小笠原道大、史上最大減俸で来季に挑む
小笠原道大はファイターズ時代の2006年に打率.313、32本塁打、100打点でパ・リーグの本塁打王、打点王の二冠王に輝くとともにチームをリーグ優勝、44年ぶりの日本一に導き、最優秀選手にも選ばれた。そしてこの年に取得したFA権を行使して、ジャイアンツと四年契約を結んだ。
ジャイアンツでは移籍一年目の2007年に打率.313、31本塁打、88打点を記録し、チームを五年ぶりの優勝に導くとともにセ・リーグの最優秀選手に選ばれた。それから契約満了の2010年まで四年間続けて打率三割と30本以上の本塁打を記録した。ファイターズ時代に遡れば、打率三割は五年連続、本塁打30本以上は六年連続となった。そして2011年から新たに二年契約を結んだ。2007年から2010年までの四年契約時には推定で3億8000万円の年俸固定制だったが、2011年と2012年も推定で4億3000万円の固定制だった。
ところが2011年には死球による故障等にも悩まされ83試合で打率.242、5本塁打、20打点と成績が急降下。今季も34試合の出場にとどまり、打率.152、本塁打は一本も出ず、打点は4。一概に比較は出来ないが、同僚で投手のデニス・ホールトンは打率.167、1本塁打、5打点と打撃三部門で小笠原が下回った。復活をかけて今季は二軍戦を調整の場としたが、格下相手に31試合で打率.265、3本塁打、13打点にとどまった。
一般には統一球対策が確立出来ず、それにより打撃フォームを崩して対処出来なかった云々等の見方が多い様だ。たしかにフルスイングして後ろ足の左足が踏ん張れず、左膝が崩れる様な形になるのが素人目にも気になった。年齢的にあのフルスイングに象徴される打ち方の分岐点に来ているところに得体の知れない統一球というダブルパンチだったのかもしれない。
ともあれ、現在39歳で推定年俸4億3000万円という高額年俸を考えれば、昨今の球界事情を考えれば、戦力外通告を受けても決して不思議ではないが過去に例のない大幅な減俸ながら来季もジャイアンツでプレーすることになった。過去、ジャイアンツでは功労のあった選手でも往々にして生え抜きでない選手は寂しい形でジャイアンツのユニフォームを脱ぐ末路が少なくなかったが、小笠原は本人がジャイアンツ残留を希望し、球団もまだ来年は期待をしている様だ。来年は本当に本当のラストチャンスとなるだろう。
ちなみに年俸1億円を超える選手の減額制限は40%まで。球団はこれを超える提示をする場合は選手側が自由契約、他球団移籍という道を選べるよう、戦力外通告をする場合と同様に十二球団合同トライアウトより前の一定時期に通知しなければならない。小笠原の場合、日本シリーズ終了後に新聞報道で大幅減俸ながら残留濃厚との見方が出ていたので、事前に水面下で交渉が持たれていたのであろう。
近年、成績の衰えたベテランの高額年俸選手に減額制限を超える大幅減俸が提示されてそれを受ける選手が目立つ。かつては減額制限は年俸にかかわらず25%だったが、球界再編騒動の前後から年俸の高等科を危惧する向きがあり、“上がる時は上限無しなのに下げる制限があるのは経営を圧迫する温床になる”、“下げ幅が制限されているから上げ幅が小さく抑えられる”等の弊害があり、年俸1億円を超える選手に対し、減額幅が40%と緩和された。ただしこれにより、減額制限を超える提示を拒んだ選手は解雇をちらつかされるのでは意味が無い。との批判もあるが、戦力外通告=100%減俸と考えれば、減額制限超えの減額というのはそもそも戦力外通告と紙一重で、“ここまで下げないと契約出来ない”という苦肉の減額提示というのが実態の様で、新年俸にプラスして何かしらのインセンティブが負荷されるケースが多い様だ。
小笠原自身、現役続行で再チャレンジを望むのであれば大幅減俸であろうと契約の意思のあるジャイアンツと契約を結ぶというのが最も現実的な選択だったのではないか。表に出てくる成績に表れない、野球に取り組む姿勢や、守備で投手に適切なアドバイスをするプラスアルファなどを考慮して他球団が廉価で契約のオファーをする可能性も考えられるがジャイアンツで最後の勝負をしようということなのだろう。そして出来れば引退後はジャイアンツで指導者の道を進んで欲しいものだ。
