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2012年11月 2日 (金)

こんな東京ドームは初めて!-初めて観た日本シリーズ第7戦【回想】敗戦処理。生観戦録-第33回 2008年(平成20年)編

Cdsc01これまで当blogで毎月2日に交互に掲載していた 敗戦処理。が生観戦した野球場が59ケ所の観戦球場を出し尽くしたので当面 敗戦処理。が生観戦したプロ野球- my only one game of each year 主体にいきますが、今回は順番なら2006(平成18)編ですが、現在行われている日本シリーズが第6戦までもつれ、明日の第6戦の結果次第では第7戦までもつれる可能性も出てきたので、日本シリーズ第7戦の観戦記を振り返る意味で、2008(平成20)編を順番を早めて挿入します。2006年編は次回に回す予定です。

1974(昭和49)に初めてプロ野球を生観戦した敗戦処理。はその後毎年、途切れることなく数試合から十数試合を生観戦しています。そこで一年単位にその年の生観戦で最も印象に残っている試合を選び出し、その試合の感想をあらためて書いていきたいと思います。年齢不詳の敗戦処理。ですが同年代の日本の野球ファンの方に「そういえば、あんな試合があったな」と懐かしんでもらえれば幸いです。


【回想】敗戦処理。生観戦録- my only one game of each year33回 2008(平成20)


(写真:ジャイアンツを倒して日本一を勝ち取り、記念撮影をするライオンズナイン達。200811月撮影)


2008
年、前年に五年ぶりにリーグ優勝を果たしたジャイアンツはその年から導入されたクライマックスシリーズでドラゴンズに三連敗して日本シリーズ進出を逃した。前年もFAで小笠原道大、門倉健、トレードで谷佳知を獲得していたジャイアンツだったが、この年は他球団で契約がこじれて自由契約になったマーク・クルーン、セス・グライシンガー、アレックス・ラミレスを獲得。自前で獲得する外国人助っ人がハズレばかりなので、それなら日本で実績のある選手を獲得する方が確かだ。金はかかっても、その方が確実だ。


ジャイアンツは優勝し、クライマックスシリーズでもドラゴンズに雪辱。2002年以来、6年ぶりに日本シリーズに駒を進めた。相手はライオンズ。渡辺久信監督が一年目にして、前年、26年ぶりにBクラスに転落したチームを復活させた。だがライオンズはグレッグ・ブラゼル、G..佐藤を、ジャイアンツは阿部慎之助、高橋由伸を故障で欠く日本シリーズとなった。リーグ優勝決定の試合でヘッドスライディングした際に右肩を痛めた阿部は守備につける状態でなく、DH制の無い試合はベンチスタートを余儀なくされた。

敗戦処理。は日本シリーズのチケットが発売開始される初日、最初から日本シリーズ第7戦一本に絞ってチケットぴあに電話をかけ続け、チケットを購入した。

ざっと第6戦までの経過を振り返る。

東京ドームからスタートの第1戦は上原浩治涌井秀章のエース対決。北京五輪で金メダルに輝いたソフトボール日本代表のエース、上野由岐子の始球式で花を添えた試合は、四回裏にジャイアンツが、敵失で出塁した鈴木尚広を二塁に置いて、セ・リーグのクライマックスシリーズでMVPに輝いたアレックス・ラミレスがライト線に二塁打を放ち、1点を先制。

これに対し、ライオンズは直後の五回表に先頭の後藤武敏が本塁打を放ち、同点とすると、六回には中島裕之がソロ本塁打を放って2対1と勝ち越し。涌井が八回まで被安打1の好投でこのリードを守り、最終回はアレックス・グラマンをつぎ込んで逃げ切った。


第2戦は高橋尚成帆足和幸の両サウスポーが先発。二回裏にジャイアンツが、負傷の阿部に代わってスタメンマスクをかぶる鶴岡一成の犠飛で先制すると、ライオンズは四回表に中島が二試合連続となる逆転ツーランを放つ。1点を追うジャイアンツは六回裏に、この回から登板の大沼幸二から亀井義行のタイムリーで2対2の同点に追いついた。

