2009年9月 6日 (日)

中田翔10日間出場停止&イースタン公式戦終了まで外出禁止

01 今月2日のファームの練習集合時刻に遅刻したファイターズの中田翔が球団から10日間の出場停止処分と今季のイースタン公式戦終了までの間の外出禁止処分を受けた。

(写真上:6日のイースタンの試合前練習から寮に引き上げる中田翔。ファンも気を遣ってか、サインを求めない…。)

 

三塁側にあるファイターズスタジアムと勇翔寮を行き来する出入り口に貼ってあるメッセージボードにはファンの中田に対するメッセージが書き連ねてある。

 

中田よ、グラウンドでの練習には参加出来るのなら、毎日一度はこのボードに目を通せ!

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2009年5月 9日 (土)

再び利府に行ってきました。

Photo 今年からゴールデンイーグルスのファームの本拠地となった利府町中央公園野球場に今日(9日)また行ってきた。前回の生観戦は本拠地開幕戦ということで、「楽天イーグルス利府球場」という新愛称の命名式典を実施するなど賑々しい半面、まだまだスタートしたばかりだなと思わせる面もあったが、あれから1か月。どうでしょうか?

(写真:四回表に制球を乱した先発の石田隆司を囲む高村祐投手コーチと内野陣)

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2009年5月 4日 (月)

一将功成って神の子枯る

01 ゴールデンイーグルスの野村克也監督の通算1500勝達成試合となった先月29日の対ファイターズ戦完投勝利後に田中将大が登録抹消になったのを聞いて、上のようなことを感じた。

(写真:ゴールデンイーグルス田中将大の右肩違和感による登録抹消を報じた5月1日付日刊スポーツの紙面)

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2009年5月 2日 (土)

「生」観戦した野球場(49)-楽天イーグルス利府球場

01_2 いろいろな野球場で日本のプロ野球を観てきました。その数もうすぐ50。だからどうしたと言われればそれまでですが。

このコーナーでは敗戦処理。がプロ野球の試合を観戦した野球場について順に書いていましたが、48の観戦球場をすべて網羅したため、「敗戦処理。生観戦録- my only one game of each year」に切り替えていました。このたびゴールデンイーグルスのファームの新しい本拠地となる楽天イーグルス利府球場での生観戦を果たしましたので久々にこのコーナーを復活させようと思います。なおバックナンバーは左欄のカテゴリー別から敗戦処理。が「生」観戦した野球場を選び、ダブルクリックして下さい。

49回 楽天イーグルス利府球場 観戦球場ファイル-49

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2009年4月21日 (火)

C☆Bが東京ドームで怒られた理由…

blog4月8日付 C☆B、東京ドーム職員に注意される!? では同日のファイターズ対マリーンズ戦で六回表のマリーンズ攻撃時にマスコットのC☆Bが一塁側エキサイトシートに現れて観戦中のファイターズファンと触れ合おうとしたら、球場の職員から注意されてふさぎ込んでしまったことを書いたが、その後いろいろと調べると、東京ドーム側がナーバスにならざるを得ない理由がわかった。こんな事が起きていたのである。

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2009年4月 4日 (土)

ジャイアンツの高校卒ルーキー橋本到が故郷に凱旋

Photo 大田泰示ばかりに注目が集まるジャイアンツのファームで、大田と同じ高校卒ルーキー橋本到も奮闘中だ。大田の全試合出場には及ばないが、ここまでチーム8試合中、7試合に出場。打率こそ.200と低いが、センターを任され、守備範囲の広さとセンスの良さを発揮している。その橋本がこの週末、故郷、宮城県でのイースタンに凱旋出場。果たして故郷で錦を飾れるのでしょうか?

(写真:大田泰示を上回る大拍手に送られた橋本到の第一打席。いいあたりだったがライトの正面のライナーに倒れる)

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2009年3月22日 (日)

いくら悪天候とはいえ…

01 ファイターズの一軍オープン戦、関東シリーズ六連戦は今日(22)のファイターズスタジアムで締め。雨と強風という最悪のコンディションもたたったか、先週18日には平日ながら2,416人を集めたが、今日はそれより少なかったのではないか?

(写真:試合開始時のネット裏および一塁側スタンド。イースタンでよく入る土日より若干少ないといった感じか。)

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2009年3月 8日 (日)

大田泰示、ジャイアンツ球場デビュー戦を飾れず

01 春季キャンプ中に二軍落ちしたジャイアンツのドラフト1位ルーキー大田泰示が今日(8日)初めてファームの本拠地ジャイアンツ球場でのイースタン教育リーグ、対ゴールデンイーグルス戦に「四番・三塁」でフル出場しましたが4打数0安打。守備では1失策、走っては盗塁死と活躍出来ませんでした。

(写真:五回裏の第三打席、バットをへし折られて一塁ファウルフライに倒れた大田)

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2008年11月30日 (日)

FA宣言の三浦大輔と中村紀洋の去就が決まる。

このオフ、FA権を行使した選手は7人いたが、ここに来て2選手の去就が決まった。ドラゴンズからFA宣言した中村紀洋はゴールデンイーグルスへの移籍が決まり、ベイスターズの三浦大輔はタイガースから入団交渉を受けて気持ちが揺らいだものの横浜に残留することを決めた。

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2008年11月19日 (水)

巨人は略奪球団ではない!

2 先頃「巨人は略奪国家ではない」という論文を発表したある組織の偉い人が解任されました。そりゃぁ、空中戦を担当する立場の人としては、四番打者をかき集める手法を否定されてはたまらないでしょう。ましてや公式見解とされる、いわゆる村山談話、「天覧試合の長嶋さんの最後の打球はファウル」にしても、本人の思い込みの域を出るものではない。

(写真:シーズン終盤の就職活動が幸いし、トレードが決まった小坂誠<上>と清水隆行<下>)

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2008年10月 2日 (木)

「生」観戦した野球場(47)-フルキャストスタジアム宮城

03 いろいろな野球場で日本のプロ野球を観てきました。その数40以上。だからどうしたと言われればそれまでですが。

このコーナーでは敗戦処理。がプロ野球の試合を観戦した野球場について順に書いています。ストックが少なくなってきたので「敗戦処理。生観戦録- my only one game of each year」と交互に隔月で、2日に書いていこうと思います。なおバックナンバーは左欄のカテゴリー別から敗戦処理。が「生」観戦した野球場を選び、ダブルクリックして下さい。

47回 フルキャストスタジアム宮城 観戦球場ファイル-43

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2008年8月18日 (月)

昔のオリオンズのホーム・ユニには露骨に「LOTTE」と親会社の名前が胸に刷られていた。

復刻ブームの火付け役といっても過言でないマリーンズ球団がその王道を歩むがごとく、先週の13日から18日まで懐かしいロッテオリオンズ時代のユニフォームを着てプレーした。懐かしさにうるうるしてしまったファンも多かったことでしょう。敗戦処理。も「このユニフォーム姿を観るのは実写版『アストロ球団』以来だな」と感慨にふけった。

しかし同時に違和感を憶えた若いファンの方も少なくないのではないか?何故ならホームゲーム用のユニフォームの胸に親会社「LOTTE」と堂々と刷られているから。

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2008年8月 2日 (土)

「生」観戦した野球場(46)-山形県野球場

01 いろいろな野球場で日本のプロ野球を観てきました。その数40以上。だからどうしたと言われればそれまでですが。

このコーナーでは敗戦処理。がプロ野球の試合を観戦した野球場について順に書いています。ストックが少なくなってきたので「敗戦処理。生観戦録- my only one game of each year」と交互に隔月で、2日に書いていこうと思います。なおバックナンバーは左欄のカテゴリー別から敗戦処理。が「生」観戦した野球場を選び、ダブルクリックして下さい。

46回 山形県野球場 観戦球場ファイル-42

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2008年7月30日 (水)

セギノールが帰ってくる。

オールスター前最後の公式戦が行われた29日、仕事に区切りをつけた敗戦処理。が携帯のサイトで今日の試合の経過を追おうとした矢先にビッグニュースが飛び込んできた。

「元日本ハムのセギノールが楽天入り」

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2008年7月17日 (木)

ダルビッシュ有、危機一髪!?

000 投球練習中のダルビッシュ有に迫る謎の男!?

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2008年7月16日 (水)

野村克也監督二度目の3000試合出場おめでとうございます。

3000001 スポーツ新聞で今日(15)のファイターズ戦でゴールデンイーグルスの野村克也監督が監督として通算3000試合出場になると知って「これは貴重な場に立ち会えるな」と、嬉しく思えました。もちろん敗戦処理。はファイターズの数少ない東京ドームでの試合だから観に行くのですが、素晴らしい記念の日です。

(写真:自軍の将の偉業を讃えるボードを手にするレフトスタンドのゴールデンイーグルスファン)

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2008年7月 6日 (日)

今日は一転して…。7月6日、鎌ヶ谷 今日も快晴

01 ファイターズの新外国人ジェイソン・ボッツがファームでプレーするのは予定では今日(6日)限り。昨日に続く特大アーチを期待して鎌ヶ谷まで足を運びましたが、今日は一転して左右打席三振を含む4打数3三振0安打。チームとしても昨日の完封勝ちの仕返しをされたかのような完封負け。

二日続きの炎天下での観戦で敗戦処理。も熱中症寸前です。

(写真:七回裏、二打席連続三振だった右打席から左打席に変わってもハーフスイングの三振に倒れたボッツ)

まさかこれで一軍昇格見送りなんてことにはならないでしょうが、火曜日からの一軍で見せてくれるボッツは昨日のような姿か、今日のような姿か?

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2008年7月 5日 (土)

本日の主役!!-7月5日、鎌ヶ谷 快晴

Botts

ファイターズが貧打解消のために獲得した新外国人選手のジェイソン・ボッツが1日のデビュー戦でのサヨナラ本塁打に続き、今日(5日)のゴールデンイーグルス戦では左右打席本塁打を放ちました。

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2008年6月 3日 (火)

野村克也監督は悪役に徹して欲しい。

Dsc_0002 27日のテレビ朝日系「報道ステーション」のスポーツコーナーで、月1回程度このコーナーに出演する長嶋一茂による、ゴールデンイーグルスの野村克也監督へのインタビューを特集していた。

  

「長嶋家は俺に対して誤解してると思うんだよなあ」とかで、野村監督が実はジャイアンツが大好きだとか、スワローズの監督時代に当時ジャイアンツの監督だった長嶋茂雄監督に敵愾心を見せていたのはマスコミを利用して「対決ムード」を煽るためだったとか告白していた。

自らはいまだ現役で、一方はリタイヤしてしかも闘病中。そしてインタビュアーはその息子。その話題に触れた以上そういう方向に話が行きがちなのは無理もないのだろうが、野村監督、ネタをばらすのはご自身もリタイヤしてからにしていただけないものだろうか。

ユニフォームを着て「現役」でいる間は「野村克也」という悪役(ヒール)に徹して下さいよ。

 

(写真:長嶋一茂を相手に「長嶋家は俺に対して誤解してると思うんだよなあ」とぼやく野村監督=5月27日・テレビ朝日系「報道ステーション」より)

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2008年4月26日 (土)

帰ってきたアンパンマン!!

01_3  

一軍の内野手不足を補うために一軍に昇格していた尾崎匡哉が25日付で菊地和正と入れ替わりで二軍に落ちてきた。4月20日付の当blogエントリー 金子誠がイースタン出場で軽快な動き!! で、一軍に復帰したら誰と入れ替えか? では選手生命を賭けて捕手コンバートに取り組んでいる尾崎を急場しのぎで内野手補充のために一軍に置いておくのなら、金子誠が登録される時に尾崎を落とした方が本人の捕手修行のためには好都合という旨のことを書いた。金子誠との入れ替わりは尾崎でなくミッチ・ジョーンズだったが、尾崎も結局落ちてきた。

チーム事情を別とすれば尾崎にとってはファームで捕手としての修行を積んだ方が良いというのが敗戦処理。の考えなのだが、今日(26)のイースタンリーグ公式戦、対ゴールデンイーグルス戦に尾崎は「九番・二塁」でスタメン出場した。

尾崎にとって、良かったのか悪かったのか?

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2008年3月15日 (土)

中田翔よ鎌ヶ谷の水に染まる事なかれ

01 今日(15)はファイターズの東京ドームでのオープン戦の招待券を持っていたのですが中田翔が二軍落ちしたとあって急遽観戦場所を教育リーグ、ファイターズ対ゴールデンイーグルス戦が行われる鎌ヶ谷に切り替えました。

さすが中田翔。ホームチームのファイターズが三塁側に居座るこのスタジアムで中田の打席が見やすい一塁側に観客を集めています。もちろん敗戦処理。も中田の打席を撮影しやすい場所をゲット。

しかし、中田だけではありませんでした。さらに二人のサプライズ登場でファンにはお得感が強かったことでしょう。一人は、スポーツニッポンでは一軍の東京ドームの方の先発予想だったライアン・グリンが先発したこと。もう一人は…

(写真:試合後、グラウンドから出てくる中田翔からサインをもらおうとするファンによる長蛇の列。この日は室内練習場で練習をすると言うことでサインをしなかったが、これから鎌ヶ谷の新名物になる?)

