2009年10月25日 (日)

花巻東高の菊池雄星が日本プロ野球界入りを表明。

Dsc_0002 高校卒業後、即MLB入りを目指すか日本球界に進むかが注目されている花巻東高校の菊池雄星投手が今日25日、記者会見を開き、日本のプロ野球に進むことを表明した。菊池には今月29日に行われるNPBのプロ野球ドラフト会議で10球団が1位指名するとも予想されている。

(写真:29日のドラフト会議で使用される抽選箱。この箱の中から「交渉権確定」と書かれたくじを引く球団は…?)

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2008年8月 3日 (日)

清原和博、覚悟の一軍復帰-「来年はグラウンドに立てないと思います。」

今日(3日)付けで一軍登録が決まっているバファローズの清原和博が壮絶な思いを会見で披露したようだ。

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2008年7月31日 (木)

何とかならんか中田翔?

02 今日(31)からオールスターゲームが始まる。舞台は大阪と横浜。そして2日には山形でフレッシュオールスターも行われる。そのどちらにも、あの男は出場しない。

敗戦処理。にとってここまで最も期待を裏切られた感じがするのはファイターズの中田翔だ。今にして思えば期待が大きすぎたのかもしれないが…。しかしまさか一軍に一度も上がれずにオールスターを迎えるとは…。しかもフレッシュオールスターにすら出られないなんて。

(写真:打てない&守れないで「こんなはずじゃ…」と悩む中田にアドバイスをする女の子<>)

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2008年7月28日 (月)

ドラマ「ROOKIES」にはまった!?

26日の放送で最終回を迎えたTBS系「ROOKIES」は久々に敗戦処理。がはまったドラマだった。敗戦処理。は漫画の原作を全く読んでいないが主人公の佐藤隆太扮する川藤幸一先生の熱さに魅了された感じだった。

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2007年5月 5日 (土)

高校野球と特待生制度について敗戦処理。が思うこと。

初めにはっきりしておきたいのは、ある制度なり規則に対して、その適否を論じることと、既に存在している制度なり規則に拘束されうる対象者がそれに従うべきか否かというのは全く別の次元のものであり、混同してはならないと言うことだ。

つまり、他の高校スポーツにおいては特に制約を課していない「スポーツ特待生制度」を高校野球連盟が金科玉条のごとくかたくなに適用し続けることの適否を論じることと、高野連に所属している高校野球部がそれに違反して特待生制度を実施していることを論じるのは別の次元のことであり、混同してはならないと言うことだ。

まず前者だが、これは正しいとか正しくないというレベルの話しではなく、高野連として、高校の課外活動である高校野球にどういうありかたを望むかという次元の問題であり、考えられる水準の中の一つを選択したに過ぎない。

野球部員として、もっといえば野球選手として有力と思える中学生を受け入れるに当たって、野球の技術に対して優遇する制度を認めていたら、引き抜き合戦が過剰になるだろうから、そのきっかけになるような制度を認めない。たしかに筋は通っている。

これがプロ野球ならば「戦力の均衡化を図るために過度な競争を排除する」という理屈になり、これに対する反論として、「球団(企業)努力が反映できず弱者救済に走りすぎ」という意見が出てくるだろう。しかし高校野球においては「高校生の課外活動のあるべき姿を逸脱した過度な勧誘行為を制限する」という正論で押し通してくるだろう。

もちろん、今の高校野球が高校生の課外活動にしては規模が大きすぎるのは周知の事実。何を今さらというのが、大方の野球ファン、世論の意見なのだろう。

敗戦処理。の意見としては、今回の特待生制度問題の発端が、例のライオンズ球団の裏金問題で俎上に載せられた専大北上から波及していったことでもわかるように、もはや高校野球は、高校生の野球の腕比べではない。選手や学校は内外の有象無象に良くも悪くも狙われている。放置しておけば、いろいろな魔の手が忍び寄る格好のターゲットなのである。それならば多少厳しすぎるくらいのルールで制約を課すくらいでも良いと考えている。

