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2013年1月 6日 (日)

“韓流” も“直メジャー”もない時代に

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日朝、韓国人で元ジャイアンツのチョ・ソンミン元投手がソウル市内の自宅マンションで死亡しているのが見つかった。まだ39歳だった。現地の警察は自殺と見ているという。

チョ・ソンミン元投手は1996年から2002年まで日本のジャイアンツでプレー。7年間で53試合に登板、111011セーブ、防御率は2.84。帰国後は解説者に転身した後に韓国プロ野球のハンファに入団し、3年間で340セーブ、防御率は5.09だった。


(写真:ジャイアンツ時代のチョ・ソンミン元投手。自己最多の7勝を挙げた1998年の4月に撮影)



チョ・ソンミン
元投手は韓国の高麗大学校から韓国のプロ野球を経由せず、
1996年に日本の読売ジャイアンツに入団した。1994年、漢陽大學校の二年時にロサンゼルス・ドジャースと契約したパク・チャンホに次ぐ、いわば“直メジャー”だ。
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ジャイアンツはチョ・ソンミンの将来性を高く評価するとともに、韓国球界への仁義を切る意味も兼ねてチョ・ソンミン元投手と破格の八年契約を結んだ。


二年目の1997年にクローザーとして11セーブを挙げるなど頭角を現したチョ・ソンミン元投手は先発に転向した1998年、シーズン序盤から順調に勝ち星を重ねた。冒頭の写真はそんな絶好調期の4月の対タイガース戦での登板だ。6月までに3完封勝利を含む7勝を挙げ、監督推薦でオールスターゲームにも選抜された。だが、その時既に右肘を痛めており、オールスターゲームの登板で打たれ、さらに悪化させ、その後の投手人生の低迷の要因と言われている。2002年のシーズンを最後に、本人の申し出により契約期間を一年残して退団した。七年間の在籍で53試合111011セーブはいかにも少ないが、一軍のマウンドに上がったのが四年間だけと、故障との戦いに終始した感じだった。余談だが打撃センスも抜群で、本塁打こそ記録しなかったが、通算で47打数15安打6打点、打率.319だった。
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この成績は三年以上ジャイアンツに在籍した外国人登録の選手ではウオーレン・クロマティに次ぐ高打率で、右打者ではNo.1だ。


日本でよく「韓国の藤原紀香」と紹介された女優のチェ・ジンシルさんとジャイアンツ時代に結婚し、その後離婚。離婚はチョ・ソンミン元投手のDVが原因と報じられた。実際暴行を加えて逮捕された(起訴猶予)。チェ・ジンシルさんは離婚後、2008年に自殺した。

チョ・ソンミン元投手が日本のジャイアンツと契約した当時、韓国球界にとって大リーグも日本のプロ野球も高嶺の花だったろう。ただ同じ1996年にはソン・ドンヨルが中日ドラゴンズに入団しているが、ソン・ドンヨルが韓国プロ野球のヘテで11年間、146勝と132セーブの実績をひっさげての入団だったのに比べ、韓国プロ野球を経ずに日本のプロ野球に進んだチョ・ソンミン元投手にはやはり外野の声が厳しかったらしい。


投手人生の分岐点となった右肘痛に関しては、一度は名誉と思って無理をして出場したオールスターゲームで1イニング限定登板を希望したものの拒まれて2イニング目に登板したのが原因と言われている。本人も後年、この年のオールスターゲームのセ・リーグのコーチだったベイスターズの権藤博監督に拒否されたと雑誌のインタビューで答えている。

ジャイアンツとの長期契約を一年残しての退団だったが、アメリカ球界に進む道も検討したようだが、失敗して野球とは関係のない事業を始めるが成功せず、夫人に暴行を加えて逮捕される(起訴猶予)など散々だったが、後進の指導など再び野球に携わる生活に戻り、前述の様に韓国プロ野球でのプレーも果たすが、成績は芳しくなかった。

 

“韓流”と言う言葉もなく、“直メジャー”という言葉ももちろん無かった時代に、韓国球界の金の卵が、日本で最も伝統ある球団に入団。だが輝いていた時間は短かった。1998年前半の成績が持続されていたら韓国出身の人気プロ野球選手としてもっとクローズアップされただろうし、パク・チャンホともども海外直行の成功例としてその後の韓国球界と日本球界の関係も変わっていたかもしれない。

今となっては本人の口から再び語られることはないが、日本のプロ野球で過ごした七年間を本人はどう思っていたのだろうか?

ジャ
イアンツとしても、チョ・ソンミン元投手の在籍中にチョン・ミンチョル、チョン・ミンテと相次いで韓国人投手を獲得するがいずれもこれといった成績を残せず、以後はマリーンズでプレーしたイ・スンヨプの獲得例はあるものの韓国の選手を直接獲得する事はなくなった。韓国からの指導者留学は受け入れているが、近年はむしろ台湾球界からのスカウティングに力を入れているようだ。ジャイアンツも有力選手の獲得に関して迷走していた時期だったのかもしれない…。

報道の通りの自殺だとしたら、命を捨てるにはそれ相応の事情があったのだろうが39歳での選択はあまりにも早過ぎる。切ない…合掌。

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