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2007年9月20日 (木)

幸雄さんは最後まで幸雄さんらしく

2010 「最後」という言葉はいささか適切ではないかもしれませんが、後楽園、東京ドームの時代からファイターズと田中幸雄を応援し続けている敗戦処理。や今日(19)東京ドームに駆けつけたファン(さらに、思いは同じでも運悪く生観戦できなかった方)にとっては今日のこの試合が間違いなく節目でしょう。2000本安打達成の生の瞬間に間に合わなかった敗戦処理。ではありますが、今日こそはもちろん仕事を効率よく切り上げて<>東京ドームに参上しました。

幸雄さん、22年間本当にありがとうございました。

(写真:通算2010本目の安打を放った田中幸雄)

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2007年9月 1日 (土)

フルキャストが命名権返上へ-で考えさせられる球界のスポンサーシップの今後

Photo 9月1日付各スポーツ紙によると、ゴールデンイーグルスの本拠地球場の命名権を持つフルキャストが、宮城県に対して命名権の返上を申し出ていることが判明した。同社が労働者派遣法で禁止されている建設業務、警備業務への労働者派遣など立て続けに不祥事を行って事業停止命令を受けており、県営の球場の名前にふさわしくないという声が挙がっていた。球場の命名権といえばライオンズの本拠地球場の命名権(および二軍の名称使用権)を持っているグッドウィルも相次ぐ不祥事に揺れている企業でこちらも予断を許さない状況。球団や球場にとって貴重な安定収入源となる命名権ビジネスだが、組む相手を間違えると大きな打撃を受けることになるという教訓だ。契約解除に至った場合、他に名乗りを挙げる企業が出てくるのか?出てきた場合にその企業が同じような事態にならないかどうか、どう見極めるのか?今後の動向が注目される。

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2007年7月10日 (火)

ファン選出の松本輝投手が辞退-オールスターのファン投票について考える(2)

Bb01 ゴールデンイーグルスからの大量選出で物議を醸している今年のオールスターゲーム。当のゴールデンイーグルスは中継ぎ投手部門で選出された松本輝投手が出場を辞退することを決めた。選出された8人中、松本が二軍落ちしていることもあるが、ファームで右足を故障したという。どちらにしても登板できそうもない選手を辞退させることで、組織票疑惑への批判をかわそうとしているといったら言い過ぎか<苦笑>?パ・リーグで同一球団から8選手がファン投票で選出されたのは1978年のファイターズ以来だが、この時のファイターズは「組織票」の成果であることを認め、2選手を辞退させた。この二つの出来事を必ずしも同じ次元で比較出来るかどうかは微妙だが、当時からファイターズを応援していた敗戦処理。としては良い機会なので当時のことを調べてみた。また、当ブログに頻繁にトラックバックやコメントを寄せていただいている Eagles fly free さんのブログにこの件に関する非常に興味深いエントリーを発見したのでそれを参考に再び思いを綴ってみる。

(写真:当選確実と思われた武田久と森本稀哲が落選し、組織票のせいだと逆恨みしてマスコットを拉致しようとするB☆Bと、罪の意識にさいなまれてバツの悪そうなクラッチーナ。もちろん捏造です。)

まずは29年ぶりの珍事(不祥事と書くべきか<苦笑>)を考えるに際して29年前のことを振り返ってみた。もちろん敗戦処理。は当時からファイターズファンであった。

地元の図書館で朝日新聞の1978(昭和53)7月の縮刷版を読んでみた。

驚く無かれ、異常な大量投票が表面化したのが最終中間発表というところまで今回と同じなのである。

ちなみに最終中間発表でポジション別にトップに立ったファイターズの選手は7月8日付の記事によると以下の通り。

(赤文字がファイターズの選手で、それ以外は他球団の選手。数字が投票数。下段の選手が第二位、外野手は第四位)

投手  佐伯和司            64,009

    高橋直樹            53,953

捕手  加藤俊夫          123,042

    野村克也()      58,089

一塁手 柏原純一          148,094

    加藤秀司()      67,738

二塁手 富田勝              106,541

    マルカーノ()  70,501

三塁手 古屋英夫          106,730

    有藤道世()     56,586

遊撃手 菅野光夫            78,362

    定岡智秋()      53,189

外野手 ミッチェル      122,914

    福本豊()        109,404

    千藤三樹男         83,626

    永淵洋三             64,025

当時は中継ぎ投手、抑え投手、指名打者のファン投票は無し。

選手名の右に球団名があるのはファイターズ以外の選手。

O=オリオンズ(現マリーンズ)

B=ブレーブス(後のブルーウェーブ、現バファローズ)

H=ホークス

当時の感覚で、このメンバーの中でファン投票で選ばれるとしたら、せいぜい一塁手の主砲柏原か、この時点でパ・リーグの本塁打王争いのトップに立っていたミッチェル(この年のパ・リーグ本塁打王)くらいではなかろうか。記事によるとこの最終中間発表の前日に比べてファイターズ選手への票は一日で約76,000票増えたそうで前日の時点ではトップは柏原だけだったそうだ。

9ポジションで8人。占有率では今年のゴールデンイーグルスを上回る。ちなみに一球団からファン投票で8人が当選したのはこの前に1973年のジャイアンツに前例があり、V9を目指しながら成績が振るわずに苦戦したシーズンにもかかわらず捕手部門でタイガースの田淵幸一が選出された以外の8ポジションをジャイアンツの選手が占めたが、苦戦を強いられるジャイアンツへのファンの叱咤激励の票という受け取られ方をしたようだったが、ファイターズの場合はそうではない。この記事では当時のファイターズのフロントの重鎮が組織票の存在を認めている。

ファイターズ今井俊一・営業担当重役

「少年ファイターズの会員35,000人に一人五枚ずつの投票用紙を渡した」

今から29年前。当時はまだ各球団のファンクラブ組織は今ほど充実しておらず、ファイターズの「少年ファイターズ」はその先鋭的組織だった。そして当時の観客動員においてパ・リーグではファイターズはトップだった。

蛇足ながら敗戦処理。は少年ファイターズの会員ではない<苦笑>

結局最終的なファン投票の集計では投手部門で第二位だった高橋直が佐伯を抜いてトップに立ったが8人当選という結果は変わらず。佐伯も紛れもないローテーション投手だったが「エース」が逆転当選したのはせめてもの良心か<苦笑>?球団は直ちに古屋と菅野の出場辞退を発表した。表向きにはあまりにファイターズの選手ばかりが一位に選ばれると他チームファンがオールスター戦への興味を無くすことに配慮しての辞退だった。

今よりもはるかにセ・リーグとパ・リーグに人気の格差があり、パ・リーグ自体への関心が薄かった時代だからこそ、その中で先鋭的なファンクラブ組織を持つ球団がファンに応募用紙を配布したら投票全体を凌駕する結果になってしまった。大学や社会人の有力選手を次々とドラフト上位で獲得してすぐに抜擢してポジションを固めていくことで旧東映色の濃い選手を次第に去らせ、大沢啓二監督の元、新しい球団像を創っていた当時のファイターズ。大沢監督就任三年目にしてこの年は前後期通算で初めてのAクラスに進出した。この後もさらに新人育成、補強を続け、この三年後の1981年に「日本ハム」として初めてリーグ優勝を果たした。そんな発展途上期の出来事だった。

そして、今年のゴールデンイーグルス。

まずは Eagles fly free さんのブログ、()とむプロ野球研究所~球界の危機はいまだ続いている~内の本テーマに関する投稿をお読み下さい。

【参考投稿】

非常識な球団に、非常識なファン~ガリバーオールスターゲーム、最終中間発表から~(修正あり)

「コスト0円」で出来る、組織票対策。

「回収率」という名の、トリック。

この中でも特筆すべき投稿は「回収率」という名の、トリック。

で、この中で親会社グループを含む、組織ぐるみの「組織票」疑惑に関して具体的にデータを挙げて分析しています。この客観性は単に過去の類似する事例を紹介し、感覚で批評している某・敗戦処理。氏とは天と地ほどの差があります。これを読む限りは推定有罪です。

また「コスト0円」で出来る、組織票対策。では具体的な再発防止策を提案されています。確かに現行の様々な投票方式は便利という点ではいうことないですが、便利なものほど悪用されやすい側面があるということです。より多くのファンの人に気軽に投票してもらう。多くの有効投票数が集まるということはオールスターゲームのステータスの高さを証明し、スポンサーへの売りにもなります。しかし特に今回の結果を見る限りではこの便利さは明らかに悪用されています。

プロ野球ファンがそれぞれの価値観、選考基準に基づいて清き一票を投じる。それぞれの価値観、選考基準で投票する以上、必ずしもそのポジションで成績抜群の選手が選ばれるとは限りませんがそれはそれで構わないと個人的には思っています。

ゴールデンイーグルスの選手でいえば、礒部公一は二年ぶりのファン投票選出ということになりますが、二年前は今シーズンより成績が劣っていたと認識しています。しかし二年前のファン投票の時期にファンの人がノミネートはがきを手に誰にマークするか考えるときに「パ・リーグの外野手は誰にマークしようかな?SHINJOと…、あ、そうだ礒部にしよう。あいつ去年の合併騒動の時がんばっていたからな」と考えて礒部に投票した人も少なくなかったことでしょう。それでもいいのです。自分できちんと考えて投票するのであれば。ただし成績その他の要素は全く考慮せず、好きな球団のノミネート選手をマークするのは如何なものか?そこに残念ながら思想は感じられません。「俺の目の黒いうちに、いや日本にプロ野球のある間に一度で良いからオールスターゲームのグラウンドを我がチームの選手で独占させたい」-そこまで考えて真剣に好きなチームの選手にマークしているファンには一定の評価をせざるを得ないのかもしれません<苦笑>がそこまで考えてはいないでしょう。

そしてタチが悪いのが有罪を推定される今回のケース。

Eagles fly free さんの楽天グループ、東北楽天ゴールデンイーグルス、楽天ファン、三位一体の愚挙。」というフレーズがまさに今回の現象を的確に表していると思いますがこの中の楽天(東北楽天)という文字を他球団の名前に変えてみて下さい。たしかに他もやっていないという保証はないですし、あくまでこの球団(企業グループ)が突出しただけかもしれません。ひょっとしたら「来年はウチが(もっと上手く)やってやるぞ」と歯がゆい思いをしている球団が他にあるかもしれません<苦笑>

ゴールデンイーグルスについて書かれた書物、「97敗、黒字。楽天イーグルスの一年」(神田憲行著・朝日新聞社刊)や先頃人気女子アナをゲットした島田亨球団社長が著した「本質眼-楽天イーグルス黒字化への軌跡」(アメーバブックス刊)などを読む限りではゴールデンイーグルスの経営手法は、従来の球界にはびこっていた旧態依然とした悪習をしがらみの少ない新規参入球団ならではの発想法で否定したことによるものだと認識していたが今回の行為はまさに球界の悪習。新規参入球団がこうした行為に及んでいるとしたら、本当にお先真っ暗である。

敗戦処理。やEagles fly free さんの様な考え方を持っているファンはひょっとしたら少数派かもしれません。ファン投票は多数決です。多数が支持した結果がファン投票最終結果としてあらわれるのです。それが上記のような恣意的に組織力によってゆがめられたものでなければ、いかなる投票結果であろうと、それはファンの総意です。しかし、本当にファンの総意かどうかは、ファンの中で実際に投票した人の割合がわからないと定められません。来シーズンは、みんなでせっせと投票しましょう。もちろん一人で段ボールを満たすほどのはがき枚数の投票をして目には目をで投票しろと言っているのではありません。前エントリーで掲げた国政選挙並みの一人一票までの投票制限は現実不可能でしょうが、野球ファン全員が投票することは(例外はあるでしょうが)不可能ではないはずです。こういうブログを読んで下さったりしている方はおそらくオールスターゲームへのファン投票を毎年欠かさずに行っているのでしょうが、来年はさらにより多くのファンが投票することを期待して止みませんが、こういう事が起きると投票への期待感が下がってしまいかねないのが残念です。

最後になりますが、もう一度29年前のオールスターゲームの最終中間投票を見て下さい。ファイターズファンによる大量得票のあおりを食った選手の中に捕手部門二位の野村克也の名があります。前年にホークスの監督兼捕手を解任され、一選手としてオリオンズに移籍した野村捕手は成績的には明らかに衰えていましたが、「オールスター」にふさわしい格と実績を誇っており、ファン投票で選ばれても何ら不思議でない当時のパ・リーグの、いや球界の看板選手の一人でした。そんな野村選手が組織票によってファン投票で選ばれず、この年は監督推薦でも選ばれませんでした。その野村選手が今回のゴールデンイーグルスの監督。今年の最終中間発表でゴールデンイーグルスの選手への大量投票が表面化した際に野村監督が組織票疑惑を口にしていたことは非常に示唆に富んでいますね。

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2007年5月22日 (火)

スワローズが元ゴールデンイーグルスのシコースキーを獲得!!