その後は互いに譲らず、延長戦突入かという雰囲気も出た九回裏一死からラミレスがライオンズ五番手の岡本真也からサヨナラ本塁打を放ち、1勝1敗のタイに。


場所を西武ドームに移した第3戦、石井一久内海哲也のこれまたサウスポー対決。ジャイアンツは一回表にDHでスタメンのラミレスのタイムリーで先制すると、二回表には一番の鈴木尚がレフトオーバーの3ラン本塁打を放ち、序盤で4対0とリードを拡げる。ジャイアンツは六回にもラミレスのソロ本塁打で5対0とし、大勝ムードが漂ったがその裏、ライオンズが猛反撃。


一死から片岡易之、栗山巧、中島の三連打で1点を返す。シーズン中にも六回に崩れる傾向が観られた内海に代えてジャイアンツは西村健太朗をここで投入。しかし代わりっぱなを中村剛也がスリーラン本塁打。5点のビハインドをあっという間に1点差にした。

だがライオンズの反撃もここで断たれる。ジャイアンツは八回表に小笠原のソロ本塁打で1点を加え、七回から三試合連続登板になる越智大祐が2イニングを、最終回にはクルーンが抑え6対4で逃げ切った。ジャイアンツが2勝1敗と勝ち星を先行させた。


第4戦は岸孝之セス・グライシンガーが先発。セ・リーグ最多勝に輝いたグライシンガーは一回裏に片岡に安打を打たれぐに二盗を決められると、二番の栗山にタイムリーを打たれあっという間に先制されると、中村に四回裏と六回裏に二打席連続でツーランを浴び、六回途中でKO。対照的にライオンズの先発、岸は独特の大きなカーブを武器にジャイアンツ打線から毎回奪三振の好投。四安打三発に抑えて最後まで一人で投げきり、147球力投の完封劇。5対0でライオンズが2勝2敗のタイに戻した。ジャイアンツはグライシンガーKOの時点で割り切ったか、その後は山口鉄也、東野峻、豊田清とここまで観登板の投手をつぎ込んだ。


第5戦は涌井、上原とともに第1戦に先発した投手が中四日で先発。一回裏にライオンズが満塁から内野ゴロの間に1点を先制すると、直後の二回表にジャイアンツもDHでスタメン出場の阿部がソロ本塁打を放ち同点。三回裏に坂本勇人の失策からの二死二塁で石井義人が勝ち越しのタイムリー。上原はこの後も連打されて二死満塁のピンチを迎えるが辛うじて1点止まり。ジャイアンツは三回でエースの上原を見限り、四回から山口をつぎ込み、継投策に走る。

1対2のまま迎えた七回表、ジャイアンツはようやく涌井を攻略。一死からラミレスの二塁打を皮切りに、まず阿部のタイムリーで同点とすると、その後も亀井、脇谷亮太、坂本の長打攻勢で一気に4点を奪い逆転。九回表にも2点を加え、九回裏にクルーンが平尾博嗣にソロ本塁打を浴びたものの7対4で逆転勝ち。ジャイアンツが3勝2敗と王手をかけて本拠地東京ドームに駒を進める。


再び東京ドームに戻っての第6戦、先発は高橋尚と帆足でともに第2戦から中五日での先発。後がないライオンズは一回表に安打と二つの四球で二死満塁とすると、左投手に強い実績を買われてこのシリーズ初スタメンの平尾が左中間に満塁の走者を一掃する二塁打で3点を先制した。ジャイアンツは二回裏にラミレス、イ・スンヨプ、亀井の三連打で1点を返すが、さらに続いた無死二、三塁で坂本以下の下位打線が凡退して1点止まり。

