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2013年2月 2日 (土)

敗戦処理。的ファイターズ歴代ベストナイン-マイセレクトリアルタイムベストナインVol.1

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毎月
2日にはこれまで観戦した球場に関する思い出を書いたり、年度ごとに最も印象に残った試合の観戦記を書いてきたが、今年生観戦をすると、初めてプロ野球の試合を生観戦してから四十年目となるので、旧近鉄バファローズを含めた十三球団の、初めて生観戦をした1974(昭和49)以降、即ちリアルタイムに見たベストナイン、ベスト一軍メンバー28人を自分なりに選んでみることにした。

1974年という年はジャイアンツの連続優勝がV9で止まった年であり、セーブが記録として制定された年である。そして日本ハムが日拓ホームから球団を買収し、ファイターズがスタートした年である。翌年にはパ・リーグで指名打者制が採用されるなど、大きな節目の時期でもある。当面偶数月の2日に一球団ずつ掲載しようと考えている。第1回はこの年に日本ハムとしてスタートしたファイターズである。

マイセレクトリアルタイムベストナインVol.1-日本ハムファイターズ~北海道日本ハムファイターズ


まずは第一回なので定義を決めておこう。

●調査期間は敗戦処理。が初めてプロ野球を生観戦した1974年(昭和49年)から執筆時期(公式戦完了済みシーズン)まで。したがって1973年(昭和48年)までの成績は含まない。
親会社の変更は同一球団と見なす。
期間内でも他球団に在籍していた期間の成績は含まない。
主要個人成績(試合数、打率、安打、本塁打、打点、盗塁、勝利、セーブ、防御率等)記録も重視するが、敗戦処理。が受けたインパクトも重視する。
●外国人枠は設けない。
同一人物の選手と監督との重複選出、複数球団での選出は可。
ベストメンバー9人(パ・リーグは10人)を含む一軍28人と監督を選ぶ。
この定義は適宜変更される事もあるかもしれない。

※1973年(昭和48年)までの成績、記録を含めないのは過去を軽視しているのではなく、自分がリアルタイムに観ていない選手達を記録だけで比較する事がかえって非礼にあたると考えたからである。ある意味、自分史のまとめである。


【投手】
ファイターズで歴代の先発投手の中心的存在と言える投手は高橋直樹、木田勇、津野浩、西崎幸広、岩本勉、金村曉、ダルビッシュ有。該当期間の通算勝利数93勝は、日本ハムになってからの最多勝利である西崎幸広117勝、高橋直樹95勝を下回るもののパ・リーグMVP2回、金田正一、稲尾和久の時代まで遡らなければならない5年連続防御率1点台を評価してダルビッシュ有を選ぶ。

【捕手】
大雑把ではあるが、後楽園球場時代が大宮龍男、東京ドーム時代が田村藤夫、札幌ドーム時代が鶴岡慎也と大別されよう。この中では捕手としての出場が1,411試合で大宮、鶴岡を圧倒する田村藤夫を選びたい。ディフェンス型の捕手でリードに定評があり、ピンチに走者を牽制で刺す判断力も特筆ものだった。同時期にライオンズの伊東勤がいたためベストナイン、ゴールデングラブとも1993年の一度だけだが、オールスターゲームに1986年から9年連続で出場したが、その内監督推薦で8回選出と、存在感があった事をうかがわせる。

【一塁手】
小笠原道大を一塁手で選ぶか三塁手で選ぶかによる。パ・リーグのベストナインを受賞した回数が一塁手で3回、三塁手で2回なので一塁手とする。本塁打王、打点王、最優秀選手に輝いた2006年も一塁手でベストナインに選ばれている。小笠原以外に一塁手で複数回ベストナインに選ばれたのが、リーグ優勝した1981年を中心に不動の四番打者として活躍した柏原純一1981年と1982年)だけという点でもここは小笠原道大を選ぶ。

【二塁手】
これも後楽園球場時代の菅野光夫、東京ドーム時代の白井一幸、札幌ドーム時代の田中賢介に大別されよう。白井一と田中賢の守備力はおそらく双璧。どちらが上かは好みによるだろう。打撃に関してはどちらも一、二番タイプだが、白井一が1回しか記録していない打率三割を3回記録している田中賢に軍配。田中賢介を選ぼう。