02_13 スワローズが米大リーグ、インディアンス傘下の3Aに所属するブライアン・シコースキーを獲得することになった。もちろん、マリーンズやジャイアンツで投球練習前に右腕を威勢良くぐるぐる回していたあのシコースキーだ。ネットのニュース速報では「元巨人・シコースキーがヤクルトへ」(スポーツ報知web版)に代表されるようにシコースキーの日本での経歴をマリーンズからジャイアンツと表記している。しかし一般に元○○と元の所属球団を表記する場合に、一般的には最後に所属した球団を表記する習わしになっている。それならば本エントリーのタイトルの様に表記するのが正しいのだが、駆け足でチェックしたところ「元ゴールデンイーグルス」と表記しているメディアはない。何故?

(写真:ジャイアンツ時代のシコースキー。懐かしいあの腕グルが日本でまた…)

そもそもシコースキーがジャイアンツの後にゴールデンイーグルスに所属していたことなど、ほとんどの野球ファンが知らないのではないか?

ことの概略はこうだ。

2005年のシーズンを終えて、ジャイアンツはシコースキーを翌年の構想から外した。当時監督に復帰した原辰徳監督はシコースキー解雇の経緯を自身のオフィシャルサイト-HARA Spirit 20051115日付「キャンプ終盤報告と補強について」で述べているが、自由契約選手にするためにウェーバー手続きを行った。この時点ではシコースキー自身はジャイアンツが契約しないのなら、日本の他球団でのプレーを希望していたそうで、ジャイアンツとしては正規の手続きを行った。結果、ゴールデンイーグルスが獲得の手続きをし、本人も了承。ゴールデンイーグルスは野球協約第121条に定めるトレードマネーをジャイアンツに払い、シコースキーを獲得した…はずだった。

ところがシコースキーが翻意し、大リーグでのプレーを強く希望。ゴールデンイーグルスと協議の末、シコースキー側が、ゴールデンイーグルスがジャイアンツに支払ったトレードマネーを補填することと、国内移籍をしない(移籍先はMLB組織に限定)という条件でゴールデンイーグルスはシコースキーとの契約を解除した。

シコースキーは20051121日付でゴールデンイーグルスの支配下選手として公示され、1221日付でゴールデンイーグルスの自由契約選手として公示されている。したがってシコースキーの日本プロ野球での最終所属はゴールデンイーグルスなのである。

シコースキーがゴールデンイーグルスを退団した経緯は敗戦処理。が当時の報道で把握している上記の通りであれば、シコースキー本人の都合による退団であり、日本プロ野球界の慣例では「自由契約選手」ではなく「任意引退選手」として手続きされるはずなのだ。もしもシコースキーのゴールデンイーグルス退団時の処理が「任意引退選手」であったなら、ゴールデンイーグルスが許可しない限りシコースキーはスワローズを含むゴールデンイーグルス以外の球団と契約できない。

シコースキーがゴールデンイーグルス退団時に「自由契約選手」を勝ち取った()事情は当事者間の協議の結果ゆえ、真相は定かではないが、シコースキーの来日予定と言われる6月上旬に交流戦でスワローズ対ゴールデンイーグルス戦がある(6月10日、11)。これで抑えられでもしたら、当時の手続きは何だったんだと野村克也監督がぼやくことは間違いない<苦笑>

ところで意外と野球ファンの間でも浸透していないようなので、いわゆる「戦力外通告」について説明しておく。

シーズン終盤、あるいは終了後にスポーツ新聞に「○○球団は次の△名に戦力外通告をしたと発表した…」という記事が載る。これは球団が来季の構想に入っていない選手に対し、その旨を通知するのであるが、実は球団ではこの時点で「自由契約選手」への手続きをするのではない。

戦力外通告を受けた選手が本当にフリーになるには、通常12月上旬まで待たなければならない。

野球協約第66条により球団は毎年1130日までに、その年の支配下選手のうち次年度の選手契約を結ぶ予定の選手(保留選手)の一覧を提出する。これはその時点でいわゆる契約更改を終えているか否かを問わず、要するに球団として来季も契約しようと思っている選手の一覧を提出するのである。そしてコミッショナーが12月2日に保留選手を公示する。そしてこれに漏れた選手は自動的に「自由契約選手」となり、自由に他球団と契約できるのである。近年では戦力外通告の時期と、自由契約になれる12月2日の間に「トライアウト」が実施されるが、「トライアウト」を受けた選手に対し獲得の意思のある球団が出ても、自由契約→獲得という手順を踏むためには12月2日まで待たなければならない。

そんなに待つくらいなら、元の所属球団に頼んでその選手を自由契約にしてもらえばいいじゃないか、と思う人もいるだろう。しかし保留選手提出以前に自由契約選手にするにはウェーバー手続きをしなければならない。ウェーバー手続きされた選手を他球団が獲得するには前述のように元の所属球団にトレードマネー(400万円)を払わなければならない。したがって12月2日を待って契約するのである。

これを逃れるためには昨シーズン後にホークスから戦力外通告を受けた大道典嘉のように、ホークスとジャイアンツの間で「無償トレード」が成立した形にすれば、両球団の合意、手続き後速やかに大道はジャイアンツの一員として練習に参加したり出来る。ホークスファンにとっては思い出したくもないフレーズ-「無償トレード」-という形態だったばっかりに当時のニフティのベースボールフォーラムのホークスファンが参加する掲示板でもジャイアンツに言われなき批難が展開されたが、実際には極めて合理的な手続きだったのである。

それでも大道を獲ったジャイアンツを許せないというホークスファンは、怨みの矛先をホークスのフロントに変えるべし!

近年では、翌シーズンのための「保留選手」の名簿に入れることを本人の許可無く出来ないとする契約を結ぶ外国人選手が少なくなく、それゆえにオフごとに契約でもめて球団を飛び出してより良い条件の球団に移籍する「ごね得移籍」の外国人選手が増えている。外国人選手との契約には海千山千の代理人が控えている。現在問題になっているアマチュア選手への不適切なスカウト活動にタチの悪いブローカーが介在しているのと同様に、外国人選手の「ごね得移籍」も代理人の悪知恵である。ルールで歯止めをかけるべきだ。

そしてこの問題を潜在的なものから顕在化する足がかりとして、各メディアは「元ゴールデンイーグルスのシコースキー」と正しく報じて欲しいものである。何事も処理速度の遅いNPBのこと。このオフに手を付けるなら、今すぐ問題提議しないと間に合わないかもしれないからだ<苦笑>。

P.S.

それにしても、スワローズには花田真人、吉川昌宏、高木啓充…と若い右の中継ぎ要員候補は豊富にいるように思うのだが…。河端龍はいつ戻ってくるのか?

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2007年5月18日 (金)

All for Mr.Fighters -すべては幸雄さんのために

2002 後楽園の時代からファイターズを応援している敗戦処理。がこの先二度と無いかもしれない東京ドームでのお祭りを見逃す訳にはいきません。もちろん三日連続で東京ドームに駆けつけたのですが、残念ながら今夜の2000本安打達成の瞬間には間に合いませんでした。こんなことなら、親戚か誰か死んだことにしてでも試合開始から駆けつけるべきでした。

ファイターズが北海道に移転してから四年目。移転後も年間十試合弱の旧本拠地での凱旋試合を組んでいるものの、土日は年に1カード。しかも今年はその三連戦で先月三連敗を喫し、あろうことかトレイ・ヒルマン監督は明らかにホークスファンの方が多い。東京と縁が深いというのは分かるが、これではホームゲインアドバンテージにならないとファンに八つ当たり。東京への義理立てがいつか終焉を迎えるのは覚悟していても、あんまりだなと憤慨していたが、そこは後楽園の時代からこのチームのユニフォームを着続ける我らがミスター・ファイターズ。東京のファンに最高のプレゼントをくれました。ありがとう、幸雄!

かつて二軍調整中のジャイアンツ、槙原寛己から三安打放ったルーキーがいると聞いて、その翌日だったか当時の後楽園でのジャイアンツとファイターズのファームの試合を観に行ったらネット裏でスコアを付けていたのが田中幸雄だった。あれから21年。感無量です。

北海道移転後、SHINJO、ダルビッシュ有と次々と人気者が加わり、北海道の皆さんに受け入れられたファイターズ。しかし、そうなる前から、不入りの東京ドームで黙々と打ち続けた男、それがコユキこと田中幸雄だ。

不人気時代を支えたといえば、田中幸雄ともう一人、岩本勉。

かたや派手なパフォーマンスで観客を引きつけ、かたや背中でファンに訴えるミスター・ファイターズ。

思えば晩年は不遇だった岩本の久々の白星は、北海道移転元年の東京ドーム里帰り試合だったし、豪快な本塁打を交流戦で放ったのも場所は東京ドーム。野球の神様は、このチームを愛したファンへの演出を忘れなかった。だから、幸雄も。

正直に言うと、シーズン前に敗戦処理。は、幸雄の2000本安打達成を9月の東京ドーム里帰りカードと踏んでいた。シーズン突入時に残り18安打となっていたとはいえ、昨年の安打数が15本止まりだったことを考えると、シーズン終盤に駆け込み達成かなと予想していた。そして東京ドームで迎えるであろう記念のXデーを自分の専用席で観戦しようと、また、こんなチームを三十年も応援し続けた自分に対し、昨年の優勝の褒美にと思い、奮発してシーズンシートを購入しておいたのだ。今日は仕事を早く切り上げきれず、会社を出て東京ドームに向かう途中に球団の公式携帯サイトで記憶達成を知ったのだが、どちらにしても東京ドームで達成したことには変わりなく、最大のプレゼントであることに変わりはない。

それにしても、このチームの後輩達は、このめでたい日になんと無様な試合をしてくれたんだ。幸雄の金字塔に祝砲を挙げたのは山崎武司じゃないか<苦笑>

そして健気な幸雄は涼しい顔をして2001本目、2002本目の安打を連発していく。(冒頭の写真は2000本安打達成の瞬間ではなく、2002本目の安打の瞬間のスイングです。悪しからず。でもこの画像の方が貴重かも<>。)

結局この三連戦はゴールデンイーグルスの二勝一敗。ダルビッシュは登板回避。建山義紀も負傷降板。中継ぎ陣崩壊と、幸雄さんの記録達成以外はマイナス要素ばかりの三連戦だった。しかしそれを補ってあまりある、幸雄さんの存在感。スター選手とは、記録を残すか、記憶に残るかのどちらか(あるいは両方)だが、幸雄の場合はその両方を超越した存在感を持っている。チームメート、ファンも含め、この三日間は All for Mr.Fighters だったのだ。そういう瞬間、いや時間があってもいい。

試合後、山崎のヒーローインタビューも終わったのに、レフトスタンドのゴールデンイーグルス応援団が帰らない。彼らは「おめでとう、おめでとう、ユキオ」とコールを繰り返し、ついには幸雄のヒッティングマーチを歌い出した。もちろん、サビでは幸雄ジャンプを。何ていい奴らなんだ。

フリー・エージェントなどという都合の良い制度が出来、条件さえ整えばよりよい待遇を求めて自分を高く売ることが容易になったこの時代に、ドラフトという名のくじ引きで定められた進路に過ぎない球団で、黙々とバットを振り続け、脚で、守備で魅せてきた男。幸雄さんだけじゃない、初芝清、藤井康雄、こういう男達がパ・リーグを支えてきたのだ。だから我々ファンは愛するのだ。時に優先順位を覆しても。そう、まさに今日のレフトスタンドからの幸雄ジャンプのように。

2003年に日本で初めて指揮をとったヒルマン監督にはわかるまいが、東京ドームのファイターズ戦ではスタンドの通路でいろいろな時代のユニフォームに再会することが出来る。それだけでも敗戦処理。などは嬉しくなる。

そして繰り返しになるが、ゴールデンイーグルスの応援団とファンの有志達よ、「十二球団ナンバーワンの応援団」と称される応援団があるが、あなた達の暖かさもそれに負けない。少なくとも敗戦処理。はそう認めているからね。

100 とはいうものの、ラッキー7のゴールデンイーグルス応援歌に合わせてオーロラビジョンに流されるギャグにも大笑いしてしまいましたが<笑>。

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2007年5月13日 (日)

ゴールデンイーグルスがようやく100勝-であらためてこの球団の生い立ちに遡ると

01_25 2004年の球界再編騒動の過程で誕生した新規参入球団・東北楽天ゴールデンイーグルス。当初の分配ドラフトでどう見ても十分とは思えない選手配分だったことを考えると、ここまでの苦戦は避けられなかった事態と言えよう。ただ、100勝到達に関する談話の中で、このチーム誕生からコーチを務めている橋上秀樹ヘッドコーチの談話が印象に残った。同コーチは、節目の100勝達成がバファローズ戦だったことに意味があると語っていた。球団の身売り-親会社の変更ではなく、球団合併と新球団の誕生という決着をみた2004年の球界再編。新規参入球団の節目の勝利が合併球団相手に達成されたのはたしかに偶然ではないかもしれない。

「だって、ここ(オリックス)は『いいとこ取り』だろ。100勝よりも、今現在、オリックスより上の順位でいることが大きいね」

(橋上コーチの談話・5月12日付日刊スポーツより)

