ファンと選手の距離-藤井秀悟ストーカー被害告白で考えたこと
藤井は相手に直接ストーカー行為を止めてもらうように訴えたというが、効果がないのでブログで公表したという。時あたかも神奈川県逗子市の刺殺事件の被害者が、元交際相手からのストーカー被害に悩まされていたことが明らかになり、ストーカー規制の法的未整備ぶりが露呈したばかり。所属するベイスターズ球団も現時点では警察に被害届を出さないということだが、藤井としては公表することで相手への最後通告のつもりなのだろう。
藤井がつきまとわれているのはジャイアンツに移籍した初年度からとのことだが、シーズンの大半を二軍で過ごした移籍二年目の2011年にはジャイアンツ球場で積極的にファンにサインを書いたりする姿をよく見かけた。投手は登板予定のない日は“上がり”といってベンチ入りしない日もあるので時間に融通が利くのか、試合前のサブグラウンドでの練習を終えると一塁側のスタンドの通路に姿を現し、冒頭の写真の様にファンにサインをする姿をしばしば見かけた。
ジャイアンツ球場では内野フィールドくらいの広さのサブグラウンドが一塁側スタンドの後方にあり、そこから三塁側スタンドの後方にそびえ立つ室内練習場への移動に選手はスタンドの通路を通る。時間に余裕のある選手はそこでサイン対応をする選手が多い。一軍クラスの人気者の中には収拾が付かなくなるのが明白だから、申し訳なさそうに頭を下げながら早足で去っていく選手達もいて、ちびっ子ファンから「ケチ!」などと言われてしまう某・松本哲也の様な選手もいる。練習の途中なので仕方がないが、逃げる松本哲をちびっ子達が追いかけ、松本哲に振り切られたちびっ子達が悔し紛れに「松本、足速ぇー!」と捨て台詞を吐くシーンは微笑ましいが、試合開始前のひととき、サインに応じる選手も多い。藤井はその代表格だった。
こうしたファンと選手とのふれあいは万単位のファンが集まり、選手のゾーンとファンのゾーンが明確に区分されている一軍ではレアケースであろうが、ファームの本拠地ではジャイアンツ球場に限らず多く見受けられる。“ファンあってのプロ野球”という原点に立ち返って、ファンから求められればファンサービスに応じる。ファンの存在があってプロ野球が成り立つと言うことを選手に意識付けさせる球団の狙いもあるという。敗戦処理。も主にファイターズスタジアムで選手にサインをもらうことがあるが、ファンとして秩序を乱さない注意はしているが、選手の協力的な姿勢にはいつも頭が下がる。
だが、藤井が悩まされている例は極端な例かもしれないが、ファンの権利を拡大解釈しているのか、自分さえ良ければいいとでも思っているのか、傍から見ると迷惑行為とも思えるファンも残念ながら存在するようだ。選手もサインをするならするで、一人でも多くの求める人に応じようとしているのにやたらに長く独り占めしようとする人や、球団や球場の職員でもないのに、その場を自分の都合の良いように仕切ろうとする常連客。選手や球団は相手がお客様であるがゆえにむげに扱えないが、それを逆手に取っていると思える場合もある。
例えば、先述のジャイアンツ球場では数年前から守備から戻ってくる選手がボールを投げ入れないようになった。サインボールの投げ入れも年に数回の特別な試合のみになった。球場側によると、ファンの安全を考えての対応だそうだ。一つにはスタンドの構造が傾斜が急な部分があり、ボール欲しさのあまり走り出すと危険だというのもあるらしい。ボールの奪い合いでトラブルになったりすると、当人間の問題とはならず、球場や球団の対応が悪いと矛先が変わることがあるという。トラブルに巻き込まれるくらいなら、トラブルの火種を元から消すという発想だ。「ボール下さ~い!」「ボール下さ~い!」と走り回るガキは確かにうざいが、ボールを投げ入れないというイメージが定着すれば誰も騒がないという発想はいささか寂しいと感じざるを得ない。
また、これは私が直接聞いた話ではないので眉唾な点はあるが、ある球団の職員は「マスコットが来ていると、ファンの目がマスコットに向くので選手がファン対応せずに試合や練習に集中出来る」と言い放ったそうだ。マスコットの存在意義にそうした一面があるのは否めないかもしれないがそれを球団の人間が公言しては拙いだろう。