小笠原は来年、ジャイアンツに移籍して七年目になる。FA移籍の選手では清原和博の九年間に続く二番目の長さだ。清原はFA移籍の際に1997年から2001年までの五年契約を結び、2002年から2005年までの四年契約を結んだ。2002年からは故障の連続もあって成績が下がり、契約満了の前の2004年には実質的な戦力外通告を突きつけられるに等しい扱いも受けていた。最後は自由契約になって仰木彬監督に導かれる形でバファローズに移籍した。言葉は淡塁が最後は厄介払いに近い形だった。
来年の小笠原と同じく七年間在籍した工藤公康はFA移籍の門倉健の人的補償という形でジャイアンツを去った。FAで獲得した選手が別の選手のFA移籍でプロテクト枠から漏れて流出するというのは何とも寂しい。FA制度下でこういう形での移籍はジャイアンツの工藤と江藤智だけだ。
他には移籍時に五年契約を結んだ広沢克己も契約を満了すると寂しくジャイアンツを去り、タイガースに移籍した。
敗戦処理。は何処のユニフォームを着ようと小笠原道大は小笠原道大に変わりないと思っているが、出来うることならジャイアンツで選手生活を全うして欲しい。それはFA移籍の先輩清原も感じている様で、昨年5月5日に小笠原が通算2000本安打を放った際にこんなコメントを残している。
「2000本打った後は、最後まで巨人のユニホームを着るという、オレにも落合さんにも張本さんにもできなかったことを成し遂げ、FA選手の光になってほしい」
(2011年5月6日付日刊スポーツより)
張本勲は交換トレードによる入団なので事情は異なるが、それほどのビッグネームでも晩年に成績が落ちると……というのがジャイアンツという球団なのである。
ただ、現段階では小笠原が来年もジャイアンツの一員としてユニフォームを着ることが決まったに過ぎない。
小笠原の主戦場になる一塁手のポジションでは今季最多の50試合一塁の守備についたエドガーが戦力外通告を受けて退団したが、小笠原の27試合を上回る古城茂幸、ジョン・ボウカー(ともに28試合)がいる。亀井義行は来年外野一本での挑戦になる様だが、正捕手阿部慎之助を一塁手として使うケースは来年も増えるだろう(今年は21試合)。個人的には外野一本で勝負させて欲しいが、大田泰示を一塁手として使うケースも出るだろう。彼らとの競争に勝つには一にも二にも打棒復活、さもなければ新しい小笠原の打撃スタイルを確立するしかない。そしてそれはおそらく容易な事では無い…。
契約更改後の記者会見では二年間の不振について「今までにやって来た中での変化もあっただろうし、少なからず環境の変化もあるだろうと思いますけど、一概にどれがというとか、そういうことではないと思いますから、1つボタンを掛け違えてしまい、バランスを崩す、ただ、全部をフラットな状態にして来季は1つ1つまた今までやってきたように、積み上げていって、1つの形をつくっていきたいなという風に感じてはいます。」と語り、「東京ドームの打席に立った時の、ファンの方々のたくさんの声援というのを浴びると、こういう人たちの期待に応える、気持ちに応えたいという思いが非常に強かった。何とか来年はそういう気持ちに応えるような働きをしたいなと思っています。」(ともにnikkansports.comより)と、何よりもファンの期待に応えたいという、ファイターズ時代から変わらないプレースタイルを貫こうとしているのが心強い。
冒頭の写真は今年のイースタン・リーグ最終戦で撮影したものだが、小笠原が打席に入る際の歓声は他の誰よりも大きく、ただ一人スタンドから自然発生的にヒッティングマーチが歌われたほどだった。二軍での出場でも、一塁手として出場すればピンチにはマウンドの投手に積極的に声をかける。自分本来の打撃を取り戻せずに苦しんでいる最中でも、一選手としてやるべきことを淡々とこなす姿には感銘した。
また日本シリーズ第一戦のセレモニーではベンチ入り選手として紹介されると東京ドームに大歓声が沸き起こった。ファンは小笠原の生き様をずっと目を逸らさずに見ている。
誰の目にも明らかな成績不振が顕著でもこれほどまでにジャイアンツファンから熱いエールを送られるのは小笠原の日頃の行いの賜だろう。ともすると球団と同様に外様選手には冷たくなりがちなファンの心を小笠原はつかんでいる。
敗戦処理。もそのファンの一人として、おそらくラストチャンスとなるであろう2013年の小笠原を見届けたい。
立ち上がれ小笠原道大!