これが仮に野村克也監督が残したコメントならば、「またいつものイヤミか」と読み過ごしていたかもしれませんが、田尾安志監督の創立一年目からこのチームでがんばっている橋上コーチの一言だから重いのですね。

球団誕生の経緯から「せめてオリックスよりは上の順位に行って欲しい」と思っているファンは少なくないようだ。敗戦処理。もゴールデンイーグルスのファンではないが(もちろんファイターズファン)いわゆる判官贔屓の感覚で、バファローズを超えての最下位脱出を秘かに応援している。

* でもそれ以上行くと、ファイターズとの争いになるので、とりあえず今年はそこまでにとどめて欲しい<苦笑>

それにしても、あらためて振り返ると、不愉快な球界再編騒動だった。

旧バファローズの親会社、近畿日本鉄道が経営状況が逼迫しており、同社が球団を手放さなければならなかったのは致し方ない所だったろう。90年代中盤に野茂英雄任意引退→ドジャース入りに至る顛末、ドラフトで交渉権を得たPL学園の福留孝介に三年後のトレードを認める契約を結ぼうとして協約違反を指摘された件、故障によって欠場した石井浩郎に野球協約で定める上限以上のダウンを強行しようとして事実上の喧嘩別れになった件、とトラブル続きだったので抜本的に球団経営のあり方を改善できる人材に任せるか、近畿日本鉄道自体に球団経営から退いてもらうしかないと敗戦処理。は個人的に思っていた。それでも当時の旧バファローズはパ・リーグでは身売りを経験しなかった唯一の球団であり、半世紀以上も球団を支えてきた近畿日本鉄道が球団経営を断念する報道が出たときには淋しい気持ちが大きかった。

当時はホークスの親会社でもあった「ダイエー」が天文学的な有利子負債を抱え、グループ再編を余儀なくされて球団経営にも危機が及ぶのではないかという一連のマスコミ報道があって、その関連で実はJRを除いた日本の私鉄では最大規模を誇る近畿日本鉄道の有利子負債もそれに近い額になっていると報じられていたので「身売り」だけの報道ならさほど驚かなかったかもしれないが、「合併」という手段を選んだ衝撃は大きかった。

結果的に見れば、近畿日本鉄道から楽天に球団身売りが為されていれば、ゴールデンイーグルスのような弱い球団が誕生しなくて済んだのだろう。しかし合併の意志を表明した当時の会見では、水面下で身売り先を探したが見つからなかったから合併という選択肢を選んだと発表されていたし、その後ライブドアが買収に名乗りを挙げても門前払いだった。

まず二球団の合併を決め、パ・リーグの球団数が奇数になり、なおかつ5球団になってしまうことの弊害に対しては当時のライオンズの堤義明オーナーが「さらにもう一組の合併を模索中」と表明し、球団数削減、球界再編に向けて急速に動いているように思えた。

その間、この無謀とも思えるあまりに急速な動きに反発するファンが各球場で膨大な数の署名を集め、世論を喚起。またこの動きの黒幕と目された当時のジャイアンツの渡邉恒雄オーナーの「たかが選手が…」発言などで野球ファンを超える社会問題レベルにまで高められたこともあって、球界の動きにブレーキが掛かり、選手会はストライキに突入。これがまた野球ファンのみならず一般世論の圧倒的な支持を受け、新規参入球団を受け入れざるを得なくなった。ライブドアと楽天の一騎打ちになり、楽天が仙台市を本拠地とする新規参入球団として認められた。

当時「楽天」の立候補は、新規参入球団を認めざるを得なくなった球界が、ライブドアの参入を認めたくないために代替候補として担ぎ出した「ライブドア潰し」のための「後出しジャンケン」と噂された。実際この当時のライブドア、ホリエモンはプロ野球ファンにとっては英雄だった。敗戦処理。も半信半疑ではあったが、あの時点で旧バファローズ買収に名乗りを挙げたライブドアに関しては評価している。

「楽天」の参入が認められた時点では、ゼロからのスタートになる新球団のための分配ドラフトはもっと新規参入球団にそこそこの選手が配分される見通しもあったが、実際には橋上ヘッドの談話にあったように「いいとこ取り」をされた。救いは旧バファローズで合併撤回に向けて闘った選手会長の礒部公一と、ストッパーの福盛和男がプロテクトの対象になることを拒否して新規参入球団入りを強く希望したことと、エースの岩隈久志が(手続きをしなかったために)一度は合併球団にプロテクトされたもののトレードでゴールデンイーグルスに入団できたことくらいか。

圧倒的な戦力不足でスタートしたゴールデンイーグルスは二年連続で最下位に沈み、三年目の今年、上昇の兆しを見せているもののまだまだ上位を狙えるレベルとは言い難い。一方の合併球団バファローズは、合併一年目こそシーズン終盤までライオンズとプレーオフ進出をかけて争ったが、それとて勝率五割に満たない低いレベルでの争いだった。二年目は5位。それも一時はゴールデンイーグルスに抜かれるのではないかという危機にもなったほどだった。三年目の今シーズン、10連敗などもあって最下位に低迷中だ。新規参入のゴールデンイーグルスが苦しむのはまだしも、合併で戦力が増強されたはずの球団も低迷しているのは一体どういう事だったのだろう。

合併に踏み切ったときの旧バファローズとブルーウェーブはその年の5位と6位だった。その年の5位と6位を合併して「いいとこ取り」のチームを作っても強くならないということは、今後再び経営的に持ちこたえられない球団が出てきたときや、今以上にセ・リーグとパ・リーグに人気格差が出て1リーグ化、球団数削減に踏み切っても魅力あるチーム(編成)が出来る保証はどこにもないと言うことを意味する。また新規参入球団が今なお戦力不足に苦しんでいる現状は、ファンの一部が望んでいるエクスパンション-球団数増加も、戦力不足の球団が増えて全体のレベルが下がるだけに過ぎないという懸念を示している。

ゴールデンイーグルスは、本拠地球場で、いわゆるボールパークとしての演出で独自のサービスを展開して地元ファンを取り込むなど、(圧倒的に不足している戦力というカテゴリー以外の分野では)精力的な企業努力を続けており、結実しているとも言われている。敗戦処理。が「判官贔屓」と断りながらも、合併球団よりは新規参入球団に多少の肩入れをしていると書いたのはこんな理由と背景からだ。

球界再編の波は近い将来、必ず形を変えて再び球界を覆ってくるだろう。2004年の球界再編騒動で、球界の何が変わったのか、何が良くなって、何が悪くなったのか?再編の結果生まれた新規参入球団ゴールデンイーグルスが遅すぎる100勝到達を節目として、あらためて三年前の球界再編騒動を検証するのも、次に備えて必要かもしれない。

ファンは一度は着いてきてくれても、二度目は許さないかもしれないから。

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2007年5月 4日 (金)

あまりに重いマリーンズのエース清水直の一言

両リーグとも開幕して一ヶ月が経過している。しかし十二球団の開幕投手のうち、いまだ未勝利の投手が二人いる。マリーンズの清水直と、ゴールデンイーグルスの岩隈久志。そして今日4日にはこの二人が千葉マリンスタジアムで投げ合う。清水直の前回登板は先月26日の対ファイターズ戦。ダルビッシュ有との投手戦で初回の1失点がたたり、被安打2の完投も空しく0対1で惜敗した。しかし敗戦処理。はその翌日のスポーツ新聞で清水直のコメントを読んでエースと呼ばれる投手の神髄を観たように感じた。

26日・札幌ドーム】

M 000 000 000 =0

F 100 000 00× =1

M)●清水直(5試合0勝4敗)-里崎

F)○ダルビッシュ(6試合31)-鶴岡

27日のスポーツ新聞各紙に掲載された清水直のコメントは重かった。日刊スポーツから引用すると、

「自分の投球ができようができまいが、チームが勝たないと」

「負けてしまって申し訳ない。(次も)とにかく必死で投げていくしかない」

清水直が取られた一回裏の1失点は先頭の森本稀哲に右中間を破る三塁打を打たれ、一死から稲葉篤紀のショートゴロの間に生還を許したものだった。許した被安打は他に八回裏の金子誠の1本のみで計2本という素晴らしい内容だったが、味方打線もダルビッシュに抑えられ、2安打で完封負け。相手が悪かったと言うしかない。

しかし清水直のコメントは上の通り。特に最初に掲げたコメントは重い。

最近はエースといわれるレベルの投手でも

「今日は試合を作ることは出来た」

「最低限の仕事はした」

などと第三者が評価するコメントのようなことを自ら口にする投手がいる。どこの誰とまでは言わないが。

自分の贔屓チームのエースと呼ばれる投手のこんなコメントを聞いたことがありませんか<>

「他の人が打たない時に打つのが四番打者」

「四番打者が打てない時でも勝つのがエース」

敗戦処理。の基本的スタンスだが、これを酒の席で言うとたいていは「古い!」と一笑に付される<苦笑>

エースが投げても負ける時は負ける。でもそれは、エースが降りた時が、チームが負けを覚悟する時といった感じで降りて欲しい。試合の趨勢が決まらないうちに、今日はもう球数が○球を超えたから等という理由で次の投手にマウンドを譲る投手はエースではない。敗戦処理。も昨今の投手分業体制は理解している。しかし、エースと呼ばれる投手だけは試合の責任は自分が負って欲しい。逆に言えば、それが出来ることがエースと呼ばれるための資格だと思う。

そして清水直はそれにふさわしい資質と自覚を持った投手だと思う。

パ・リーグ予告先発

4日・マリーンズ対ゴールデンイーグルス

(千葉マリン・午後1時試合開始)

M 清水直 5試合0勝4敗 防御率6.31

GE岩隈久志2試合0勝2敗 防御率4.76

P.S.

実はこのエントリーは清水直がコメントを発した27日にすぐにでも書き込もうと思っていたのだが、よくよく考えれば次の清水直の先発も5月1日から3日までのマリーンズ対ファイターズ戦になりそうだったので、さすがにエールを送りたくなかった。1日の雨天中止で登板日がずれ、偶然にも相手先発も未勝利の開幕投手、岩隈となったので内容を一部修正して書き込んだ次第である。

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2007年4月28日 (土)

またフューチャーズの試合を観てきました。

01_21 4月14日にジャイアンツ球場でイースタン・リーグ チャレンジマッチ、ジャイアンツ対フューチャーズ戦を生観戦したところ、その開催主旨だけでなく試合内容そのものも思いのほか面白かったのでまた観戦してきました。今回はシーレックス対フューチャーズ。場所は横須賀スタジアムではなく、ベイスターズ総合練習場。

イースタン・リーグ チャレンジマッチに関しては本ブログ4月15日付エントリーイースタン・リーグ チャレンジ・マッチを実際に観てきました。を参照して下さい。

前回に引き続き、この日も試合開始30分前くらいの段階で場内アナウンスでフューチャーズのベンチ入り選手が紹介された。今日は16選手がベンチ入り。DHを含めスタメンで10選手が出場するから控え選手は6人しかいないことになる。なお16人のチーム別内訳はジャイアンツが9人、マリーンズが1人、ゴールデンイーグルスが3人、ライオンズのファームが2人で、対戦相手のシーレックスから1人。ファイターズとスワローズからはゼロ。ちなみにシーレックスのベンチ入り選手も紹介され、こちらは21人。

ところでこの日のベイスターズ総合練習場のスコアボードには冒頭の写真のようにイニング別の得点表示の他にはボールカウントを表すSBO表示と、公式記録を表示するHEFcのランプがあるだけでメンバー表示がない。ベイスターズ総合練習場に関しては後日、本ブログの生観戦した野球場で取り上げる予定なので楽しみにしていただきたいが、イースタン・リーグの本拠地球場のなかには他にもメンバー表示のない球場がある。もしもそういった球場でフューチャーズの試合を観戦する予定のある方は試合開始一時間前には球場に着くことをオススメしたい。何故なら試合前に発表されるフューチャーズのベンチ入りメンバーをチェックしておかないとどこの誰が何番のユニフォームを着ているのかさっぱりわからないからだ。フューチャーズのメンバーの背番号は所属チームでの背番号と一致していないし、ユニフォームの背番号の上にローマ字表記もない。

では試合を振り返ろう。

Photo_17 シーレックスの先発は吉見祐治。今季、開幕一軍入りを果たしたサウスポー。基本的にこのユニフォームを着ていてはいけない人だ。

大矢明彦監督の構想では那須野巧とこの吉見で久しく不在だった左のセットアッパーの座を競わせようというハラだったようだ。現在は那須野がリードしているが、那須野の場合は一つ間違うと出場停止になる恐れがあるだけに()、吉見にかかる期待は大きいはずだ。しかしそれならばスタメン野手9人中、育成選手が4人も名を連ねる寄せ集め集団との対戦で先発するよりも、イースタン公式戦に登板予定をあわせるべきだと思うのだが。

この吉見が2000年秋のドラフトでシーレックスを、否ベイスターズを逆指名して入団した投手なら、二番手の秦裕二は翌2001年秋のドラフト1位。そして三番手は昨秋の高校生ドラフトで一巡目指名の北篤と、豪華リレーだった。

吉見はさすがに2イニングを無失点だったが、秦はフューチャーズの三番打者、ゴールデンイーグルスの育成選手、中村真人にソロ本塁打を浴びて1失点。この中村。敗戦処理。が前回観戦したフューチャーズのジャイアンツ戦でも決勝本塁打を放っている。その時は豪快に引っ張っての一発だったが今日のはレフトへ流し打ち。千葉マリンスタジアムも真っ青の強風、しかも打者にとっては終始アゲンシトの風に打ち勝っての一発はお見事の一言に尽きる。シダックス野球部解散を受けてのプロ入り。支配下選手への昇格は近いか?

