻撃に秀でた遊撃手は他のポジションに回って打撃力、攻撃力を発揮するようコンバートされるケースが目立つ。前出の石井以外の2000本安打到達遊撃手では藤田平と田中幸雄は故障を考えてのポジション転向、野村謙二郎と宮本慎也は年齢的な守備力の衰えで負荷の軽い三塁手に回った感じだ。宮本が所属するスワローズでは宮本の前には池山隆寛がその打力を活かすために遊撃手から三塁手に回っていた。このケースは石毛宏典、宇野勝、井口資仁らが打撃、攻撃力優先で他のポジションに回っている。
遊撃手の負荷がいかに大きいかを示すと思われるデータがある。9つあるポジションのポジション別の最多出場選手と、その出場数を列記する。
投手 米田哲也 949試合
捕手 野村克也 2921試合
一塁手 王貞治 2799試合
二塁手 高木守道 2179試合
三塁手 長嶋茂雄 2172試合
遊撃手 石井琢朗 1765試合
外野手 張本勲 2429試合
金本知憲 2399試合
福本豊 2293試合
(記録は2012年8月27日現在。以下当エントリー中同じ)
投手を別にすれば、遊撃手が最も少なく、唯一2000試合出場した選手がいないポジションだ。
石井は野手転向して最初に守っていたのは三塁手が多かったが、1996年に遊撃手に回ってから2007年まで、投手でいう規定投球回数、打者でいう規定打席に相当する、守備率の比較上の規定出場数(チーム試合数の3分の2以上)に出続けた。2007年には石井は37歳になっている。同学年の宮本慎也も37歳のシーズンまで遊撃手として規定の試合数以上出場している。
実は敗戦処理。は以前に遊撃手、33歳定年説を展開したことがある。33歳を境に、他のポジションに回ったり、他の選手にレギュラーを奪われる選手が多かったからだ。詳しくは拙blog2006年3月8日付 2000 本安打目前、石井琢朗の希少価値 を参照されたい。ところが人工芝球場が大半のなか、石井、宮本といった長寿の遊撃手が誕生しているのだ。そして今年度37歳になる遊撃手に金子誠、井端弘和、松井稼頭央がいる。
井端は既に年間のチーム試合数の3分の2以上となる96試合以上に当たる112試合に遊撃手として出場しており、金子は112試合中78試合に出場しており、残り32試合で18試合以上遊撃手を務めればクリア。松井は108試合中66試合なので残り36試合で30試合とちょっと厳しいところ。
過去二年間、遊撃手に比べればやや負荷の軽い二塁手に回っていたにしても、井端の遊撃手としての元気ぶりは立派の一言に尽きる。“アライバ”コンビで年齢が若い方の荒木雅博に遊撃手をやらせた方がいいという落合博満前監督の考えからの配置転換だったようだが、高木守道監督は荒木より井端を遊撃手に指名したのだ。
松井はアメリカでプレーしていた時期の出場明細が不明だが、遊撃手以外での出場が多かった模様。その意味ではファイターズの金子が37歳になるのにずっと遊撃手を続けていることは特筆されるべきであろう。
金子は1996年に二塁手でレギュラーをつかんでパ・リーグの新人王にも輝いたが、その後2001年までは二塁手のレギュラー。前出のミスターファイターズ田中幸雄が遊撃手を離れ、2002年から金子がコンバートされて今日に至っている。2005年に当時のトレイ・ヒルマン監督が外国人選手のエリック・アルモンテを重用してレギュラーポジションを脅かされたこともあったが、故障との戦いのシーズンが続いているものの少なくとも守備面に関しては後輩の追随を許していない。
ここで遊撃手としての出場試合数、歴代のベストテンを列記しておく。
1位 石井琢朗 1765試合
2位 吉田義男 1730試合
3位 豊田泰光 1579試合
4位 白石勝巳 1561試合
5位 高橋慶彦 1543試合
6位 小池兼司 1494試合
7位 宮本慎也 1449試合
8位 井端弘和 1379試合
9位 河埜和正 1370試合
10位 田中幸雄 1356試合
石井の他に宮本と井端がランクインしている。松井は1332試合、金子に至っては1149試合でランクインしていないが、それでも現役選手が石井を含め3人もランクインしているのは立派。くどいようだが選手のプレー環境としては好ましくないと言われている人工芝球場が大半を占めていることを考えると、この三選手のがんばりには敬意を表したい。特に遊撃手として現役の井端にはどこまで数字を伸ばせるか注目したい。
そして猛スピードでこれらベテラン選手を追う存在がいる。タイガースの鳥谷敬である。2004年のルーキーイヤーからタイガースの遊撃手のレギュラーを担い、既に遊撃手としての通算試合出場数は1164となり、今季、金子を逆転した。鳥谷は入団以来のタイガースの全公式戦の92%の試合に遊撃手として出場しており、今後もこのペースで出場し続ければ5年後には今現在の石井の出場数1765を超えることになる。2017年、鳥谷は36歳になる年度。敵は故障と、メジャー流出とコンバートか?
コンバートに関しては鳥谷本人の守備力低下があったなら致し方ないが、他に遊撃手を託せそうな選手がいるか、鳥谷を移すポジションがあるかも鍵になると思う。
例えば石井はベイスターズの後年、三塁に主砲村田修一がいなかったら、球団が石井の負荷を軽くしようとして三塁に回していたかもしれない。金子は2002年に二塁手から遊撃手に回ったが、前年まで三塁手だった片岡篤史がFAでタイガースに移籍し、三塁手のポジションが相手遊撃手だった田中幸雄が三塁に周り、金子が二塁に回ったのだった。本人の努力だけでの問題でないところが難しい。
石井琢朗は2000本安打達成の際には遊撃手としての到達ということよりも、川上哲治さん以来の投手としての勝利投手経験+2000本安打ということばかりクローズアップされ、今回の引退表明では“最後のドラフト外入団選手”と取り上げているメディアが多い。個人的には石井引退を機に、遊撃手というポジションの特殊性をクローズアップして欲しい。宮本や井端だけでなく、金子や鳥谷も再評価されるべきであろう。
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