プロ野球のスカウトは、有望選手の存在を知れば中学生からマークする。出来れば投手を酷使しない高校に進んで欲しいとか、中学生の親や、野球部の顧問の先生を囲い込む。

また学校側も春と夏の全国大会がNHKテレビで全国放送される注目率の高さに目を付け、新興の学校は知名度を上げるための広告塔として他の運動部に比べ、野球部に力を注ぎ、学校名の露出を図る。

統括する連盟が、多少きつすぎるくらいのルールを定めないと、収拾がつかなくなると思う。

ただし、今回の一斉処分に関しては、疑義を挟まざるを得ない。

最終的に学生野球憲章に違反する特待生制度を申告した学校は376校にのぼったそうだが、これらの学校のほとんどは今年に限って特待生制度を採用していた訳では無かろう。高野連は常態化していた特待生制度を今まで見て見ぬ振りをしていたのではないのか?もっとはっきり言えば、高野連はこの問題を今まで放置していたと言われても、反論できまい。高野連の脇村春夫会長もさすがに「高野連も反省しなければならない」と話していたが、かつてのCMではないが、反省だけなら猿でも出来る。管理責任を誰かが取るべきだろう。お得意の連帯責任の原則にのっとれば高野連幹部の辞任、解任くらいはあって然るべきだろう。

続いて冒頭の部分の後半の「既に存在している制度なり規則に拘束されうる対象者がそれに従うべきか否か」についてだが、これは該当する学校への意見。いかに現実離れしたルールであっても、無視してよいという道理はない。ルールには従うか、従えなければ改正の動きをすべきであるし、何らかのアクションを起こすべきである。

しかしそうは言っても実際には、加盟する高校は弱い立場で、極端な話、今回の376校が徒党を組んで反抗しても高野連はかたくなな姿勢を崩さなかったかもしれない。それでも今回のように一校でも発覚すると、今まで見て見ぬ振り、あるいは黙認していた高野連が手のひらを返したように一刀両断するのが現実なのである。

ならば、学校側が先手を打って形骸化されている学生野球憲章の問題提議に訴える術はなかったのか?

あるとしたら、春の選抜を主催する毎日新聞社、夏の全国高校野球大会を主催する朝日新聞社を動かすという手が取れなかったか?さらにいえば、この二つの新聞社のライバルである読売新聞社を巻き込むのも手だ。

そう考えると、見て見ぬ振りという点では毎日新聞社と朝日新聞社にも批判の矛先が向けられてもおかしくはない。

高野連は今回の件に関連して該当する日本学生野球憲章第13条を変えるつもりはないという。「特待生問題検討私学部会」を設立して各都道府県連盟からの意見を吸い上げて…云々と言っているが、憲章の条文を変えるつもりが無いということは単にこれまで以上に上意下達を徹底するための機関設立に過ぎないと思わざるを得ない。

高校野球のあるべき姿を再検証するには良い機会だと思うが、高野連が聞く耳を持たないのが痛し痒し。

いっそのこと、高知県以外の46都道府県に勢力を誇る特待制度実施の376校で別団体を作ってもう一つの高校野球大会を開いたらどう<苦笑>

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2006年9月13日 (水)

駒大苫小牧・田中はマリーンズ、鷲宮・増渕はライオンズ、愛工大名電・堂上はタイガースが交渉権獲得!!-ドラフトでくじ運が強いチームは?

ハンカチ王子こと早実の斎藤佑樹投手が11日、記者会見を開き、プロ志望届けを提出せず進学希望であることを表明した。これにより、今月25日に行われる今年の高校生ドラフトでは駒大苫小牧の田中将大投手、鷲宮の増渕竜義投手らに1巡目の指名が集中するものと観られる。ドラフト会議の醍醐味は何といってもくじ引き抽選。敗戦処理。流のデータ集計で、くじ運の強いチーム、弱いチームを分析するとともに、1巡目指名で重複するであろう選手の交渉権を獲得する球団を予想してみました。