シーレックスが二回裏に2点を先制し、フューチャーズが四回表に前述の中村の本塁打で1点を返して2対1と試合はまずまずの接戦。秦のあとに投げたドラ1ルーキー北の伸びのあるストレートにネット裏のシーレックスファンが歓声を上げる中、この頃から急激に寒くなってきた。試合開始の頃は風が強くても陽射しがあったので苦にならなかったが、寒さと風のダブルパンチでとてもゴールデンウイークとは思えない感じになってきた。

そんな中、六回裏から登板したフューチャーズの三番手、ライオンズのファームの田中靖洋はとにかくストライクが入らない。相手がクリーンアップとは言え、いきなり三者連続四球。この試合の「進行係」斉藤俊雄こそ遊ゴロ併殺打に打ち取るがこの間にまず1失点。そしてその後また四者連続四球で二連続押し出し。強風というハンディを認めても、いくら何でも酷すぎ。

定員367人のネット裏スタンドには敗戦処理。が試合開始時に数えた限りでは35人の観客がいた(他にネット裏のグラウンドレベルに長椅子が置いてあり、そこも観戦可能なのでプラス十数人はいた模様)が、そのほとんどがシーレックスファン。自軍に追加点が入って嬉しいというのを通り越して、まともな試合を取り戻したくなってストライクが入るように応援していた感じだった。このように観客・審判・グラウンドに早く試合を進めようという一体感が芽ばえた頃、ようやくゴールデンイーグルスの育成選手、金森久朋が四番手で登板。ここは敵も味方もなく取りあえずこの回を終えて欲しいという一体感がグラウンドとスタンドを覆い、二死満塁のピンチを凌いだ。

しかし、そうは言ってもまだ5対1と四点差だけ。フューチャーズも続く七回表、シーレックスの拙守につけいってすぐに2点を返し5対3とし、試合の興味をつないだ。何とかがんばって試合を崩さない田中のあとに八回裏に五番手でジャイアンツのウィルフィン・オビスポが出てきて、またイヤな予感。「制御不能な150km超」をこの日も連発でハラハラさせるが、走者二人を背負って何とか無失点。

フューチャーズは九回表、六番手の橋本太郎に対し最後の抵抗。二死から1点を返し5対4としてなおも一打同点のチャンスをつくったが、寺内崇幸が二ゴロに倒れ、反撃もここまで。ピンチを凌いで何とか1点差で逃げ切った形のシーレックスナインがマウンドで勝利の歓喜に…、とここでわれに返り、そそくさと三塁ベンチへ。そう、この試合はチャレンジマッチ特別ルールで九回表を終えてホームチームがリードしていても九回裏を行うのだ。九回表の味方の攻撃中に一死からキャッチボールを始めて準備万端のオビスポだったが、九回裏にこの試合二度目の暴投で1失点。正直、九回裏をやらずに打ち切って欲しかった<苦笑>。

28日・ベイスターズ総合練習場】

FT 000 100 201 =4

SS 020 003 001 =6

FT)●黒滝(M)、加登脇(G)、田中(Go)、金森(GE)、オビスポ(G)-伊集院(G)、佐藤(G)

SS)吉見、秦、○北、岸本、後藤、S橋本-斉藤

本塁打)中村(GE)ソロ(秦・4回)

01_22

チャレンジマッチ特別ルールならではのスコアボード。この写真は九回表に1点を取ってなおも攻撃中のシーンではなく、九回裏攻撃中のスコアボードです<笑>。

敗戦処理。の近くに座っていたシーレックスファン三人衆は横須賀スタジアムなどに相当通い詰めている感じだったが、フューチャーズをイースタンの試合でも出番が少ない選手や育成選手の寄せ集めと決めつけ、かなり格下に観ていたようだが、九回裏を別にすれば結果的には1点差の接戦だった訳で、この混成チームが結構侮れない力の持ち主だということに気付いたのではないか。

敗戦処理。はこのイースタン・リーグ チャレンジマッチの青写真を描いたという点でジャイアンツの清武英利球団代表を侮れない存在と前に書いたが、フューチャーズ自体も侮れない。戦績もこれで4勝2敗となった。イースタン・リーグのレベルって、一体…、

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2007年3月17日 (土)

ついにGIANTSの小笠原を観てしまった

Photo_17 日本のプロ野球にFA制度が出来てはや十数年、個人的にこれほど複雑な思いのFA移籍はかつてなかった。そう、小笠原道大のファイターズからジャイアンツへの移籍である。今日はジャイアンツが今年初めて東京ドームでオープン戦を行った。贔屓チームから好きな選手が去っていくのはもちろん寂しいが、別の贔屓チームに移ったからといって素直に喜べるものではない。しかし、そうは言っても間もなくペナントレースは始まる。個人的にも踏ん切りを付ける意味も含め、初めてGIANTSのユニフォームを着て東京ドームでプレーする小笠原の姿を観に行ってきた。

GIANTSの小笠原の左打席を正面から観ようと思い、今日17日のジャイアンツ対ゴールデンイーグルス戦の三塁側S指定席のチケットを前売り発売初日にチケットぴあに電話して購入しておいた。しかし、ジャイアンツ人気の低滞のためか、三塁側というよりほとんどど真ん中のネット裏になってしまった。オープン戦はいわゆる年間予約席も開放しているので、どうやらそのゾーンになったというのが実態のようだが<>

試合前の両軍の打撃練習が終わり、ジャイアンツナインの守備練習が始まる頃に敗戦処理。は席に着いた。真新しいGIANTSの背番号2のユニフォームを着た小笠原は、入団会見で見せたようにトレードマークのヒゲを完全にそり落としていた。テレビの画面などでなく、実際に生で観ると、これはFightersで我々ファイターズファンを感動させてくれたガッツではなく、巨人軍の小笠原道大という選手なのだという気持ちの切り替えが出来るのではと考えていたが、そう簡単には行かないようだ。

「三番・サード」でスタメン出場した小笠原はゴールデンイーグルス先発の岩隈久志、三番手の吉田豊彦と対戦し、2つの三振を含む4打数0安打に終わった。しかし一回裏に岩隈と対戦した第一打席の初球のフルスイング(結果はファウル)を観て、小笠原はどこにのユニフォームを着ていても小笠原なのだなということを強く感じた。

試合は岩隈とジャイアンツの先発、姜建銘がともに好投。特に岩隈は低めにビュンビュンと伸びのあるストレートを集め、旧バファローズ時代を彷彿とさせる内容だった。そんな岩隈から2本のタイムリーを放った谷佳知は小笠原とは対照的に調整順調。FAでなくトレードでの移籍ということでポジションの保証もなく、必死のアピールが続いている。谷の2本のタイムリーが効き、ジャイアンツが3対1で勝った。

またジャイアンツでは姜の後に調整が遅れていた林昌範がオープン戦初登板で1イニングを無失点。左のリリーフ投手に人材を欠くチーム状況だけに林がいるといないとでは大違い。今日の試合の最大の収穫といっても過言ではない。

ゴールデンイーグルスで気になったのは五回裏の守備。

1対1の同点で二死一、二塁。二塁に勝ち越しの走者小坂誠、一塁に俊足の鈴木尚広がいる状況で谷の打球は左中間の安打。センターの鉄平が回り込んで捕球し、内野にボールを還したが、ボールを受けた二塁手の高須洋介がこの返球を打者走者谷の二塁進塁を防ぐ返球と勘違いして、誰も走ってこない二塁ベースにタッチする仕草をしている間に一塁走者鈴木尚の生還を許してしまった。明日のスポーツ報知あたりには「伊原イズム、早くも浸透」などといったコピーが躍りそうだが、根本的には高須のボーンヘッド。野村克也監督の逆鱗にも触れたようで高須は次の回の守備から引っ込められた。

ジャイアンツの守備では今年はライトを守るという高橋由伸に注目していた。ライトを守るということはアテネ五輪の時にばれてしまった右肩痛によるスローイング難がかなり克復されたものと期待できるし、一番を打つということは「走る」ことへの意識が高まったということも期待できる。なるほど姜の唯一の失点となったリックの犠牲フライでは位置的にタイミングが間に合わないもののストライクの返球が帰ってきた。入団一、二年目の頃のレーザービーム復活とまではいかないにせよ、回復に近づいていることは確かなようだ。

小笠原に話を戻そう。今日の打撃結果は第一打席から順に三振、二ゴロ、遊ゴロ、三振。セ・リーグより一週間早く開幕するパ・リーグでは岩隈はおそらく最終調整。それに対して小笠原は前日のライオンズ戦で3打数3安打したように徐々に調子を上げているのだろうがまだまだ一進一退。あくまで二週間後に照準を合わせているのだろう。ただ、ジャイアンツというチームは小笠原が開幕カードの三連戦でブレーキになるようなら、早々と「小久保の方が良かった」などとファンやマスコミからバッシングが始まりかねないチームだ。小笠原は自らの意思でそういうチームを選んだのだからわかっているだろう。但しここで小手先のバッティングで目先のヒット1本で取りあえずジャイアンツファンを安心させる等ということを考えると、昨年、豊田清でさえも初めてのリリーフ失敗がですべてを失ったような錯覚に陥りそうになったというから小笠原には納得のいく調整を続けて欲しい。

小笠原道大はどこのユニフォームを着ていても小笠原道大なのだから。

17日・東京ドーム】

GE 000 100 000 =1

G  001 020 00× =3

GE)●岩隈、小倉、吉田-藤井、嶋

G)○姜、林、S吉武-阿部

本塁打)なし

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2006年10月 3日 (火)

戦力外通告の季節がやってきた -そして鎌ヶ谷で最後の姿を観たのは…

パ・リーグは1日のゴールデンイーグルス対マリーンズ戦で公式戦の日程が終わりました。毎年のことですが、この時期になるとスポーツ新聞の片隅に「○○らに戦力外通告」という記事が載ります。セ・リーグを含め、既に多くの球団が発表しています。球団によっては一次、二次と分けて通告するケースもあるようで、まだまだ予断を許しません。

敗戦処理。の贔屓チームのひとつ、ファイターズは先月29日に6人の選手に戦力外通告をしたと発表しました。

横山道哉投手、岩下修壱投手、井場友和投手、矢野諭投手、佐々木貴賀投手、森章剛外野手。

また外国人選手ではフェリックス・ディアス、コリー・リーの両投手が戦力外通告を受けており、ディアスは既に自由契約選手として公示されています。

横山はファイターズの移転元年、2004年にストッパーとして大活躍。最優秀救援投手にも輝きましたが、翌2005年には失敗続き。今季はついに一度も一軍入りを果たせませんでした。

2004年パ・リーグプレーオフ第1ステージ最終戦、九回裏にライオンズの和田一浩にサヨナラ本塁打を浴び、呆然と立ちつくした姿を現地で敗戦処理。は観ました。「この悔しさを、来季のマウンドにぶつけてくれ」と期待しましたが、これ以降さっぱりでしたね。

急性骨髄性白血病を克服して今季テスト入団した岩下のファイターズでの一軍初登板(復帰登板というべきか?)もたまたま生で観ました。7月30日。今季のファイターズにとって最後の東京ドームでの主催試合。九回表、完投勝利目前の八木智哉に代えて岩下の名前がコールされた時の大観衆の驚き、そして拍手。今も忘れません。一軍在籍期間は短かったのですが、防御率は0でした。再びの一軍昇格もあるかと思ったのですが。

球団は打撃投手として契約したい意向とのこと。チームが左の好投手に弱い傾向があるので一肌脱いでもらいたいものです。

井場は本格派のストッパー候補として期待しました。重そうなストレートは威力充分だったのですが、肝心なところで一本調子になって失敗するという印象が強いです。

まだ東京ドームが本拠地だった頃のライオンズ戦。同点の延長戦で井場が投げていてピンチになって敬遠策をとってライオンズの打者は主に代走や守備要員として起用される清水雅治。「何とか抑えてくれるだろう」との期待も虚しく、粘りに粘られた末に左中間のど真ん中を破られる2点タイムリー。失礼ながら決してパンチ力があるとは思えない清水に、技あり!という感じのタイムリーならまだしも左中間を深々と破られ、この時敗戦処理。としてはこのままでは通用しないなと悟ったものでした。今シーズンはスリムになった井場を鎌ヶ谷で見かけましたが、かつての威圧感もなければ、かといって制球力がついた訳でなし。もったいないなと感じました。

矢野の入団は1997年。ということはファイターズタウン鎌ヶ谷の出来た年。ルーキーイヤーに初登板初勝利を挙げ、二試合目に二勝目を挙げた時には将来有望な投手が入ったと期待させましたが、結局その二勝が十年間のプロ生活で挙げた一軍公式戦での勝ち星のすべてでした。

昨年は中継ぎとして一軍の戦力となり、矢野同様に初登板以来二試合連続勝利の快挙を成し遂げたダルビッシュ有とどちらが先にプロ三勝目を挙げるか注目したが<苦笑>、ダルビッシュにあっさりと先を越されました。選手生命の大半を鎌ヶ谷で過ごしたであろう矢野。岩下同様球団からは打撃投手への点心を勧められているとか、その場合は二軍担当か?