【三塁手】
小笠原を外した事で後楽園球場時代の古屋英夫、東京ドーム時代の片岡篤史、札幌ドーム時代の小谷野栄一の争いとなろう。173cmと恵まれない体格ながら前述の柏原の後の四番打者。1981年から1984年まで四年連続全試合出場。1985年に連続出場記録が止まった試合では代打で出場予定だったが直前の打者がサヨナラ本塁打を放ってしまった。その1985年に最多勝利打点獲得。翌1986年に再び全試合出場。片岡は入団した1992年からFA移籍するまでの2001年までの10年間の内、1994年を除く9回規定打席に達している(1995年と1996年は一塁手としての出場が主)田中幸雄らとともにこの時期のファイターズ打線を引っ張った。小谷野は2007年から三塁手としてのレギュラーポジションを獲得し、2010年には打率三割を記録するとともに打点王を獲得したが、古屋、片岡に比べると打線を引っ張る存在とは言いがたいのが比較の点では弱いか。ファイターズでの実働期間の長さも評価して古屋英夫を選ぶ。

【遊撃手】
これはもう田中幸雄金子誠の二択だろう。最近の若いファンには田中幸は晩年の遊撃手以外の印象が強いだろうけど、金子誠も遊撃手になる前が長かったので、遊撃手としての出場数は田中幸1,356試合に対し、金子誠は1,174試合と及ばない。ここは田中幸の期間中唯一の2000本安打達成も含め評価し、田中幸雄を選ぼう。

【外野手】

島田誠、トミー・クルーズ、トニー・ブリューワ、井出竜也、SHINJO、稲葉篤紀、森本稀哲、糸井嘉男といったところが浮かんでくる。打率三割以上の回数を調べると、クルーズ(80年、83年~85)、稲葉(06年~09)、糸井(09年~12)4回が光るが、3回の島田誠(80年~81年、83)、ブリューワ(86年~87年、89)も捨てがたい。そしてSHINJOの功績は表に出てくる数字のみでは語れないレベルである。稲葉、糸井は順当としてもう一人。実働期間の短いSHINJOには我慢してもらい、島田誠かクルーズか?14年間在籍した島田誠を選ぶのがスジだと思うが、ファイターズの外国人選手としては最長の六年間在籍し、4回の打率三割以外にも120本塁打が光るクルーズを選ぶ。120本塁打という数字は稲葉が外野手として主に出場した05年から10年までの111本塁打を上回っている。外野手は稲葉篤紀、糸井嘉男、トミー・クルーズの三人。

【指名打者】
「サモアの怪人」トニー・ソレイタ、「踊るホームラン・キング」マット・ウインタース、ナイジェル・ウイルソン、フェルナンド・セギノールと外国人の大砲が代々君臨している。この中で唯一本塁打王を二回獲得しているのが97年、98年の連続本塁打王のウイルソンだが、ともに本数が30本台で、球団の年間最多本塁打記録は80年のソレイタの45本塁打。ソレイタは翌81年には44本塁打で本塁打王。セギノールも04年に44本塁打で本塁打王を放っている。ウインタースは試合が雨で中断した際のパフォーマンスなどでも名を馳せ、「踊るホームラン・キング」の異名が付いたが実際には本塁打王を獲得していない。だが5年間の在籍でソレイタの155本塁打を上回る160本塁打を記録している。ここは来日一年目の1980年に一年に二度も四打数連続本塁打(日本タイ記録)を記録したトニー・ソレイタを選ぶ。

余談だが球団史を振り返ると個性的な大砲型の外国人助っ人が目立つが、北海道移転後に限ると外国人選手で規定打席に達したのがセギノールとターメル・スレッジの二人しかいない。近年は投手は成功しているので、野手の外国人助っ人のスカウティングの精度を高めて欲しい。