くじ運に左右される抽選に強いチーム、弱いチームはどこなのか、第1回のドラフト会議から昨年の分離ドラフトまですべての回を対象に調べてみました。

まず、その計算の仕方ですが、例えばあるチームが競争率2倍の抽選に4回挑戦するとしています。競争率2倍の抽選で当選する確率は50%ですが、これを期待値に換算すると0.5となります。そして競争率2倍の抽選に4回挑戦する訳ですから、期待値の合計は0.5×4=2となります。4回の挑戦で2回当選するというのが、確率上の期待値です。

で、このチームが実際には4回の抽選で3回当選したとします。この結果の3という数値は、確率上の期待値である2を上回ります。上回るということは、多少なりともくじ運が強いということが言えます。

そしてここではこの球団の抽選の強さを、実際に当選した回数から、期待値の数値を引いた数で表します。この球団の場合、3-2=1で抽選の強さは1になります。これをくじ運指数と呼ぶことにします。この球団のくじ運指数は1となります。

ちなみに期待値と同じように、4回の抽選で2回の当選だったチームは2-2=0となります。期待値と同じ結果のチームの数値は0となり、数値が正数であればくじ運が強い。また数値が負の数であればくじ運が弱いということになります。

これを過去のドラフト会議、1965年の第1回から集計します。交渉権確定までのシステムに変遷はありますが、抽選になったケースをすべて対象としています。競争率は2倍の抽選から、最大で8倍の抽選まで実際に行われていますが、球団ごとに倍率ごとのくじ運指数を出し、各倍率ごとのくじ運指数の合計がその球団のくじ運指数となります。

念のために書き加えますが、これはあくまでくじ運の強さを数値化するためのシミュレーションですから、くじ引きによって交渉権を獲得した選手が活躍したか否か、さらにいえば入団したか否かは一切問いません。

十二球団くじ運指数一覧

順位 球団     指数 2倍 3倍 4倍 5倍 6倍 7倍 8倍
1位  YS      2.96  10-9   7-6   1-4   1-1   0-1   0-1   0-2 
2位  G       2.66    6-4   2-4   4-4   0-1   0-0   0-1   0-0
3位  M       1.49    7-8   2-3   2-1   0-1   0-0   0-1   1-1
4位  L        1.13    8-4   1-7   1-2   0-0   1-1   0-0   0-1
5位  YB      1.04    8-5   4-6   0-4   0-0   0-0   0-0   0-1
6位  GE   0.50    1-0   0-0   0-0   0-0   0-0   0-0   0-0
7位  F        0.16    8-5   4-6   0-5   0-1   0-1   0-1   0-2
8位  T      -0.53    6-7   1-5   2-3   0-1   1-1   0-0   0-2
9位  C      -1.19   7-12  6-5   0-2   0-2   0-0   0-0   0-1
10位 H     -1.83    9-11  1-4   2-4   0-1   0-2   0-0   0-1
11位 Bs   -2.18  10-10  0-6   1-2   0-0   0-1   0-1   0-1
12位 D     -2.38   6-7   1-5   0-5   1-0   0-1   0-1   0-1

【参考】
  旧Bu  -1.81   7-11  3-7   0-3   0-0   0-2   1-0   1-1

YS=スワローズ、G=ジャイアンツ、M=マリーンズ、L=ライオンズ YB=ベイスターズ、GE=ゴールデンイーグルス、F=ファイターズ、T=タイガース、C=カープ、H=ホークス、Bs=現在のバファローズ、D=ドラゴンズ、旧Bu=旧バファローズ

倍率ごとの、当選回数-落選回数を表しています。くじ運指数=倍率ごとの、当選回数-(当選回数+落選回数)/倍率 の合計値。

【参考資料】「プロ野球ドラフト全史2003年最新改訂版」ベースボール・マガジン社刊ほか

この結果、最もくじ運が強いチームはスワローズということになりました。

特に1980年代、荒木大輔(1982年1位、2倍)、高野光(1983年1位、4倍)、池山隆寛(1983年2位、3倍)、広沢克己(1984年1位、3倍)、伊東昭光(1985年1位、3倍)を獲得出来たくじ運の強さは当時話題になったものでした。