帆足は四回裏にも二塁打と四球で無死一、二塁のピンチを招き、第一打席でタイムリーを打たれた亀井を打ち取ったところでライオンズベンチが決断。三日前の第4戦に147球を投じて完封勝利を挙げた岸を投入。坂本と鶴岡を打ち取ってピンチを切り抜けた。岸の緊急投入に打線も応え、先制打を放った平尾が直後の五回表に西村健からソロ本塁打を放ち4対1とリードを拡げた。岸は時折安打を打たれながらも第4戦に続いてジャイアンツ打線を翻弄。どこで継投に走るのかと思ったら最後まで投げきった。4対1でライオンズが勝利し、ついに3勝3敗のタイに持ち込んで第7戦を迎える事になった。


ライオンズにとっては前回出場の2004年(対ドラゴンズ)以来の第7戦突入だったが、ジャイアンツとのカードで第7戦までもつれるのはあの伝説の1983年以来。


日本シリーズ第7戦というのは、それまでの6試合があってそこにたどり着くものだから、長くなるのを承知で書かせてもらった。


2008119日、日曜日。敗戦処理。は試合開始二時間前にネット裏C指定席に乗り込んだ。暇だった事もあるが、居ても立ってもいられなかったのだ。ゲートをくぐり、通路を歩いてスタンドに入った瞬間、いつもとは空気が違うのがわかった。既にどこかで一杯引っかけてきたのか、試合前からハイテンション名集団がいて回りから白い目で観られていたが、素面ではいられないというのもわからないこともない。そんな異様な雰囲気だった。


ライオンズ
()片岡易之
()栗山巧
()中島裕之
()中村剛也
()後藤武敏
()平尾博嗣
()佐藤友亮
()銀仁朗
()西口文也



ジャイアンツ
()鈴木尚広
()木村拓也
()小笠原道大
()ラミレス
()亀井義行
()イ・スンヨプ
()坂本勇人
()鶴岡一成
()内海哲也


ジャイアンツの先発内海は順当として、ライオンズは今シリーズ初登板となる西口文也を先発に持ってきた。第3戦に先発した石井一は故障という訳ではなくベンチ入りした。渡辺監督はチームの精神的支柱である西口をのるかそるかの日本シリーズ第7戦で先発させるプランを暖めていたという。西口で行けるところまで行き、後は継投策で投手を惜しみなくつぎ込む考えだった。

一回表、先頭の片岡がレフト前に安打を放つといきなり二盗成功。一死後、中島の打席で内海が暴投して一死三塁となると、ジャイアンツは早くも内野陣が前進守備。通常の公式戦では一回から前進守備をする事はまず無い。1点が惜しいとは言え、ヒットゾーンが広くなる前進守備は内野ゴロで済む打球が安打になりかねず、1点で済むところが大量点に繋がりかねないからである。そして投手がナーバスになりがちな立ち上がりには不向きと思われるからである。だがさすがに、この試合に勝った方が日本一という試合になると、一回表から1点を防ぎにかかるのだろう。

中島は遊ゴロを放ち、片岡がホームに突入するもタッチアウト。前進守備が奏効し、ジャイアンツは先制のピンチを凌いだ。

一回裏のジャイアンツは一死から木村拓也が四球で歩くと、小笠原がレフト線にはじきかえす二塁打で一死二、三塁と先制の大きなチャンスを迎えた。打席には四番のラミレス。すると今度はライオンズ内野陣が前進守備を敷いた。ジャイアンツもライオンズも同じ状況だから、ライオンズが前進守備を敷いても不思議ではない。ただ「ラミレスの打席でリスクの大きい前進守備を敷くくらいなら、歩かせて満塁にした方が1点を防ぎやすいのでは…」と考えていたら、ライオンズはラミレスとは勝負せず、満塁にして五番に抜擢した亀井との勝負を選択した。

亀井がWBC出場を機にブレークしたのは翌2009年。この年はまだ完全なレギュラーという訳ではなく、この日の五番起用も大抜擢という感じだった。だが亀井は二ゴロで三塁走者が本塁封殺。二死満塁からイ・スンヨプの打席で西口が暴投してジャイアンツが1点を先制した。

