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2013年11月23日 (土)

【邪推】ファイターズがジャイアンツ&東海大学と雪解けか!?

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日の日刊スポーツによると、ファイターズが新しいアマスカウトとして、ジャイアンツの原辰徳監督と東海大学時代に三遊間を組んでいた原田(旧姓西本)豊氏を採用することが内定したという。原田氏は東海大卒業後には社会人に進み、プロ経験こそ無いものの都市対抗出場歴や、協和発酵や母校の柳井高校の監督を歴任した。同校監督を今年の4月に退任しており、来年1月にファイターズのアマスカウトに就任するという。

ファイターズと東海大学といえば、2011年のドラフト会議でジャイアンツ入団を希望していた菅野智之をファイターズが1位指名したことでその後関係が悪化したと言われている。

また、原監督の甥である菅野の交渉権を取り損ねたジャイアンツも翌2012年には例年組まれていた3月初旬の札幌ドーム開催の対ジャイアンツオープン戦がなくなったこと等から、関係が悪化したと思われた。

これらは邪推だが、後述するように日本の球界の慣行からすると、強ち邪推と一笑に付して済ますものではないかもしれない。

だが、一年間の遠回りを経て菅野はジャイアンツに入団。今春にはオープン戦も開催され、このオフには市川友也の金銭トレードが両球団の間で成立。両球団の間に雪解けの傾向が見られた中、東海大学野球部OB、それも原監督と同期で三遊間を組んだ原田氏がファイターズのアマスカウトに就任するという。
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これは東海大どころか首都大学野球連盟の首領と言われる原貢総監督のお許しが出たということか
!?



日本の野球と大リーグのベースボールの違いを比較する時にメジャーリーグの
unwritten rule が引き合いに出されるが、日本のプロ野球にも良くも悪くも暗黙のルールはあるようだ。ドラフトで指名とあれば、所属先に事前に挨拶するのもその一つ。だがその当時、ファイターズのスカウトは事前に菅野智之が所属する東海大学関係者に仁義を切らなかったそうだ。“ドラフト会議ではその年のナンバーワンを指名する!”方針のファイターズは「春先から菅野一本に決めていた」という割にはお約束の仁義を切らなかったようだ。

ファイターズの菅野指名は、ファイターズとジャイアンツ双方を応援する敗戦処理。には複雑な心境だったが、ファイターズの菅野指名こそがドラフト会議の醍醐味だと敗戦処理。は評価した。(blog20111027日付ドラフト会議の醍醐味 を参照されたい)


それはともかく、例えば特定球団に入りたい意思が強いドラフト候補がいる場合、それを叶えてあげようとの思いが強すぎる監督がいるとしたら、その監督は希望球団のスカウト以外には「○○から手を引いて欲しい」と要望するらしい。「余計なことをすると今三年生の□□や二年生の△△もおたくには行かせなくするよ」と凄む。その球団のスカウトにその学校の出身者がいようものなら、OB会を動員して「指名するな」と圧力をかける。その代わり、空気を読んでくれたら次のドラフト候補の時は考慮してやるという世界だそうだ。

球団側も自由獲得枠が無くなり、栄養費事件以来露骨な札束攻勢は出来なくなっている。そうなると残るは人脈を駆使した囲い込み方式だ。

ファイターズがドラフト1位で菅野を指名出来たのはファイターズに東海大学出身のスカウトがいなかったからとも言われている。だが、東海大学サイド、特に原貢総監督としては横槍を入れられたという思いは強い。菅野以降(といってもまだ二回しかドラフト会議をしていないが)、ファイターズは東海大学の選手を指名していない。指名したとしても菅野と同じ結果になるのは火を見るのは明らかだからだ。

菅野に続いて大谷翔平を強行指名した2012年のドラフト会議。ファイターズが6位で指名して入団に漕ぎつけた屋宜照悟は社会人野球の名門、JX-ENEOSの所属だが、JX-ENEOSからのドラフト指名は田澤純一のいわゆる“直メジャー”の件以降途絶えていた(育成選手ドラフトのみ)。これもNPBからの“報復”と推測出来る。だとすると、ファイターズは二年連続で野球界のお約束を破ったことになる。痛快ではないか!