あまりにくじ運が強すぎて長島一茂(1987年1位、2倍)まで交渉権を獲得してしまったのは痛し痒しでしたが<苦笑>。

スワローズに次ぐくじ運の強さを見せたのがジャイアンツ。

このチームは原辰徳(1980年1位、4倍)、松井秀喜(1992年1位、4倍)とチーム構成の核を為す、ここ一番での勝負強さが特筆されます。

3位はマリーンズ。

何といってもドラフト会議史上二度しかない最大の8倍の競争率を勝ち抜いて小池秀郎を1990年に交渉権を獲得したが、入団を拒否されてしまった。しかし指数が高かったのは他にも2~4倍の競争率に高い確率で勝利しているのが原因。これにより八木沢荘六(1966年1位、3倍)、西村徳文(1981年5位、3倍)、園川一美(1985年2位、4倍)らの交渉権を引き当て、その後の戦力化につなげている。

清原和博(1985年1位、6倍)、松坂大輔(1998年1位、3倍)を果敢に指名して引き当てたライオンズが4位。もっともこのチームはくじ運よりも、故根本陸夫さんがスカウティングをしていた頃の寝業師ぶりでドラフト戦略を勝ち抜いてきたチームという印象が強い。これは根本さんが後に所属したホークスにも当てはまる。ホークスのくじ運指数は10位と低いが、地元九州出身選手を中心とした、くじ運に頼らぬ逆指名、自由獲得枠でのドラフト戦略が現在のパ・リーグでの地位を固める結果につながっているのはいうまでもない。

逆にくじ運が弱いワーストワンはドラゴンズ。森繁和(1978年1位、4倍→ライオンズ)、清原和博(1985年1位、6倍→ライオンズ)、小池秀郎(1990年1位、8倍→オリオンズ)、松井秀喜(1992年1位、4倍→ジャイアンツ)、福留孝介(1995年1位、7倍→旧バファローズ)らに果敢にチャレンジして玉砕したのが響いた形だ。それでも後に福留を逆指名で獲得出来たり、福留を外してあらためて交渉権を得たのが荒木雅博だったりと、転んでもただでは起きないしたたかさを見せている。

高倍率が予想される有力選手を果敢に指名するという点では指数7位のファイターズも捨てがたい。木田勇(1979年1位、3倍)の交渉権を獲得し、難航が予想された入団交渉では「契約金代わりに土地をくれ」と要望され話題になったものの当時の大沢啓二監督や、所属していた日本鋼管の先輩であるエース高橋直樹らを交渉人に投入する粘り強さで口説き落としたのに味を占めたのか(?)、果敢にその年のドラフトの目玉を指名し続けた。

(筆者注.木田勇には当時闘病中の家族がいたため、地元横浜の球団への入団を希望しており、前年には交渉権を得たカープへの入団を拒否していた。)

原辰徳(1980年1位、4倍→ジャイアンツ)
小野和義(1983年1位、3倍→旧バファローズ)
広沢克己(1984年1位、3倍→スワローズ)
清原和博(1985年1位、6倍→ライオンズ)
近藤真一(1986年1位、5倍→ドラゴンズ)
野茂英雄(1989年1位、8倍→旧バファローズ)
小池秀郎(1990年1位、8倍→オリオンズ)
福留孝介(1995年1位、7倍→旧バファローズ)
松坂大輔(1998年1位、3倍→旧ライオンズ)

ファイターズファンとしてはこの勇気を讃えたいが、一方で交渉権を得たところで入団してくれていたか疑問な選手も少なくなく、話題性重視での指名とも思えるものもあり、どこまでこのチームに戦略なるものが存在するのか疑問に思えた年もあった。

ただ小野の外れ1位が白井一幸だったり、広沢の外れ1位が河野博文、清原の外れ1位が広瀬哲朗、近藤の外れ1位が西崎幸広である点を見逃してはなるまい。抽選で外した際の戦略がはっきりしているのがこのチームの特徴。今年の高校生ドラフトでは駒大苫小牧の田中への指名重複は避けられそうもないが、果たしてどうなるか?