佐々木は貴重なショートリリーフとして一時は重宝したのですが、大島康徳監督時代の無計画な酷使で燃え尽きてしまったのでしょうか?昨秋の鴨川キャンプを観に行った時、ブルペンでかなり左腕を下げたフォームで投げていたので起死回生の策となるかと思ったのですが…。今季生で新しいフォームの佐々木を観ることが出来なかったのが残念でした。

には期待しました。ドラゴンズ時代の2004年終盤、優勝目前のチームに彗星のごとく現れて快打連発。そのV戦士がわずか一年で戦力外通告になり、金銭トレードの形でファイターズに入団。春先こそ鎌ヶ谷で勝負強さを何度か見せてくれましたが、いつしか出番が減っていきました。

29歳の横山、27歳の森には他球団から声がかかるかもしれません。新天地での活躍を祈りたいです。

ところで冒頭でパ・リーグは1日で公式戦を終えたと書きましたが、ファイターズに関してはまだ闘いは終わっていません。そのファイターズが先月29日というタイミングで戦力外通告を発表したのは翌30日にイースタン・リーグ最終戦を本拠地鎌ヶ谷で行うのに合わせたのではないかと、敗戦処理。は推測し、鎌ヶ谷に足を運びました。実際昨年のイースタン最終戦では阿久根鋼吉、石本努、池田剛基の三人がお別れ出場を果たしていましたので、見納めにと思った訳です。

ここで10月2日現在で敗戦処理。が把握している戦力外通告選手(ファイターズ以外)を球団別にリストアップしてみます。

カープ 
福井敬治内野手、天野浩一投手、玉山健太投手、苫米地鉄人投手、飯田宏行投手

ライオンズ 
張誌家、後藤光貴投手、田崎昌弘投手、小野剛投手、杉山春樹投手、高波文一外野手、宮崎一彰内野手、椎木匠捕手

ベイスターズ
村西哲幸投手、森大輔投手、福本誠内野手、田中一徳外野手

ゴールデンイーグルス
金田政彦投手、矢野英司投手、戸叶尚投手、玉木重雄投手、佐藤和宏投手、酒井忠晴内野手、益田大介外野手、カツノリ捕手、飯田外野手、佐竹学外野手、永池恭男内野手

スワローズ
土橋勝征内野手、山部太投手

マリーンズ
垣内哲也外野手、井上純外野手、喜多隆志外野手、杉原洋投手、瑞季内野手

タイガース
町田公二郎外野手

ジャイアンツ
佐藤宏志投手、伊達昌司投手、南和彰投手、原俊介捕手、黒田哲史内野手、大須賀允内野手、十川雄二外野手、育成選手の平岡政樹投手、同じく横川雄介捕手

ところで30日の鎌ヶ谷最終戦ですが、前年のような惜別出場は一切ありませんでした。一軍の闘いがまだ終わっていないからでしょうか?結局この日、敗戦処理。にとって見納めとなったのは

Invoice02

今シーズン限りでネーミングライツ契約が切れるこのユニフォーム姿だけでした。

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2006年9月10日 (日)

ライオンズはこのオフ身売りするのか?

Dscf0001 インボイスが命名権断念…西武の球場名が変更へ

プロ野球西武の本拠地(西武ドーム=埼玉県所沢市)と、2軍の命名権(ネーミングライツ)を持つインボイス(木村育生社長)が8日、来年以降の契約更新を断念したことが分かった。

同社関係者が「更新を申し入れていたが、契約満了でできないということだった。長期契約を視野に態勢を整えてきただけに残念」と話した。

西武ドームを経営する西武鉄道は同日、「その件に関しては、まだお答えできない」と語った。

情報通信サービス業のインボイスは、昨季開幕前に命名権を獲得。球場との2年契約は今季で切れ、2軍との3年契約は1年を残し、契約解除される見込み。

(2006年9月8日19時43分  スポーツ報知)

この記事を読んでいやな予感がするのは敗戦処理。だけでしょうか?

命名権(ネーミングライツ) を買った側のインボイスが更新を見送るというのならまだしも、インボイスは更新を希望しているというのに、本拠地球場の命名権に関しては今季で契約が切れることを理由に更新を拒否され、二軍のチーム名へのネーミングライツに至っては契約をあと一年残しているにもかかわらず、こちらも解除される見込みとは。

仮にインボイス以外にもっと球団にとって都合の良い条件でネーミングライツを得ようとしている企業があるにしても、信義則にもとる行為だと思うし。

球団側に来年以降の契約を結べないのっぴきならない事情があると疑ってかかってしまうのは敗戦処理。の考え過ぎなのだろうか?

他にもう一つ、球団側がインボイスとの契約更新を拒絶する可能性が考えられるが、いくら個人のブログとはいえ根拠もなく書く訳にもいかないし。

そういえば最近、週刊誌レベルの話ではあるが、ゴールデンイーグルスの三木谷浩史オーナーに関しても、よからぬ憶測が飛び交っている。

このオフ、また日本経済新聞のスクープに始まって野球ファンが騒然となるような事態が起きなければ良いのだが。

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2006年8月20日 (日)

野村監督のXデー?-ゴールデンイーグルスに消化試合は存在しない。

昨シーズンの田尾安志監督に代わってゴールデンイーグルスの指揮、育成を任された野村克也監督。選手兼任だったホークス時代から数えて四球団目の監督になりますが、過去の三球団(ホークス、スワローズ、タイガース)で築いた監督としての白星は1309。日本プロ野球界に11人しかいない1000勝監督の一人で、歴代7位の白星なのですが、タイガース時代に三年連続最下位で終わったこともあって、黒星の数も積み重なりこちらは1261。こちらは三原脩さん、藤本定義さんに次いで歴代3位になっています。それだけ長く監督の座に就いている、しかも複数球団から請われているということはそれだけ監督として貴重な人材という証なのでしょうが、今季ゴールデンイーグルスの監督に就任したことで、野村監督にあるピンチが近づいているのです。

昨年までの監督としての通算成績が1309勝1261敗(66分け。勝率.509)である野村監督。監督としての勝敗の貯金は48。昨年の成績が136試合で38勝97敗(1分け。勝率.281)の借金59だったゴールデンイーグルスの監督を引き受けたことで、監督としての勝敗で借金生活に入ってしまう可能性が出てきたわけです。

野村監督率いる今季のゴールデンイーグルスの8月20日現在の成績は36勝69敗(1分け。勝率.343)で借金33。48-33で野村監督の通算貯金は15にまで減ってしまいました。果たして野村監督は今シーズン終了まで自身の通算成績で5割以上をキープ出来るでしょうか?

ゴールデンイーグルスの残り試合は30。30試合で15を超える借金となると、残り試合を7勝23敗以下の成績で終わった場合に野村監督の通算勝率が5割を切ることになります。

7勝23敗といえば、勝率は.233。ここまでの勝率が.337ですから、何とか避けられそうな数字だと思いますが、実はゴールデンイーグルスのここまでの成績には17勝19敗、勝率.472と大健闘した交流戦の成績が含まれており、パ・リーグ同士の対戦成績に限定すると19勝50敗(1分け)、勝率.275となります。ゴールデンイーグルスの残り試合は当然すべてパ・リーグの相手と対戦する訳ですから、パ・リーグ同士のこれまでの成績を残り試合に当てはめていくと、70試合で19勝のチームは、単純計算で30試合で8勝21敗1分けという計算になります。

これを交流戦を含めたここまでの公式戦成績と合算すると、トータルで44勝90敗(2分け)、借金46。最終戦を終えての野村監督の通算成績は1353勝1351敗(68分け)、貯金が2で今シーズンを終えることとなり、Xデーを今シーズン中に迎えずにすむかもしれません。ゴールデンイーグルスは現在17日から4連勝中で残り試合の成績はこれまでより良くなるとの期待も出来ますが、中心選手の一人である礒部公一が15日の試合で自打球を当てて今季出場絶望との推測もあるようなので、今後のチーム成績に少なからず影響を及ぼすことでしょう。楽観は出来ません。

5位のバファローズとの直接対決に3連勝してもまだ5位とは5.5ゲーム差で最下位脱出の可能性が開けてきたとはまだ言えない状況ですが、野村監督の貯金を考えると、今シーズンの残りのゴールデンイーグルスの試合に消化試合は存在しません。

ところで先に野村監督のことを11人しかいない1000勝監督の1人と書きましたが、他の1000勝監督の勝率はどうなのでしょうか?調べてみました。

日本プロ野球監督勝利数ランキング
順位  氏名     勝   敗   勝率
1位.鶴岡一人  1773 1140   .609
2位.三原脩    1687 1453   .537
3位.藤本定義  1657 1450   .533
4位.水原茂    1586 1123   .585
5位.西本幸雄  1384 1163   .543
6位.上田利治  1322 1136   .538
7位.野村克也  1309 1261   .509
8位.別当薫    1237 1156   .517
9位.王貞治    1133   942   .534
10位.川上哲治  1066   739   .591
11位.長嶋茂雄  1034   889   .538

※2005年シーズン終了まで

さすがに錚々たる顔ぶれですが、1000勝以上している監督で通算勝率が5割を切っている人はいません。この11人の中では別当薫さんが唯一優勝経験のない監督なのですが、それでも勝率は5割を上回っています。そして細かく見ると野村監督が最も勝率が低いことがわかります。

それでは通算成績で負け越している監督で、最も勝ち数の多い監督を調べてみたら中西太さんが748勝811敗(81分け、勝率.480)なのですね。

順位  氏名     勝   敗   勝率
12位.仰木彬     988  815   .548
13位.星野仙一   919  789    .538 
14位.古葉竹識   873  791    .525
15位.森祇晶     785  583    .574
16位.中西太     748   811   .480
17位.大沢啓二   725   723   .501
18位.山本浩二   649   681   .488
19位.松木謙治郎 628   602   .511
20位.根本陸夫   598   687   .465

上位20人まで拡げてみても負け越しているのは中西太さんと、昨年までカープの監督を務めていた山本浩二さんと、監督としてよりもその後のフロントマンとしての能力が高く評価されて語り継がれている根本陸夫さんしかいないのですね。

日本プロ野球の監督は、成績が悪ければ契約年数などお構いなしに首を切られるケースも少なくないわけですから、勝ち星の多い監督というのは、常に好成績を積み重ねてきたその結果であると考えられますから、自ずと勝率の高い監督となるのでしょう。

野村監督にとっては今季のゴールデンイーグルスでの低迷よりも、タイガースの三年間で借金が25、21、23といっこうに浮上出来なかったことが悔やまれますね。

「野村再生工場」「野村ID野球」などのフレーズで、低迷しているチームを強くしてくれるイメージが(もちろん実績も)ありますから、弱いチームから声がかかる。それで悪戦苦闘の結果、自身の監督成績が下がる。野村監督を茶化すようなデータ分析になりましたが、野村監督とゴールデンイーグルスの間には三年契約が結ばれている模様なので、たとえ一時的に通算成績で5割を割ろうとも、契約期間満了の時までにゴールデンイーグルスを他球団に引けを取らないチームに育て上げ、自身の通算成績でも再び貯金生活に入ることを影ながら祈念致します。

ただ、年齢が年齢だけにくれぐれも無理はしないでいただきたいところですが。

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2006年7月 2日 (日)

野村監督、またセとパのルールの違いに泣かされる?-封じられた野村スペシャル

6月30日のファイターズ対ゴールデンイーグルス戦、1対1の同点で迎えた九回裏。ゴールデンイーグルスは一死二塁のピンチでファイターズの木元邦之を敬遠して一死一、二塁として守りやすくした。ここまでは定石通り。ファイターズはここで代打の切り札的存在、左の小田智之を起用。ここで野村克也監督が動いた。マウンドにはこういう場面では最も頼りになる小倉恒。左のリリーフを送りたいが、延長12回まで続くかもしれない長丁場を任せられる左はいない。かといってワンポイントとしても右のリリーフも、ストッパーの福盛和男以外は信頼しきれる投手がいない。そこで野村監督はかつてスワローズやタイガースでの監督時代に奥の手として使った「野村スペシャル」を使う。

マウンドにはワンポイントで左の河本育之を起用。小倉を退けず、小倉を一塁に入れ、一塁のリック・ショートを三塁に回し、三塁のホセ・フェルナンデスを退けた。ファイターズは小田に代えて代打の代打、右の切り札の超ベテラン田中幸雄を当然のごとく送るが、野村監督は小倉vs小田よりも河本vs田中幸の方が抑える確率が高いと見たのだろう。ただし後続の金子誠、森本稀哲には左の河本ではしんどいので小倉をマウンドに戻す。