【監督】
まずは期間中の歴代監督を列記しよう。ファイターズは1974年に日本ハムになったので日本ハムファイターズの歴代監督を意味する。

中西太(74年~75年)104勝138敗18分け、勝率.430
大沢啓二(76年~83年、84年、93年~94年)631勝636敗94分け、勝率.498。リーグ優勝1回(81年)、後期優勝2回(81年、82年)
植村義信(84年)21勝37敗9分け、勝率.362
高田繁(85年~88年)235勝255敗30分け、勝率.480
近藤貞雄(89年~91年)173勝208敗9分け、勝率.454
土橋正幸(92年)54勝73敗3分け、勝率.425
上田利治(95年~99年)310勝326敗12分け、勝率.487
大島康徳(00年~02年)181勝225敗7分け、勝率.446
トレイ・ヒルマン(03年~07年)351勝324敗14分け、勝率.520。リーグ優勝2回(06年、07年)、交流戦優勝1回(07年)、クライマックスシリーズ優勝1回(07年)、日本シリーズ優勝1回(06年)、アジアシリーズ優勝1回(06年)
梨田昌孝(08年~11年)301勝261敗14分け、勝率.536。リーグ優勝1回(09年)、クライマックスシリーズ優勝1回(09年)
栗山英樹(12年~)74勝59敗11分け、勝率.556。リーグ優勝1回(12年)、クライマックスシリーズ(12年)


在籍期間の長さで考えれば、三度監督に就任した大沢啓二が最初の監督期だけでも8年間で、トータルで10年半であり、その功績はファイターズ球団史で永遠に語り継がれるべきであろう。しかしその大沢監督も、阪急ブレーブスで一時代を築いた名将上田利治監督でさえも、在籍期間の通算勝率が5割に満たないのは意外な感じもする。歴代監督で生え抜きと言えるのは東映フライヤーズのエースだった土橋正幸監督くらいで、選手として在籍歴があるのは他に大島康徳監督のみ。またコーチから内部昇格したのも植村義信監督だけだが、植村監督は成績不振で初年度の半ばにして休養となった。かつて、旧東映、日拓時代を含め球団に縁の無かった大沢監督を招聘したのは当時の三原脩球団社長だが、両者はそれまで面識は無いに等しい関係だったという。以後、現状の栗山監督まで縁もゆかりもなかった監督を外部から捜しているケースがほとんどだ。

この中から一人を選ぶとしたら、球団史の最大の分岐点とも言える北海道移転をまたぐ
2003年から2007年までの5年間で2回のリーグ優勝、そして期間中唯一の日本シリーズ制覇も果たしているトレイ・ヒルマン監督を選ぶ。

以上、ファイターズのマイセレクトリアルタイムベストナインはこんな顔ぶれだ。

監督:ヒルマン
()
糸井嘉男
()
田中賢介
()
稲葉篤紀
()
小笠原道大
()
ソレイタ
()
クルーズ
()
田中幸雄
()
古屋英夫
()
田村藤夫
()ダルビッシュ有


マイセレクトリアルタイム一軍28人はこの顔ぶれ(投手は先発、中継ぎ、抑えを配分)

投手】
ダルビッシュ有、西崎幸広、金村曉、キップ・グロス、高橋直樹、間柴茂有、河野博文、島崎毅、増井浩俊、武田久、MICHEAL、江夏豊
【捕手】
大宮龍男、田村藤夫、鶴岡慎也
【内野手】
柏原純一、小笠原道大、白井一幸、田中賢介、古屋英夫、片岡篤史、田中幸雄、金子誠、フェルナンド・セギノール
【外野手】
糸井嘉男、稲葉篤紀、トニー・ソレイタ、トミー・クルーズ

残念ながらSHINJO、小谷野栄一、高橋一三、武田勝、菅野光夫、高代延博らが28人の選に漏れた。ファイターズファンの方の中には異論が多々ある方もいらっしゃるだろうが、そこはお遊びの世界故ご容赦いただければ幸いである。

1回から飛ばしてしまった。贔屓球団のファイターズだからここまで出来たが、他球団ではここまで深く出来ないだろう、と逃げを打っておこう<苦笑>。「いやいや、こんな選手がいただろ!」というツッコミは大歓迎なのでコメントでご教示いただきたい。



次回は42日付で中日ドラゴンズ編を予定。

【参考文献】

・「THE OFFICIAL BASEBALL ENCYCROPEDIA 第4版」 社団法人日本野球機構

・「2013ベースボール・レコード・ブック」 ベースボール・マガジン社

・「北海道日本ハムファイターズ球団史 ROADMAP to VICTORY 1973-2007」 株式会社北海道日本ハムファイターズ

・「北海道日本ハムファイターズオフィシャルガイドブック2004」株式会社北海道日本ハムファイターズ
・「BBM2003日本ハムファイターズ」株式会社ベースボール・マガジン社

・CD版「野球の記録で話したい Baseball Stats Lounge」 広尾晃氏

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