そして、斎藤投手の進学表明を受けて、翌12日のスポーツニッポンでは十二球団の1巡目の指名予想を掲載している。

マリーンズ          田中将大 投手 右投右打 駒大苫小牧
ホークス             大嶺祐太 投手 右投左打 八重山商工
ライオンズ           増渕竜義 投手 右投右打 鷲宮
バファローズ         田中将大 投手 右投右打 駒大苫小牧
ファイターズ          田中将大 投手 右投右打 駒大苫小牧
ゴールデンイーグルス 田中将大 投手 右投右打 駒大苫小牧
タイガース           堂上直倫 遊撃手 右投右打 愛工大名電
ドラゴンズ           堂上直倫 遊撃手 右投右打 愛工大名電
ベイスターズ         田中将大 投手 右投右打 駒大苫小牧
スワローズ           増渕竜義 投手 右投右打 鷲宮
ジャイアンツ           田中将大 投手 右投右打 駒大苫小牧
カープ              前田健太 投手 右投右打 PL学園

仮にこの通りだとすると、駒大苫小牧の田中に6球団、鷲宮の増渕と愛工大名電の堂上にそれぞれ各2球団が重複。無抽選で交渉権を得られるのがホークスが狙う八重山商工の大嶺と、カープが狙うPL学園の前田。

上記のくじ運指数から、指名が重複する選手の行方を占うと…、

田中指名の6球団の中ではジャイアンツが最もくじ運指数が高い。(十二球団中2位)。増渕指名のライオンズとスワローズでは、くじ運指数1位のスワローズがくじ運勝ち。堂上指名のタイガースとドラゴンズではタイガースの方がくじ運指数が高い。田中はジャイアンツ、増渕はスワローズ、堂上はタイガースが交渉権を獲得する。これまでの実績通りならこうなるはず。

しかし、別の味方をしてみよう。指名が重複する選手の、倍率ごとの当該球団のくじ運指数で比較した方が、よりリアリティがあるだろう。

まず駒大苫小牧の田中。倍率は6倍となるが、6倍の抽選自体が、過去に岡田彰布、清原和博の二人しか行われていない。今回指名が予想される6球団はこの両選手の交渉権を得ていない。そこで6球団の、倍率6倍以上の実績を調べた。

マリーンズ                0.61
バファローズ           -0.43
ファイターズ             -0.56
ゴールデンイーグルス 0.00 (注.実績無し)
ベイスターズ            -0.13
ジャイアンツ            -0.14

指名予想の6球団の中ではマリーンズが最もくじ運指数が高い。

鷲宮の増渕、愛工大名電の堂上に関しては指名予想の球団の2倍の抽選でのくじ運指数を調べてみた。

増渕
スワローズ           0.50
ライオンズ            2.00

堂上
タイガース          -0.50
ドラゴンズ          -0.50

増渕に関しては2倍ならスワローズよりライオンズの方がくじ運指数が高く、堂上に関しては全く同じ。となると、トータルでくじ運指数が高いタイガースが有利か。

そう考えると、田中はマリーンズ、増渕はライオンズ、堂上はタイガースとなる。

ちなみにジャイアンツは伝統的に高倍率を避ける傾向があり、一部報道では田中から堂上に切り替えるのではと書かれている。堂上にタイガース、ドラゴンズの他にジャイアンツも参戦して3倍になった場合の指数は、

タイガース         -0.67
ドラゴンズ         -1.00
ジャイアンツ        0.00

ジャイアンツが堂上への切り替えを検討しているのも理解出来る。

最後に、確率の分野には大数の法則があると言うことを付け加えておく。くじ運など、実力に左右されない確率というものは、数を重ねれば重ねるほど、確率上の期待値に近い結果が出るという。かみくだいていえば、くじ運指数の確率上の期待値はあくまでプラスマイナス0.ということは、これまでの実績(くじ運指数)が高いチームが、最もくじを当てる期待が高いのではなく、これまでくじ運が低かったチームが、順番としてはくじを当てる期待が高いというのだ。スポニチの指名予想での抽選だと、田中はファイターズ、増渕はスワローズ、堂上はドラゴンズとなる。 ファイターズファンの敗戦処理。としてはこの理論を推したい。