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コメント
長緯様、コメントをありがとうございます。
> 広澤は正直言って彼の解説や言動は好きになれない人物ですが、このコメントにはグッとくるものがありました。
ん?私が引用したのは清原の日刊スポーツでのコメントです。
> ジャイアンツに残ってくれたのは嬉しいし、球団も戦力外の判断を下さなかったことは評価したいと思います。
うまく書けませんが、たとえ試合に出てなくても2軍にいても小笠原がジャイアンツに居ること自体、ファンとして喜びを感じています。
そうですね。個人的にも、小笠原は最初に入った球団がファイターズだったので新人の頃から応援出来ています。小笠原が敵に回ったことがない訳で、いろいろな葛藤はあったかもしれませんがおそらく最後のシーズンとなるであろう2013年にもジャイアンツの一員として戦ってくれるのはありがたいです。
もちろん、ジャイアンツ球場でなく東京ドームで観たいですが…
投稿: 敗戦処理。 | 2012年12月 6日 (木) 23時04分
「・・・最後まで巨人のユニホームを着るという・・・」
広澤は正直言って彼の解説や言動は好きになれない人物ですが、このコメントにはグッとくるものがありました。
そこにジャイアンツファンの思いが凝縮されている気がします。
小笠原はもちろん一流選手だと僕は思います。しかし彼の野球に対する姿勢を見ていると、自分は決してそう思っていない気がします。いやそういう意識を持たないことにより、自分自身を高めている気もします。ジャイアンツに残ってくれたのは嬉しいし、球団も戦力外の判断を下さなかったことは評価したいと思います。
うまく書けませんが、たとえ試合に出てなくても2軍にいても小笠原がジャイアンツに居ること自体、ファンとして喜びを感じています。
投稿: 長緯 | 2012年12月 6日 (木) 22時44分
チェンジアップ様、コメントをありがとうございます。
> こんばんは。正直、引退かな?とか思ってましたが、続行ですね。
来季が集大成のシーズンになるでしょうね。
> 彼でいつも思うのは、打撃フォームですが、あの構えだとインコースは打ちづらいのでは?ということ。
二年前までは問題なく対処していましたが、そのへんが年齢的な問題なのか、どうでしょうか…
投稿: 敗戦処理。 | 2012年12月 6日 (木) 22時16分
こんばんは。正直、引退かな?とか思ってましたが、続行ですね。
彼でいつも思うのは、打撃フォームですが、あの構えだとインコースは打ちづらいのでは?ということ。
とりあえず、1番懸念されてるのが、来年、税金払えるの?というのが、今日、ラジオでもやってました。
投稿: チェンジアップ | 2012年12月 6日 (木) 22時00分
名無し様、コメントをありがとうございます。
> 熱い記事をありがとうございます。08年、09年優勝時の勇姿を思い出し、こみ上げてくるものがありました。
ありがとうございます。08年はオフに膝の手術をしたあとでしたが、それでもチームを引っ張り、ジャイアンツに来てからでは唯一の全試合出場でしたね。
> 恐らく最期のシーズンになるであろう来季、この男を全身全霊で応援したいと思います。
私も思いは一緒です。小笠原道大の野球人生の集大成になるかもしれないシーズンを見届けたいです。
P.S.
次回はハンドルネームで構いませんのでお名前をご記入いただければ幸いです。
投稿: 敗戦処理。 | 2012年12月 6日 (木) 21時36分
熱い記事をありがとうございます。08年、09年優勝時の勇姿を思い出し、こみ上げてくるものがありました。恐らく最期のシーズンになるであろう来季、この男を全身全霊で応援したいと思います。
投稿: | 2012年12月 6日 (木) 03時57分