スワローズ時代にはアンダースローの宮本賢治や高津臣吾を外野に一時避難させたり、タイガース時代には中継ぎの葛西稔と遠山奨志を一方を一塁に入れることで葛西、遠山、葛西、遠山などという継投を実現させた「野村スペシャル」をゴールデンイーグルスでも再現した。

結果的には田中幸の打席でファイターズがダブルスチールを仕掛け失敗。一死一、二塁が二死二塁となり田中幸は四球。打者金子の場面で一塁から小倉が戻り、三塁のリックが一塁に回り、新たに三塁に草野大輔を入れる布陣で小倉が金子を打ち取り、「野村スペシャル」は見事に成功した。  かに思えた。

九回裏のピンチを凌ぐには有効だった「野村スペシャル」だが、思わぬ落とし穴が一つあった。それはスワローズやタイガースの監督時代には考える必要がなかったパ・リーグ独自のルール-指名打者制である。

指名打者のルールを定めた野球規則6.10(b)には次のような一文がある。

■野球規則6.10(b)-抜粋-
投手が1度他の守備位置についた場合、それ以降指名打者の役割は消滅する。

河本起用の場面、小倉を守備につける際に退いたのは実はフェルナンデスだけでなく、もうひとり指名打者の山崎武司も退かざるを得なかったのだ。

ここでこの場面、つまり代打小田が起用された時点でのゴールデンイーグルスのラインアップを見てみよう。

(中)鉄平
(二)高須
(右)礒部
(三)フェルナンデス
(指)山崎武
(一)リック
(左)関川
(捕)藤井
(遊)塩川
----
(投)小倉

小倉を一塁に入れるのにリックを退けずにフェルナンデスを退けたのは十回表の自軍の攻撃がリックから始まるからだが、小倉を一塁守備につけたために指名打者の山崎武が退かなければならないのだ。

意外と知らない人も多いようだが、指名打者制においては指名打者はあくまでも投手の代わりに打席に立つ選手である。セ・リーグのように投手が打席に立つのなら下位打線に投手を置くのが定石だが、メンバーに入っていても原則打席には入らないパの投手の打順を下位に置く必要はなく、指名打者の選手の特性に応じた打順に起用されているだけで、あくまで指名打者は投手の代わりなのである。

したがって投手が他の守備位置につくということは、指名打者に代わってその投手が打順に入るということを意味する。もちろん投手を指名打者にして、代わりの投手をワンポイントで登板させるということは出来ない。セ・リーグであるならばフェルナンデスが退くのみですんだ「野村スペシャル」だが、指名打者制ではフェルナンデス、山崎武と二人がラインアップから消える。これは十回以降のゴールデンイーグルスの攻撃には大きなマイナスである。そして翌日の日刊スポーツによると野村監督はここまでは計算に入れていなかったそうだ。知将ノムさんともあろうお方が…。

ちなみに河本登板の時点でのラインアップはこうなる。

(中)鉄平
(二)高須
(右)礒部
(投)河本
(一)小倉
(三)リック

(左)関川
(捕)藤井
(遊)塩川

小倉再登板時にはこうなる。

(中)鉄平
(二)高須
(右)礒部
(三)草野
(投)小倉
(一)リック

(左)関川
(捕)藤井
(遊)塩川

九回裏を切り抜けた「野村スペシャル」だったが、十回裏、田中賢介にサヨナラ本塁打を浴びて黒星。仮にこの回を抑えても十一回表はフェルナンデスと山崎武のいない上位打線。得点の確率は低かったかもしれない。

野村監督はゴールデンイーグルスの監督に就任が決まってから、予告先発や、ベンチにメガホンの持ち込みが出来ないなどパ・リーグ独自のルール、制度に次々と異を唱えていた。監督会議で無視されると、コミッショナーに直訴するなどの荒技まで発揮した。野村監督の野球観には耐え難い存在、制度、ルールだったのだろうが、パ・リーグ独自という意味では最大の制度である指名打者制の特性を理解していなかったのは何とも皮肉と言える。

* ただし以前に著書などで「邪道」と切り捨てていたプレーオフ制度に関しては就任後批判していないようだ<苦笑>。

著書といえば、まだシダックス監督時代に書いたという「野村ノート」(小学館刊)によると弱いチームの戦い方の一つとしてシーズン序盤に奇襲をかけておくと、その時は成功に終わらなくても相手には警戒心が残り、そのシーズン中ずっと相手チームはその奇襲の影に幻惑され続けるという。そういう奇襲をシーズン序盤の4月に仕掛けると、先々有利に対戦出来ることがあるという。

たとえば、相手投手の牽制球の傾向を調べる。モーションの癖などを調べるのとは別の次元で、その投手が打者に一球投げるまでに最多で何球牽制するかというデータを取っておく。その投手が三球までしか続けて牽制しないとわかったら、一か八か、三球牽制した後は早めのスタートを切る。そうすると相手側はモーションの癖が盗まれているのではないかと疑い、疑心暗鬼になるという。これを一つのチームの複数の投手に同時期に行うと、そのチームはパニックになるという作戦。

ゴールデンイーグルスというチームを率いた今季、野村監督は開幕の時点ではチームに奇襲を仕掛けるレベルまで、チームを掌握しきれなかったのではないか。そしてもがきながら、開幕ダッシュにつまずきながら考えたことが、ファンやマスコミ、球界内外の耳目が集まるセ・リーグ相手の交流戦にチームの調子を持って行き、小刻みな継投策などで相手打線をかわすことで、ただでさえデータの少ないセ・リーグの対戦チームを翻弄するという戦法に切り替えたのではないか。「楽天は変わった!」  「昨年の楽天とは一味も二味も違う!」  このイメージ(錯覚?)を植え付けるにはセ・パ交流戦がうってつけの機会だと野村監督はそこに照準を合わせたのではないか。

交流戦は17勝19敗、借金わずか2と大健闘の印象を残したゴールデンイーグルス。実は交流戦後のパ・リーグ同士の対戦再開後は2勝6敗(7月2日現在)といつものペースに戻っているのだが、交流戦の印象と「野村スペシャル」でサヨナラのピンチを切り抜けたことで、「今年の楽天は一味も二味も違う!」というイメージは増殖し続けるのだろう。

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2006年5月 7日 (日)

敗戦処理。のゴールデンウイーク野球観戦三昧日記

世間では今年のゴールデンウイークは4月29日のみどりの日から明日の5月7日まで9連休だそうですが、敗戦処理。は5月3日から7日までの5日間。野球観戦を中心にスケジュールを組みました。時間のある方はお付き合い下さい。

1日目 5月3日(憲法記念日)

鎌ヶ谷(ファイターズ対シーレックス戦)に行こうかジャイアンツ球場(ジャイアンツ対マリーンズ戦)に行こうか迷ったが、明日からの旅行の準備が中途半端なので地元ジャイアンツ球場を選ぶ。近年、ゴールデンウイーク期間中に一試合や二試合はイースタン・リーグの試合を観戦するが、どこの球場も不思議なくらい超満員になる。この日のジャイアンツ球場も例外ではない。13時試合開始なのですが、1145分に着いたら長蛇の列。前売り無し、入口は一ヶ所ということもあり入場だけで20分近くかかる始末。それもそのはず。ジャイアンツの公式HPによると過去最高の2,906人が入場したそうです。昨年から新設されたネット裏席には立ち見がずらりといましたから。

試合は木佐貫洋と加藤康介の先発。昨年だけでも一年間に三回も故障して信頼を得られない木佐貫と、もう一息で一軍のローテーションに加われそうな加藤。引き締まった投手戦を期待したいところです。試合の詳細に関しては別途観戦記をたどって欲しいのですが、木佐貫は一軍で投げていた頃のポカ癖が治っていないですね。まぁ、うがった見方をすれば、ポカが出るということは本来の木佐貫に近づいているということなのかもしれませんが<苦笑>

一時は3点あった点差をジャイアンツ打線がじわりじわりと追いつき、延長戦でサヨナラ勝ちするのですが、最終回は異様な盛り上がりをみせました。十回裏、一死からジャイアンツは長田昌浩、吉川元浩、山田真介の三連打で一死満塁とサヨナラのチャンス。しかしここで打席には實松一成!ファイターズ時代、一軍でも二軍でも貧打で名を馳せた、打てないことの代名詞の様な存在でしたから、大ピンチなはずのマリーンズファンからも余裕のヤジが飛び交います。

「安パイ、安パイ!」

「ゲッツー取れるぞ!」

「神田(投手のこと)、バッターをよく観ろ。打たれるはず無いぞ!」

そういえば4月8日にこの球場でジャイアンツ対ファイターズ戦を観戦した時にも實松は打席に立ちましたが(しかも相手投手は岡島秀樹!)、ジャイアンツファンから「實松一発頼むぞ!」と声援が飛ぶと、ファイターズファンから「あまり期待しない方がいいぞ!」と窘めるヤジが飛んだほどでした。

しかし中にはシャレの通じない人がいて、マリーンズファンの茶化しに対し、真剣に怒って反論していました。ジャイアンツのファームの試合でよく見かけるオジサンですが、今までファイターズ戦を観たことがなかったのか、観ていても相手選手のことなど眼中になかったのか、いずれにせよ、ツマラナイですね。

その實松、振り抜いた打球はセンターの左後方へ。實松は打ってすぐに走りながら右腕を上げてガッツポーズ。長田が還りサヨナラ勝ちです。

ジャイアンツファンもマリーンズファンも意外な結末。敗戦処理。も滅多に観ることの出来ないものを観ることが出来、大満足です。

Dscf0036ヒーローインタビューを受ける實松

もっとも、同点に追いついた八回裏にさらに続いた一死満塁の場面で出た古城茂幸が外野フライ1本打っていれば、延長戦にはならなかったのですが<苦笑>

5/3ジャイアンツ対マリーンズ戦の観戦記はコチラ

http://bbs1.com.nifty.com/mes/cf_wrentT_m/FBBALL_B018/wr_type=T/wr_page=2/wr_sq=FBBALL_B018_0000002828

2日目 5月4日(国民の休日)

13時試合開始の札幌ドーム、ファイターズ対ライオンズ戦を観るために多摩市の自宅を朝6時半に出発。観戦旅行のスタートです。羽田から新千歳空港までひとっ飛び。空港からJRと地下鉄で福住駅に出てコインロッカーに荷物を預け、いざ札幌ドームへ。

札幌ドームに来るのはファイターズ移転元年のやはりゴールデンウイーク以来二年ぶり三回目。いいですねぇ、誰に気を遣うでもなく思いっきり贔屓チームを応援出来るこの環境。残念ながら東京ドーム時代にはなかなか味わえなかったことをこちらのファイターズファンの皆さんはいつでも実践出来るのですから。

チームはホークス戦の最後から三連敗中。特にこの日の対戦相手、ライオンズにはここまで1勝6敗。それも札幌ドームでは5戦5敗と完璧にやられっぱなしです。

敗戦処理。は滅多に来ない球場で観戦する時には奮発して良い席を取るのですが、この日も三塁側S席。何と、ネットがない!今シーズンから内野席のネットを外したとは聞きましたが、こりゃぁ危ない…いや臨場感がありますね。こちらでいうと横浜スタジアムの感覚に近いですかね。

Photo_6 そんな中、いきなり小笠原道大が先制2ラン。あまりの迫力にちょっとブレてしまいましたが、そのスイングを捕らえました。

この後、ベースボールフォーラムでお世話になっている地元のGさんと合流。ここではあまり書けませんが、さすがですね、札幌ドームのことを知り尽くしていらっしゃる。観戦がより一層楽しくなりました。

2点のリードを背負った先発の橋本義隆。嬉しいですねぇ。鎌ヶ谷で汗を流した投手が一軍の本拠地で投げる試合を生で観られるなんて。橋本、もう鎌ヶ谷では観たくないぞ。今シーズンは鎌ヶ谷で一回、ジャイアンツ球場で一回と計二度の先発登板を生観戦しましたがコントロールとテンポが抜群。こういう投手は一軍で先発投手が不足した時にタイミング良く一軍に上げてくれと思っていましたがその通りに一軍入り。初先発のマリーンズ戦でチームとしても今季の対マリーンズ戦初白星に貢献しましたが、今度もライオンズ戦本拠地初白星に向けて好投を続けます。

しかし三回表、二死一塁から中島裕之の放った三塁線のイージーゴロをなぜか小笠原がそらして二死二、三塁のピンチを迎えます。四番のアレックス・カブレラを敬遠し、二死満塁にして敢えて和田一浩と勝負。まだ序盤だけに走者を貯める敬遠策が妥当なのか大いに疑問ですが、橋本は落ち着いてセンターフライに仕留めます。

さすが橋本、鎌ヶ谷で尾崎匡哉や稲田直人、陽仲壽らに足を引っ張られることで免疫が出来ているのでしょう。ちょっとやそっとのことでは動じません。

鎌ヶ谷出身組では二番手の武田久も八回表無死一塁という救援登板の場面で、自ら打ち取った併殺コースの投ゴロを送球した二塁の田中賢介が取り損ねて無死一、三塁のピンチになっても落ち着いていました。

ダルビッシュ有もしばらく鎌ヶ谷で鍛えられた方がいいかも<>

それにしても武田久。毎日投げていますね。負け試合に同姓の武田勝が投げることが多いので、ファイターズは毎日勝っても負けても武田が投げている感じです。まるで、

武田武田武田

武田武田武田

タケダタ~ケ~ダ

ですね。

八回を武田で締めたら最終回はMICHEAL。急性胃腸炎を患って以来、久々の登板となった二日前の登板ではメロメロ。この試合でもジェフ・リーファーと江藤智に詰まらせながらも内野の頭を越す安打を続けられ無死一、二塁のピンチ。打者はしぶとい高木浩之、赤田将吾と続く、3点リードとはいえ厄介な場面。どうなることやらと不安になりましたが高木の打球が二塁ベース際に飛ぶゴロで併殺。俊足で併殺を取りにくい選手ですがここしかないというところに飛び併殺。赤田も打ち取って連敗脱出です。

いやぁ、連敗が止まって最高です。ガッツの一発も良かったし、田中幸雄の1971本目の安打も観られたし。

Gさんとはここでお別れ。夜は以前、東京で仕事で世話になった方(ライオンズファン)にススキノでお世話になり、長い夜になりました。

5/4ファイターズ対ライオンズ戦の観戦記はコチラ

http://bbs1.com.nifty.com/mes/cf_wrentT_m/FBBALL_B014/wr_type=T/wr_page=1/wr_sq=FBBALL_B014_0000002443

3日目 5月5日(こどもの日)

この日はナイトゲームのゴールデンイーグルス対ファイターズ戦を観戦予定。まずはホテルをチェックアウトし、観戦で来札したファイターズファンが必ず立ち寄るという羊ヶ丘展望台へ。二年前に訪ねた時にはまだ札幌ドーム開幕戦のレリーフが無かったので楽しみです。

うわっ、寒い!