果たしてどうなるか、25日が楽しみですね。

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2006年8月16日 (水)

「生」観戦した野球場(14)-阪神甲子園球場

Photo_3 いろいろな野球場で日本のプロ野球を観てきました。その数40以上。だからどうしたと言われればそれまでですが。

このコーナーでは敗戦処理。がプロ野球の試合を観戦した野球場について順に書いていこうと思います。月に1~2球場の割合で書いていこうと思います。また、シーズン中に新たな球場に行ったら加筆していこうと思います。

14回 阪神甲子園球場 観戦球場ファイル-14

今回はタイガースの本拠地にして高校野球の聖地、阪神甲子園球場を取り上げる。

しかしこの球場、はっきり言って誰でも知っている。敢えて書くことがありません<苦笑>

敗戦処理。は夏の全国高校野球選手権大会を1990年代初期に観に行ったことがあるが、プロ野球の試合を初めて観たのは1998年4月25()のタイガース対ジャイアンツ戦、いわゆる「伝統の一戦」。因みに現時点(2006816日現在)で同球場でのプロ野球観戦はこの一回のみ。

クレジットカード会社経由であらかじめ内野指定席を購入し、球場と目と鼻の先にある甲子園都ホテル(現ノボテル甲子園)に宿泊の予約を入れておいた。東京に在住するプロ野球ファンにとって、この球場には特別の思いがある。得体の知れぬ荘厳さ、ジャイアンツの終生のライバルであるタイガースの本拠地であるということで、ある意味怖さのようなものも感じていた。

* ちなみに甲子園球場と目と鼻の先にあるホテルを手放した都ホテルは近鉄グループ。何ともはや<苦笑>

購入したチケットが一塁側内野指定席。今ではスタンド下に移されたブルペンがあったすぐ近くで、タイガース投手陣の投球練習を間近に体感出来る素晴らしい席だった。一塁側ということで、周りに少しはジャイアンツファンがいるのかと思ったら大間違いだったが<苦笑>

試合は何と、一回表にジャイアンツが大量9点を奪うという、ジャイアンツファンには答えられない試合展開だったが、ストレートに喜びを表せないのが残念だった。

その後21世紀に入り、2002年と2004年に夏の全国高校野球選手権大会を観戦。2002年には後にドラゴンズ入りし、既に退団した瀬間仲ノルベルト(当時日章学園3年・プロ入り後登録名を ホッシャ に変更)の超豪快な本塁打をまのあたりにする幸運にも恵まれた。とても高校生とは思えない弾丸のような打球で、スタンドがシーンと静まりかえってから沸き始めたことが印象的だった。あのような素晴らしい本塁打を放つ選手でもプロで大成出来ないと思うと、プロ野球のレベルの高さを痛感した。

Photo_7 ところで外野席側の入口脇に阪神タイガース史料館がある。球団史を飾る様々な品物が展示されている。東のプロ野球のメッカ、東京ドームに野球体育博物館があることを意識しているのか。

展示品で目を引いたのは、タイガース対ジャイアンツ戦で語り継がれているタイガースのジーン・バッキー投手と、ジャイアンツの荒川博打撃コーチによる乱闘シーンの写真。説明文によると「バッキー投手のビーンボールをきっかけに…」とある。タイガース球団はあの一投をビーンボール(故意に打者の王選手に狙って投げた)と認めていることになるが<>

大がかりな改修も予定されているそうだ。先の村上ファンドによる阪神電鉄株の騒動では、球界再編騒動の時と同様に「野球は文化だ」という言葉が大安売りされたが、阪神甲子園球場を観る限り、「野球は文化だ」と言っても恥ずかしくないのだが…。


関西特有のえげつないヤジ、奇麗な夜空、ウグイス嬢のアナウンス。すべてが想像していた以上で、まさに夢の空間だった。

ジャイアンツが一回表に9点を奪ったことを示すスコアボード。近年はこの逆ならよく見かけるのだが。

03_4

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2006年8月 6日 (日)