ファイターズの菅野指名の翌年には、恒例の3月初旬の札幌ドームでの対ジャイアンツ戦が組まれなかった。ファイターズにとってはジャイアンツとのオープン戦はドル箱だ。なくなって困るのはジャイアンツよりファイターズ側。ジャイアンツの報復が早速始まったかと敗戦処理。は邪推した。だが首尾良く菅野の単独指名に成功すると一年後にはオープン戦も再開。このオフには鶴岡慎也のFA流出を見越して捕手の獲得を目指していたファイターズとジャイアンツの間で市川友也の金銭トレードが成立した。


清武英利前球団代表の時代にはファイターズとジャイアンツの間でのトレードは頻繁に行われていた。岡島秀樹實松一成、古城茂幸林昌範、二岡智宏MICHEAL、工藤隆人ウィルフィン・オビスポ須永英輝、紺田敏正高橋信二の金銭トレード。清武前代表はファイターズが導入したBOS(ベースボール・オペレーション・システム)の導入を目指してファイターズに勉強のために職員を行かせたという。ジャイアンツとファイターズでは球団運営、特に編成方法が180°異なるといっても過言では無いがこの十年に限ればともにリーグ優勝回数はそれぞれのリーグのトップを誇る。自軍と全く異なるアプローチで毎年のように優勝争いをするチームとなったファイターズから吸収出来るものがあれば吸収しようと考えていたようだ。

そして皮肉にも菅野をくじ引きで引き損ねたのも清武前代表だ。清武前代表がせめて菅野の交渉権を確保していれば、状況は変わっていただろう(というか何で原辰徳監督本人が引かなかったのか
!?)。清武前代表はその後失脚した。球団代表が替わったから方針が変わったとも考えられないことはないが、たぶんそれは違うだろう。

FA補強を原則しないファイターズにはトレードは貴重な選手獲得手段だ。その上得意先と疎遠になってしまいそうだったが、取りあえず
(ジャイアンツでほとんど戦力として計算されていなかったと思われる選手ではあるが)トレードが再び行われた。

個人的な敗戦処理。的に最悪のシナリオはジャイアンツが切れて、ファイターズに東京ドームでの主催試合を行わせない(東京都内での興行開催にはジャイアンツとスワローズの許可が必要)という事態だったが、さすがにそこまではならなかった。しかも来年は7年ぶりに土日にも開催される。

そしてとどめは東海大学野球部で原貢監督の指導を受けた原田豊氏のスカウト就任だ。原辰徳監督と同学年で一緒に三遊間を守っていたコンビでその後も指導者としてアマチュア球界に活躍していた人物が大学時代の恩師に断り無くファイターズに所属するとは思えない。これまたうがった見方をすれば、東海大学との手打ちの証に原田氏をスカウトとしてファイターズが受け入れたということも考えられるが、ファイターズでは大谷獲得に手腕を発揮した大渕隆スカウトディレクターもプロ経験はなく、プロ経験のない原田氏の採用を情実が絡んだものと決めつけるのは早計だ。

善し悪しは一概に決めつけられないが、これが日本のプロ野球界とアマチュア球界の実状なのだろう。そう考えると大学、社会人と比べて高校野球連盟が頑ななのもうなづける。
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一年後に菅野が念願のジャイアンツ入りを果たしたことで、怒りのほとぼりが冷めて本来の関係に修復されたのであればそれでも良し。こう書くと、あたかもファイターズが悪くてジャイアンツがそれを許したと書いているように感じる方も少なくないかもしれないが、そういう意味ではない。裏で何かあったとは想像したくない。時間が解決したという側面もあるのかもしれない。

ファイターズにはこれからも良い意味で空気を読まない球団であり続けて欲しい。

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