ジャイアンツは二回裏にも坂本が西口からソロ本塁打を放ち、2対0とリード。この年、入団二年目でレギュラーポジションをつかんだ坂本はこの時点でまだ19歳。未成年の選手が日本シリーズで本塁打を放つのは1986年の清原和博以来22年ぶりの快挙だった。そしてライオンズは今回で西口を諦め、三回表の打席で代打を送った。

ライオンズはこの後、二番手にこの試合の先発も考えられた石井一を送り、反撃体制を整えた。石井一が2イニングをパーフェクトリリーフすると、五回表の石井一の打席で代打に送ったヒラム・ボカチカが反撃ののろしを挙げる一発を放ち、一点差に迫った。するとその裏には第5戦に先発した涌井を投入した。

ジャイアンツは先発の内海が投げ続けたが、五回のボカチカの一発を予兆と感じたのか、六回に突如崩れてシーズン中の再来と思われた第三戦の事が脳裏をよぎったのか、2対1と一点リードで迎えた六回表に先頭の左対左の栗山を打ち取って一死走者無しでライオンズの右の長距離砲が並ぶクリーンアップを迎えたところでジャイアンツは内海から西村健にスイッチ。先発ローテーション投手を続々とつぎ込むライオンズとは対照的にいつも通りの野球に徹するジャイアンツ。西村健はこのシリーズ6試合目の登板。西村健は中島、中村を打ち取ると、七回表は越智が登板。越智はこのシリーズ5試合目の登板。

越智は七回表に走者二人を許しピンチを迎えるが後続を二者連続三振に仕留めて無失点に抑えると、続く八回表もマウンドに上がった。

この年はいわゆる「風神・雷神」が大車輪の活躍をしたシーズンで、越智がチーム最多の68試合に登板し、山口が67試合。抑えのクルーンも61試合に登板し、勝利の方程式を構築した(西村健は途中故障欠場もあり、豊田の50試合に次ぐ43試合登板にとどまった)。抑えのクルーンにつなぐ存在としては越智も山口も遜色ない存在感で、七回が越智なら八回は山口というのがシーズン中のパターンだったが、このシリーズではライオンズ打線が右打者主体という事もあってか山口は劣勢での登板しかしていない。

ここからは語り継がれているシーン。2イニング目の越智に対し、先頭の片岡は内角の投球を避けずに死球と判定されると小さくガッツポーズをして一塁へ。栗山の初球に二盗に成功すると、バントで三塁へ。一死三塁で中島という一回表と同じ局面になった。第5戦で脇腹を痛めたままの状態で出ている中島は本来のスイングが出来ていない感じだったが、ここでも三塁ゴロ。ただ片岡のスタートが異様に早く、同点となった。

2対2の同点で二死無走者となり、打席には四番の中村。五番には途中出場の捕手の野田浩輔。正捕手の細川亨をやはり故障で欠いたライオンズは上本達之が控え捕手としてベンチ入りしているが、同点になった以上は延長戦まで考えなければならず、野田に代打を送りにくい状況。ジャイアンツはそこまで考えたか、二死無走者という場面で捕手の鶴岡こそしゃがんだままであったが、ストレートの四球で中村を歩かせた。スタンドで観ていた敗戦処理。も「まあ、当然の安全策だな…」と思ったが、誤算なのは越智が続く野田にも四球を出してしまった事。越智は完全にアップアップの状態で、この後の平尾にも制球がままならず、フルカウントからセンター前にはじき返されて2対3と逆転された。

ライオンズは三回から石井一、涌井が2イニング投げて七回裏には星野智樹が1イニングをぴしゃり。第6戦でロングリリーフをこなした岸はさすがにベンチ入りしなかったが、逆転したら八回裏からグラマンを投入。グラマンも2イニングを完璧に抑え、ライオンズが逆転勝ちを果たした。
Cdsc_0069
Cdsc_0072ジャイアンツ打線は二回裏の坂本の本塁打以降は24人の打者がライオンズ投手陣にパーフェクトに抑えられて一人の走者も出す事が出来なかった。