何を今さら!-巨人桑田引退後に早大受験へ

今季まだ1勝で、長く二軍生活が続いているジャイアンツの桑田真澄が、現役生活に区切りがついたら早稲田大学を受験したい意向があるという。6日のスポーツニッポンが報じた。

巨人・桑田真澄投手(38)が現役引退後、早大への進学を希望していることが5日、分かった。桑田は85年のドラフト会議を前に早大進学志望を表明。しかし巨人から1位指名され、急転入団。物議を醸した経緯がある。今季は現時点で1勝止まり。来季の去就に関しては極めて微妙な立場に立たされている。仮に今季限りで引退を決断すれば来春にも「早大生・桑田」が誕生、22年越しの夢が実現する。

(8月6日付スポーツニッポンより引用)

桑田と早稲田大学と言えば、PL学園三年時に清原和博とともにドラフトの目玉だった桑田がプロ入りの意思はなく、卒業後の希望進路として挙げていた行き先が早稲田大学だったといういきさつがあった。清原と並ぶこの年のドラフトの目玉であった桑田には当時のドラフトで競合覚悟でも指名する球団があったはずだが、各球団は桑田の「早稲田大学進学希望」を信じて指名を回避した。そんななか清原指名と予想されたジャイアンツが1位で桑田を単独指名。交渉権を獲得し、入団にこぎ着けたことで「江川問題」に近い騒ぎとなった。

ジャイアンツへの入団を表明した時の桑田の「巨人から指名されても行かないとは、一度も言ってませんよ」との発言がまた物議を醸したことも印象に残っている。

スポーツニッポンのタイトルは「22年越しの夢が実現する」で結んでいるが、希望すれば当時実現出来た夢なのでこの表現は当たらないだろう。

それはともかく、敗戦処理。が桑田の現役引退後の希望進路(それがこの秋なのか)として早稲田大学の名を挙げていることに「何を今さら!」と批判的なのは、上に書いたドラフト時に早稲田大学をダミーとして名前を出したことが、桑田と早稲田大学との関係だけにとどまらず、その後PL学園野球部から早稲田大学への進学に支障を来したという経緯があったことである。

実は桑田ほど問題にならなかったが、桑田のPL学園の先輩である吉村禎章も、ドラフトの時に法政大学進学をちらつかせておきながらジャイアンツの指名を受けてジャイアンツに入団した実績があり、法政大学との関係も悪化いていたと言われる。PL学園野球部にとっては球児達の憧れの進路の一つである東京六大学に属する大学に進んで野球を続けるという道を狭くしているのである。

このことは在阪を中心にした球児達が、中学から高校に進む際の選択肢にも影響を及ぼし、一時期在阪の有力球児達がPL学園以外の大阪の強豪校に進むケースが増えた時期があった。大阪桐蔭や上宮高校がそれだ。

そしてこの時期、東京六大学の有力校から拒まれたPL学園野球部卒業生の積極的な受け皿になったのは青山学院大学を始めとする東都大学リーグの新興勢力で、結果として桑田や吉村の選択が大学野球界における東京六大学一極集中を崩壊させるということになった。

21年前のドラフトでジャイアンツと桑田の間に密約があったかどうかは定かではない。半数前後の球団が一位指名して競争率が高くなる清原を避けて桑田を指名したのはジャイアンツの戦略の勝利であるとか、ジャイアンツ以外にも外れ1位、ドラフト2位で桑田指名を予定していた球団があったとか報じられていた。そしてジャイアンツがスカウトの息子をPL学園に進学させていて、野球部に所属していたので全寮制で外部からの接続が困難な桑田(や清原)に接触しやすい状況を作っていたとか、様々な憶測が報じられた。しかしいずれにせよPL学園野球部と早稲田大学野球部の関係を悪化させたのは事実のようだ。

桑田が選手生活を終えた後に大学に通って心理学を学びたいと思うのは個人の自由だが、少なくとも早稲田大学を志望するのであれば、桑田が早稲田大学の名を使って希望する進路に進めた代償の大きさを考えて、何らかのケジメが必要なのではないか?

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