要するにファンと球団、選手の信頼関係が築かれなくなるとファンサービスはどんどん形骸化していくおそれがあると言うことだ。
ファンの中には選手がマスコミ対応より先に自身のブログでいろいろな意思表示をしてくれることに親近感を覚える人もいるようだが、本来、マスコミ相手の記者会見ではファンの代弁者たる記者と選手が一問一答を繰り返すことで選手が伝えたいことだけでなく、ファンが知りたいことを聞き出してくれる可能性もあるのだ。ブログは速報性もあるが、ある意味一方的。ファンからのコメントにも都合の悪いものには無視を決め込めばいいし、削除することすら出来る。ダルビッシュ有はツイッターを積極的に利用し、フォロワーであるファンの質問などに気軽に応じているが、もの凄い数寄せられるリプなどのほんの一部に応えているに過ぎない。有名人と一般ファンのツイッターでの関係は結局のところほぼ一方通行にならざるを得まい。ただそれでも、記者会見に出る記者がファンの代弁者ではなく球団の顔色をうかがって空気を読んだ質問しかしないからファンが記者会見よりブログなどでの発信を好むと言えばそれまでだが…。
敗戦処理。が子供の頃には週刊ベースボールの選手名鑑に選手の自宅の住所が載っていた。その住所に往復ハガキでサインをお願いすれば、サインが帰ってくることが多々あった。江川卓、中畑清、中井康之、ロイ・ホワイト、柏原純一、木田勇、宇田東植…しかし今はせいぜい球団事務所と若手選手の寮が公表されているくらい。むろんこれは個人情報保護法云々の以前からだ。最近では遠征時の宿泊ホテルの名も公表しない様だ。
ファンがファンであることを特権だと思い、本来はサービスで選手側が行ってくれることに過大な期待をし過ぎて一線を超えると、選手を管理し、守る立場にある球団はファンとの距離に一線を引くようになる。ファンと選手の距離は一定の距離が保たれていなければならないと思う。ただその距離が近くなるか遠くなるかは結局のところはファンの良心次第と言うことだろう。
以前ジャイアンツ時代の上原浩治が、ファンから野球カードにサインを求められるときに、一人のファンが同じカードに何枚もサインを求めるケースがあり、そうしたケースは転売目当てでオークションにかけられたりすることがあるので、サインを書きたくないと思うときがある云々と書いて物議を醸したことがあったが、こういうことでサインを拒む選手が続出したらファンと選手の距離は遠くなっていく。
また、敗戦処理。はブログに観戦した試合で撮影した写真を載せているが、これらは敗戦処理。が自分で撮影した写真だから敗戦処理。の著作物であるが、被写体である肖像権者の許可を取っていない。選手や球団関係者が拙ブログを読んでいるとは思えないが、「ダメ」と言われたら削除しなければならないものである。基本、プロ野球の試合は撮影を禁止されていない。三脚の持ち込みを制限されることはあっても、基本、他のお客さんに迷惑をかけず、ましてや試合進行の妨げをしなければ咎められることはない。だが厳密に言えば主催球団やNPBが管理するものである。誰か不届きものが出てきたら、球場での写真撮影禁止、個人ブログなどでの掲載禁止なんて措置が講じられかねない。
今回書いたことは藤井のストーカー被害問題からはかなり脱線しているが、“ファンあってのプロ野球”であると同時に“選手あってのファン”という側面もあるように思える。これは自戒を込めて書いている面もあるが、やはり選手というものは距離を置いて憧れて見るのが一番なのかもしれない。個人的にも近年、試合後にグラウンドに降りる機会を得ることが多くなったが、初めて東京ドームの人工芝の上に立ったときのドキドキした気持ちは決して忘れないつもりだし、ましてや甲子園球場のグラウンドに立てた時には一瞬逡巡したものだ。選手、そしてその聖地であるグラウンドへの敬意を忘れてはならないということをあらためて痛感した次第だ。
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