2008119日・東京ドーム】
L 000 010 020 =3
G 110 000 000 =2
L)西口、石井一、涌井、○星野、Sグラマン-銀仁朗、野田
G)内海、西村健、●越智、豊田-鶴岡、加藤
本塁打)坂本1号ソロ(西口・2回)、ボカチカ1号ソロ(内海・5回)=代打


ジャイアンツの最後の打者は四番のラミレスだったが、ラミレスの打席の時、亀井が立つはずのネクストバッターズサークルに阿部の姿があった。ここまで第4戦と第5戦のDHでの出場のみだっただけに、阿部に回してあげたかったが…。


ジャイアンツは日本シリーズでサヨナラ負けをした次の試合に負けると日本一を逃し、次の試合に勝つと日本一に輝くというデータがあるという。その通りになれば今年のジャイアンツは日本一だが、阿部が手負いでビジターで王手をかけて東京ドームに戻ってくるという点では2008年パターンを連想させる。今年の日本シリーズはどうなるだろうか?

試合時間は3時間20分だったようだ。開始二時間前からスタンドにいたので、この後の表彰式などのセレモニーも観たから6時間近く東京ドームの中にいた事になる。とにかくドーム内の空気が薄く、普段なら1杯か2杯は飲むビールを飲んだ記憶がない。試合前に飲んだソフトドリンクのみだったのではないか…。一回の表と裏から1点を巡る攻防が激しく、試合を通して心臓がばくばくしているような感覚だったのを覚えている。

日本シリーズでこの対戦が第7戦までもつれるのは1983年以来と書いたが、奇しくも勝敗順まで1983年と同じになった。ジャイアンツが敗れたのは残念極まりないが、2勝3敗から投手を総動員にして苦況からの日本一を勝ち取った、当時ルーキー監督だった渡辺監督には恐れ入った。一方でジャイアンツが第7戦でも基本的にシーズン通りの継投に打って出た事も間違いとは思わない。ただ先述の様に山口を勝ちパターンでつぎ込まないと決めつけたのがいささか残念。

ただ日本シリーズの敗因は突き詰めていくと日本シリーズに出た事としか言えない。日本一の頂点に立つチームが一つなら、日本シリーズで敗れるのも一チームだけ。たとえ日本シリーズでどんな敗れ方をしたとしても、日本シリーズで敗れたチームは十二球団で二番目のチームなのだから。

日本シリーズに駒を進められなかった十球団は日本シリーズで敗れる事すら出来ないのだから。それが敗戦処理。の日本シリーズに関するスタンスだ。クライマックスシリーズの存在で、日本シリーズの価値は云々という問題はあるが、日本シリーズを制したチームを日本一と称する以上その考えは変わらない。

プロ野球ファンとして、贔屓チームが出る日本シリーズ第7戦を生で観る事が出来るのはこの上ない幸せだと思う。確かに試合中は息苦しかったが、何物にも代え難い経験だったと思う。そしてこんな経験は当分出来ないだろうと思ったが、それから四年後、贔屓チーム同士の対戦で再現される可能性が出てきた。

敗戦処理。は第6戦、第7戦とも生観戦の予定だ。まだ両球団の出場が確定していない時点でのイープラスの先行販売に申し込んだら二試合とも抽選に当たった。前回2009年のこの対戦を第1戦、第6戦と札幌ドームで生観戦したが、かつてはともに本拠地にしていた東京ドームでの対戦を見たいと思ったからだ。

2008年の第7戦は本当に凄い試合だった。ただ、ライオンズが先発ローテーション投手を続々と投入したこの試合にジャイアンツのエース上原はベンチから外れ、昼間には清武英利球団代表とFA権行使のための手続きに関する打ち合わせをしていたというのを聞いて興ざめしたのは覚えている。


【参考資料】
2009ベースボール・レコード・ブック(ベースボールマガジン社)
blog2008118日付 本当に第七戦までもつれてしまった…!
2008119日付 ライオンズ、日本一おめでとう!!
12球団全選手カラー百科名鑑2008(廣済堂出版)

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