01_8Shinjo それはともかく、札幌ドーム開幕戦-2004年4月2日の対ライオンズ戦のベンチ入りメンバーの手形とサインが彫り込まれているのですが観光客は皆SHINJOの手形に自分の手を合わせるのでなかなか写真が撮れません。

そして空路仙台へ。ホテルを仙台駅の近くに取ったのでとりあえず仙台空港からJR仙台駅行きのバスに乗る。車内ではNHKの地上デジタル放送を流すモニターが設置されており、ちょうど広島市民球場のカープ対ドラゴンズ戦を放映中。

うわっ、凄ぇ、広島市民球場が超満員。

日本のプロ野球もまだまだ捨てたもんじゃないですね。マウンドには山本昌。打席には投手のショーン・ダグラス。なのにスコアは4対3。なんか凄い試合をやっているみたいだな。そのうちにライトを守る上田佳範がファウルフライをスライディングキャッチ!NHKの中継で何度もスロービデオが繰り返されます。

上田よ、いいチームに拾ってもらったなぁ。落合博満監督に感謝しなきゃ。

ついでに西浦克拓も再生して欲しかった…。

六回表はその上田からの打順。しかし長いハーフタイムの間にバスが仙台駅に到着。上田の打席はどうなったのか…?

ホテルにはチェックインを済ませただけでJR仙石線に乗ってフルキャストスタジアム宮城へ。昨年一度同じカードを観ているのですがナイトゲームは今回が初めてです。

宮城野原駅から地上に上がり、球場方面に歩くといろんな出店が賑やかに並ぶ球場正面へ。お祭りの縁日のようなこの雰囲気、いいですね。しかし今日はこどもの日。子供達を喜ばせる存在のはずのクラッチもクラッチーナも何故か球場周辺にいない。それなら場内にと思いきや、グラウンドにもスタンドにもマスコットの姿がない。そのうちに球場入口正面の特設ステージでは仮面ライダーカブトショーが。なるほど、こういう楽しませ方もあるのだな。

そして試合開始直前になってクラッチとクラッチーナが登場。仮面ライダーカブトショーが終わってから登場するなんて、まさか、クラッチと仮面ライダーカブトは同じ…、いやいやそんないけない妄想はいけません。そろそろ試合に集中せねば。

01_9 その後試合中のアトラクションでネット裏のステージにクラッチと仮面ライダーカブトが揃って登場。やっぱり妄想だったんだなと思ったら、このキャラは仮面ライダーカブトではなく、シージェッター海斗だそうです。依然として残る謎<苦笑>。いや、無粋か。

改装二年目のフルキャスは、ネット裏に高層席や三塁側スタンドの増設でますますバージョンアップ。日本では数少ない、スタジアムと言うよりボールパークという言葉が似合う野球場に変貌しているのですね。

試合はこの日も小笠原が先制打。投げては先発の八木智哉が四回までパーフェクト投球。福岡の再現か。今日は先に点を取っているから九回まででいい。ひょっとしたらなんて考えていたら五回裏ホセ・フェルナンデスにレフト前に運ばれ夢は幻に。この時、一緒に観戦したゴールデンイーグルスファンの友人が叫んだ。

「楽天打線はソフトバンク打線より上だ!」

八木は七回裏にフェルナンデスに本塁打を浴び、4対1となってこの回で降板。ここから試合が劇場化していきます<苦笑>

八回裏、二番手トーマスが連続四球。代わった武田久も一死一、二塁から代打の憲史にレフトオーバーのタイムリー。ただこの時、打球が早かったのと、レフトの森本稀哲が一瞬捕球姿勢を取ったため走者のスタートが遅れ、フェンス直撃の打球なのに二塁走者の佐竹学はホームで間一髪セーフ。一塁走者の礒部公一は二塁止まりになってしまい、次打者高須洋介の二ゴロで併殺となり、ゴールデンイーグルスの反撃は1点止まり、4対2です。

九回裏はまたもMICHEAL。心配です。昨日よりさらに球威がありません。先頭の代打鉄平に一二塁間を破られる、昨日とは違ってクリーンヒットで出塁されます。続く吉岡雄二にレフトポール際にあわや同点本塁打という大ファウルを打たれますが、何とか三振で一死。しかしフェルナンデスがセンター前にまたまたクリーンヒット!一死一、三塁となり、同点の走者フェルナンデスに代走・森谷昭仁登場と、じわりじわりファイターズは追いつめられます。

一発が怖い山崎武司の遊ゴロで1点を還し、なお二死二塁。クローザーで走者を出しながら危なっかしい投手を揶揄して「○○劇場」と言いますが(例.コバマサ劇場)MICHEAL劇場開演。いやMICHEALだから「マイケル・オン・ステージ」といったところでしょうか<苦笑>。そして佐竹学に死球。ついにサヨナラのランナーがでてしまいました。

トレイ・ヒルマン監督、ついにMICHEALを見限ります。この一大事に岡島秀樹投入!

いやぁ、凄い試合になりました。

「岡島劇場」には慣れているはずの敗戦処理。もさすがにしびれました。しかも礒部の打球はレフト後方へ。稀哲がフェンスギリギリでこの大飛球をつかみ辛うじて4対3で逃げ切り。しんどいなぁ。

ともあれファイターズ追っかけ旅行は二連勝と大満足。しかし昨日と違って完全アウェイ。祝杯はホテルに戻ってからとなりました。

5/5ファイターズ対ゴールデンイーグルス戦の観戦記はコチラ

http://bbs1.com.nifty.com/mes/cf_wrentT_m/FBBALL_B014/wr_type=T/wr_page=1/wr_sq=FBBALL_B014_0000002448

4日目 5月6日(土曜日)

ファイターズは6、7日と仙台でデーゲームを続けますが敗戦処理。は帰京。しかしまっすぐ帰る訳ではありません。仙台から はやて で東京に戻ると、京浜東北線と埼京線を乗り継いで武蔵浦和に。現在7連敗中のファイターズのファームを応援に行きます。途中、乗り換えの赤羽駅で面白い広告を見つけました。

Yakult 「ヤクルトの実力を軽く見ていませんか。」

これ、もちろん球団ではなくて親会社の主力商品の広告なんだけれど、凄く意味深なコピーですよね。以前に本ブログで紹介したアディダスの広告もインパクトがあったけど、これも凄いっすね。

さて、5月3日の項にも書いたようにファームの試合ですら、ゴールデンウイークには大盛況。ロッテ浦和球場はそもそも客が座ってみられるスペースが狭いので、普通の土日でも最低でも試合開始一時間前に着いていないと座っての観戦がおぼつかないところに今日はゴールデンウイーク。試合開始45分前に球場に着いた敗戦処理。の運命は覚悟は出来ていたものの立ち見。

ファイターズの先発は金森敬之、マリーンズはサウスポー成瀬善久。実は敗戦処理。はこの組み合わせを先月22日に鎌ヶ谷で観ている。この時は成瀬の独壇場。2安打完封。奪三振は毎回の計14個。しかもファイターズ打線全員からの奪三振と完敗でした。金森は3イニングを無失点と及第点の内容でしたが、二番手の立石以降が餌食となり、0対8でファイターズが完敗した試合でした。

その試合の観戦記はコチラ

http://bbs1.com.nifty.com/mes/cf_wrentT_m/FBBALL_B014/wr_type=T/wr_page=3/wr_sq=FBBALL_B014_0000002399

そうそう。試合開始前には前日に急逝した上本孝一審判員を偲び、黙祷が捧げられました。

01_10 成瀬善久。横浜高校出身の三年目。いい投手です。皆さん憶えて下さい。

今日も成瀬は奪三振ショー。一回表には坪井智哉、紺田敏正、陽が三者連続三振。3回までパーフェクト。ボビー・バレンタイン監督、お願いですから早く成瀬を一軍に上げて下さい!この投手をタダで生で観られるのも、今のうちかもしれませんね。

試合の詳細は↓で参照していただくとして、残念ながらファイターズはサヨナラ負け。8連敗となってしまいました。サヨナラのきっかけとなった二塁打を放ったのも、もうすぐ一軍間違い無しの竹原直隆。マリーンズは昨年、一軍、二軍とも日本一ですがこういう選手が二軍に控えているから強いんですね。その一方で今月には37歳になるベテランの諸積兼司が若手に負けじと張り切る。前述のジャイアンツ戦では途中出場ながら真田裕貴から格の違いを見せつける本塁打を放つかと思えば、ベンチに控えている時にはイニング間のキャッチボールも積極的にこなす。今日の試合後もサイン待ちの列が他の誰よりも長くできていましたが、ガッツあふれるプレイをもう一度一軍でみせて欲しいですね。

また、勝って気分良くグラウンドを引き上げるマリーンズナインにサインを求めるファンが群がる一方で一人黙々とマシンを相手に打ち込みを続ける早坂圭介の姿も印象的でした。ただマシン相手でもタイミングのずれた打球ばかりだったのが気になりましたが…。

5/6マリーンズ対ファイターズ戦の観戦記はコチラ

http://bbs1.com.nifty.com/mes/cf_wrentT_m/FBBALL_B014/wr_type=T/wr_page=1/wr_sq=FBBALL_B014_0000002450

四日間、生観戦を続けて贔屓チームの勝利だけでなく、本当に野球って楽しいスポーツだなと再認識しました。それとあちこちを飛び回ったお陰で實松のサヨナラヒットと岡島の移籍後初セーブの瞬間にともに立ち会えたのが本当に光栄です。

明日(7日)も鎌ヶ谷や東京ドームで試合がありますが、さすがに疲れました。家で大人しくしています。

各地でお世話になった皆様、あらためてありがとうございました。

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2006年2月11日 (土)

仰木さん、近藤さん、藤田さん…。

このオフシーズン、個性的な監督経験者が三人相次いで

亡くなられたのですね。

仰木彬さんと藤田元司さんは1989年の日本シリーズで旧

バファローズとジャイアンツの監督として対戦。バファ

ローズが三連勝の後、ジャイアンツが四連勝するという

ドラマチックな日本シリーズでしたね。

近藤貞雄さんと藤田元司さんは1982年のセ・リーグペナ

ントレースでドラゴンズとジャイアンツの監督として白

熱した争いをしました。ジャイアンツの絶対的エースだ

った江川卓を最後に攻略してドラゴンズが逆転優勝しま

したね。

近藤さんと仰木さんはどちらもアイディアマンとして複

数の球団の監督として行く先々で話題を振りまいていま

したね。

プロ野球の監督って、長くやると身体に良くないのでし

ょうね。

今懸命にリハビリに励んでおられる長嶋茂雄さんと仰木

さんは同じ学年。そしてゴールデンイーグルスの新監督

となった野村克也さんも同じ学年。

昨年は不成績ながらチームを作っていこうという姿勢が

多くのファンに支持された田尾安志前監督をあっさりと

解雇してしまった三木谷浩史オーナーの元、名将野村さ

んも苦労が絶えないと思う。野村さん、「最後のご奉公」

とか言っていましたが、ゴールデンイーグルスの監督の

代わりはいても、野球界に野村克也の代わりはいません。

あまりにも弱い新規参入球団を何とかしようという想い

はひしと伝わってきますが、くれぐれもお身体を大切に。

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